⑪状況が創りだすHENTAI

戴冠式の日の夜。俺は背中にアルの体温を感じながら、布団の中でまどろんでいた。

…寝れないのだ。なぜか。

今日は別に暑くもない。むしろ寝やすい気候なはずだ。適度に涼しく、風もある。正に寝るためだけに作られた状況っ………!僥倖っ………!好機っ……!

だというのに。

……まるで眠々打〇を飲んだ日のようにねむれねえっっっ!

ふぉうっ!たまにあるよねっ!こゆこと!なんか寝れねえの!マジうける!

深夜ということで謎のハイテンションに陥る俺。結果的に興奮してしまいまた眠れなくなる。……なんという悪循環か。

「よし仕方がない、水でも飲んで来よう」

なんかどことなく落ち着かない、そんな時には水飲むのが一番っすよね。うん。

というわけで俺は、隣で爆睡(仮にも王女がいびきかくなよ)してるアルを起こさないようにそっとベッドを出て。


「………………?」

俺の邪眼(笑)がこのような混沌の闇の中でも効力を発揮、床にある潜影を捉える。

なんだこれ?脚で触れてみると………………布か。

「あ」

拾い上げて気づいた。

そこにあったのは明らかに女性用である下着。あえて名前を出すなら、パンティ。この部屋に落ちていることからして、この下着の着用者は約一名しかおらず、かつご丁寧に『Allsafe』って書いてあった。

「………………」

単刀直入に言おう。


なぜパンツが脱げる⁉


そんな激しい動きした?ねえ⁉

パンツが脱げるのって結構難しいと思うんですけど⁉どんな寝方したの⁉

まさか寝るときはいつも脱いでんの⁉もはや痴女の域だよ、それ!

いや待てよ、今考えるべきはそこではなく脱げたパンツの脱走元で――――――

「のっ………………!ノーパンだとっ⁉」

おっと思わず叫んでしまった。アルが起きなくてよかった…。この状況で起きたら確実に俺はHENTAIだ。

まあでも、叫んじゃうのも仕方ないよね。男の性ってやつですよ。

女の子がノーパンでいたらほとんどの男子は興奮すると思いますよ?一部、触手付きのパンティはいてる方がイイっていう上級者もいますけどね。それはそれで別物なんで、少なくとも自分はノーパンのほうがいいです。

さてと、そんなことは置いておいて。

「パンツはかせるか……」

仕方がないので俺は寝ているアルにパンツをはかせようとしてみる。

が、やはり寝ている人に服を着させるのは難しく、なかなかうまく足を通せない。加えて夜ということもあり、月明かりしかないこの異世界では上手く見ることができない。……え?さっき邪眼(笑)でパンツを捉えてましたよね、だって?そんなことしたっけ?全く覚えてないなあ、ははははは。いや、決してアレなわけじゃないんですよ?別にアルのアソコをはっきり見るのが恥ずかしいとかじゃなくてですね、あくまで夜目が聞かないんですよ。困ったなー。全然見えないじゃん。

おっと、そんなこと言ってるうちに何とか両足に布の穴を通せたぞ。さあ後はこのパンティをアルの腰の方まで引き上げるだけだ……


「何をしていらっしゃるのですか?ファスト様?」


ッぶねええええええええええ!

俺は本能的に危険を察知して頭を下げる。と、先程まで俺の頭があった位置を、釘バットがものすごい勢いで通り過ぎて行った。

まさかと思いつつ、恐る恐る後ろを振り返ってみると…

「くっ…クレイさん!」

「あらあらうふふ。」

そこにいたのは、釘バットを両手に持ったクレイさんだった。

「夜の間にファスト様を抹殺して差し上げようと来てみましたら……わたくしの可愛いアルセイフ様が寝ていらっしゃる間に何をなさっていたのですか?」

「え?」

まあ、とりあえず途中に出てきた抹殺とかいうワードは無視することにして。…………えーっと、俺がアルの寝ている間になんかしようとしてた?

