第13話「特訓!瑪鹿真心の決意と覚悟!」

 同級生のアーリャ・コルネチカを背負って、天地英友アマチヒデトモは走った。

 赤いケーブルはするすると、高級住宅が並ぶ艦尾側かんびがわへと巻き戻ってゆく。その先で走る少女、瑪鹿真心メジカマコロを追いかければ、自然と背中の重さを感じない。


「ね、ねえヒデ……その……お、重く、ない?」

「ん? いや、軽い軽い! お前さ、ちゃんと飯食ってんのか? 軽過ぎだろ」

「しっ、失礼ね! ……い、いろいろあんのよ。女の子には」

「めんどくせーな、女はさ! っと、どっちに行った?」


 周囲は皆、庭付きの豪邸ごうていばかりだ。

 この区画は、巨大とはいえ土地が限られている超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしの中でも、富裕層ふゆうそうが住む場所だ。その中でも、一際大きなお屋敷やしきが目の前に現れる。

 真心のケーブルは、ここにたどり着く直前に見失ってしまった。


「えっと……参ったな」

「とりあえず、下ろして。歩くだけなら平気だから」

「おう」


 ゆっくりアーリャを背から下ろして、英友は周囲をキョロキョロと見渡す。

 はっきり言って、落ち着かない場所だ。

 英友は庶民しょみんも庶民、由緒正しきド庶民だ。

 逆にアーリャは、全然気にせず進もうとする。

 そんな時、不意に英友は聞き覚えのある声に振り返った。


「ヒデちゃん? ヒデちゃんよね。やっぱ実物見ると……すっごく、イイ男になったじゃない!」


 二人の背後には、散歩中の犬を連れた一人の御婦人ごふじんが立っていた。年の頃は三十代半ばくらいだろうか? だが、二十代だと言われれば納得してしまうほどに若々しい。シャツにジーンズというラフな格好でさえ、気品が感じられた。

 妙齢みょうれいの美女は、アーリャが首を傾げてるのを見て小さく笑う。


「あたしよ、あたし! ほら!」


 美女は胸に引っ掛けていたサングラスをかけて、それをわずかに下へずらす。悪戯いたずらっ子のような瞳は、まるで童女どうじょだ。

 そして、サングラス姿を見てアーリャもようやく理解する。


「がっ、学園長っ! あ、あの、すみません! 御無礼ごぶれいを……アタシったら」

「そうです、あたしが星立せいりつジャッジメント学園の学園長、瑪鹿巫琴メジカミコトですよん? ま、そんな硬くなんないで。それにしても」


 大きなシベリアンハスキーを連れた巫琴は、ニヤリと笑って英友に迫ってきた。思わず気圧され仰け反れば、肘でうりうりと小突かれる。


「ヒデちゃん、やるじゃない。何? どっちが二号さん?」

「……は?」

「いいのよ、そういうのって男の子の甲斐性かいしょうだから。うちの真心は、正妻せいさい? それとも」

「な、何言ってるんですか! アーリャはそういうのじゃないですよ、真心だって」

「あらぁ? ほんとにー? 二号って結構いいのよ? 二号ロボや二号ライダーの方が強いでしょ、アニメでも特撮でも」


 どこまで本気なのか、意味深な笑みで巫琴は楽しそうだ。

 いじられまくっている英友は、助けを求めるように視線をアーリャへ向ける。だが、アーリャは耳まで真っ赤になってそっぽを向いてしまった。


「とりあえず、うち来る? あがってきなさいよ」

「え、じゃあやっぱりこの大豪邸って」

「そうよ、昔いたあの町から引っ越してきたの。さ、こっちよ、こっち!」


 軽快な足取りで、巫琴は巨大な門の方へと進む。

 おずおずと英友達が続けば、開門の音が響いた。


「お茶くらい飲んできなさいよ。だってぇ……ヒデちゃん、あたしの息子になるかもしれないんだし? あ、それとも……真心のお父さんになるって手もあるわよぉ?」

「え、いや、それは」

「ま、こんなおばさんじゃ嫌よね」

「ってか、あの、おじさんがいるんじゃ……あの日から行方不明だって」

「そ、お陰であたしも男旱おとこひでりなのよ」


 どこまで本気の言葉か、まるでわからない。

 あうあうと半分パニックになっているアーリャを連れて、邸宅ていたくのエントランスホールへと入る。ずらり並んだメイド達が、そろって「おかえりなさいませ、奥様」と頭を下げた。

