⑥グリシスの修道女

アルたちが去ってから、それほど時間のたっていない教会で。

シスター服を着た長い青髪の女が司祭らしき男と対峙していた。

そこまでなら、よくある教会の日常だった。異常なのは、青髪の女の背にあるもの。

大鎌。女は、人の背丈を優に超えるサイズの片刃の大鎌を背負っているのだ。

明らかに異様な光景。

しかし、対峙する司祭の顔に緊迫感や絶望感は浮かんでいない。

それどころかむしろ希望感――――未来に期待するような表情――――さえ浮かんでいるように見える。

女が口を開いた。

「随分と落ち着いていますね。」

「ああ、君が、そこから出てきた時点で悟ったんだ。」

男はそこで一呼吸置く。

「殺すんだろ?」

「ええ。それが主の御命令です。あと三分ですが何か欲しいものでもありますか?」

「永遠の命」

「不可能です」

ふざけたことを言っておどけた男だったが、女は眉一つ動かさないで淡々と答える。

「一思いにやってくれよ~?苦しいの嫌だからね~?」

「いいえ不可能です。主はあなたの苦痛をお望みです」

「へいへい。わかりましたよ、と。」

言いながら、男は考える。

その脳裏に浮かぶのは、ついさっきここを去っていった同じ境遇の同志。

再三にわたる警告を無視して、向こう側に帰らずこちらに残った同志。

自分自身の命よりも恋人の命を優先した、馬鹿な同志。


それが君の選択か、ファスト。険しい道だが、後悔するようなことだけはするな。先輩としてのアドバイスだ。

僕には後悔しかないよ。あの時こうしておけばよかった、っていう思い出しかない。

僕は結局、恋人を殺してしまった。守れないのは殺すのと一緒のことだ。

あの時―――――【裁定者】との戦いの時―――――僕はなすすべなく彼女を殺されてしまった。

見殺しにするしかなかった自分が憎い。ボクガモットツヨケレバヨカッタンダ。

そして今。僕も彼女を殺した奴に殺されようとしている。なんて弱いんだ、僕は。自分が情けない。結局、何も仇を討てないままで俺の人生も終わろうとしている。

君の選んだ道は、そう簡単じゃないぞ。

君は守れるのか?守る決断ができるのか?

残念ながら僕の力をもってしても未来は見えない。

もう少し見ていたかったが、もう時間のようだ。ここでお別れだ。残念ながらもう会うことはできないが、君には期待している。

願わくば、君が。

「時間だ」

時計の秒針が最後の1°を回り終えた瞬間。

冷徹に、大鎌ヘルサイズが振り下ろされる。

その冷たい歯は、寸分の狙い違わずに司祭の右肺に刺さり、引き抜かれる。

物理法則に従って飛び散る液体が、シスター服を赤く染める。

続けて左肺にも鎌が撃ち込まれる。だが司祭は一言も悲鳴を上げない。ただじっと、自分の胸に空いた穴から血が流れていくのを見ているだけ。

「……。」

修道女は鎌を司祭の体から引き抜くと、ぐったりとしている司祭の体を持ち上げて、無表情のまま運び始める。







――――――――………キョウ……コ……――――


教会の地下。隠し部屋の中で。

かすかな、本当にかすかな声がして、すぐに消えた。

その声の発生源である、司祭。

その右手が握りしめているペンダントの中では、ショートカットの快活そうな少女が笑っていた。

隠し部屋の入り口である階段にいた修道女は、その声を聞くと、地下室に背を向けて階段を上がり始める。

「さらばだ、アスオノゾム」

彼女の声が、誰も聞く者のない地下室にしばらく響いて、止んだ。





十五年前。

マケア王国山間部:マイロ樹海:X-02地点・ 19:12


六人の人間が歩いていた。

二人は全身鎧の重装備で、人の子供ほどの大きさの大剣を携えている。鎧の胸にはマケア王室の紋章が刻まれている。残りの四人のうち二人はローブを羽織り、フードを深くかぶっていた。そのローブにもやはりマケアの紋章が刺繍してある。四人とも、周りを終始警戒しながら進んでいるようだ。剣士は剣の柄に手をかけており、魔導士は『夜間視』を駆使して霧の濃い森の中を見回している。どうやらこの四人は護衛のようで、残りの二人を囲むように円形に展開して歩いている。

そして、それに守られている二人はというと

「キョウコ、俺のそばから離れるな。」

「ノゾム……!……キュン……♡」

イチャイチャしていた。

それもそのはず、この二人は恋人同士である。爆発しろという声がそこかしこから上がる。ような気がする。

こんな緊張した場面で声を出すんじゃない、というのは長年独身者非リア充の声ではない。護衛隊の隊長の心の声である。

なぜ王国付きの剣士たちがカップルなんぞの護衛をしているかというと、彼らはこう見えて王国の最重要指定機密人物キーパーソンだからだ。

話はここからさらに十年前にまでさかのぼる。


ある日、マケア王国の城下町の武具屋に、ぼろぼろの服を着た二人組がやってきた。男のほうがアスオと名乗って、武具屋の店主に武器を買い取ってほしい旨を告げた。とここまではよくある日常の風景なのだが、日常と違ってくるのはこの後であった。買い取ってほしい、と渡された武器が、【武器リスト】のどの武器とも一致しなかったのだ。当然、店主は大混乱である。

【武器リスト】とは、この世のすべての武器(ただし、市場に出回っている物のみ)が載っており、新たな武器が市場に回ると自動的に情報が付け足される、という優れモノだ。ちなみにお値段は日本円で四十万円。高いのか安いのかよくわからないマジックアイテムである。

