⑯ 女王アルの優雅な日常(街・1)

前回のあらすじ・アルがクレイからまたなんかよからぬことを聞いた。


僕は【隠蔽】を使って大急ぎで城を出ると、街へと走った。無論、探偵っぽい帽子と茶色のコートで完全に変装済みである。これならば、誰も僕が女王であると気づかないだろう。今の僕は、ファストのタンスの中に入っていた「アル用・シャーロックホームズ」と書かれた衣装を完璧に着こなしていた。シャーロックホームズとはファストの世界の有名人なのだろうか。とりあえずカワイイ服なので着てみたが、全く僕とバレないくらい見事に変装できたと思う。心なしか、みたこともないホームズさんに似ているような気がしてくる。いや、むしろこれは僕がホームズといっても過言ではないんじゃないかというくらい見事な変装だった。

まあ、これだけ見事な変装ならどんなに目立とうが僕だとばれることはないだろう。これで一安心だ。我ながら、自分の変装技術の素晴らしさには驚いたよ。

ほら見ろ、こんなに堂々と道を歩いていてもだれも見向きもしないぞ!はっはっは、僕、満足!

と思っていたら、すれ違ったチビッ子がこっちを指さして

「あ、アルセイフ様だ!」

――――なぜバレた。変装は完璧なはず……!

「だって銀髪だし……」

くっ、チビッ子ごときに一瞬で見透かされるとは……。やはり純真な子供のまなざしは欺けないということか。

などとやっている暇はない。

僕の正体がばれたことで、すぐに多くのやじ馬が集まって……

「あれ?」

来なかった。

こんな身近にガチでモノホンの女王がいるというのに誰一人として興味を示さない。……なんでだ?

と、チビッ子が口を開く。

「にーちゃんもアルセイフ様の真似してるの?」

「真似?」

「ほら、皆アルセイフ様の真似してるんだ!」

と言ってチビッ子が指さした先では、確かに僕の真似を――――髪の毛を銀色に染めることを――――した人々が、街のあちらこちらで歩いていた。男も女も、その大半は髪の毛を銀に染めている。

「おう……」

マジか。いろんな意味でマジか。

いままで、自分にはそこまでの期待などされていないと思っていた。

所詮、僕など本物の王ではないと。使い捨てられて終わるのが運命、それでもいいから国民を助けたいと願ってここに来た。何一つ見返りなんて期待しちゃいなかった。

だがしかし、僕は自分で思っていたよりも慕われてたらしい。

まあだからって、わざわざ髪の毛を銀色にすることないとは思うな。と、銀髪という珍しい髪を義母たちから馬鹿にされた経験のある僕は思う。折角のきれいな黒髪を、わざわざ僕みたいな色に染めなくたっていいのに。僕なんかに近づこうとしなくたっていいのに。

「にーちゃん、なんでにやけてんの?」

「にやけてない。」

慌てて手で顔を隠し、口元のゆがみを抑える。あかん、なかなかおさまらへん。

そんな僕をチビッ子が不思議そうな眼で眺めていた。

たっぷり時間をかけてようやく顔を元に戻した僕は、どうやら僕が顔を戻す間ずっと眺めていたらしいチビッ子をわしゃわしゃとなでてから尋ねる。

「ところでチビ。この辺でどこか、布とかを売っている店って知らないか?」

「布?それならあっちの山の向こうに卸売市場が」

「うーん、そんなにでっかくなくていいんだがな……それに遠い。てかよく卸売なんて言葉知ってるね。で、ちっちゃいお店はあるかい?」

「ちっちゃいお店は……えーとたしかこっちだった気がする」

そう言うと、チビッ子は一目散に駆け出す。

「ついてきて!」

おっと、速いな。急いでいかないとあっという間に見えなくなりそうだ。

と、チビッ子がこっちを振り返って後ろ向きで走りながら

「にーちゃん早くしろよ!」

などと言った瞬間、

「いてっ!」

前を横切っていたガラの悪そうなスキンヘッドの男二人に思いっ切り激突する。デブとがりがりのコンビだ。見た感じちょっとこれはまずいんじゃないだろうか。僕はすぐに追いつくべく、常人のダッシュくらいの速度で走り始める。