 まるで別世界だ。

 そして、堂々と巫琴は犬をメイドに預けて歩き続ける。


「三年前、グレートポールシフトで地球の地図はガラリと変わっちゃって……あの時は何億人も死んだわ。あの人も……マコトさんも多分、ね」


 瑪鹿誠、それが真心の父の名だ。

 英友の心のヒーロー、マシンダーその人である。

 未曾有みぞう天変地異てんぺんちいで、地球圏は大きな痛手をこうむった……そして、その中で今までのヒーロー制度と法が刷新さっしんされ、大半の国が軍事力を手放したのである。軍事費に使われていた予算がそのまま復興財源となり、わずか三年で地球圏はよみがえった。

 そして、そんな地球圏の守護神ガーディアンとして今日も星立ジャッジメント学園は海をく。


「そだ、ヒデちゃん。役に立ったでしょ? マシンダーの教え、マシンダーロボの操縦ごっこ!」

「ええ、まあ……あ、そうだ! あの、聞きたいことが」


 流石さすがに大豪邸だけあって、エレベータまである。

 それに巫琴が乗るので、アーリャと一緒に続いた。

 エレベーターは地下へと、音もなく静かに降りてゆく。


「あの、おばさん……真心って本当に『孤性ロンリーワン』を持ったヒーローなんすか?」

「んー、どして?」

「タラスグラールも、それを支援するメカも……『個性オンリーワン』や『孤性』をエネルギーにして動くタイプじゃないですよね? だから、俺でもタラスグラールを操縦できた」


 チン! とベルが鳴って、地下深くでエレベーターのドアが開く。

 その先には、今までの豪奢ごうしゃで貴族趣味な洋館の風景はなかった。

 まるで秘密基地……行き交うメイドこそ上と同じ服装だが、メタリックな壁や天井が何かの研究施設を思わせる。恐らくタラスグラールや各種支援メカを整備する場所なのかもしれない。

 巫琴は「こっちよ」と笑って足取りも軽く歩き出した。


「真心は間違いなく、『孤性』を持ったヒーローよ? それも、凄く特別な『孤性』をね」

「じゃあ、なんで……」


 足を止めた巫琴は振り向いた。

 そして、英智をじっと見詰めて……突然抱き付いてきた。

 変な声が出てしまって、アーリャの悲鳴も聴こえる。

 唐突とうとつなハグに目を白黒させながらも、胸の谷間で花の香に脳髄がとろける感覚……そして、不思議と先程のアーリャを背負った全力疾走の疲労が消えてゆく。


「あ、あの、おばさん」

「ああ、これ? これがあたしの『個性』、触れた人の疲労や怪我、病気を治すのよん? もっとも……『孤性』ではないから、せいぜいビタミン剤や栄養ドリンク、絆創膏ばんそうこうレベルだけどね。そっちのも、えっとアレマーちゃんは、足? さっきおんぶされてたでしょ」

「は、はい……えと、あと……アーリャです。アーリャ・コルネチカ」


 学園長だから顔と名前は全員覚えてる、そう言いつつも巫琴の記憶は不正確だった。そして、突然説明されつつ実際に使われた『個性』の仕組み。

 この時代、誰もが持つ当たり前の力……それが『個性』だ。微弱びじゃく念力テレキネシスが使えるとか、視力や聴覚を強化できるとか、僅かに宙に浮けるとか。実際には日常生活で使わないレベルの物が大半だ。むしろ『個性』は、新たなインフラの動力としての意味が強かった。


