第15話「彼女が一人で背負った真実」

 夕食は、意外にもなべだった。

 ずらり並んだメイドを下がらせ、瑪鹿巫琴メジカミコトが自ら鍋奉行なべぶぎょうを買って出たのだ。

 高級和牛のすき焼きである。

 これは季節が夏でも、正直凄く嬉しい。

 天地英友アマチヒデトモだって、まだまだ食い盛り育ち盛りの16歳なのだから。


「ま、真心の食いっぷりには負けるけどな」


 今、夕食を終えた英友はソファに沈んでテレビを見ていた。

 片付けを手伝おうと思ったのだが、瑪鹿真心メジカマコロとアーリャ・コルネチカにキッチンから追い出されてしまったのである。二人は以前より仲がいいような、そうでもないような。張り合って洗い物を片付ける背中を見ると、自然とほおゆるむ。

 夕方のニュースでは、先日のジャスティス大橋の事件が今も報道されている。

 ぼんやりそれを見ていると、突然背後から首に抱きつかれた。


「ヒデちゃぁん? 何、ニュース見てんの? チャンネル変えちゃおっか。それとも映画とか、見る? ちょーっとえっちなやつ」


 巫琴が密着してきて、甘やかな匂いに包まれる。

 柔らかくて温かくて、思わずドギマギしてしまった。

 三年前の大惨事で、両親とは死に別れた。

 だから、こうしたスキンシップに頭が真っ白になってしまう。

 だが、構わずつまらなそうに巫琴はニュースへ目を細めていた。


「あの薬……オリジェネレータね、結局サスライダーの追ってた線も消えちゃった訳。で、うちの生徒が使ってたっていうのが……ちょっと、ね」

「あいつら、無事ですか? その、薬の副作用とかは」

「あら、優しいのね? 一応、知ってるんだけどぉ? ヒデちゃん、フルボッコにされてたでしょ。あの上級生に」

「……そらぁ、その、終わったことだしよ」


 暴れていたヴィランの二人組は、以前体育館裏で英友と一悶着あった生徒だ。『個性オンリーワン』はあるが『孤性ロンリーワン』程ではない、ヒーロー候補生こうほせい予備科よびかに属する男子達である。

 やはり、彼等には彼等なりの鬱屈うっくつがあるのだろう。

 その心の弱さが、オリジェネレータという危険な薬に手を出させてしまった。英友も、友人の姫小狐ヂェンシャオフゥが興味をかれていたことを思い出す。

 誰でも『孤性』を得てヒーローに……とても魅力的だ。

 だが、それは危険な魔性ましょうをはらんでいる。


「ま、引き続き学園でも調べてるわ。それより……ちょっと、いいかしらん?」

「え、あ、はい」

「二人っきりで、話したいことがあんのよね」

「えっ! いや、あの、ちょっと、おばさん……」

「ほら、ヒデちゃんはうちの大事なお婿むこさんな訳だし、ね? 明るい家族計画のためにも」


 振り返ると、間近に巫琴の笑顔がある。

 その向こうでは、真心とアーリャが洗い物と格闘していた。

 英友は言われるままに立ち上がって、二人でリビングの外へ出る。夕闇せまる庭では、昼間の熱気が嘘のように涼しい風が吹いていた。


「長い夏も、もう終わりね……地軸ちじくゆがんで、あちこちもう大変」

「グレートポールシフト、ですよね。それでおじさんも」

「ん、マコトさんはきっと生きてると思うけどぉ。でも、ヒデちゃんの御両親ごりょうしんは」

「……一瞬でしたよ。津波つなみが来て、街が飲み込まれちまって」


 それは、三年前に突如とつじょとして起こった天変地異てんぺんちいだ。

 世界は破壊の限りを尽くされ、地球圏は混迷を極めた。火星圏かせいけん木星圏もくせいけん自治独立運動じちどくりつうんどうも加速したし、あらゆる国家が地球再建のために既得権益きとくけんえきを捨てざるを得なかった。

 異星人や宇宙怪獣も襲ってきたし、この三年間は激動だった。

 そんな中で人々の希望となるのが、星立せいりつジャッジメント学園なのだ。


「ヒデちゃん、よーく考えてねぇん。うちの真心……どぉ?」

「どぉ、って……あいつ、変ですよ? 背中にケーブル生えてるし。でも……あれは間違いなく、真心だ。その、昔俺が、好きだった……真心っすよ」

「今は?」

「……ちょ、ちょっとそれは! そりゃ、昔はよめにするとか言ってたけど」


 だが、巫琴の目は笑ってはいなかった。

 彼女は庭だけを眺めながら、己のひじを抱くようにして言葉を続ける。


「ヒデちゃんがね、もし真心を今も好きでいてくれたら……おばさん、とーっても嬉しいの。真心には誰かが……支えてくれる子が、必要だから」

「ああ、それくらい当然っすよ! 俺ぁ、無個性で何の力もないけど……真心の手伝いくらいなら何でも!」

「……そういう軽いレベルの話じゃないのよねぇ、ふふ」


 そして、英友は知る。

 衝撃に呼吸と鼓動が止まるくらいの、真実を。


「三年前のグレートポールシフト……

「……は?」

「あの子の『孤性』が暴走したの」

「え、あ、ちょっと待ってくださいよ。あいつの『孤性』っていったい」

「あの子は、いうなれば特異点とくいてん……一人の人間としては信じられないレベルのエネルギーのかたまりなの。原子炉とか核融合とか、そういうレベルじゃない。ビッグバンにも匹敵するエネルギーがあの身体に詰まっているのよ」


