⑦宮殿
「ファスト、一つ聞いておいてほしいことがある。」
「お、おう。」
アルが話し出した。
ここは宮殿内、アルの部屋。今も昔も、だ。
家出する前、アルはここで暮らしていたという。
アルが出て行った後「片づけの命令をだすのがめんどい」という素晴らしく人道的な理由で全く片付けられておらず、そのままの状態で放置されていた。
机に置いてあった「探さないでください」の手紙が、封も開けずに放置されていたのには驚いた。せめて開けてやれよ、と思った(笑)。
結構きついんだぞそういう手紙を読んでもらえないのって、という感じである。ちなみにアルはそれを見た時、何とも言えない絶妙な表情をしていた。結構悩んで文面を考えたのだろう、その目にうっすらと涙が浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。が、その顔が見ていてとても面白かったのでフォローは入れなかった。
まあ入れるとしたら…ドンマイ。
で、そのショックから立ち直ったアルは、俺に話があるとか言ってランパードたちを部屋から追い出した。
その時のランパードの眼は、何よりも雄弁に心の中を語っていた。
すなわち。
―――――テメエ俺の可愛いアルとイチャコラしてみろぶっ殺し(ry
やばかった。それはもうやばかった。
え?どんなだったかって?ただひたすらに怖いんだって!
血走った目でただひたすらにこっちを睨んでくるんだよ!?瞬きもしないでさあ!
あいつどう考えても俺より変態だよ!?変態率400%突破してるよ!?
思春期の男子のレベルをはるかに超えた変態だよ!?
そんなHENTAI、もといランパードを【転送】でどっかに飛ばすと(どこ行ったかは知らん、適当に飛ばした。と言ってた。)アルは話し始めたのである。
とまあそこで場面はこの文章の最初へとつながる。どうでもいいけど回想長いな。
さてと、
「で、なんだ?」
俺の質問に、アルは一瞬視線を泳がせると、
「えーっとねえ……。あー、この城で働いてる人には変態しかいないんだ。」
―――――――――はい?
「どういうことだ?」
「僕の城には変態しかいないってことさ。みんながみんな、へんた……ランパードみたいな感じなんだよ。」
……お前今ランパードを変態って言いかけたよな?
いや、というか、それはないだろう……。いくら何でも。
城って言うのは王国において最も重要なものだ。
他国からの使者が来た時にしっかりとO・MO・TE・NA・SHIしないといけない。
また、他国に自分の国のすごさを見せつける役割もある。
そしてなにより、戦争の時に王を守る。だから王族どもは、街の整備にはロクに金を出さないくせに、城の改修だけは頻繁に行う。
考えてみてほしい。
あなたは40歳、4人家族の長だとする。
ある日突然会社をリストラされてしまったあなたは、実家の一階を使ってコンビニを始めた。そのコンビニはあなたにとって正に城であり、つぶれれば一家全員が路頭に迷ってしまう、とても大事なものだ。
経営は軌道に乗り始め、売り上げはそれなりに好調。なんとか暮らしていけそうだ。
さてそんな時、あなたはアルバイトを募集しなければならなくなった。客が増えたため、あなただけでは店を回せなくなったのだ。
そこで質問だ。
あなたは、身元や性格が信用できないやつをアルバイトで採用するだろうか。
しないだろう?