その本に載っていなかったということは、他国の軍事研究者であると考えられる。軍事機密兵器はなかなか市場に出回らないからだ。

そう考えた店主は、迷わず憲兵隊に連絡、二人は捕えられることとなった。

しかし、取り調べをしていく最中で驚愕の事実が発覚する。

二人は膨大な量の知識を蓄えており、全く未知の武器を作れるということ。

日本にいたころのノゾムとキョウコは、防衛省技術研究所に勤務していた。その知識を生かして、異世界に呼び出されたのちに鉄を使って【整金】で銃を製造したのである。

ちなみに一応モデルとなった銃はあるのだが、予算が関係ないからといって好き勝手に改造しまくったため、もはやモデルの銃とは似ても似つかぬものになっていた。

さて、未知の武器を欲しがったマケアは二人を自国の軍事研究者になるよう説得、それに成功する。

かくしてマケアの最重要指定機密人物キーパーソンとなったノゾムとキョウコは多くの新兵器を開発、これによってマケア王国は他国との戦争において有利に立つことができるようになった。


しかし、最近になって他国のスパイがマケア王国に潜入し、二人が武器を開発していることが発覚してしまった。そのため二人は隠れ家を目指して護衛とともに歩いているところである。

と、魔導士の眼が十一時の方向、約九十メートル先の生体反応をとらえる。

「索敵。左前。距離、警戒レベル」

「了解。報告…

ご苦労、と言おうとした瞬間。

集団の左前にいた剣士は、殺気に瞬時にそちらを向いた。

その顔に赤い雫が飛び散った。

そこには、絶世の美女がいた。腰まで伸びるしなやかな青髪、精巧な人形のような整った顔立ち。陶磁器のように真っ白な肌。触れば壊れそうな華奢な腕。

その腕から、血がしたたり落ちる。女の足元には、雫となって落ちた血が、血だまりを作っていた。そして、その血の源は。

――――先ほど報告を行った魔導士。

「―――――――っ対

敵、といい終わる前に、剣士の首は自由落下の法則に従って土にまみれた。

ドサッという音とともに残された体が前のめりに倒れる。

もう一人の剣士は、突如としての対敵に混乱しながらも何とか対敵姿勢を取る。

馬鹿な!速過ぎる!あの隊長が何の対処もできないまま死ぬなん――――――

そこで彼の思考回路は強制的にシャットダウンされる。

一瞬の閃光の後、彼の目に映ったのは崩れ落ちるように倒れる自分の体だった。

最後に残った魔導士は、何も思考する暇さえ与えられずに赤池を作った。

赤く染まった彼女が、肩を寄せ合って震えているノゾムとキョウコにゆっくりと近づいていく。一歩、また一歩と。その歩みはまるで、獲物を追い詰めた肉食獣のようにゆったりとしていて、彼女が「狩る側」であることを如実に示していた。

刻々と近づいてくる死を目前にして、ノゾムはキョウコを守るために意を決して立ち上がる。両腕を横いっぱいに伸ばし、腰を低く落として構える。その姿はさながら、城門を決死の覚悟で守らんとする門番である。

「逃げ―――――――

意識する間もなく、体が宙を舞った。そのまま空中でバランスを崩し、岩にしたたかに背を打つ。衝撃で脳がシェイクされる。

「がっ!」

思わず悲鳴を上げてしまうが、己の目的を再び思い出す。つまり、なんとしてでもキョウコを守るということ。そのためには、こんなところで倒れている場合じゃない。

がしかし、岩に体を密着させ何とか立とうとするものの、力が入らず膝が曲がる。

そこで、近づいて来た女が、再び立ち上がろうとするノゾムに見せつけるように何かを掲げた。

「放せ!放せってば!」

「キョウコ!」

ノゾムが叫ぶ。

女はキョウコの頭を鷲掴みにしていた。

必死に抵抗するキョウコだが、女の握力は強く、片手で持っているにもかかわらず、その指がキョウコから外れることはなかった。

「キョウコを放せええええっ!!!」

這いつくばったまま激怒するノゾムに向かってにっこりとほほ笑む女。

だがその手にかかる力はゆるむ気配すら見せない。

そしてそのまま、

「やめろおおおおおおおおっ!!!!」

ぐしゃっ、と。赤い花火の花が開いた。

まず足が地面につく。続いて胴体。

そして最後に、握りつぶされて原形をとどめていない頭部。

「うわああああああああああっ!!!」

ノゾムの悲鳴が響き渡る。

人とはこれほどの声が出せる生き物なのかというほどの大絶叫。その絶叫は、全ての音を塗り潰し蹂躙し埋め尽くしていく。この森のすべてがノゾムの絶叫に支配される。音という音がみなノゾムの出す声にかき消される。

そんな中でも、女は眉一つ動かさずにたたずんでいるだけだった。

「許さない……お前だけは……許さないいいい!」

憎悪を、殺意を込めた目で女を睨む。

しかし女は自身を睨むノゾムに目もくれず、剣士たちの死体を一瞥すると平然とした様子で立ち去ってゆく。

「待……て……って……言って……」

彼女の後姿が霧に隠れて見えなくなると同時にノゾムの意識は薄れてゆく。









不思議な声が響く。その声は男の声のようであり、女の声のようでもあって、老人のような響きを持った、子供の雰囲気がする声だった。

《力ガ、欲シイカ。アスオノゾム。》

声が問う。

「もちろんだ。」

即答する。その質問に選択の余地などない。

《ナラバ契リヲカワセ。血印ヲモッテ我ト契約ヲスルノダ》

「ああやってやるよ。」

さっさとよこせ。何が起こるかなんて説明はいらない。何が起ころうと構わないのだから。人間じゃなくなったってかまわない。

たとえ人間をやめることになろうと、僕はあいつをぶち殺してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る