「ま、見てもらった通りあたしの『個性』はいやし系。『個性』も千差万別せんさばんべつなように、ヒーローの『孤性』も色々なのよん?」

「ああ、変身したりとかしますもんね」

「そそ、他には強力な念動力サイコキネシスとか、瞬間移動テレポーテーションとか……もう、魔法みたいなのとか? で……その中でも真心の『孤性』は特別、そしてなの」


 再び歩き出した巫琴は、一番奥の部屋へと入っていった。

 そこでは、ゲームセンターの密閉式大型筐体みっぺいしきおおがたきょうたいみたいな機械が四台並んでいる。その向こうのガラス窓には、格納庫に立つタラスグラールの姿が見えた。

 そして、メイド達が見守る中……バシュン! と機械の一つが開く。

 中から現れたのは、汗だくで疲れきった真心だった。なだらかな肩を大きく上下させ、荒い呼吸で空気をむさぼっている。そのまま彼女は、背のケーブルをひきずりながらその場へ崩れ落ちた。


「真心、ヒデちゃん達が来てるわよん?」

「……あ、あれ? ヒデ、君……それと、えっと……アクエリアス、さん」

「アーリャです! もぉ、親子そろって! アしか合ってないし! そんなスポーツドリンクみたいな名前じゃないですっ!」


 アーリャの声に顔をあげて、ポニーテイルを揺らす真心。大粒の汗がポタポタと、冷たい金属の床に零れ落ちていた。先程ランニングしてた時と同じ格好だが、彼女は立つことができない。

 いつもの無表情も、英友には切実なものに見えた。

 だが、巫琴は愛娘まなむすめを見下ろし試すように言葉を選ぶ。


「で? 真心、どうするの? まだ続ける? ヒデちゃん達が来たから……今日は日課、やめる? どっちでもいいわよ、選びなさいな」

「……やる。ママ、続きを、やるから……ヒデ君と、えと、アリーナさんと」

「わかったわ。久々に若い子と遊べるなんて、ふふ。おもてなし、大サービスしちゃうわよん? じゃ、シミュレーション頑張って頂戴ちょうだい。自分でやるって決めたんでしょ」

「……うん」


 やはり、真心は特訓をしている。

 日課というからには、恐らく毎日。あの大型筐体は、タラスグラールのコクピットを再現したシミュレーターなのだろう。

 よろよろと真心が立ち上がる。

 思わず英友は駆け寄って、自分より長身の少女を支えた。


「ヒデ、君? あ、あのっ、私……今、汗かいてるから。……汗臭い、から」

「いいから、ちょっと休め! お前、ボロボロだぞ?」

「休ま、ない……日課、だから。みんなを守る、ヒーロー、だから」


 そっと弱々しく、真心が英友を手で押しやる。やんわり遠ざけられたが、英友は引き下がらなかった。

 ケーブルを引きずりシミュレーターに歩く真心に先んじて、その隣の筐体を解放する。やはり、無個性でも動くメカニズムばかりが使われていた。


「真心! お前、どんな特訓してんだ?」

「……模擬戦もぎせん、だよ? 人工知能が、相手の」

「っし、じゃあ今から俺が相手になってやる! 特訓、!」

「! ヒデ、君。? 付き合うの?」

「ああ」

「私と、付き合って、くれる……えと、幸せに、してね? 私、元気な子、沢山、産むから。付き合って、最後まで、げて、それで、それで」

「いいからシミュレーターに入れって。アーリャ! ちょっと手伝ってくれよ」


 アーリャもメイド達に混ざって、システムの調整やデータの整理を始めてくれた。それを腕組み見守る巫琴の表情は、相変わらず悪戯を目論もくろむ子供のようだが……強いひとみの光が、どこか優しげに真心へと注がれている。

 英友はそう思ったから、シミュレーションの相手として電脳空間でんのうくうかんで再び乗った。

 地球圏最強のヒーローロボ、鉄魂勇者てっこんゆうしゃタラスグラールに。

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