第10話「出撃!鉄魂勇者タラスグラール!」

 風雲急ふううんきゅうげる。

 超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとし星立せいりつジャッジメント学園に、危機が迫っていた。

 交通のかなめでもある、町で一番の河川かせんにかかる橋……その上で今、『孤性ロンリーワン』を悪用するヴィラン達が暴れている。

 そして、彼等の力によって橋が崩壊寸前なのだ。

 天地英友アマチヒデトモあせる中で、冷静だったのは瑪鹿真心メジカマコロだ。彼女は全裸そのままのシルエットでりんとした声を小さく響かせた。


「……シャオフゥ君、オペレーターをお願いできますか? ここでタラスグラールを出します。マニュアルがあるので、それを読みつつで……最低限でいいので」

「大丈夫だよっ! 僕、真心先輩のタラスグラールはよく動画サイトで見てるから!」

「ありがとう、ございます……や、やっぱり恥ずかしい、ですね。では」


 小さな移動基地でもあるグランドアークで、大きなモニターのある席に姫小狐ヂェンシャオフゥが座る。彼はインカムを頭部に装着して「あっ」と声をあげた。

 それは、真心が後部のカーゴスペースへ移動するのと同時。

 目のやり場に困る姿が去って、英友は内心胸を撫で下ろす。


「ホッ……すげえ服だぜ、ったく」

「ね、ねえ! 見て、ヒデ君っ!」

「ん? どした?」

「このグランドアーク……搭載しているシステムや機器が、。『個性オンリーワン』や『孤性ロンリーワン』がなくても、ほら……電源が」


 システムが立ち上がり始めて、モニターに外の状況が映し出される。

 巨大トレーラーであるグランドアークを指差し見上げて、市民達は期待の眼差しを向けてくる。そんな中で、完全に道をふさいだ巨躯きょくは、車体を安定させるための車体安定脚アウトリガーが大地を掴む。

 ワクワクが隠せない様子で、外へのスピーカーをオンにしてシャオフゥが喋り出した。


「市民の皆様には、御迷惑ごめいわくをおかけしてますっ! これよりデッキアップと同時に、タラスグラールが出撃します。白線の位置までお下がり下さい。繰り返します――」


 外を映すモニターから、市民達の歓声があがる。

 立体映像で投影された白線が、グランドアークから人々を遠ざけた。

 同時に、どこかアニメソング風な音楽と同時に回転灯かいてんとうともる。シャオフゥの説明では、警告音はサイレンではなくタラスグラールの主題歌になってるらしい。

 主題歌ってなんだよ、と突っ込みたくなるのを英友は飲み込んだ。

 そして、ふと中央の席を振り返る。

 真心が座ってたであろうそこには、顔を上半分だけ覆うバイザーがあった。


「おいおい、忘れ物かよ……」

「よーしっ! それじゃあ、デッキアップ開始っ! やっぱこぉ、ガキーン! って感じのレバーって燃えるよね。ではでは、そーれっ! ガッチャーン!」

「ちょい待ちっ! これ! これこれ!」

「えっ……ヒデ君? あ、真心先輩のバイザー! ……格好いい」

「じゃねーだろ、シャオフゥ! 少し待て、届けてくる!」

「えっ、で、でもぉ……もデッキアップ、始まってるよぉ」


 グランドアークは、英友達がいる前部の制御スペースと、後部の長大なカーゴスペースで構成されている。そしてその上部は全て、車両の縦横いっぱいにタラスグラールを寝かせて運ぶデッキがあるのだ。

 急いで英友は、真心のバイザーを持ってカーゴスペースへ走る。

 その時にはもう、轟音を響かせながらデッキが徐々に持ち上がっていた。

 事故防止のゲートが閉まっているが、それをジャンプで飛び越える。

 そして、水平から垂直へと立ってゆくデッキを疾走した。


「真心! バイザー! お前っ、正体バレたらまずいんだろ! 降りることがあったら、どーすんだっ!」


 ずり落ちそうになった英友を、タラスグラールの手が受け止めてくれる。

 そして、下腹部のコクピットが開いてその中へと放り込まれた。

 同時に、完全に立ったタラスグラールの左右で固定用ケイジが白煙をあげる。プシュッ! と小さな音が響いて、長い長いポニーテイルをひるがえ鋼鉄こうてつ女神ミネルヴァが大地に立った。

