第11話「蘇る思い出と、新たな謎」

 天地英友アマチヒデトモの眼前に、桜色の小さなくちびる息衝いきづいている。

 瑪鹿真心メジカマコロ息遣いきづかい、その吐息といきが肌をでる距離だ。

 非常時の今、巨大なジャスティス大橋を支えるタラスグラールの中で……二人の呼吸が重なろうとしている。

 勿論もちろん、英友にとってキスなど初めてだ。

 そして、真心は幼い頃の初恋の少女なのだ。

 だが、突然二人の間に光学ウィンドウが差し込まれる。

 驚きに目を見張る英友には、突然女性の後頭部が映った。


『ちょっと、真心! 何やってんの、タラスグラールなら小指でチョイチョイでしょ! ……ん? あら? あらあらー?』


 その声に聞き覚えがある。

 そして、真心もウィンドウの向こう側で目を丸くしていた。

 光学ウィンドウは宙に浮かびながら、その中の女性を振り向かせた。

 見覚えのある服を着た、サングラスの美人だ。

 目元が見えなくても美人だと直感したのは……どこか真心に似ていたから。

 思わず英友は変な声が出た。


「あ、あれ……学園長!? しかも、それって……」


 そう、以前も何度か見たことがある。

 何より、初めて中央司令部でクレーム対応の電話番をした時に見た。

 それは、星立せいりつジャッジメント学園の学園長だ。

 さらに言えば――


「いいとこ、だったのに……何? 

「そう、ママ! そうだよ……真心、お前のおふくろさんだよな? 俺、小さい頃におじさんと何度も……ど、ども! おっ、おお、お久しぶりです、おばさん!」


 そう、サングラスを取った女性は真心の母だ。

 向こうも英友の存在に気がついたようだ。


「あらやだ、真心? コクピットに男の子が……って、ヒデちゃん? 嘘、天地英友君なの? あの、おとなりの」

「ど、ども、ご無沙汰してます! これはですね、ええと、真心とは、まだそういう関係では」

「あらあら、まあまあ……立派になったわねえ。しかも、イイ男になったじゃないの! っと、それどころじゃなかったわ。真心! 一応、支援にスカイアーク飛ばしたから! 遊んでないでさっさと橋の安全を確保、必要ならヴィランの無力化にも協力しなさい!」


 前を向き直って、真心が座り直す。

 そして、英友は首をひねった。

 なんだかこう、話が違う。

 そもそも、どうしてキスしようって流れになったんだっけ?

 タラスグラールがパワー不足で、真心が頑張るにはキスが必要?


