第15話「彼女が一人で背負った真実」
夕食は、意外にも
ずらり並んだメイドを下がらせ、
高級和牛のすき焼きである。
これは季節が夏でも、正直凄く嬉しい。
「ま、真心の食いっぷりには負けるけどな」
今、夕食を終えた英友はソファに沈んでテレビを見ていた。
片付けを手伝おうと思ったのだが、
夕方のニュースでは、先日のジャスティス大橋の事件が今も報道されている。
ぼんやりそれを見ていると、突然背後から首に抱きつかれた。
「ヒデちゃぁん? 何、ニュース見てんの? チャンネル変えちゃおっか。それとも映画とか、見る? ちょーっとえっちなやつ」
巫琴が密着してきて、甘やかな匂いに包まれる。
柔らかくて温かくて、思わずドギマギしてしまった。
三年前の大惨事で、両親とは死に別れた。
だから、こうしたスキンシップに頭が真っ白になってしまう。
だが、構わずつまらなそうに巫琴はニュースへ目を細めていた。
「あの薬……オリジェネレータね、結局サスライダーの追ってた線も消えちゃった訳。で、うちの生徒が使ってたっていうのが……ちょっと、ね」
「あいつら、無事ですか? その、薬の副作用とかは」
「あら、優しいのね? 一応、知ってるんだけどぉ? ヒデちゃん、フルボッコにされてたでしょ。あの上級生に」
「……そらぁ、その、終わったことだしよ」
暴れていたヴィランの二人組は、以前体育館裏で英友と一悶着あった生徒だ。『
やはり、彼等には彼等なりの
その心の弱さが、オリジェネレータという危険な薬に手を出させてしまった。英友も、友人の
誰でも『孤性』を得てヒーローに……とても魅力的だ。
だが、それは危険な
「ま、引き続き学園でも調べてるわ。それより……ちょっと、いいかしらん?」
「え、あ、はい」
「二人っきりで、話したいことがあんのよね」
「えっ! いや、あの、ちょっと、おばさん……」
「ほら、ヒデちゃんはうちの大事なお
振り返ると、間近に巫琴の笑顔がある。
その向こうでは、真心とアーリャが洗い物と格闘していた。
英友は言われるままに立ち上がって、二人でリビングの外へ出る。夕闇せまる庭では、昼間の熱気が嘘のように涼しい風が吹いていた。
「長い夏も、もう終わりね……
「グレートポールシフト、ですよね。それでおじさんも」
「ん、
「……一瞬でしたよ。
それは、三年前に
世界は破壊の限りを尽くされ、地球圏は混迷を極めた。
異星人や宇宙怪獣も襲ってきたし、この三年間は激動だった。
そんな中で人々の希望となるのが、
「ヒデちゃん、よーく考えてねぇん。うちの真心……どぉ?」
「どぉ、って……あいつ、変ですよ? 背中にケーブル生えてるし。でも……あれは間違いなく、真心だ。その、昔俺が、好きだった……真心っすよ」
「今は?」
「……ちょ、ちょっとそれは! そりゃ、昔は
だが、巫琴の目は笑ってはいなかった。
彼女は庭だけを眺めながら、己の
「ヒデちゃんがね、もし真心を今も好きでいてくれたら……おばさん、とーっても嬉しいの。真心には誰かが……支えてくれる子が、必要だから」
「ああ、それくらい当然っすよ! 俺ぁ、無個性で何の力もないけど……真心の手伝いくらいなら何でも!」
「……そういう軽いレベルの話じゃないのよねぇ、ふふ」
そして、英友は知る。
衝撃に呼吸と鼓動が止まるくらいの、真実を。
「三年前のグレートポールシフト……あれを引き起こしたのは、真心よ」
「……は?」
「あの子の『孤性』が暴走したの」
「え、あ、ちょっと待ってくださいよ。あいつの『孤性』っていったい」
「あの子は、いうなれば
巫琴の言葉が理解できなかった。
だが、理解を求めるように彼女の声は緊張感を帯びてゆく。
瑪鹿真心に芽生えた『孤性』、それは膨大な力そのもの。他の『孤性』を持つ者達のような、優れた身体能力は全くない。だが、ただの常人が抱えるにしては、その力は大き過ぎた。
