終幕 RE:TRY
「クソッ!退けっ!退きやがれ
俺は肉の壁を形成している野次馬をかき分け、前へとすすんでいく。
畜生。
人垣はかなり長く、俺の貧弱な能力じゃかきわけられないほどの圧だ。ある程度まで進んだ俺は、しかし大柄な男たちの一団に挟まれて動けなくなってしまう。
「クソッ!そこを退きやがれ!俺はアイツに会わないと…」
叫んで無理やりデブ共の足の下を潜り抜け、たどり着いたのは――――焼け跡。
街の一区画が、まるでそこにだけ爆弾が落ちたかのように黒焦げになっている。元は建物だったと思わしき炭の破片があたり一面に散らばり、地面は焼けて真っ黒だ。途中で折れた柱が、所々で天に向かってその尖った先端を突き出している。
そして、そこの中心には、ランパードが幾人かの部下たちと共にそこに横たわっている物を見下ろして立っていた。その顔は鬼の形相、そしておそらくそれは俺に入った情報が間違っていないということで。
「ランパード……」
「……貴様か」
「どうだ、アルは無……」
一縷の望みをかけて近づいたその瞬間、ランパードの裏拳が俺の鼻にめり込んだ。
「ッ!」
その衝撃で吹き飛ばされ、焼けて折れた柱にしたたかに頭を打つ。目の前が一瞬白くなり、意識が飛びかけた。なんとか体を起こすが、足元がおぼつかない。
「な、なにを……」
「五月蠅いッ!黙れ黙れ黙れッ!」
怒鳴ると同時、ランパードは地面を蹴って一瞬で俺の懐に入り込むと、連続で俺の腹に拳を叩きこんだ。
「貴様がッ!貴様がいなければッ!」
叫び声と共に繰り出された右足が俺を再び吹き飛ばす。
俺は受け身も取れずに地面に転がった。背中を地面に思い切り打ち付けたせいで、肺から空気がすべて追い出され、呼吸が一瞬止まる。
「ガッ……ハッ……!」
ランパードは仰向けに地面に倒れたまま必死に呼吸をしようともがく俺を見下ろしたかと思うと突然俺の胸ぐらをつかみ上げ、その様子を遠巻きに眺めている民衆たちにくるりと背を向けて、焼け跡に止まっているここらの町並みには不釣り合いなくらいの立派な馬車の方に俺を運んでいく。
荷台にあるのは………ひつ……ぎ……?
ランパードは俺を馬車の荷台にある棺の横に放り投げると、棺の蓋に手をかけ、
「ランパード殿!いけませんそれは――――!」
その棺を守るように荷台にのっていた護衛の制止を振り切って、蓋を外した。
「しっかりと目に焼き付けろ。これが貴様のせいで起きたことだ」
そう吐き捨てるように言うと、ランパードは御者に命じて馬車を走らせる。
そして自分は荷台から飛び降りて焼け跡の方へと向かっていった。
残された俺は、半ば放心状態のまま開けられた棺の中を覗き込み、そしてとっさに馬車の窓を開け――――嘔吐した。
棺の中に入っていた屍には、首から上がなかった。
「ファスト様!」
心配する護衛を手で制し、俺はこみあげてくる吐き気を抑えながら聞く。
ほんの一筋だけ、一縷の望みをかけて。
「なあ。これ、アルじゃないんだよなあ?みんなして間違ってるだけだよなあ?」
俺のその質問に、しかし護衛は無言で首を振るだけだった。
「なあ?嘘だよな?嘘だって言えよ……」
どう考えたってアルが死ぬはずがないんだよ。だってあいつは俺の妻で、国を束ねる王で。【才能】だって俺よりもはるかに上で。誰にでも優しくて、いつも俺のことを考えてくれて。明らかに死ぬべきではなくて。
「なあ……そんな奴が……なんで死ぬんだよ……」
答えろよ。なあ。
「答えろよおおおおおおおおお――――ッ!!!!」
俺はアルだったものの手を握り締め、揺れる馬車の中で絶叫した。
*
葬儀は、国民に知らせないということ以外は特に問題点などなく行われたらしい。ただその様式は極めてつつましく、およそ王族がなくなったとは思えないほどの小さな葬儀だったという。
だがしかし俺はその葬儀に参列できなかった。俺とアルが結婚していたことがいくら周知の事実であろうと、神前で本物の式を挙げていない以上、俺とアルとの関係はあくまで恋人同士であり、まだ夫婦にはなれていない。赤の他人を王族の葬儀に参列させるわけにはいかないとのことだった。おそらくは、貴族たちは【死等】である俺と一緒の空間にいたくないのだろう。俺は式場の中はおろか棺桶が運ばれてゆくのを見ることすら許されなかった。