「おい……真心! おばさん今、タラスグラールなら余裕って言ったぞ?」

「……あ、あくまで、気持ちの、問題で……私、が、頑張る、ためには、その」

「スカイナントカも来るってよ。でも、なーんか……普通に楽勝なんだろ! 実は!」

「楽勝、じゃ、ない。訳でも、ない、けど……キス、したかった、から」


 しれっと真心の奴にだまされた。

 よく考えてみれば、タラスグラールのパワーと搭乗者の真心は関係がない。

 そのことを指摘してやったら、真心の声がますます小さくなる。

 それでも、彼女はしょんぼりしょげた小声でささやいた。


「でも、それでも……ヒデ君のキスで、パワー、出るもん……タラスグラールも、力が、出せるもん」

「何が、出るもん、だっ! かわいく言ったって駄目だからな! ったく、この非常時に! だいたいだな、思い返せばお前は小さい頃から――」

「あ、スカイアーク……来た。ドッキング、センサー……」

「おい待て、話はまだ途中だぞ! って、おわっ!」


 コクピットの座席にしがみつく英友は、金属音と同時に鈍い振動を感じた。

 スカイアークとかいう空中機動戦用の支援メカと合体したのだ。

 真心がチェックするウィンドウの中に、背に翼の生えたタラスグラールが映る。

 そして、彼女は先程の苦戦が嘘のように軽々と巨大な橋を支えていた。改めて英友は、地球圏最強のヒーロー、真心の操るタラスグラールの力を思い知る。


「でも、よかったよな。橋、落ちねえんだろ?」

「う、うん。大丈夫、だと、思う」

「なら、いっか。ナイスだぜ、真心!」

「……めて、くれる?」

「おう! よくやった! って、おいおい、そこの小さいウィンドウ! そう、それ!」


 コクピット内を行き交う光学ウィンドウの中に、英友は驚きの光景を見る。

 真心の細い指が、そっとそれを中央に広げた。

 橋を上空から撮影したアングルで、一人のヒーローがヴィランの二人組に苦戦していた。


「あっ、あれは……こないだの! ほら、ゼオン先輩の」

「ああ、えと、サスライダー? 流浪戦士るろうせんし、サスライダー」

「そう、それ! クソッ、苦戦してる。二対一なんて卑怯だぜ!」


 思わず英友は身を乗り出してしまう。

 それを止めたのは真心だった。

 彼女は機体を制御しつつ、英智の手首をつかんだ。


「だっ、駄目。ヒデ君、危ない、よ? 行っちゃ、駄目」

「でもよ! そりゃ、俺は無個性で無力だ。でも、せめて他のヒーローが来るまで」

「今、みんなこっちに、向かってる、から。ま、待ってて」

「それじゃ遅いぜ! くそっ、光流ミツル先輩達は何やってんだよ」


 ウィンドウの中で、サスライダーことゼオン・F・アイゼンシュタットが戦っていた。だが、ヴィランは燃え盛る炎の怪人と、プラズマをスパークさせる雷の怪人だ。

 二人の間で翻弄ほんろうされ、それでも懸命にサスライダーは戦っている。

 その超絶バトルは、無個性の英友にはまるでアニメか特撮の光景だ。

 目で追うことさえ難しい、極限の戦いが加速してゆく。

 その中で、サスライダーが徐々に劣勢の中で削られていた。


「え、えと、じゃあ……ヒデ君、応援、しよ? がんばえー、って。はい、がんばえー、がんばえー」

「真心、そういうんじゃ駄目だぜ! あっ、また一発食らった! 立てないか、ゼオン先輩っ! いや、サスライダー!」

「がんばえー……う、うん。応援、だけじゃ、駄目だよね。……わかった、私、ちょっと……ちょっと、だけ、行ってくる」

「へ?」


 言うが早いか、座席から真心が立ち上がる。

 そして、正面のモニターが消えると同時にハッチが開いた。

 外の風が強く吹き込む中で、真心が身を乗り出してから振り返る。


「ヒデ君……少しだけ、操縦、お願い」

「ちょ、待てっ! 操縦? できる訳ねぇだろ、俺に! 俺は……無個性、なんだぞ」

「できるよ。ヒデ君、ヒーローだもの。私の、ヒーロー……その名は?」

「その名は、って……あ!」

「うん、思い出した? なら、大丈夫……私は、サスライダー、助けてくる」


 それだけ言うと、外へと真心の姿が消えた。

 彼女の背につながるケーブルが、シュルシュルと音を立ててコクピットから伸びる。一体どこまで伸びるのかと思うくらい、真っ赤なケーブルは伸び続けた。

 慌てて英友はコクピットの座席へ座った。

 背に当たるケーブルの摩擦まさつを感じながら、邪魔にならないように手で寄せる。

 その時握って、思わずドキリと心臓が跳ね上がった。


「な、何だ? このケーブル……脈打みゃくうってる、のか? まるでこりゃ、血管だぜ」


 赤いケーブルはほんのりと温かく、手にした中でドクドクと鳴動している。まるで生命いのちを宿しているかのように、真心の生命線そのものだと言わんばかりに鼓動を感じるのだ。

 だが、今はそれどころではない。

 ハッチを開けたまま冷たい空気の中、必死で英友は左右のコントロールレバーを握る。

 まるでゴムボールのような感触で、その握る強さや動かし方がグラスタラールに直結してた。それがすぐに理解できた。

 否……


「あれ……わかる。知ってるぞ! 俺、この操作をどこかで!」

『ちょっと、真心! サスライダーを支援して……って、ありゃ?』

「あ、おばさん!」


 再び光学ウィンドウが空中に浮かんで、其の中に真心の母が映る。

 彼女の背後は、よく見れば学園内のあの中央司令部だ。


『ヒデちゃん、真心は?』

「今っ、サスライダーを助けに飛び出して行きました!」

『あ、そ。ならオッケーね。どれどれ……チョイチョイ、っと』


 ウィンドウの中の女性が、そのまま手を伸べ隣に新しいウィンドウを呼ぶ。まるでそこにいるかのように、一瞬だけ出てきた白い手は立体映像みたいだった。

 そして、橋の上の激戦がズームアップされる。

 あのムチプリな肢体したいそのままのパイロットスーツ姿で、真心が光の剣を手に戦っていた。

 数で互角になったからか、サスライダーも盛り返し始めていた。


「おお……あっ! 真心、馬鹿っ! 後ろ! 後ろだ!」

『あの子、こういうの苦手なのよねえ……どんくさい上に標準科ひょうじゅんか並だしさ』

「え? あ、あれ……真心には『個性オンリーワン』、いや、『孤性ロンリーワン』があるんですよね? 身体能力だって高いはずじゃ……だって、地球圏最強ヒーローだって」

『色々あんのよ。それよりほら、もっと姿勢制御を安定させて! 真心が戻ってくるまで、ヒデちゃんがパイロットでしょ!』

「は、はいっ!」


 確かに、よく見れば真心の動きは普通だ。見た目こそ痴女ちじょめいた謎のナイスバディだが、英智の動体視力で追える程度の動きである。

 逆に、一人に集中できるようになったサスライダーなど、電光石火でんこうせっかの攻めを見せている。

 手にする光の剣を振りつつも、単体で見れば真心は苦戦して見えた。


「それはそうと……おばさん!」

『あら、なぁに?』

「俺っ、このロボット……タラスグラール、動かせるんすけど!」

『あら、当然よ。タラスグラールの操縦って、いわゆる『孤性』は必要ないもの』

「でも俺、初めて見るコクピットで……で? いや、初めてじゃないぞ? 昔……小さい頃」

『あっ、思い出したわ! ほら、マシンダーロボよ。あの人、ヒデちゃんのことをかわいがってたから……この子は将来、真心のヒーローになるんだって……そう言ってたから』


 そして、英智の脳裏にセピア色の思い出がよみがえる。

 幼少期、確かに英友は真心の家で、あの病室のような部屋でこれと全く同じコクピットに座ったことがあった。何度も何度も、それで遊んだ。ダンボールでできた手作りのものだが、それは真心の父が作ってくれた……マシンダーが作ってくれたロボの操縦席だ。


「この、タラスグラールって……もしかして、おじさんが?」

『そうよ、あたしとあの人で作ったの。……っと、終わったみたいね』


 橋の上では、ヴィランとの激闘が幕を閉じていた。真心は肩を上下させて呼吸を貪っている。足取りもふらついていて、毅然きぜんとヴィランを確保するサスライダーとは偉い違いだ。

 そして、英友は衝撃に目を見開く。

 捕らえられたヴィランの、その怪人とでも言うべき姿が光と共にしぼんでゆく。

 その中から現れたのは……。真心に告白されたあの日、複数で英友を殴った上級生の二人だった。友達のノートを取り上げた、予備科よびかのヒーロー候補生こうほせいがそこにはいたのだった。

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