だから、ずっとベッドで安静にしてなければいけなかった。
そんな
そして生まれたのが……真心と有線接続され、彼女を動力とするスーパーロボット、タラスグラールだ。いわば、真心のリミッターであり、巨大な余剰エネルギーを発散させるための装置。
だが……その起動実験の時に悲劇が起きた。
「今も原因は不明なの……タラスグラールの最初の起動実験、三年前のあの日……真心の力は暴走した。……暴走させられたとも思えるんだけど」
「じゃ、じゃあ」
「ええ、そうよ。地球で何十億人も死んだグレートポールシフトは、真心がやったの」
「……俺の両親は」
「そういうことよ」
あまりにスケールが大きくて、英友には実感がわかなかった。
だが、あの
それを振り払うように、英友は大きく首を左右に振った。
「そうだとしても、でも……じゃあ」
「真心ね、あの子……感情表現が不器用でしょ? 昔からそう……激しい運動も、
だが、終わったのは多くの人間の日常だった。
今までの価値観が全て崩壊してしまったのだ。
そして、その
「だから、ヒデちゃん……あの子を支えてほしいの。それをあの子も望んでいるけど……きっと、上手く言えないだろうから」
そう言って、巫琴はポケットから何かを取り出した。
少し大きめの腕時計のような、ブレスレットのような機械だ。スマートフォンみたいなタッチパネルを兼ねた画面がついている。
赤青黄色というトリコロールカラーが、どういった品か無言で物語っていた。
「これを、受け取ってくれる? あの子を助けるために必要なものよ」
「お、俺に何を……何をやれって言うんですか」
「ヒデちゃんがやりたいことだと思ってくれたら、これは力を与えてくれるわ。今度暴走すれば、この宇宙すら消し飛ばしてしまう……そんな真心を救う力なの」
そっと差し出されるそれに、手を伸ばすことができない。
ただ、震えて立ち尽くすしかできないのだ。
それほどまでに、ショッキングな話が続き過ぎた。
そして、普段のゆるい笑顔で巫琴が話すジョークではない。真剣な表情が自然と、あるがままの真実だけを伝えてくる。
「おっ、おお、俺は……」
「お願い、ヒデちゃん。あの子と一緒に世界を守って。あの子に二度と、世界を壊させないでほしいの。そのために、
「む、無理ですよ。そんな……俺には、話がデカ過ぎて。それに……あの、俺の親が……それって、真心が」
思わず英友は目を
背を向けてしまった。
黙って地面の一点を見詰めるしかない。
だが、そんな彼の背をそっと巫琴が抱いてくれる。
「ん、ゴメンね……ヒデちゃん、あたしの
「いや、おばさん。俺は……」
「ごめんなさい。ただ……それでも、これだけはお願い。真心を一人にしないであげて。ナンバーワンであることは、孤独だから」
それだけ言って、巫琴が頭を
英友は、弱々しく
そして、サッシがレールを走る音とともに、アーリャの声が響く。
「ちょ、ちょっと学園長! ヒデから離れてくださいっ! 何やってんですか、いい大人が!」
「んー、大人だから? んふふ、アマーラちゃんにはない大人の
「アタシはアーリャですっ! あ、ほら、真心先輩も! 何か言ってやってください!」
英友は、あとから来た真心を直視できなかった。
だが、真心は真っ直ぐ英友だけを見て、前に回ると正面から抱き付く。
「あっ、真心先輩まで! なんて親子なのっ!」
「……アーチャーも、来れば?」
「アーリャですっ! ……しょ、しょうがないわね。真心先輩がそう言うなら」
真心のジャージを借りて着るアーリャも、ぴたりと張り付いてくる。
だが、
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