第3話「星立ジャッジメント学園」

 ブレザー姿の少年少女が、走る。

 行き交う生徒達は皆、標準科ひょうじゅんか無個性むこせいな子供達だ。

 その中では、転校したてで詰襟姿つめえりすがた天地英友アマチヒデトモは目立った。

 広い校舎こうしゃの中では、時々凄いスピードで誰かが駆け抜けてゆく。その風圧を感じた時には、走り去る背中は見えなくなっていた。皆が皆、『孤性ロンリーワン』を持つヒーロー達だ。

 そして、英友は同級生達に続いて開けた空間へと到着する。


「何だ? 講堂こうどうか何かか?」


 そこは、全校生徒3,000人以上を収容できる巨大な多目的ホールだ。

 ずらりと並んだ椅子に人影はなく、ステージの上にもグランドピアノしかない。

 だが、先頭を走っていたアーリャ・コルネチカがデカいピアノの前で振り返る。


「みんな、用意はいい? 今日もしっかりやって、標準科も頑張ってるって見せてやるのよ! じゃ……行くわよっ!」


 彼女はピアノの鍵盤蓋けんばんぶたを開き、細い指で鍵盤を鳴らす。

 決められた順序があるのか、音楽をかたどらぬ調べが静かに響いた。

 そして、突如とつじょとして微動びどうにホール自体が震え出す。

 地震かと思ったその瞬間、英友は驚きに声をあげた。


「ピアノが!? どうなってやがる!」


 

 たてに両断されて分かれたのだ。

 そして、その下に入口のようなものが現れる。

 暗闇を湛えて内部が見えない穴へと、アーリャは颯爽さっそうと身をひるがえした。他の同級生達も、当然のように暗闇へと身を投じる。

 呆気あっけにとられていると、英友はガシリと腕をかれた。

 見下ろせば、小柄な姫小狐ヂェンシャオフゥが見上げてくる。


「ヒデ君、初めてだよね? 大丈夫だよっ、痛くないから。僕が優しく教えてあげる」

「いや、ちょっと待てシャオフゥ!」

「さ、行くよっ!」


 グイグイと英友を引っ張りながら、シャオフゥが謎の穴へと連れてゆく。

 抵抗する間もなく、訳も分からなぬままのダイブ。

 ダストシュートのような急勾配きゅうこうばいの中を、英友は無様な絶叫を張り上げながら滑り落ちた。だが、その身にひっついているシャオフゥは全く動じた様子がない。

 やがて、光が見えてきたかと思った、その瞬間には視界が白く染まっていた。

 硬い金属の床へと英友は放り出される。

 無数の光が乱舞する中では、多くの生徒達が働いていた。


「こいつぁ……おい、シャオフゥ! ……とりあえず、どけ。思ったよりは重い」

「あ、ごめん。二人で入ったから、着地に失敗しちゃったね」


 突っ伏す英友の背からおずおずと降りて、シャオフゥは手を差し出してくる。

 愛らしい笑顔で、彼はうれしそうにはにかんだ。


「ようこそ、ヒデ君っ! 星立せいりつジャッジメント学園へ!」


 ――星立ジャッジメント学園。

 それが地球圏で唯一の、ヒーロー育成校。同時に、十代のヒーロー達の活躍を前提とした、世界の平和を守る超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしである。

 そして、ここがその中枢、中央司令部とのことだった。

 そう言えば、縦横高さとダダッぴろい中、中央の一番高い所に学園長がいる。

 無数に行き交う光は、空気中の水分を極薄ごくうす凝結ぎょうけつさせた光学ウィンドウである。それぞれの『個性オンリーワン』を持つ生徒達が、無数の光学キーボードを叩きながらそれをやり取りしていた。


「僕達のセクションはこっちだよ、ヒデ君」

「お、おう……何かすげーな、漫画みてーだ」

「ふふ、僕も最初はそう思ったんだ。ワクワクするよね! ちなみにこの星立ジャッジメント学園は、地球や月面都市げつめんとしから集められたエリートぞろいなんだ。各国や国連で対処不能な災害などを、独自の権限で救助、阻止できるんだあ」


