第2話「天地英友を包む世界」

 天地英友アマチヒデトモが保健室で目覚めた時には、既に五時間目の授業が終わっていた。

 どうやらあのあと、気絶して運ばれたらしい。

 節々が痛む身体は、巨大な鋼鉄の手が助けてくれたのを覚えていた。


「クソッ、何だありゃ……でも、確かに見た目は真心マコロだった」


 ゆっくりと英友は、幼少期の思い出を紐解ひもとく。

 ――瑪鹿真心メジカマコロ

 彼女は五、六年前まで隣の大豪邸に住んでた幼馴染おさななじみだ。一つ歳上で、病弱なのかずっとベッドの上だった。濡烏ぬれがらすという形容を教えてくれた長い黒髪に、白い肌。いつも無表情で、無感動で……でも、無個性の英友に優しかった。

 英友が引っ越すまでずっと、姉のような存在であり、姉を超えた未来をみちかった仲。

 そのことを思い出すと、顔から火が出そうなほどにほお火照ほてる。


「……まあ、あれも『孤性ロンリーワン』なんだろうな。ロボットみてえになってた。俺とはもう、違う人間だぜ、ヘッ!」


 強がりつつ、悲観しても始まらない現実へと復帰する。

 教室に戻ると、満身創痍まんしんそういの英友に誰もが振り返った。

 その中で、真っ先に小柄こがらな少年が駆けてくる。

 男子の制服を着ているが、見た目も相まって性別不明の少女然しょうじょぜんとした少年だ。便宜上べんぎじょう彼と呼ばれる少年は、子犬のように英友にグイグイ迫ってくる。


「天地君! ひどい怪我……どうしたの? 大丈夫?」

「かすり傷だ。それより、オラ! こいつを返すぜ」

「あっ……僕の研究ノート。も、もしかして、これを取り返しに!?」

「ついでだ、ついで。予備科よびかの連中、ウゼェんだよ。シメてやったぜ!」


 嘘だ。

 コテンパンにやられた。

 『個性オンリーワン』を持てども『孤性ロンリーワン』にならない、そんなヒーロー候補生こうほせい達が通う予備科の人間には、変に選民思想せんみんしそう的な生徒がわずかながら存在した。

 上に『孤性』を持つ現役エリートヒーロー、英雄科えいゆうかがあるからだ。

 自分もいつか、『個性』を『孤性』まで高めてやる……そういう意気込みが、空回からまわる時。下に無個性の標準科ひょうじゅんかがいることで連中は安心する。そこへの優位性を確かめれば、なぐさめになるのだ。

 英友はその甘えた根性が大嫌いである。


「あ、あのっ、天地君……あ、ありがと。僕、何もお礼できないけど、その」

「るせーな、そういうせつない顔すんな。や、やべぇじゃんかよ……ええと、姫小狐ヂェンシャオフゥ?」

「シャオフゥでいいよ、だから……僕も、英友君って読んでいいかな」

「す、好きにしろっ! あと、ひっつくな! ……ヒデでいいぜ、みんなそう呼ぶ。呼んで、くれてたんだけどな……昔の仲間は」


 少年の名は、姫小狐。

 名前が示す通り、大陸人だ。地球圏三大国家の一つ、中華神国ちゅうかしんこくの出身である。

 なんとなくいいにおいが漂ってきそうな、そんなほがらかな笑みでシャオフゥがじゃれてくる。転校してきたばかりなのに、すっかりなつかれてしまった。

 そうこうしていると、刺々とげとげしい声が貫いてくる。


「なら、アタシも当然ヒデって呼ぶわね! ……で? 何で午後の授業、サボタージュしたのかしら」


 眼鏡めがねにツインテールの少女が、腕組み英友をすがめていた。左右に分けた前髪の奥で、見事なオデコがピカピカに光っている。その背後では、男子も女子もヒソヒソとささやきを連ねていた。

 このクラスの総勢34名が標準科……。16歳までに『個性』が発現しないと、この特別な学園に集められるのだ。


「えっと……委員長? だっけ?」

「クラス委員長のアーリャ・コルネチカよ。ちゃんと覚えて頂戴ちょうだい

「そう、アリャリャのアーリャちゃん……ほんで?」

「授業のサボタージュなんて、許されないわ! 理由を聞かせてもらおうかしら!」


 名前でからかっても、全く動じずグイとアーリャが身を乗り出してくる。

 人差し指を突きつけ上体を押し出してくるので、思わず英友はのけぞった。なんて押しの強い女だと、内心苦々にがにがしく思う。ずっとこの調子で、英友に突っかかってくるのだ。

 シャオフゥのつめあかでもせんじて飲ませたい位だ。

 もっとも、この美少女過ぎる美少年に肉体的な老廃物ろうはいぶつがあればの話だが。


「えっと……その、校舎裏で」

喧嘩けんかしたのね? ……どうせまた、予備科の連中にからまれたに決まってるわ」


 あうあうとシャオフゥが口篭くちごもる。

 事実はちょっと違った。

 シャオフゥの大事なノートを、廊下ろうかちがった上級生が取り上げたのだ。肩がぶつかったと難癖なんくせをつけて、予備科の男達はノートを持ち去った。

 たまたま目撃した英友が、それを勝手に追いかけたのだ。

 そのことをしどろもどろにシャオフゥが説明してくれる。

 英友もあん肯定こうていしつつ、その後は保健室で伸びていたと自白した。自分でも口に出してみたら、くやしさが込み上げる。わざわざ、とっくに滅びた希少きしょうな普通の人間として保護される、そのみじめさを思い知らされる。


