⑫stronghold 意思の城

 ――――――!

 彼女が言葉を発したと同時、俺は一瞬にしてその場から飛びのき、クレイさんと距離を取る。ざざっ!と足元の砂利が音を立て、体が停止した。停止と同時、全身の関節を少し曲げ、すこし前傾姿勢を取り、つま先に体重をかけて対応準備状態セットアップにしておく。言うまでもなく、いつでも逃げられるようにだ。

「………………お前、何者だ」

「いえ、私はアルセイフ様にお仕えするただの使用人でございます」

 但し、と前置いてから

「――――――特異体質であることを除けば、ですがね」

「………………」

「とにかく、敵でないことだけは明確でございます。私はあなたの敵ではございませんし、さらに言えば味方です。危害は加えませんので緊張を解いてください」

 その言葉に嘘はない、と直感した俺は警戒を解くと同時に尋ねる。

「…なぜわかった」

「ファスト様の【敏捷アギル能力アビリティについてですか?」

「ああ。そうだ」

「先程【特異体質】と言いましたが………私には、他人の能力アビリティが見えます。誰であろうと。おそらくそれが神であろうと悪魔であろうと、私はその能力値と使える術式、伸びしろなどをすべてこの【目】を使って数値として見ることができるでしょう」

 クレイさんは静かに微笑みながら、一拍置いて

「だから私はんです」

 この世界において個人の能力アビリティは最重要機密といっても過言ではない。相手の使える魔法が分かれば、それに対応した作戦が取れる。そしてそれを瞬時に見破る特異体質の人間とあれば、たとえ忌み嫌われている【死等】であったとしても、駒として欲しくなるのは必然。だから前代王は彼女を選んだ。たとえ変態であろうと【死等】であろうと、いざというときに働きさえすれば。つまるところ――――アルを、家族を守れるのならば、。そしてさらに言えば、国の評判など気にしないというのならば駒は一人だけではないはずで。

「ファスト様の考えていらっしゃる通りです。我々、つまりこの城で働く者たちは全て、【異能持ち】でございます。」

 変態だらけの城。常識的に考えれば異常といえるこの城が、なぜできたか。それはひとえにアルの義父の行動によるものであったのか。前代国王が、国の威信を捨ててでもアルを守りたいと考えたから―――――――

「そうか…………よかったな、アル。」

 お前は本当に愛されていたんだな。今にして思えば、王が死んだあとでアルがすぐに殺されなかったのも、クレイさんたち使用人の存在があったんだろう。あの様子だとアルは使用人たちの秘密に気づいていなかったようだから、いままでクレイさんたちは陰から、決してアルに悟られないようにしてずっと

「……支えてくれていたのか。」

「はい、そりゃあもう。大変でしたよ?アルセイフ様に絶対に気づかれないようにすることが前代国王、ヴェイユ様のご意思でしたので、いろいろと策を弄せねばなりませんでした。まあこちらとしても死等であるところを救っていただいた恩義がありますので、アルセイフ様に尽くしてまいった次第です。あ……、べ、別にアルセイフ様のことが好きだからとかそんなんじゃないですからねっ!」

 ツンデレかよ。もしかしてアルが多少ツンデレっぽい所があるのもコイツの影響だったりして。

「まあそんなことはどうでもいいんですっ!今度は私の質問に答えてください!」

 恥ずかしくなったのか、うつむきがちに言葉を発するクレイさん。いっつもこんなおとなしい感じだったら多分モテるだろうな。いつもの感じだと近寄りがたいからモテなさそうだし。などと考えていたら、クレイさんがにっこりと笑って

「……ファ・ス・ト・様?何か言いましたか?」

 どうやら地雷を踏んだらしい。

「ナチュラルに心を読むのやめてくれませんかねえ!」

「うるさいです!この年で結婚できないのって結構ヤバいなと自分でも思っているんです!それをいちいち指摘しないでください汚らしい!」

「いっつもそういう雰囲気でいたらモテると思うんですがねえ……もうちょっと女の子らしくしませんか?てかちょっと待ってくださいよ、クレイさん見た目的に二十代前半なんですがそれで結婚してないのは普通のことじゃないですか!あと実年齢は何歳ですか?」

「女の子らしくとか無理でしょうが!私はクールなキャラで通ってるんです!あとさらっと年齢聞かないでください!二十五で悪かったですね!」

「二十五ならまだ全然イケる気がするんですけど……」

「ファスト様が前いた世界ではそうだったかもしれないですが、こっちでは無理なんです!女は十六くらいになったら大体結婚するんです!」

「え……なんで俺が異世界の人だってわかるん?」

「だから私の体質ですって!他人のステータスが全て見えるんです!……って、そういえばその話をしてたんでした………。」

 正気に戻ったらしいクレイさんは、乱れた服をささっと整えると、エプロンの前をパンパンと払ってから、

「…………コホン。失礼いたしました。話を元に戻しましょう。」

「耳も元に戻しましょうか。真っ赤ですよ。」

「だからそういうのは言わないでください!」

 はいはい、と気のない返事を送っておくことにして、

「んで、本題は?」

「……はい、戻しましょうか。」

 今度はちゃんと耳まで戻したクレイさん。流石です。

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