第12話「休日の二人」

 ジャスティス大橋おおはしを巡る混乱は、ヒーロー達の活躍で収束した。そして、星立せいりつジャスティス学園を内包する都市は、驚愕きょうがくの真実に打ち震える。

 暴れたヴィランの二人組は、学園の生徒……それも『個性オンリーワン』はあれども『孤性ロンリーワン』ではない、予備科よびかのヒーロー候補生こうほせいだったのだ。

 一夜明けた休日の今日も、街中がその話題で持ちきりだった。

 だが、天地英友アマチヒデトモは別のことで頭がいっぱいだった。


「くっそー、朝からシャオフゥがいねえ……参ったな、色々聞こうと思ってたんだがよ」


 街を歩く英友は今、カーゴパンツのポケットに両手を突っ込み背を丸める。

 りょうの部屋をたずねたのだが、友人の姫小狐ヂェンシャオフゥは不在だった。恐らく、今日はコスプレのイベントか何かがあるのかもしれない。英友としては、ヒーロー研究に熱心な彼に聞きたいことがあった。

 何故なぜ瑪鹿真心メジカマコロのタラスグラールは……無個性の英友でも操縦できるのか。

 タラスグラールだけではない、支援メカのグランドアークなどもそう。


「どういうこった……あいつ。まさか、真心……お前は、本当に『孤性』を持ったヒーローなのか?」


 晴れ渡る空の中、商店街はにぎわっている。

 その喧騒けんそうを浴びながら、英友は彷徨さまようように歩いた。

 頭の中で謎が謎を呼び、思考が定まらない。

 今という時代、ほぼ全ての機械が使用者の『個性』で動いている。勿論もちろん、それはヒーローの『孤性』でも一緒だ。では、何故タラスグラールと周辺のメカは、そうした全世界共通の規格から外れているのか。

 そのことをずっと考えていたら、英友は注意散漫ちゅういさんまんになっていた。

 不意に足を何かに取られて、派手にころんでしまう。


「ってえ! くっそ、誰だ! こんなとこに……ん?」


 英友が足を引っ掛けてしまったのは、赤いケーブルだ。

 振り返ると、それはスルスルと地面の上を走っている。

 間違いない、真心の背中から伸びているあのケーブルである。


「おいおい、どんだけ伸びるんだよ。この先に……お? ってか、あいつ……」


 商店街を横切るようにして、そのケーブルは結構な速さで住宅地の方へと伸びていった。そして、その先で見知った顔が角を曲がるのが見える。

 すぐに英友は、走ってその背中を追いかけ呼びかけた。

 彼女はまるで、何かから隠れて尾行するかのように影から影へと移動していた。


「おーい! 待てよ、おいっ! 待てって、アーリャ! アーリャ・コルネチカ!」


 そう、赤いケーブルを追いかけているのは、同級生のクラス委員長……アーリャ・コルネチカだった。彼女は英友の声に振り向いて、おどろあわてふためいた。

 そんな彼女のとこまで追いつくと、英友は呼吸を落ち着けてから話し出す。


「お前、何やってんだ? ってか、随分めかしこんでるなあ」

「っ! こ、これは……普段着よ。べっ、別にいいじゃない!」

「悪いなんて言ってねえし。ってか、ゴスロリ? っての? そういう趣味なのな、お前」

「……ほっといて!」

「おいおい、何で怒るんだよ。かわいくていいじゃねえか」


 かわいい、の一言でアーリャは突然赤くなった。

 その場でぴょんぴょんと、自分を抱き締めながら小さくねる。左右でったツインテールが揺れて、彼女は「ううー!」と何やら挙動不審きょどうふしんである。


「そっ、そういうこと言わないでくれるかしら! ……不意打ちよ、卑怯だわ」

「何だよ、おい。あ! それよりさ、これ……このケーブル」

「そ、そうよ。これ、真心先輩のよね? アタシも見かけて、興味本位でつい」

「って、まだこの先に向かって動いてるな。っし、行ってみようぜ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ヒデ!」