それと一緒だ。違うのは、その規模。
城の従業員はまず、身元を徹底的に調べられる。親戚に犯罪者がいないかどうか、自分はもちろん、親の【才能】がどのくらいなのか。時には、交友関係や購入品のチェックなどもされるらしい。
そのあと、実技、筆記、面接などを経て最終的に採用不採用が決まるのだが、それらがすべて鬼のように難しい。
立ち寄った街に、その町の属する王国の筆記試験の過去問が売ってたので覗いてみたことがあったが、大問①(1)に「x³+y³=z³を満たす整数が存在しないことを証明せよ」って書いてあったのですぐ閉じた。意味わかんねー。初っ端からフェルマーとかマジふざけんじゃないぞ。
ちなみに筆記は全教科(数学、国語、科学、生物、地学、教養、兵法、歴史、地理)が入り混じった問題なので、数学の問題を解いたと思ったら次の問題は兵法の問題だったりする。なので大変ややこしい。これを満点で突破しなくてはならない。
そんな試験を受かってきたよう人間たちの中に間違っても変態などいるはずがないのだ。※ランパードは例外。
いたら教養で落とされるし、それを突破してきた者がいたとしても面接で落とされるだろう。※ランパードは例外。
現に、さっき城の中を見て回っていた時に出会った従業員の方々は、どれも理知的でかっこよかった。
常に周囲に気を配り、主人に対する危険が迫ってきていないかどうかを確かめながらも、仕事のスピードは変わらない。しかもそのスピードが速いのなんの。あと、頼んでもないのに紅茶がちょうどいいタイミングで出てくる。
特に、アルの専属のメイドさん――――クレイという名前らしい――――はやばかった。黒○事だった。女版の。
どうやら前前代国王――――アルの義父――――がアルを猫かわいがりしていた時に、アルにつけるメイドを決めるためわざわざ自分で面接を行ったらしい。それをパスしたのがクレイさんなわけだ。
実はさっき紅茶のカップを倒してしまったのだが、そのクレイさんは、カップのふちがテーブルクロスに付き中身がこぼれてしまう前に光速で現れ、カップの取っ手をもつと、中身がこぼれないように再びカップを立て直した。
この間わずか0.1秒ほど。だったらしい(アル調べ)。俺は全く目で追えなかった。
マジでかっこよかった。惚れてしまいそうなほどだった。是非ともクレイ姐さんと呼ばせていただきたい。
しかも美人で巨乳、黒髪清楚系である。アルとは大違(ry
「そんなクレイさんが変態なわけないだろう!」
というわけで、全力で否定する俺。
しかしアルは首をゆっくりと横に振ると、
「ファスト、実はクレイが一番変態だよ……。」
「ええっ!?んなわけあるか!だって……」
と、反撃をしようとしたところで
「お話中申し訳ございません。洗濯物を預かりにまいりました。」
こんこん、とドアがノックされクレイさんが入ってきた。噂をすれば影である。
「アルセイフ様、旅の間の洗濯物をお出しください。洗濯しておきます。」
「ああうん、……デ・アンデル。ディレクター・コマンド。【
アルは呪文を唱え、魔法でしまい込んでいた洗濯物を取り出す。
どさどさどさっ!と音を立てて、アルがため込んでいた洗濯物が部屋に敷いてあるふかふかの絨毯の上に山積みになった。いいのか?このじゅうたん結構高級そうだぞ?
ちなみに【収納】は文字通りアイテムを消したり出したりする魔法。アル曰く実は消してるわけではなく、めちゃくちゃ小さくして自分の周りを浮遊させてるんだとか。
……いっつも思うんだが、【収納】が使えないやつはどうやって旅してるんだろう。荷物しまえなくない?まあ、俺は見たことないけどな。
「ご苦労さんでーす。」
などと考えていたらクレイさんと目が合ったので、とりあえず挨拶をしておく。
と、アルがボソッと、口を動かさずに
―――――ファスト、ちょうどいい、見せてあげるよ。
「何をだ?」
―――――しっ!静かに。クレイに気づかれる。
―――――なんかしらんが分かった。まともな会話してる振りをしよう。
「そういえば、前から聞きたかったんだが、魔力のないやつでも使える魔法っていう物はあるのか?」
―――――で、なんだ?
俺とアルは、普通の話をしてる振りをしながら唇の動きだけで別の会話をする。難しそうに聞こえるけど、コツをつかめば結構簡単なんですよ、これ。
「うーん……。実は魔法って誰でも使えるんだけど、どんな人でも使うにはそれ相応の【対価】が必要だからなあ…。」
―――――透明化してクレイの一日を見てみよう。そうすればファストもわかるよ。
「マジで!?【対価】って?腕とかか?」
―――――わかった。やってやろうじゃあないか。……あ、いや別にこれは女性の私生活を覗きたいとかそういうふしだらな理由ではなくて
―――――………。
―――――………………すいませんでした……………。
女性のプライベートを透明化して覗き見るという、青少年憧れの内容の会話が終了したため、俺らは唇の動きでの会話をやめて、まともな内容の会話にシフトする。
「うん。そうだね。基本的に魔法ってのは、悪魔と契約を結んでその力を貸してもらうわけだ。」
「そうだな。」