 ヒーローのこととなると、シャオフゥは饒舌じょうぜつになる。

 彼に従って英友が連れて行かれたのは、これぞ超科学文明といった周囲とは雰囲気をことにする部署だ。中央司令部のすみっこに、少し窮屈きゅうくつそうに机が並んでいる。

 そこには、今時ちょっと見ないコードとダイヤルの黒電話。

 そして、大きさの割には低スペックだが、無個性の人間でも使えるパシコン。

 この時代、あらゆる兵器、武器、家電製品から携帯端末にいたるまで全て……『個性』か『孤性』を持つ人間の、その力をみなもとに動くようになっている。

 だから、英友は一人では、エレベーターに乗ることすらできない。ネットや電話も、公共料金の支払いも、全て百年前の機器がなければできないのだ。


「さ、僕のとなりに座って」

「お、おう。ここで何を……」

「見ててね、これも大事なお仕事だから! 頑張ろっ!」


 言うが早いか、一斉に全員の電話機が鳴り出す。

 一番に取ったのは、先頭の席に座るアーリャだ。


「もしもし、こちら星立ジャッジメント学園でございます。只今、ヒーローの出動にともなう防衛都市全体の若干じゃっかんの移動がございまして……ええ、ええ、はい。申し訳ありません、大変御迷惑をおかけしております!」


 短い付き合いでも、アーニャがはなぱしらの強いお転婆娘てんばだということは知っている。その彼女が、律儀に何度も受話器と一緒に頭を下げていた。

 見れば、周囲の同級生達も同じことを繰り返している。

 鳴り止まない電話に対応し、謝罪してまた次の電話を取る。

 勿論もちろん、隣のシャオフゥも英友に構っている余裕がなさそうだった。

 とりあえず英友も、目の前の黒電話から受話器を持ち上げてみる。


「もしもーし、えっと……星立ジャッジメント学園だ――」

つながった! おいおい、いきなりヒーローの出動だって? 電車だよ、電車!』

「……は?」

『電車が全部止まっちゃってるの! どういうことだよ、会社の会議に間に合わないだろう! お前等が守る人類の平和ってのに、俺の仕事と家族の食い扶持ぶちは入ってないのか!』

「はあ……」


 チラリと横を見れば、シャオフゥが視線でうながしてくるのは……謝罪だ。

 彼は手元のメモ用紙に『とりあえずあやまって』と走り書きして、それを手渡してくる。その間もずっと、隣の英友に聴こえるくらいの声で電話の相手は怒鳴どなりまくっていた。

 とりあえず、わかった。

 理解した。

 ここはつまり、

 だが、英友は一度深呼吸して再度通話の相手へと身を正す。


「俺は星立ジャッジメント学園、標準科一年! 天地英友だ!」

『はぁ? そんなこと聞いてないよ、遅刻だよ遅刻! 大事な会議なの!』

「あんたが困ってるのはわかった、でもヒーローだって大変なんだよ。だから悪いんだけど、堪忍かんにんしてもらえな――」

『馬鹿にしてんのか!? ヒーローは無敵で万能だからヒーローだろうが! ……あのなあ、ボウズ。俺だって昔はヒーローだったんだぜ? それくらいわかんの!』

「え? そうなの?」


 素直におどろく英友に、男は語ってくれた。

 誰もが持つ『個性』と違って……特別な力である『孤性』は永遠ではない。歳月を重ねる中で、ある日突然『個性』へレベルダウンするのだ。それが明日なのか、一年後なのか……今も誰にもわからない。だが、少なくとも二十代もなかばを過ぎて『孤性』を維持できた人間は、いないらしい。

