⑰女王アルの優雅な日常(街・2)
「俺、にーちゃんの弟子になるよ!」
そう目を輝かせて少年が言った。
「断る。」
間髪入れずに僕は言った。
「えー」
「えーじゃない。僕は弟子は取らない。」
「ちぇっ、にーちゃんのけち」
「あと女だ」
前々から気になってたんだけど、このチビはどうやら僕のことを男だと思ってるみたいなのでこの際訂正しておく。
「え?うっそだぁ、どう見ても男の人じゃん」
ナチュラルにディスられた。まあ仕方がない、女は髪の毛が長いものと昔から相場が決まっている。そんな中で肩に付くか付かないかくらいの僕の髪の毛は、女性としてははっきり言っておかしい。どちらかといえば男性寄りの髪型である。
ファストの住んでいた世界では『しょーとへあー』とか言って普通の髪型らしいが、いかんせんこっちの世界では女は髪の長い生き物なのだ。まあその考え方があったおかげで、城から逃げるとき髪を切る以外ほとんど変装もせずに脱出できたんだけど。
……ん?ちょっと待て。何か、何かが変だ。違和感がある。
「にーちゃんがダメって言っても俺はついてくからな!家の前から動かないぞ!」
「やめてくれよ……」
だがしかし、僕の違和感はチビの一言でどこかに行った。
まさかこのチビ、城までついてくる気なのか?流石に僕が王女だと知られるのはまずいので、どこかで撒かなくてはならないか……。はあ、めんどくさい。
「わかったわかった、とりあえずまずは布屋さんまで案内してくれな……」
僕がそう言おうとした時だった。
ドン。
何かが爆発したかのような轟音とともに、僕の右耳を何かが後ろからかすめた。チッという音がして、僕の右耳の下の方がチリチリとした痺れに侵される。何とも言い難く気持ちの悪い麻痺の感覚に顔をしかめて耳を抑え――――離した手の色は、赤。
「…っ!坊主伏せろ!」
慌ててチビを道路に寝転ばせ、自分も伏せる。続けざまにもう一度轟音。頭の上を何かがものすごい勢いで通過していったのを感じた。
銃撃。
音のした方をみれば、先程吹っ飛ばしたはずのデブが再び立ち上がっていた。その手に持つのは改造を受けた銃45。その銃口からは硝煙が昇る。
さっき腹に入れたダメージはもうすでに回復したようで、狙いをつけるその手の動きに負傷を感じさせる部分はない。しまった、手加減しすぎたか。
「ひゃはは!随分と間抜けな恰好だなぁ!」
その銃身バレルからバチバチという音と共に小さく稲妻が走っているところを見ると、おそらくは軍隊などで使われる雷電型魔法銃だろう。使用者の魔力を吸い取りそれを稲妻へと変えて弾丸に纏わせるその銃は、あたれば傷を負うだけでなく、被弾した部位を一時的に麻痺させ機能を奪う。動きを止めれば狙い撃ちにされる戦場で、その弾は被弾すれば命取りとなる。
……なぜそんな物騒なものが出回っている?一般市場では銃士職ガンナーの使う一般の銃しか売ってないし、それを改造するにしても相当な熟練鍛冶師がいなければならない。
この男、どうやって手に入れた?
考えたその瞬間に、男の指が動いた。同時、再度轟音が響く。咄嗟に身をひねってかわし、すぐ近くにあった果物屋の陳列棚の陰にチビを抱きかかえて身を隠した。
「……まずいな」
どうにかしてこの子を逃がしたいが、この状況では【転送】の詠唱をしている暇はないだろう。というよりもそもそも、近接戦闘と魔法を封じられたら、例え邪魔がいなかったとしても僕に武器はない。才能の力はあれど、流石に生身では銃の弾丸を防ぐことはできない。僕としたことがしくじったな。完全に積みだ。
男はこちらの方に向かってくる様子はない。出てきたところを狙い撃ちにするつもりだろう。口笛を吹いて完全に遊んでやがる。
このままの状態なら、僕もこの子も殺されて終わるだろう。
ならば――――
「僕が合図したら、3、2、1で、アイツに見つからないように一気に走って。振り返っちゃだめだよ」
「え?にーちゃん何言って……」
「いいから!行くぞ、3、2……」
1で僕は思いっきり立ち上がった。腕を目一杯広げ、男の視線を誘導する。ほらほらこっちだ、早く撃ってこい。そしてそれと同時に、チビが男の死角となる位置に向けて全力で走りだす。
そうだ、それでいい。
「ははっ!馬鹿めが!自らあたりにきやがった!」
それにはまったく気づいていない様子の男が大口を開けて笑った。馬鹿め、お前はなんも気づいちゃいない。お前は僕の掌の上で騒いでいるだけさ。
数年、数十年後。いつしか彼が、今日生き残った彼が。きっとこの国を支え、この国の力となってくれる。
そのためなら、僕はここで死んだってかまわない。
「地獄で後悔するんだな兄ちゃんよぉ!」
でも、少しだけ。後悔があるとするならば。そんな僕の思考を断ち切って、ダサい決め台詞と共に、男は引き金にかけた指を曲げた。
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