⑮女王アルの優雅な日常(昼)

……最近、ファストが冷たい。

何か用事があるみたいで、いっつも忙しそうに動いている。女王ぼくの夫であるんだから働かなくとも常に食事と娯楽が用意されてるはずなのに。

気づいたらいなくなってるし、話しかけてもどこか上の空だし、夜の…その、アレも全然誘ってこないし。

もしかしてファスト、僕のこと嫌いになっちゃったのかなぁ…

「のろけるなもげろ」

「辛辣!」

…てなことをたまたま女子トイレの天井にへばりついてた清掃係のトルビデオさんに愚痴ったら上記の反応が返ってきた。

「で、でも僕このままだと本当に嫌われちゃいそうで怖いんだよ。ほら、よく小説なんかでもあるよね?顔を合せなかったことから離婚にまで発展しちゃうやつ。」

「ねえよ」

一瞬にして完全に否定されてしまった。どうやら僕の読んだ小説に入っていた知識は、一般常識ではなかったようだ。

「設定とかすごくリアルで本当っぽかったからそれが常識だと思ってたんだけどな。前国王お父様の机の引き出しに入ってた『奥様劇場~愛の花は脆く~』って本」

「ぶふっ……!あの顔で……⁉」

なぜかトルビデオさんが吹き出した。なんなんだろうか。

「まあでもとにかく、うら若き乙女の僕としては心配なのですよ。愛するあの人が僕のことを捨ててどこかへ旅立ってしまわないかとね」

「あ、それはないと思うぞ。あくまで俺の主観だが、あいつああ見えてアルセイフ様のことすげえ好きっぽいから。さっさと爆発すればいいのに」

「ならいいんだけどね。それはそうと、あと君さっきからちょくちょくタメ口だな。一応私女王なんだけどね……。まあ変にかしこまられるよりいいか。まあこんな身長だしね、敬語を使われるのもなんだか……」

幼児体系ぺったんこ女王乙」

「そこに正座して今のうちに遺書を書いておけ」

「『三分間だけ待ってやる』の?」

「やっぱ待たん」


てなわけで、その後きっちりとトルビデオを説教(比喩表現)した僕は、自室に戻って仕事の続きをしていた。何かが焦げたようなにおいがずっとしているが、それはきっと誰かが肉でも焦がしたんだろう。心なしか女子トイレの方から匂ってくる気がするがまあ別段気にすることでもない。

しかし、ファストが僕にベタ惚れなのは初めて知ったぞ。うんうん、やっぱり僕とファストとの愛は永遠なのだ!フォーエバーラブなのだ!

「我が主がなんか変なこと言ってます……つい先程まではあんなに元気にふるまっておられたのに……やはり無理をなされて」

「うるさい」

どうやらつい口に出していたらしい。執事のクレイにめっちゃ心配された。僕の下着嗅いでるような変態に心配されたくないなあ。

「ふぉーえばーらぶ……まさか我が主が、十代のころの中身のない若者が好き好んで使用する、あとで黒歴史確実となる言葉をおっしゃる日がくるとは……よよよ……」

「クレイは十代の若者に親でも殺されたのかい……あ、そうか、自分が既に婚期のがしてるからミギャッ!」

続きを言おうとしたその瞬間、クレイの持っていた手帳の角が僕の脳天に激突した。

「………蚊がとまっておりました」

「嘘つけ!」

クレイはツンとすました顔で立っている。どうやっても口を割らないやつだなこれ。

諦めた僕は、おとなしく書類にハンコを押す作業に復帰した。

「それはそうと、ファストはなんであんなに忙しそうなんだろう。クレイはファストがやってることがなにか知らないかい?」

「ええ。まあ大方、何かのご準備でもなされているのではありませんか?」

「準備……」

何かを準備する必要なんてあったかな?来客の準備はファストじゃなくてクレイの仕事だし、食事だってコックがいるし、夜戦(笑)だったらこっちの照れた反応を見て楽しむためにむしろ見せつけてくるだろうし。残っているものといえば、

「……まさか戦闘」

「………。(カンが良さ過ぎではないですかねうちの主人は)」

「なわけないか。まあいずれにせよ、ファストの浮気の線はなさそうだな」

「いえ、わかりませんよ?ファスト様は、いくらいい人といえども男です。ムチムチ巨乳のナイスバディな十代のくそビッチに迫られても正気を保てるとは限りません。据え膳食わぬは男の恥という言葉もありますので、十分に注意をしていかないと、男という物は簡単に釣られr」

「何でそういうこと言うのぉ……」

「あああごめんなさいアルセイフ様、その、そんなつもりじゃなくてですね、あの、泣かせる気はなかったんですただ単純にからかおうと思っただけで……あの、私から見てもアルセイフ様に惚れてると思いますよ」

「でも僕、胸も小さいしさ、クレイの言うように、僕よりもっといい女の人が現れたらって思うと気が気じゃないんだよ」

「アルセイフ様……」

これまでファストから好きだって何度も言われてきたけれど、人の気持ちは変わってしまう物。僕よりもいい人がいたら、ファストは僕を選んでくれるんだろうか。僕といるよりもずっと楽しいっていう人が現れた時、僕はいったいどうなるんだろうか。これからもずっと、僕の方を向いてもらえるのだろうか。

「アルセイフ様。」

「……なんだい、クレイ」

「そんなに心配でしたら、私に名案がございます。」

ちょいちょい、と手招きされ、クレイがゴニョゴニョとその【作戦】を言ってくる。

「そ、それだ!」

そうか、そんな方法があったのか!なるほど、流石は僕よりもずっと長く生きている女性だ。正に完璧な作戦!よし、そうと決まれば早速準備だ!

「クレイ!ちょっと僕出かけてくるよ!」

「はい、行ってらっしゃいませ。」

クレイに手を振って、僕は扉を勢いよく開け、目的の場所へ走り出した。


アルがいなくなった王の部屋で、クレイはしばらく考え込んでいたが、そのうち何かに気づいたかのようにはっと顔を上げた。

「………んんん⁉待ってください、アルセイフ様の机の上にうずたかく積まれたこの仕事の山は、一体全体どなたが片付けるのでしょうかねえ⁉」

そのクレイの独り言に、てめえだよと返すかのごとく鳥かごの中にいたカナリアがふてぶてしくピピっと鳴いた。

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