 巫琴の言葉が理解できなかった。

 だが、理解を求めるように彼女の声は緊張感を帯びてゆく。

 瑪鹿真心に芽生えた『孤性』、それは膨大な力そのもの。他の『孤性』を持つ者達のような、優れた身体能力は全くない。だが、ただの常人が抱えるにしては、その力は大き過ぎた。

 だから、ずっとベッドで安静にしてなければいけなかった。

 そんな愛娘まなむすめを、両親の誠と巫琴は不憫ふびんに思ったのだ。

 そして生まれたのが……真心と有線接続され、彼女を動力とするスーパーロボット、タラスグラールだ。いわば、真心のリミッターであり、巨大な余剰エネルギーを発散させるための装置。わずか数億分の一の力で稼働するタラスグラールは、あっという間に最強ヒーローとなったのである。

 だが……その起動実験の時に悲劇が起きた。


「今も原因は不明なの……タラスグラールの最初の起動実験、三年前のあの日……真心の力は暴走した。……暴走させられたとも思えるんだけど」

「じゃ、じゃあ」

「ええ、そうよ。地球で何十億人も死んだグレートポールシフトは、真心がやったの」

「……俺の両親は」

「そういうことよ」


 あまりにスケールが大きくて、英友には実感がわかなかった。

 だが、あの未曾有みぞう大災害だいさいがいが、自分の初恋の少女によって引き起こされた……それは、戸惑とまどいの中で暗い感情をつのらせ始める。

 それを振り払うように、英友は大きく首を左右に振った。


「そうだとしても、でも……じゃあ」

「真心ね、あの子……感情表現が不器用でしょ? 昔からそう……激しい運動も、喜怒哀楽きどあいらくの大きな感動も、全部取り上げるしかなかった。あの子が『孤性』を制御できなかったから。少し大きくなって、タラスグラールが完成して……そんな日々が終わると思ったわ」


 だが、終わったのは多くの人間の日常だった。

 今までの価値観が全て崩壊してしまったのだ。

 そして、その罪滅つみほろぼしの意味も込めて、真心は日々戦っている。自分が壊した世界が、これ以上壊れないように守っているのだ。全てを終わらす無限の力を、その身に深く沈めて……それを、ケーブルを通して最強の鉄魂勇者てっこんゆうしゃそそいで戦うのだ。


「だから、ヒデちゃん……あの子を支えてほしいの。それをあの子も望んでいるけど……きっと、上手く言えないだろうから」


 そう言って、巫琴はポケットから何かを取り出した。

 少し大きめの腕時計のような、ブレスレットのような機械だ。スマートフォンみたいなタッチパネルを兼ねた画面がついている。

 赤青黄色というトリコロールカラーが、どういった品か無言で物語っていた。


「これを、受け取ってくれる? あの子を助けるために必要なものよ」

「お、俺に何を……何をやれって言うんですか」

「ヒデちゃんがやりたいことだと思ってくれたら、これは力を与えてくれるわ。今度暴走すれば、この宇宙すら消し飛ばしてしまう……そんな真心を救う力なの」


 そっと差し出されるそれに、手を伸ばすことができない。

 ただ、震えて立ち尽くすしかできないのだ。

 それほどまでに、ショッキングな話が続き過ぎた。

 そして、普段のゆるい笑顔で巫琴が話すジョークではない。真剣な表情が自然と、あるがままの真実だけを伝えてくる。


「おっ、おお、俺は……」

「お願い、ヒデちゃん。あの子と一緒に世界を守って。あの子に二度と、世界を壊させないでほしいの。そのために、Youが必要なのよ」

「む、無理ですよ。そんな……俺には、話がデカ過ぎて。それに……あの、俺の親が……それって、真心が」


 思わず英友は目をそむけてしまった。

 背を向けてしまった。

 黙って地面の一点を見詰めるしかない。

 だが、そんな彼の背をそっと巫琴が抱いてくれる。


「ん、ゴメンね……ヒデちゃん、あたしの親馬鹿おやばかには付き合えないよね。真心一人で背負わせるには辛過つらすぎるからって、君の恋心につけいろうとした」

「いや、おばさん。俺は……」

「ごめんなさい。ただ……それでも、これだけはお願い。真心を一人にしないであげて。ナンバーワンであることは、孤独だから」


 それだけ言って、巫琴が頭をでてくれる。

 英友は、弱々しくうなずくことしかできなかった。

 そして、サッシがレールを走る音とともに、アーリャの声が響く。


「ちょ、ちょっと学園長! ヒデから離れてくださいっ! 何やってんですか、いい大人が!」

「んー、大人だから? んふふ、アマーラちゃんにはない大人の色香いろかなの。ヒデちゃんもイチコロよん?」

「アタシはアーリャですっ! あ、ほら、真心先輩も! 何か言ってやってください!」


 英友は、あとから来た真心を直視できなかった。

 だが、真心は真っ直ぐ英友だけを見て、前に回ると正面から抱き付く。


「あっ、真心先輩まで! なんて親子なのっ!」

「……アーチャーも、来れば?」

「アーリャですっ! ……しょ、しょうがないわね。真心先輩がそう言うなら」


 真心のジャージを借りて着るアーリャも、ぴたりと張り付いてくる。

 だが、三者三様さんしゃさんような香りとぬくもりに包まれながらも……英友は呆然ぼうぜんとしたまま立ち尽くすしかできないのだった。

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