 それでようやく英友も合点がてんがいった。

 日頃からニュースは遠ざけてきたが、地球圏で戦うヒーロー達は皆が若人わこうどだ。

 それも、十代の少年少女が圧倒的に多い。


『俺が現役の頃はねえ、これくらいで電車を止めたりはしなかった! ヒーローってのは、命だけじゃなく、そのいとなみ、らしを守るもんだよ! わかってんのか!』

「……るせーな、わかるかっ! 俺は、俺はっ! ヒーローじゃねえ!」

『なっ……!』

「16歳になっても『孤性』どころか『個性』も出てこなかった! お陰で社会じゃ、お荷物扱いだ! ……ここでしか生きてけねえんだよ!」


 そう、標準科の目的の一つは……保護ほごだ。

 百年かけて『個性』が当たり前の理想社会を作り出した人類は、その中で無個性のごくごく少数の人間を閉じ込めたのだ。

 生活は一定水準で保証され、仕事も与えられる。

 だが、世界のことわりから隔絶かくぜつされた者達……それが無個性の人間だった。

 その後も電話の相手はがなりたてていたが、耳から遠ざけた受話器を英友は置く。黙ったかと思った電話機は、再び空気を沸騰ふっとうさせて鳴り出した。

 ひったくるように手に取るなり、怒りのたけをぶちまける。


「またか……るせえんだよ、ゴルァ! アチコチに手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろーか!? どうすりゃだまんだ、言ってみろ!」

『えっと、じゃあ……!』

「……は? あ、いや、この声……まさか」

『もぉー、英友君ってばえっち……男の子だもんね! アチコチに突っ込みたいよね』

「あ、いや、違う! 違うぞ、それは違う! 違うんだ、真心マコロっ!」


 どういうわけか、受話器の向こうに先程再会した人物が笑っていた。

 彼女の名は、瑪鹿真心メジカマコロ……英友の幼馴染おさななじみだ。

 たしか彼女は、自分そのものな美少女型巨大びしょうじょがたきょだいロボットで、地球圏最強ヒーローをやってるはずだ。それが何故、ここに通話がつながってしまったのだろう。


『んと、出撃待ちなんだけど……ちょっと急いだ方がいいみたいなんだー? それで、カタパルトの優先順位、繰り上げてほしくって。だけど回線、混んでてさ。でもでも、英友君に繋がるなんて……これって運命だねっ!』

「んな訳あるかっ! ……で? 何をすりゃいい? やべぇのが来てるのか?」

だと思う。先月、月軌道上で派手に迎撃した、その破片の一つが……なんていうか、地球に落ちて自己修復、自己進化した? 的な?』


 真心の声は落ち着いている。

 言われるままにパソコンを操作し、何やら怪しいパスコードを入力させられた。自分でも非合法なことをしてる雰囲気を感じていたが、真心は緊急の措置そちだからと緊急アクセス作業を続行させてくる。クラシカルなデスクトップの液晶画面に、カタパルトへと歩く真心の姿が映った。

 それは、巨大なはがね女神ミネルヴァ……真心の戦う姿、タラスグラールだ。

 カタパルトに両足を乗せて、カメラへ微笑ほほえみ彼女はカメラへブイサイン。


『ありがとっ、英友君。ね……あとで放課後、会えるかな?』

「あ、ああ……ってか、緊張感ないな、真心」

『だって私、最強だもーん? じゃあ、瑪鹿真心! タラスグラール! いっきまーっす!』


 リニアカタパルトの電圧が、最大出力で少女を打ち出した。

 あっという間にその姿は、大空の向こうへと見えなくなった。同時に通話が切れて、英友はほっと一息。自分が知っている、あのむっつりとした真心とは全然違う。いつも物静かで、自室のベッドで本を読んでいた……本を読んでくれた、深窓しんそう令嬢れいじょう。そういう雰囲気は全くなかったが、明朗めいろう快活かいかつな声はどこか聞き心地がいい。


「ったく……真心、元気じゃねえかよ。しかし自分で言うかね、最強ってよ。……ん?」


 その時、隣のシャオフゥが電話対応しながら、英友を頼ってきた。彼は「少々お待ちください」といって受話器に手を当てると、泣きそうな顔で英友を見上げてくる。


「ど、どうしよ……ヒデ君、初めてのケースだよぉ。マニュアルにもこんなの載ってなくて」

「あンだよ、どした?」

「この街の外れで今、釣り人が車ごと落ちそうだって。きっと都市全体が動いたから……先生に言えばいいのかな、えっと……あ、あれ? ヒデ君?」

「場所は! どこだっ! 地図出せ、地図っ!」


 英友は立ち上がるなり、シャオフゥにマウスをたぐらせる。

 そして、地図が表示された次の瞬間には走り出していた。

 不思議と耳の奥に残る幼馴染の声が、少しだけ彼に勇気をくれていた。

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