 コクピットの中で視界が真っ暗になり、目の前の柔らかさから英友は顔をあげる。両手で手近な場所に踏ん張って、上体をなんとか起こした。


「ふう、お前なあ……って、オイイッ!」


 英友が顔を埋めていたのは、

 今、真心の両膝を掴んで見上げる先で、幼馴染おさななじみの少女がほおを赤らめている。


「……ヒデ君。あの……いい、よ? ヒデ君、なら」

「何がだ! そういう場合かっ! おら、バイザー!」

「あっ……そ、そうだ、忘れて、た。……届けて、くれたの?」

「おう。じゃあ、俺は降りるからよ、って!? ちょ、ちょっ! またはさむな! ムチムチ苦しいんだよ、息がっ!」


 受け取ったバイザーを被ると、真心の目元が見えなくなった。

 無数の光が左右から走るバイザーに、大きなひとみが隠されてしまう。それは、無表情の真心が本当にマシーンになってしまったように思えた。

 同時に、タラスグラールが動き出す。

 ハッチが閉じると、周囲の壁が全てモニターとなって映像を映し始めた。

 まるで空の上に真心と二人きりみたいだ。

 そして、英友を拘束したまま、内股気味うちまたぎみに真心が叫ぶ。


「世界の全てを守って戦うっ! 鉄魂勇者てっこんゆうしゃっ! タラスッ、グラールッ! はがねの乙女はっ、無敵なりぃ!」


 ノリノリである。

 あの、いつもの無機質で無感情、無表情過ぎる美少女ではない。

 あの、最強ヒーローであるタラスグラールの言葉が目の前にあった。だが、喋っている真心はバイザーで目元が見えない。心なしか恥ずかしそうだ。


「みんなっ、応援ありがとっ! じゃあ、私……行くねっ!」


 ポーズを決めてから、スッとタラスグラールが浮き上がった。

 そのまま空へと舞い上がる中、外部への回線を切った真心が小さく呟く。


「あ、あの……ヒデ君。私……恥ずか、しい」

「知らねえよ! おい、俺を下ろしてくれ! それ以前に、放せよ! く、苦し、い」

「あ……ご、ごめん、なさい。ヒデ君……大丈夫?」

「ハァ、ハァ……真心の太腿ふとももで窒息死とか、ぜってーアホだ。助かった……」


 全てがモニターとなった内壁に寄りかかって、そのまま床に崩れ落ちる。

 そんな英友を、真心は心配そうに見詰めてくる。

 元から表情がなくても、英友には真心の心も気持ちもわかるのだ。バイザーを被った程度では何も変わらない。

 真心は操縦席そうじゅうせき肘掛ひじかけに当たる部分の、左右のコンソールを握りながら喋り続ける。弾力性のある操縦桿そうじゅうかんは、スティック状というよりはまるでゴムボールだ。


「ヒデ君、危ないよ? 揺れる、から」

「おめーの方が危ないぜ……殺されるとこだった」

「……こっち、来て」

「へ?」

「ほら、私の、上に……座って」


 真心は右手で忙しく操縦を制御しつつ、ポンポンとひざを叩いてくる。

 冗談ではない。

 あの弾力と瑞々みずみずしさに、密着するなんてとんでもない。


「や、俺はほら、適当なとこで下ろしてもらえれば」

「時間、ないもの……ほら、橋……見えて、きた。ジャスティス大橋」


 振り向くと、モニターにどんどん川が広がっている。先程の幹線道路がつながる、巨大な橋が見えてきた。鉄塔からのワイヤーで吊るされた、この方舟はこぶね艦首側かんしゅがわ艦尾側かんびがわ結ぶ要衝ようしょうである。

 そして、その中央で爆発と黒煙が連鎖していた。

 真心が外部の音を拾って流せば、悲鳴と爆音が響き渡る。


「えと、じゃあ……ヒデ君、後ろに。いい? 座席の、後ろに」

「あ、ああ、わかった! 邪魔だよな、確かに」


 おずおずと回り込んで、座席の背後にピタリと身を寄せる。

 そして、英友は目撃した。

 真心の背から伸びる赤いケーブルが……。どこに行ってもついてくるあのケーブルは、真心とタラスグラールを繋げていたのだ。


「おい、真心……お前、背中の、っとお!? お、おいいっ!?」

「ヒデ君、黙って……舌、むから」


 タラスグラールが急加速で高度を落とす。

 みるみる眼下に、水面みなもを輝かせる大河が迫った。着水ギリギリで急反転、加速から制動へのGに英友は耐える。座席のヘッドレストにしがみつく。

 見れば、真心もわずかに表情を歪めていた。

 まし顔に見えても、苦悶くもんが見て取れた。

 最強のヒーローたる『孤性』を持っていても、このGはキツいのか? 一般的には『個性』や『孤性』を持つ人間は、無個性の人間より身体的にも高い能力を持っている。

 だが、真心は上昇する中で外へと向かって叫んだ。


「タラスグラールッ、見参けんざんっ! みんなの橋は私が守るっ!」


 同時に、橋の下へと回り込み、ひび割れた橋桁はしげたを両手で持ち上げる。

 両の腕を振り上げたタラスグラールに、巨大な斜張橋しゃちょうきょうの重量がのしかかってきた。

 心なしか、タラスグラールを包むジェットの音が大きくなった気がする。コクピットへと伝わってくる振動も、先程より幾分いくぶん強くて不安を誘った。

 だが、真心は複雑なコンソールへ指を滑らせ、周囲に飛んでくる光学キーボードや光学ウィンドウを処理していた。その間もずっと、機体を安定させるべく四苦八苦しくはっくしている。


「お、おい! 真心! 大丈夫、だよな? なあ!」

「……駄目、もう……限界。だから」

「だから? おいおい、頑張れよ! 俺にできることはないか?」

「それは、あるよ? もう、してる……ヒデ君、は……私の、中の、ヒーロー……パパの選んだ、マシンダー、だから。でも、でも……一つ、だけ」

「お、おう! 何でも言えっ!」


 肩越しに振り返る真心が、桜色さくらいろくちびるを小さく動かす。

 そのつやめいた質感を意識させる言葉が、英友の心へと突き刺さった。


「キッ、キキ、キス、して……!」

「……はぁ?」

「ヒデ、君の……好きな、人の、キスで……私、頑張れる、から」

「だって、お前はロボットを操縦してるだけだろ! あ、いや……だけってこと、ないよな。すまん。でも……キスだぁ!? この非常時に!」

「非常時、だから……このまま、押し潰されても、ヒデ君と、なら。でも、ヒデ君、だけは、脱出、させるね? その前に、私の……ファースト、キス……もらって、欲しいの」


 バイザーの奥で、真心が目を閉じる気配があった。

 それで、英友は意を決して……爪先立つまさきだちに身を乗り出すのだった。

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