「いいから、いいから! ほら、急げよ! 真心にゃあ、聞きたいことが山ほどあんだよ」


 アーリャがさっきからもじもじとして、英友には少しじれったい。

 思わずその手を握り、引きずるようにして走り出す。

 小さく「あっ」と叫んで、アーリャはますます赤くなってしまった。そんな彼女は、黙ってうつむきながら英友に続いてくれる。

 いつもの小うるさい委員長じゃなくて、英友は少し首をひねる。

 だが、そうしている間にもケーブルは閑静な住宅街へと吸い込まれていった。


「この先……あいつの家って確か、艦尾側かんびがわなんだよなあ。こんな下町の艦首側かんしゅがわまで来て、何やってんだ」

「ちょっとお、ヒデ! ……手、痛いよ」

「あ、悪ぃ! つい。あー、ごめんなアーリャ」

「あっ、謝らないで! あと……放さないで」


 巨大な超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとし、それが星立ジャッジメント学園だ。周囲の街ごと、大洋を周遊する移動型海洋要塞いどうがたかいようようさいなのである。全長は20kmと、規格外に大きい。

 地球圏のほぼ全ての国家が、軍事力を手放した結果がこの都市だ。

 グレートポールシフトで海抜の上がった中、沈没した過去の国境を超えて動くヒーロー達のふるさとである。同時に、希少な無個性の人間を保護する場所だ。

 何だか普段とは違うアーリャを連れ、前だけを見て英友は走る。

 フリルとレースでフル武装したアーリャは、片手でスカートをつまみながらヒールを鳴らして付いてきた。


「おっ、あの公園か?」

「ね、ねえ……ヒデ。ヒデが今、こうして真心先輩を追いかけてるのって……その、やっぱり」

「ああ? いや、聞きてえことがあんだよ! あいつ、昨日は滅茶苦茶めちゃくちゃやらかしたんだぞ」

「そ、そうなの? ……恋人だから、とかじゃなくて?」

「何言ってんだ、お前もあのうわさを信じてんのか? 確かに真心は俺の、その……ガキの頃の初恋の女の子だけどよ。こないだも再会してそくこくられた」

「やっぱり! じゃあ……付き合ってるんだ?」

「だからなあ、その話自体が……っと、ちょっと待て!」


 公園の中へと続くケーブルを追って、英友はサッと木陰こかげに隠れる。

 ぼんやりしているアーリャも、引っ張って抱き寄せるように隣に下がらせた。

 それでますます、先程から訳のわからないことばかり言うアーリャがしどろもどろになる。

 だが、英友の視線は一人の長身の少女に吸い込まれていた。


「いた、真心だ」

「ねっ、ねえヒデ……あ、あああ、あっ、あの! 手! 手が!」

「黙ってろって! 見つかっちまう」

「……うん」


 汗にまみれて肩を大きく上下させ、真心が水飲み場へと歩いていた。

 どうやらロードワーク中のようである。下はスパッツにランニングシューズで、ヘソ出しのトップスからは胸の双丘がこぼれそうである。

 こうして見ると、真心は長身もあってスタイル抜群だ。

 改めて、あの病弱だった幼馴染おさななじみの今に英友は目を奪われる。


「……ちょ、ちょっと、ヒデ! 目つき、やらしい」

「そ、そうか? いや、元気になったよなあって思ってさ。真心、ああ見えて小さい頃はずっとベッドの上だったんだぜ?」

「え、そうなの? あ、それより、その……手」

「ん?」


 言われて気付いたが、英友はアーリャの手をまだ握っていた。

 そのことをとがめるように、アーリャは上目遣いににらんでくる。しかし、くちびるとがらせる彼女もまた、英友の手を強く握っていた。


「あ、悪ぃ! 痛かったよな。ごめん」

「……べ、別にいいけど」


 大樹の影にアーリャと身を寄せ合って、英友は真心を見詰みつめた。

 水飲み場で蛇口を捻って、真心はしなやかなその痩身そうしんかがめる。吹き出す水を顔で浴びて、それから唇を濡らし、ごくごくとのどを鳴らして飲む。

