第16話「初恋の少女は少し重い」

 あれから既に三日がっていた。

 瑪鹿真心メジカマコロの真実は今も、天地英友アマチヒデトモの胸に突き刺さっている。

 三年前のグレートポールシフト……有史以来最大の災禍さいかをもたらした、その原因は真心なのだ。彼女の『孤性ロンリーワン』は、宇宙開闢うちゅうかいびゃくに匹敵するエネルギーそのもの。タラスグラールはそのエネルギーで稼働するスーパーロボットであり、彼女自身の制御安全装置せいぎょあんぜんそうちなのだった。


「ちょっと、ヒデ? もぉ、ぼーっとしないで! ほら!」


 ふと気付けば、英友は星立せいりつジャッジメント学園の中央司令部ちゅうおうしれいぶにいた。

 無個性の標準科ひょうじゅんかへと割り当てられた一角で、電話機とパソコンの前に座っている。周囲では同級生達がクレーム対応に追われていた。

 今、この超弩級防衛都市ちょうどきゅうぼうえいとしは、オーストラリアへ向かう予定の航路を少し外れている。

 近海で発生した難民船団なんみんせんだんの海難事故へと、救援に向かうためだ。

 アーリャ・コルネチカをぼんやり見上げて、英友は我に変える。

 そのまま思考も意識もふわついたまま、彼は電話を取った。


『もしもし! ちょっと、学園の人? 何だよ、もう! 急加速で艦全体が回頭したから、大変だったじゃないか!』

「あ……す、すみません」

『臨時ニュース見たし! 難民船団なんかほっときなさいよ! 何で各国からあぶれた連中や、母国が水没した連中のために』

「や、それは……ヒーロー、だから?」

『疑問系で喋るんじゃねえ! 自分でも信じられないなら、ヒーローやめちまえ!』

「……すみません」


 頭が上手く働かない。

 難民船団とは、各国が軍備を手放した際の古い艦船を集めた、一億人規模の流浪るろうの民である。母国が水没した者、その後の混乱で故郷を失った者の集まりだ。彼等は船団で世界を周遊しながら、余裕ができた国に寄港して少しずつ入植する。

 勿論もちろん穏便おんびんに済まないこともあるし、歓迎されないことの方が多い。

 それも全て、真心が暴走した結果の一つ、彼女のもたらした悲劇なのだ。

 そう思っていたら、突然受話器を取り上げられた。


「お電話代わりました、私は星立ジャッジメント学園の学園長、瑪鹿巫琴メジカミコトです」


 中央司令部のド真ん中で見下ろしているはずの、巫琴がすぐ側にいた。サングラスをしててもわかる美貌びぼうは今、緊張感で凛々りりしく引き締まっている。


『えっ、学園長!?』

「現在、本艦はレスキューのために作戦行動中です。その際の予定外の操艦による被害は、所定の行政機関に申請していただければ、賠償ばいしょう手続きが取れるようになっております。お手数かと思いますが、詳しくは公式サイトの方を参照していただけないでしょうか」

『あ、そういえば……引っ越した時、そんなこと言ってたかも』

「こちらから回線先のそちらへと、公式サイトの該当フォームアドレスをメールで送信させていただきます。何卒なにとぞご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。では」


 まだ向こうは何かを言おうとしていた。

 だが、巫琴の毅然きぜんとした対応に言葉を失っていたようだ。

 そして、電話機へと受話器が置かれる。

 呆気あっけにとられるアーリャと違って、英友は何の感慨も感動もない。ただ、座ったまま巫琴をぼんやりと見上げていた。


「ヒデちゃぁん? しっかりやらなきゃ駄目だぞ? ……真心に最近、会ってくれないんだって?」

「えっ、そ、そうなの!? ちょっとヒデ、駄目じゃない! 恋人のこと放ったらかしたら」

「ゴメンねー、アリンスちゃんはちょーっと黙っててね」

「なっ……アタシはアーリャです! ……でも、本当に会ってないの?」


 他の同級生達も、皆が英友を見ている。

 忙しそうに他のセクションで働く予備科よびかのヒーロー候補生こうほせい達からも、熱い視線がトウジられていた。

 だが、英友は弱々しくつぶやくしかできない。


「俺には……重いですよ。しかも、真心が……あんな。俺の、両親も」

「ん、そうね。でもそれ、秘密の話だから。ヒデちゃんにだけ話した意味、わかるでしょう? ……でも、いいわ。確かに重い、重過ぎるもんね」


 アーリャだけが英友と巫琴を交互に見ながら「……体重?」などとボケたことを言っている。

 だが、何よりも重いのは真心の境遇、そして絶望的な未来だ。

 母なる星地球を滅茶苦茶めちゃくちゃにしてしまった、その罪をつぐななうために彼女は戦っている。毎日厳しい特訓をしながら、最強ヒーローとして笑顔で。そう、タラスグラールの多彩な表情は、いつだってまぶしい笑顔に飾られていた。

 その中で操縦する真心には、一切の表情がないにも関わらず。

 そんな彼女を守ってやれるかと言われて、英友はすくんだ。


「俺は……マシンダーには、なれないですよ」

「……そっか。ま、いいわ。ゴメン、ほんとにごめんなさい。それはもう、しかたないわ。でも……学園の生徒として、その範囲でなら助けてもらえる? 今、この瞬間も……真心は誰かの助けを求めてるわ。誰をも皆、等しく救うために」