「まあ、そんな感じだ。あと、デケェ幼馴染、つーか、デケェ女のロボットに助けられた」

「えっ! ヒデ君、それってもしかして……あ、あのっ!」


 突然、シャオフゥが興奮し出した。

 彼はハスハスと鼻息も荒く、先程渡してやったノートをめくる。その手はもどかしさに震えていた。

 シャオフゥの研究ノートには、写真や新聞の切り抜き、何より彼自身の文字がびっちりと散りばめられている。それはいわば、ヒーローになれない彼のおもいをつづった研究ノートだ。


「これ! これ見て、ヒデ君っ! この人だよね!」

「んー、人っつーか、ロボットだけどな。おう、こいつだ」

「しゅごい……なまで見た? 近くで?」

「てか、格好悪いことに助けられた……クソッ、腹ぁ立ってきたぜ、思い出したら!」

「助けられた! ふぁ……うらやましい。僕も見たかったな、

「タラスグラール?」


 ――タラスグラール。

 どうやらそれが、例の美少女型ロボットの名前らしい。

 皆にも見せるようにして、興奮状態のシャオフゥがノートを大きく広げる。そこにられた写真は、間違いなく先程のロボットだ。

 まさしく、鋼鉄はがねのヒロイン……凛々りりしく可憐かれんな巨大ロボットである。

 どう見ても巨大な美少女そのもので、やはり面影おもかげがそっくりだ。

 そう、タラスグラールというロボットは幼馴染の真心そのものだった。


「全高17.5m、公式重量49t! 陸海空、そして宇宙と場所を選ばぬ万能スーパーロボットだよ! 救済達成率99.99%、地球圏の現役最強ヒーローなんだよっ!」

「わ、わかった、わかったから……そんなに有名なのか、あいつ」

「そうだよ! この学園の生徒だって以外、全てが謎に包まれてるんだから」

「お、おう」


 やはりシャオフゥは猛烈にヒーローが好きなようだ。聞いてもいないのに、タラスグラールとやらのスペックや活躍、今までの戦績などをマシンガンのようにしゃべりまくる。

 気圧けおされ助けを求めてアーリャを見やれば、彼女は苦笑くしょうに肩をすくめていた。

 そして、何故なぜか少しうれしそうに見詰みつめてくる。


「な、何だよ、アーリャ」

「別に? 理由があるなら別にいいの。ゆ、許すわ!」

「いや、お前に許してもらわなくても俺は」

「うっ、うるさいわね! ほらっ、授業のノート取っといてあげたから、すぐにうつしなさい! わからないことがあったら聞く事! クラス委員長として、授業からの脱落は許せないわ!」


 周囲の同級生達も、事情を知ったからか笑顔になった。

 ここにいるのは皆、無個性の少年少女ばかりだ。いがみ合う必要もないし、時には助け合わなければ暮らしていけない。

 何より、この場所に来たということが一種の諦観ていかんおだやかさを演出していた。

 だが、英友はあきらめてはいない。

 無個性な自分にだって、できることはある。

 みんなを守れるヒーローになれると信じて疑わない。

 だから、同級生一人救えない自分ではいられなかったのだ。


「ほらっ、ホームルームが始まっちゃう! さっさとノートを」

「わーった、わーったから! アリャマー、ってか? 本当におせっかいな奴だぜ」

「何か言った?」

「なっ、何でもねぇよ! それより――」


 英友がアーリャとシャオフゥに挟まれ、ドギマギしていたその時だった。

 不意に校内に警報が響き渡る。

 それは、ヒーローの出動要請をうながす緊急アラートだ。

 光学表示端末になっている黒板にも、『WARNINGワーニング!!』の赤い文字が走る。

 そして、緊迫した声で校内放送が危険を知らせてきた。


『緊急事態発生、東京湾内に異常反応! スケールミドル以上のヒーローは至急現場へ急行せよ! スケールスタンダードのヒーローは都内へ急行、港湾施設周辺でヴィランを警戒! これより学園は第一種戦闘態勢へ移行します!』


 瞬時に同級生達は動き出した。

 全員が訓練された動きで、廊下へと駆け出す。

 転校してきてまだ数日だったが、英友も説明だけは聞かされていた。

 無個性の標準科でも、この学園では仕事がある。

 平和を守る大事な仕事が。


「ほらっ、シャオフゥ! ヒデも! 行くわよっ!」

「う、うんっ! ヒデ君、僕についてきて……今日は初めてだし、見学してね。何かあったら僕がサポートするから」


 英友の手を握って、シャオフゥが走り出す。

 その先を全力疾走ぜんりょくしっそうで、アーリャはどんどん小さくなっていった。

 そして英友は思い出す。

 大英雄時代だいえいゆうじだいと呼ばれる今……人類文明の中枢である地球には、外敵が無数に存在した。『孤性』を悪用するヴィランに、異星人、果ては宇宙怪獣や巨大害獣だ。その全てと戦う者達を、誰もがヒーローと呼びたたうやまうのだ。

 そのヒーローになるという夢を、まだ英友は捨ててはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る