そんなことは全く……

「………………」

俺は、クレイさんが突入した時の部屋の状況を考えてみる。

ベッドで寝ているアル。乱れた布団。そしてアルの足に引っ掛かっているパンツをもって必死に何かやっている俺。……状況的証拠としては十分だな。

「HENTAIさんにはお仕置きですよ?えいっ!」

クレイさんのかわいらしい掛け声とともに俺の目の前にあった高級そうなテーブルが一瞬にして粉になる。怖ええええええ!あれくらったら絶対死ぬわ!

俺が床で山になった元・テーブルの粉を眺めて戦々恐々としていると

「何をよそ見しているんですか?えいっ!」

クレイさんの振り下ろした釘バットによって、俺の目の前の床に穴が開いた。

「ちょっ……!待ってくださいよクレイさん!これは誤解なんですって!」

「何が誤解ですか~?夜中に女の子のパンツ掴んで必死に脱がせようとしてる人のどこがHENTAIじゃないんですか~?」

「えっ………。それブーメランじゃ……?クレイさんだってアルの洗濯物……」

「それはいいんですっ!」

ええー……。

「ってか!俺は履かせようとしてたんですって!むしろ逆ですって!」

「いえいえ~。ご謙遜なさらないでくださいよ~。……やったんだろぉ?」

「だから違うって……

と、そんなこんなで俺がついに天国へと旅立ちそうになったその時!

「うにゅむにゅ……あちゅい……」

謎の寝言と共に、突然アルが上の服を脱ぎだした!

「あっ……アルセイフ様⁉」

慌ててクレイさんが服を着させようとするも、

「あちゅい……」

何回着させても自分から脱いでしまう。てかアル寝過ぎじゃね⁉さっき俺とクレイさんが戦ってる間も全く起きなかったぞ⁉いびきかいてたぞ‼仮にも夫である俺が殺されそうになってるんだから起きろよ‼

「………………」

まあそれはそれで放っておくとしてとりあえず容疑が晴れたので、冤罪をかけられた腹いせに無言でクレイさんを睨みつける俺。

「まあそんなことは置いといてですね。」

コイツ今水に流した!自分から振っといて自分で水に流した!やめろその「過去のことは忘れようぜ」的な目!腹立つわぁ!

と俺が思ったその時

「むにゅう……?ここどこぉ……?」

「……ここではまずいですね。ファスト様、いったん外に出ましょう。」

アルが寝ぼけて起きだしてきたのを見て、クレイさんが俺の腕をつかんで引っ張る。「えっちょっま、待って!千切れる千切れる!痛い痛い!」

全力で握り、かつ全力で引っ張るので大変痛かった。


「さて、ここならよろしいですかね。」

クレイさんが俺を連れてきた場所は、中庭。今は夜、しかも真夜中なので特に人気もなく、寂しい感じがする。井戸があるところがなおさら幽霊感を演出する。

クレイさんはこんなところに俺を連れてきて何をするつもりなんだろう。殺されるなんてことはないよな?俺別に殺されることなんてしてないし。じゃあ………まさか愛の告白⁉えっ嘘⁉いやんどおしよう!私にはもうアルという人がいるのにぃ!

「気持ち悪いこと考えてないでこっちの話を聞いてください。」

「ごめんなさい。」

一刀両断された。気持ち悪い、に対してひそかにショックを受ける俺だったが、クレイさんはそんなことには全く気にしていない様子で、いつもと同じような表情で、

「ところで、ファスト様。」

「はい」

「アルセイフ様の過去について、知りたくはありませんか」

「…………」

アルの過去に、彼女が語っていない以上の何かがあることはうすうす感づいていた。だがそれを知るということは、彼女のトラウマを見てしまうことと同義で。果たして彼女が何も話してこないうちにその過去を知っていいのか。それは彼女を裏切ることにはならないだろうか。アルが自ら話せるくらいに気持ちの整理がつくまで、待つべきではないのか。しかし知らなければ慰めたり力になったりすることもできない。どうするのが正解だ。アルを裏切って慰め、その力となるか、裏切らずに力になれないままで終わるのか。その狭間で俺は黙り込んでしまう。そんな俺の沈黙を了承と受け取ったか、クレイさんはさらに一言。

「ただしそれには交換条件がございます。私にもある情報を教えてくださいませ」

そこで、彼女は一呼吸置き、俺の眼をまっすぐ見つめてから


「ファスト様、あなたは何故、のですか?」

少し微笑みながら、静かに言った。

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