「それは……」


 その時だった。

 突然アーリャが、英友の腕に抱き付いてきた。

 そのまま引っ張り上げるようにして立たせる。


「なっ、何をすればいいんですか、学園長! アタシが……アタシ達が真心先輩を助けます! ね、ヒデ! ほら、シャンとして。アンタね、ボケっとしてると蹴っ飛ばすわよ!」


 あまりにも突然、そして意外だった。

 アーリャはみんなが見てるにも関わらず、英友に寄り添いながら巫琴に宣言する。


「アタシ、真心先輩と戦いますから! その、勝負にならなくたって……ちゃんと負けるまで、戦いますから! それって、真心先輩のこと、嫌いになれないから、だから」

「……ありがと、ええと」

「アーリャです! で、何をすればいいんですか!」


 ようやく巫琴は、笑顔になった。

 その眩しさが今、英友には少し熱過ぎる。

 おのれの弱さで背を向けた、その背の小さなつばさが焼き尽くされるような気がした。飛べないならいらない、無個性という名の翼。だが、そんな翼でも彼女の元へと飛んで行ける。

 誰よりも大きな翼を、黒い翼を背負わされた少女の元へ。


「……俺、真心のためになんてデケェこと言えない。けどっ! やれることがあんなら教えてくれ、おばさんっ!」

「こーらっ、学園の中では学園長でしょ? プライベートでは、ん、おばさんでもいいけど……あと、二人っきりの時はぁ――」

「できねぇことはゴメンする、でも、できることからは逃げない……マシンダーになれなくても、俺が俺であるために!」

「むふふ、いいわね。ありがと、ヒデちゃん。じゃ……あと数歩下がってくれる?」

「へ?」


 言われるままに、壁際へとアーリャと下がる。

 次の瞬間だった。


「じゃ、行ってらっしゃいー! 第107緊急移送ルート、開放! 第15番ドッグへ!」


 

 そして、ぽっかり開いた穴の中へと、英友はアーリャごと吸い込まれる。突然のことで、悲鳴をあげながらアーリャは容赦なく抱き付いてきた。

 頭にしがみつかれて、ほどほどの胸を押し付けられながらの、落下。


「ちょ、ちょっとおおおおおおおおお! 何なのよもぉおおおおおおおお!」

「馬鹿、放せアーリャ! ……多分大丈夫だ、こういうのってアニメでよく」


 そして、うねるパイプの中を滑りながら、下りつつ左右へと揺さぶられる。まるでミキサーにかけられたみたいな中、英友は必死でアーリャの細い腰を抱き寄せた。

 不意に視界が開けて、二人はそのまま放り出される。

 先に背中から落ちて受け身は取ったが……英友の顔面に容赦なく、アーリャの尻が落ちてきた。

 ゴスロリが趣味だけあって、アーリャはとんでもない下着をはいていた。


「フガッ! フガガ……おいどけ、重い! あと、呼吸が!」

「ちょっと、喋らないで! 息、熱い……やだもぉ、およめにいけないじゃない」

「めそめそしてないで、俺から降りろ。あと、お前なら相手なんざよりどりみどりだろうが」

「……ホント?」

「知るかよ、嘘を言ってるつもりはねえ!」


 おずおずとアーリャは英友の顔から降りた。

 そして、身を起こす英友へと手を伸べる。


「ヒデ、そりゃ……真心先輩は重いかもしれないけど、ア、アタシだって……最近、ちょっと太ったし」

「ああ? 何の話だよ。それよりここは? いっ!?」


 周囲を見渡していたら、両頬をアーリャの手が包んだ。

 そして、ゴキリ! と前を向かされる。

 すぐ鼻先に、つり目気味のひとみうるませる双眸そうぼうが並んでいた。


「聞いて、ヒデ! アタシ、真心先輩よりは軽いと思う。だって、ほら……そ、その、身長も胸も、全然、アタシの方が……ち、小さい、し」

「は? いや、そういう重いじゃなくて」

「アタシ、決めたの。無個性でも、真心先輩と張り合うって。負けたくない……だから、

「えっと……そ、それは」


 その時だった。

 不意に周囲の操縦席が明るくなる。

 そう、操縦席……コクピットだ。


『はぁい、マリンアークへようこそぉん? ふふ、とりあえずシートに座ってねぇん?』

「マリンアーク……あ! タラスグラールの支援メカか、これ!」

「あら、そうなの? ふーん、シャオフゥがいれば喜んだのにね、ヒデ」


 姫小狐ヂェンシャオフゥは最近、学園に来ていない。男子寮だんしりょうでも、いないことが多いのだ。

 ヒーローマニアの彼なら、小躍こおどりしてしまうような光景が広がっている。

 操縦席というよりは、戦艦のブリッジみたいな部屋だ。手狭だが、中央の艦長シートを中心に五人乗りのようである。


『今からレスキュー海域に行ってもらうわ。タラスグラールは全領域対応型ぜんりょういきたいおうがたの万能ロボだけど、海での活動ならマリンアークと合体よぉん? ヒデちゃん、合体してね? ガッチュン! って』

「ちょっと、学園長! やらしーです、なんか。ほら、ヒデ! さっさと座って!」

「お、おう……っし、行くか! アーリャ!」


 二人は並んで、最前列のシートに滑り込む。ハーネスで身体を固定すれば、外の景色がモニターに映った。今、二人を乗せたトリコロールカラーの潜水艦が発艦しようとしていた。迷わず英友は、やはり幼少期の記憶通りのコンソールへ手を滑らせる。

 あっという間に巨大な学園を飛び出したマリンアークは、潜行と同時に加速を始めた。

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