「契約には当然、対価が必要なんだけど…ここからが問題なんだ。魔力はいつでも需要があるからあまり価値が変動しないんだけど、人間の肉体やらなんやらは、その時々によって需要が変わる。例えるなら貨幣と物々交換の違いのようなものだね。」
「ああー。つまり、何を取られるかわからないってことか。」
「そゆこと。まあでも、その上限は『使用者の所有物』までだしね。最悪の場合死ぬけど、他人に迷惑は掛からないようになってるんだよ。」
「はー。よくできてんなー。」
「ちなみに無詠唱発動も上限は一緒。でもその場合は契約書がないのと一緒だから、あとでどんな請求をされても文句は言えないよ。あくまで上限の範囲内だったらだけどね。」
「じゃあ、無詠唱発動なんてしたら……。」
「僕のきいた話だと、タバコの火をつけるのに【
「うーわー……。ってか、無詠唱発動ってどうやってするんだ?知らない間に無詠唱発動なんてしたらやばくない?」
「あー、大丈夫だよ。基本的には使いたい魔法の【解】を唱えることで発動させるんだけど、その時に『無詠唱発動する』っていう認識があって、かつ無詠唱発動をしたいっていう強い気持ちがないと発動しないから。」
「一応、すぐに腕とか持ってかれたりしないで済むようになってるんだな。まあ、【解】を唱えただけで発動したら、何も言えなくなっちまうか。てか、認識が必要なのは無詠唱発動だけなのか?うっかり詠唱と【解】のどっちもを知らない間に唱えちゃったらどうなるんだ?発動するのか?」
「いや、発動しない。人間の契約と違って、悪魔との取引では契約する意思がないと契約は成立しない。」
「……悪魔のほうが人間よりよっぽど人道的だな。」
「はは、まーね。」
俺とアルが話してる間にクレイの姐御は旅の途中にたまったアルの洗濯物をどんどん袋に詰めていく。しかもわざわざ畳んで。あ、詰め終わった。
「これと、これと……これは違いますね……………アルセイフ様、もう少し整理整頓をしてください。せめて洗濯物と綺麗なものとは分けましょう。このままでは、ご結婚なされた際にお相手様に大変なご苦労を……」
「あ、ああ、わかった。善処する。」
こうやって話してるのを見ると、アルのほうが常識なさそうなんだがなあ……。
「では、失礼いたします。」
クレイさんは山のような洗濯物が入った袋を両手に抱えたまま、おなかで器用にドアを開けた。おなかでどうやってドアノブ回したんだろうか。
そして、ドアのところで一度立ち止まり、
「アルセイフ様、明日は新国王としての戴冠式がございます。おそらくご挨拶をされる機会があるかと存じます。寝不足でご挨拶をすることになってはいけません。ファスト様とご一緒のお部屋ですので舞い上がってしまうお気持ちはお察しいたしますが、今夜はあまりお楽しみになりませんようお願いいたします。」
「ばっ……!何を言ってるんだクレイ―――――ッ!」
さらっと言い残すと、一礼して出て行った。
後に残ったものは、羞恥心に顔が真っ赤になってるアルのみ。
パタン、と扉が閉まったと同時、
「ショ・ボン。ノアクション!カクシブ・ロック!オオ・スギ!【
アルの怒りの魔法がさく裂した。
たちまち、俺らの姿が透明になっていく。
「おお!すっげえ!」
思春期男子憧れのシチュがここに!完全に透明だ。これなら覗いてもバレない。え?どこをって?決まってるだろ?
というか
「ファスト………。」
おっとアルがジト目になってきたのでここらへんでやめておこう。
さてと、そんじゃあまあ、
「行動開始だ。」
俺とアルはドアをそっと開けると、クレイの背中を追って歩き始める。
ちなみに【隠蔽】は使用者の立てた音、姿、気配を完全に消す魔法なので、フツーにしゃべってもバレない。
ただし、【隠蔽】はあくまで使用者の出したものにしか効かない。
つまり、他の物の姿や音は透明化しない。だから花瓶とかを倒したら当然音が出るし、花瓶が消えるということもない。
でも足音は消える。なんでだろう。そういう契約なのかな?
「【隠蔽】は『使用者並びに使用者の生活音、発動時に使用者が身に着けていた物を、使用者以外の知覚から完全に隠蔽する。』っていう魔法だからね。足音は生活音なんじゃん?」
だそうです。
いや~、さすがアル先輩。やっぱ生まれがいいと教養が段違いですな……。
俺の生まれももうちょっと良ければよかったのに。少なくとも両親がいたらな~。
「あ、ほら、ファスト!みて!」
考えていたら突然アルが前を指さして叫んだので俺は慌てて前を向いた。
と、
「…………なんで従業員室のほうに行くんだ……?」
当然のごとく、この世界に洗濯機はない。ついでに水道もない。作れないことはないんだが、作らない。理由は簡単、毒を入れられないようにである。
だから、井戸のある中庭に向かうはずなんだが……。
まあ、洗濯板とかを取りに来たって可能性もあるし……。
「いや…ファスト、奴は鍵を閉めてるんだよ。」
「えっ?」
それはどう考えても……
「おかしいよな。」
「おかしいよね♡」
アル先輩、目が笑ってないっす……。
「では、オープン!」
アルがドアを引き開けるとそこには
「お嬢様の香り………(*´Д`)ハアハア♡」
……アルの服に顔をうずめて身もだえる、立派な変態がいた。
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