第1話「初恋の少女は背が高い」

 正午の日差しを浴びる中、天地英友アマチヒデトモは大地に倒れ込んだ。

 殴られた腹を支点に、くの字に崩れ落ちる。

 それでも、ニヤニヤ笑う上級生の、その脚へとしがみつく。


「おいおい、放せよ……無個性むこせい伝染うつるだろうが」

「ははっ! 言えてる!」

喧嘩けんか売る相手も選べねえなんて、ホントに無能だな!」


 ――これだから『個性オンリーワン』のねえ奴は!

 頭上から投げつけられる言葉に、英友は奥歯をむ。

 転校してきて三日目、うわさで聞いてた以上に現実は過酷だ。この時代に当たり前となった、『個性』と呼ばれる特殊な能力。そして、その中でも……それが、『孤性ロンリーワン』。

 それを持たぬ人間は、一億人に一人と言われている。

 だが、それは今の英友には関係なかった。


「返せ……返せよ! そいつを……ダチのノートを返しやがれっ!」


 振り払うような膝蹴ひざげりをもらって、鼻血に呼吸がまる。

 口の中に鉄の味が広がって、そのまま英友は地面に突っ伏した。

 その頭を踏みながら、上級生の一人が手に持つノートをヒラヒラと遊ばせる。

 屈辱くつじょくの中で、英友は全く身動きができない。

 同世代の少年とは思えぬ力が、彼の身体を踏みにじっていた。


「こういうのさ、いるんだよ。『個性』すら持たない無能がさあ、色々調べて勉強して、っての。それさ、無駄だから! 磨く才能もないのに、知識だ夢だって、それアホっしょ!」

「手前ぇ……なら、『個性』を持ってて正しく使えねえ手前てめは何だ?」

「……あ?」

「俺みてえな弱っちいのしか相手にできねえ、ヒーローにもなれねえ半端モンがよ! 人様の……ダチの夢、笑ってんじゃねえぞ!」


 頭の奥がミシミシときしむ中、どうにか横へと身を転がす。

 自分を踏み付けていた足が、ドン! と空振りに砂煙すなけむりをあげた。

 その中で立つや、英友の手が伸びる。

 上級生が持つノートを、むしり取る。


「っ、無個性の分際でっ!」

「その無個性にっ、手前ぇは! 負けるん――ァガ!?」


 見えないパンチが、体育館の外壁に英友を叩き付けた。

 背筋を突き抜ける衝撃に、呼吸が止まる。

 そのままずるずると、再び彼は倒れ込む。

 そして、頭上に自分の形をきざんだトタンの壁を見上げた。


「おーい、その辺にしとこうぜ? 標準科ひょうじゅんかはある意味、希少動物きしょうどうぶつなんだからよ」

「そーそー、俺等の内申ないしんに響いてもつまんないっしょ」

「わーってるよ! ……チッ、行こうぜ」


 暴力的な少年達は去った。

 だが、身動きもできずに英友は大の字に天をあおぐ。

 手にしたノートの感触だけが、彼だけの勝利を無言で伝えてくる。ひどみじめでくやしくて、改めて自分の境遇を思い知らされた。

 百年前は普通だった、自分のような人間。

 そして今、能力を持たぬことは普通ではない。

 『個性』の全てがインフラとして拡充し、『孤性』を持つ者がヒーローとして活躍する社会……その中で、ごくごくまれに生まれてくる英友のような子供達がいた。


「クソが……へへ、ざまあ見ろってんだ。『個性』だ『孤性』だって、うるせーんだよ」


 手足が全く動かない。

 遠くで昼休みを終える予鈴よれいのチャイムが鳴っている。

 だが、身を起こすこともできずに英友は空を見ていた。

 遠く高く、飛行機雲が真っ直ぐに蒼穹そうきゅうを貫いている。

 その航跡の先で、何かがキラリと光った。

 そして……それは徐々に英友の視界に降りてくる。


「……は? おいおい、何だ……何だッ!?」


 あっという間に、衝撃が激震を呼ぶ。

 そして、目の前に……人影が立っていた。

 そのいでたちは白を基調とし、赤青黄色……これぞまさしくヒーローといったトリコロールカラーだ。風にそよぐ長い黒髪をなびかせ、優しげな笑みを湛えている。

 彼女は、笑っていた。

 そう、とても綺麗な女の子だ。


『あのっ、大丈夫ですか? ……英友君、ですよね?』

「……誰だ、お前……ッ! っ痛え」

『怪我してる! 大変、待ってて』

「っせーな、ほっとけ。てか、誰だよ」

『私だよ、私っ! 忘れちゃったの? 幼馴染おさななじみの……えっと、どうして英友君がこの学校に? あ、そっか……英友君、16歳になったんだ?』


 少女は美貌びぼうを更にまぶしく笑顔で飾る。

 そうして、英友を見下ろし手を伸べてきた。

 そして、ぼんやりとだが思い出す。

 昔、隣の家に……ずっと部屋の中に閉じ込められてた、病弱な歳上の幼馴染がいた気がする。物静かで内気で、不器用で仏頂面で。そう、名前は確か――


『また会えて嬉しい……ね、小さい頃の約束、覚えてる?』

「……知らねーし」


 嘘だった。

 そこまで思い出したから、ほおが熱い。

 火照ほてる赤面に、英友は目をらすだけだった。


『私のこと……真心マコロのこと、およめさんにしてくれるって。約束したよね? 英友君』


 そう、少女の名は瑪鹿真心メジカマコロ

 はっきりと思い出せる、初恋の人だ。

 突然の再会に、英友はただただ呆気あっけに取られる。

 そっと手をえ彼を立たせる美少女は……全高18mメートルだったから。

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