 今日の真心は、あの長い長い黒髪をポニーテイルに結っている。

 それは、彼女が操るタラスグラールと全く同じヘアスタイルだ。


「ねえ、ヒデ。変じゃない?」

「ん、何がだよ」

「だって、真心先輩ってヒーローでしょ? しかも、地球圏最強の。……なんで、休日にランニングなんかしなきゃいけないのよ。強力な『孤性』があるんでしょ?」

「……それなんだよ。俺もそれが知りたくてさ」


 ヒーローの資質たる『孤性』は、超常の力である。

 物理法則をも無視し、圧倒的なパワーをもたらす特殊な能力だ。そして、それを持つ個人の身体能力をも引き上げてしまう。

 鏑矢光流やゼオン・F・アイゼンシュタットなどは、人間としても優れているのだ。

 そして、超人である故にヒーローとしてみなのために戦い、相応の人格が求められる。同時に、多額の報酬を得て貴重な青春時代を使ってくれているのだ。

 だが、目の前の真心からはそれは感じられない。

 何故、突出した才能を持ちながら、こんな特訓めいたことをしているのだろうか?


「きっとさ、アーリャ。ヒーローも特訓が……いや、ヒーローだからこそ特訓が必要なんだよ。それに、おふくろさんが……学園長が言ってたぜ? あいつ、身体能力はダメダメらしいんだよ」

「え、意外……ってか、真心先輩のお母さんって、学園長なの!?」

「ああ。知らなかったか?」

「初耳よ!」


 学園長は校内では、サングラスをした妙齢みょうれいの美女で通っている。

 その正体は、真心の母親なのだ。

 そんなことを思い出していると、真心が背を反らして天を仰いだ。れた総髪そうはつひるがえって、形良い胸の膨らみが上を向く。

 彼女はブルブルと頭を振って水滴を追い払うと、不意に振り向いた。

 どうやらランニングは、家とこの公園とを往復するらしい。

 再び彼女は、強いストライドで走り出す。

 目の前を通り過ぎる真心に、思わず英友はアーリャを抱き寄せてしまった。

 その姿が見えなくなるまで、ついじっと見送ってしまう。


「あっ、あ、あああ……ヒデ、その、えっと……」

「行っちまった、な。あいつ……やっぱ大変だぜ、トップヒーローってのはよ」

「……そうかしら」

「そうさ。だってあいつ……無個性かもしれないんだぜ?」

「へ? まさか、何を言ってるのよ! ありえないわ!」


 アーリャを見下ろして、その近さにようやく英友は気付いた。

 だが、細い腰へ回した手を放しても、彼女はグイグイと詰め寄ってくる。

 木陰を出た二人を、強い日差しが出迎えた。


「それより、真心先輩行っちゃう! もし、万が一にも無個性なら……アタシにもチャンス、あるわね」

「何だ? おい」

「いいから、追いかけるわよっ! 確かめなきゃ……痛っ!」


 不意にアーリャが屈み込んだ。

 ヒールの高い靴を履いていたから、走らせたせいで靴ずれができたらしい。


「ちょっと靴脱げ、お前」

「あ、ちょっと! ヒデ……は、恥ずかしいってば」

「いいからさ」


 英友はすぐにひざを突いて、その上に靴を抜いだアーリャの足を招く。英友の膝を踏んで、靴ずれの具合を見られている間……ずっとアーリャは黙っていた。


「よし、んじゃ行くか。おぶってやる。ほれ」

「はぁ? ちょ、ちょっと」

「俺も気になるんだよ、真心のこと」

「……なんか、ムカつくんですけど」


 英友が背を向けると、渋々しぶしぶといった感じでアーリャが背に乗ってくる。胸の膨らみが背中越しにたわむ感触があって、敢えて英友はそれを意識しないようにして走り出した。

 赤いケーブルを巻き戻すようにして、真心はどんどん遠ざかっていった。

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