第2話「天地英友を包む世界」
どうやらあのあと、気絶して運ばれたらしい。
節々が痛む身体は、巨大な鋼鉄の手が助けてくれたのを覚えていた。
「クソッ、何だありゃ……でも、確かに見た目は
ゆっくりと英友は、幼少期の思い出を
――
彼女は五、六年前まで隣の大豪邸に住んでた
英友が引っ越すまでずっと、姉のような存在であり、姉を超えた未来を
そのことを思い出すと、顔から火が出そうなほどに
「……まあ、あれも『
強がりつつ、悲観しても始まらない現実へと復帰する。
教室に戻ると、
その中で、真っ先に
男子の制服を着ているが、見た目も相まって性別不明の
「天地君!
「かすり傷だ。それより、オラ! こいつを返すぜ」
「あっ……僕の研究ノート。も、もしかして、これを取り返しに!?」
「ついでだ、ついで。
嘘だ。
コテンパンにやられた。
『
上に『孤性』を持つ現役エリートヒーロー、
自分もいつか、『個性』を『孤性』まで高めてやる……そういう意気込みが、
英友はその甘えた根性が大嫌いである。
「あ、あのっ、天地君……あ、ありがと。僕、何もお礼できないけど、その」
「るせーな、そういう
「シャオフゥでいいよ、だから……僕も、英友君って読んでいいかな」
「す、好きにしろっ! あと、ひっつくな! ……ヒデでいいぜ、みんなそう呼ぶ。呼んで、くれてたんだけどな……昔の仲間は」
少年の名は、姫小狐。
名前が示す通り、大陸人だ。地球圏三大国家の一つ、
なんとなくいい
そうこうしていると、
「なら、アタシも当然ヒデって呼ぶわね! ……で? 何で午後の授業、サボタージュしたのかしら」
このクラスの総勢34名が標準科……過去において普通の一般人と呼ばれていた無個性の人間である。16歳までに『個性』が発現しないと、この特別な学園に集められるのだ。
「えっと……委員長? だっけ?」
「クラス委員長のアーリャ・コルネチカよ。ちゃんと覚えて
「そう、アリャリャのアーリャちゃん……ほんで?」
「授業のサボタージュなんて、許されないわ! 理由を聞かせてもらおうかしら!」
名前でからかっても、全く動じずグイとアーリャが身を乗り出してくる。
人差し指を突きつけ上体を押し出してくるので、思わず英友はのけぞった。なんて押しの強い女だと、内心
シャオフゥの
もっとも、この美少女過ぎる美少年に肉体的な
「えっと……その、校舎裏で」
「
あうあうとシャオフゥが
事実はちょっと違った。
シャオフゥの大事なノートを、
たまたま目撃した英友が、それを勝手に追いかけたのだ。
そのことをしどろもどろにシャオフゥが説明してくれる。
英友も
「まあ、そんな感じだ。あと、デケェ幼馴染、つーか、デケェ女のロボットに助けられた」
「えっ! ヒデ君、それってもしかして……あ、あのっ!」
突然、シャオフゥが興奮し出した。
彼はハスハスと鼻息も荒く、先程渡してやったノートをめくる。その手はもどかしさに震えていた。
シャオフゥの研究ノートには、写真や新聞の切り抜き、何より彼自身の文字がびっちりと散りばめられている。それはいわば、ヒーローになれない彼の
「これ! これ見て、ヒデ君っ! この人だよね!」
「んー、人っつーか、ロボットだけどな。おう、こいつだ」
「しゅごい……
「てか、格好悪いことに助けられた……クソッ、腹ぁ立ってきたぜ、思い出したら!」
「助けられた! ふぁ……
「タラスグラール?」
――タラスグラール。
どうやらそれが、例の美少女型ロボットの名前らしい。
皆にも見せるようにして、興奮状態のシャオフゥがノートを大きく広げる。そこに
まさしく、
どう見ても巨大な美少女そのもので、やはり
そう、タラスグラールというロボットは幼馴染の真心そのものだった。
「全高17.5m、公式重量49t! 陸海空、そして宇宙と場所を選ばぬ万能スーパーロボットだよ! 救済達成率99.99%、地球圏の現役最強ヒーローなんだよっ!」
「わ、わかった、わかったから……そんなに有名なのか、あいつ」
「そうだよ! この学園の生徒だって以外、全てが謎に包まれてるんだから」
「お、おう」
やはりシャオフゥは猛烈にヒーローが好きなようだ。聞いてもいないのに、タラスグラールとやらのスペックや活躍、今までの戦績などをマシンガンのように
そして、
「な、何だよ、アーリャ」
「別に? 理由があるなら別にいいの。ゆ、許すわ!」
「いや、お前に許してもらわなくても俺は」
「うっ、うるさいわね! ほらっ、授業のノート取っといてあげたから、すぐに
周囲の同級生達も、事情を知ったからか笑顔になった。
ここにいるのは皆、無個性の少年少女ばかりだ。いがみ合う必要もないし、時には助け合わなければ暮らしていけない。
何より、この場所に来たということが一種の
だが、英友は
無個性な自分にだって、できることはある。
みんなを守れるヒーローになれると信じて疑わない。
だから、同級生一人救えない自分ではいられなかったのだ。
「ほらっ、ホームルームが始まっちゃう! さっさとノートを」
「わーった、わーったから! アリャマー、ってか? 本当におせっかいな奴だぜ」
「何か言った?」
「なっ、何でもねぇよ! それより――」
英友がアーリャとシャオフゥに挟まれ、ドギマギしていたその時だった。
不意に校内に警報が響き渡る。
それは、ヒーローの出動要請を
光学表示端末になっている黒板にも、『
そして、緊迫した声で校内放送が危険を知らせてきた。
『緊急事態発生、東京湾内に異常反応! スケール
瞬時に同級生達は動き出した。
全員が訓練された動きで、廊下へと駆け出す。
転校してきてまだ数日だったが、英友も説明だけは聞かされていた。
無個性の標準科でも、この学園では仕事がある。
平和を守る大事な仕事が。
「ほらっ、シャオフゥ! ヒデも! 行くわよっ!」
「う、うんっ! ヒデ君、僕についてきて……今日は初めてだし、見学してね。何かあったら僕がサポートするから」
英友の手を握って、シャオフゥが走り出す。
その先を
そして英友は思い出す。
そのヒーローになるという夢を、まだ英友は捨ててはいなかった。
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