その間ずっと、俺は城の中庭で曇り空を見上げていた。お別れすら言えなかった。
ぽつり、と一滴。落ちてきた雨粒が天を見上げる俺の頬に細長い筋を作ると、それを皮切りに瞬く間に何千何百万本と新しい筋が増えてゆく。降り注ぐ数多の水滴に撃たれながらも、俺は何故かそこから一歩も動くことができなかった。頬を伝って地面へと落ちる水滴が何なのかは全く分からなかった。
コツ、と中庭と城とを隔てるあけ放たれたドアの方から足音がして、振り向くとそこにはメイド服姿のクレイさんが立っていた。
「ファスト様……」
「ああ、クレイか。……ちょっと考え事をしていてね」
「あまりそちらにいられますと風邪をお引きになるかもしれません。タオルを持ってきましたのでこれでお体をお拭きになってくださ……」
「アルはさあ。」
クレイさんの言葉を途中で遮るように、俺は思わず話し出していた。
「……もう俺の手に触れることはないんだよなあ。」
「………はい」
「……もうあの声で、俺を呼ぶことはないんだよなあ。」
「………はい」
「……もう二度と、一緒にどこかに出かけることだって二度とないんだよなあっ!」
「………ッ!」
喉の奥から出る声を、叫びを、俺は抑えられなかった。
クレイさんは俺に気圧されるかのように一瞬たじろぎ、後ずさりする。
「……すまない、感情的になってしまった。……少し一人にしてくれ」
「申し訳、ありませんでした。……タオル、ドアの内側に置いておきますね。戻るときにお使いください」
そう言うとクレイさんはタオルの入った籠を床に置いてドアを閉めた。コツコツという足音が遠ざかってゆくのを聞いた瞬間、俺は自分が世界で一番孤独になったかのように感じた。
後悔の念があとからあとから押し寄せてくる。俺は馬鹿だ。ちゃんとアルといる時間を作ってやればよかった。
俺がちゃんと見ていれば。
もっとしっかりしていれば。
……アルと、一緒にいれば。
守ってやれただろう、盾になれただろう。
死ねただろう。
これは俺がアルを第一に考えていなかった結果であり、アルの気持ちを考慮していなかった結果であり、アルに我慢を強いようとしたことへの当然の報いで。
だから、これは罰なんだ。
だから仕方ないんだ。
俺はこのことを一生後悔しながらアルの居ない毎日を、つまらない毎日を過ごす。
どんなに願ったって、帰っては来ないのだから。
世界を戻すための道などあるわけがないのだから。
だから諦めて過ごすしかない――――
「んなわけ――――あるかよッ!」
慟哭。
「絶対戻すッ!繰り返してやるッッ!」
道がないなら作ればいい。
単純な考えだ。だけど、最高の名案だ。
『お前のためなら、戦う』
俺はそういったじゃないか。アルと約束したじゃないか。
なら今、その約束を果たそう。
何があろうと世界を戻してやる。アルを取り戻してやる。
アルがいない人生に意味はないのなら、アルがいる人生を作ればいい。
アルがいる人生を作る道がないなら、作ればいい。
作れないなら、探せばいい。
どんな手段を使ってでも、どんな苦しみを受けようとも。
俺はアルを戻す。あの日々を取り戻す。世界を再び繰り返してやる。
そう。
たとえ、何を犠牲にしようとも――――
*
城の案内図には載っていない、存在しないはずの第三地下書庫。
一人の男が紙の束をめくる。その枚数は十枚。
一枚目、二枚目。
男は淡々と読み進めていく。
三枚目、四枚目。五枚目、六枚目。
男はその時点で読む価値がないと判断したのか、その紙束を地面に投げる。
その拍子に、紙束の裏表紙が見えて――――男は慌ててそれを拾い上げた。
その目が驚愕の色に染まる。
そしてその色はみるみるうちに歓喜の色へと変わる。
「これだ……これなら……」
つぶやきが漏れる。
男の冊子を持つ手はブルブルと震えていた。
まるで、ずっと探し続けていた大切な何かを見つけたかのように―――――
Fin.
貧乳王女の日々 小さな巨神兵(S.G) @little
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