激突された男達は、どうやら外見と性格が一致するタイプだったようでかなりお怒りのご様子である。顔を真っ赤にしてチビッ子に怒鳴り始めた。

「いってえなこのガキィ!テメエどこ向いて走っとんのやゴルァ!」

「ご、ごめんなさ……」

「あーもう完璧折れたわ。これ骨折れたわ。テメエこれ詫びの一言だけですむと思ってんのか、あ⁉慰謝料じゃ慰謝料!」

「あの、俺……」

「ぼくぅ、ちょっとおにーさんたちにおうちの場所教えてくれるかなあ?お母さんと直接会ってお話するからさあ。やっぱりこういうことはちゃんとしとかないといけないからねぇ?」

「でも俺の家そんなにお金持ってないし……」

「あ⁉テメエが稼ぐんだよ!払えないんなら内臓でも売れやこのボケ!」

子供相手に大変ご立腹の様子である。こわもての男二人に脅され、チビッ子はもう泣き出してしまっている。

そこでようやく追いついた僕は、泣き出した子供に苛立ったのかその胸倉をつかみ上げようとした男の手を払いのけると、できる限り相手を逆なでしないように丁寧な口調で言う。

「すみません、僕が案内させていた子です。申し訳ありませんでした。」

「テメエんとこのガキかゴラァ!」

「いえ、ですが僕が案内を頼ん……」

「なら他人だよなぁ?俺らはこのクソガキに慰謝料払えっつってんだよ!テメエがしゃしゃり出てくんじゃねえ、引っ込んでろクソが!」

「お言葉ですが、僕が案内を頼んでいた以上、監督責任は僕にあると思います。ですので、どうかこの子には怒鳴らないでいただきたい」

「お前は引っ込んでろって言ってんだろこの野郎!」

男が殴りかかってきたので、僕は咄嗟にチビを抱きかかえてかわす。

この男、一般人の中では【才能】に恵まれている方だな。僕が今までいた地面にこぶしの跡がついてる。鍛えれば騎士とかになれたかもしれない。

「あの、できれば平和に解決したいんです。この子が謝る、僕がお金を払う。それで手を打ちませんか?」

「ああ⁉うるせえな、俺らはその坊ちゃんとお話してるんだよ!邪魔するってんならテメエ、ぶっ殺すぞ?」

「わかりました。手加減できなかったらごめんなさい。」

「は?なに言って……」

どうやら彼らには知能がないようだ。そう判断した僕は、瞬時に交渉を断念する。

代わりに、デブの方に右拳をゆるくあてる。ポフ、と間抜けな音がした。

「は?テメエ、俺らとやるってのか?それにしちゃあ力がねえパンチだな……」

ぁ、と続けようとしたその瞬間、僕は【発】をあてる。

「え?」

自分が何をされたのかも分からず、デブの体が回転しながら宙を舞う。

瞬間的に強い力を叩きこむ【発】は、その見た目の地味さとは裏腹にかなりの威力を伴う。そのため力の入れ方が難しく、手加減しずらい。

デブの巨体が宙を舞うのを見て、ガリガリの方が信じられないと言った様子で目を見開く。そのガリガリの顔面に掌底を叩きこむ。

目を見開いた表情のまま、ガリガリは近所の家の壁に激突して失神した。あ、わりとやり過ぎたかもしれない。口から泡噴いてるし。

まあこれで大丈夫だろう。僕はチビッ子の方を振り向くと、しゃがみ込んで目線を合わせた。ちなみにこれが小さな子を安心させるときに取る方法だと本で読んだ。が、その方法を取る必要はなかったかもしれない。チビッ子は瞳を輝かせてこっちを見ていた。どうやらトラウマとかにはなってなさそうなので一安心である。

「チビ、大丈夫か。けがはないな?」

「うん!にーちゃん、すっげーな!あんなデブ吹っ飛ばすなんて!」

「う、うん……。」

本当ならもっと早く助けられたくせに、ばれないようにわざと遅く走った僕は少々言葉に詰まる。だがチビッ子は僕の心理とは裏腹に、とてつもなく明るい声で

「決めた!俺、にーちゃんの弟子になるよ!」


・・・ふぁっ?

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