第25話「エピローグ」
「なあ、カリン。聞きたいことがあったんだけど」
「うむ?」
一行はセレイナの家で歓待を受けていた。セレイナが助けてくれた皆をもてなしたいということだったが、つらい目に遭っていたセレイナにすべて任せるというわけにもいかず、ノエミとマルギットもディナーの準備を手伝っていた。浪とカリンは輪に入り損ね、料理組が慌ただしく動いているのを眺めていた。
大けがを負ったセレイナの父・レナルドは軍病院に担ぎ込まれ、なんとか一命を取り留めた。容態があまりよくないのか、それとも騒動に加担した容疑者であるためか、面会を断られてしまった。だが、ショウがいいように取りはからうと言ってくれたので、浪は安心してセレイナと一緒に家に帰ったのであった。浪にとって、とうてい受け入れられる人間ではないが、こういうところは信頼できる。
無論、ショウは命を落としたはずのセレイナが生きていることに驚いていたが、それについては特に何も聞いてこなかった。
「黒猫が横切ると不幸になるってほんとなのか?」
「あ、ノエミのこと?」
黒猫と言えば魔法使いである。古くから黒猫は魔女の使い魔であるとされているし、ノエミと獣人にしたのもカリンであったから、黒猫の曰くについて聞いてみたかったのだ。
「君はどう思う?」
「……よく分からない。ノエミと出会っていろんなことがあったのは確かだけど、最終的にはうまくいってる、気がする……」
振り返ってみれば、浪がレナルドに殴られ、セレイナが逮捕され、魔法使いに会うための冒険では死にかけている。そして、セレイナの処刑を阻止することができなかった。しかし、結果的にはうまくいっているのだ。マルギットという頼もしい仲間と知り合い、魔法や魔法使いと関わり、ついにはセレイナも助けることができている。
「では、そういうことではないか?」
「は? どういうことだよ?」
「君が不幸ではないということは、黒猫が不幸にするというのは嘘、ってことじゃ」
「なんだそりゃ。魔法使いなら、そういうの詳しいんじゃないのか?」
「無論知っているが、すぐに話してしまっては面白くないじゃろ?」
「あー、はいはい」
カリンはそういう人間だったと思い出す。解説するのが好きなくせに、変なところでもったいぶるのだ。
「まあ、魔法使いの私が言うのはなんじゃが、そんな非科学的な話がほんとなわけない。誰かが勝手なイメージで言い始めた噂に過ぎんよ」
「そ、そうなのか……?」
「偶然黒く生まれたというだけの猫に、人を不幸にする能力があるかと思うか?」
「いや……」
そう言われてみればその通りで、言い返すことができない。
「しかし、あとからそういう能力を得ることがある」
「は? ノエミがそうだって言うのか?」
「人の話は最後まで聞け。魔法は人の願いを叶えるものじゃが、それは人の思いや行動、努力などが積み重なって、夢が現実に近づいていくというのが基本の考えになっている。それは噂においても同じことなんじゃよ」
「ん……噂も現実になっていく、と?」
「そう。人がそうではないか、そうあってほしいという考えが積もり積もって、魔法のような効果が生まれることもある」
「じゃあ……ノエミはやっぱ人を不幸にするのか……?」
「分からん。相手がただの黒猫であれば、ただの噂じゃと笑い飛ばせるが、ノエミは魔法に近い存在じゃ。その体にはクリスタルが埋め込まれているから、人の思いを感受して別の力が働く可能性もある。それに、ノエミ自身が自分をそういう存在だと考えているならば、余計にイレギュラーなことが起きるかもしれん」
ノエミが自分は人に不幸を与える存在だと強く思えば、その効果が発生するかもしれないというのだ。ノエミが人を不幸にしたいと思っているわけはないが、自分が間接的に人を不幸にしているのではないかとは思っているだろう。今回、浪と関わることでそう思わせることが多すぎた。
セレイナと一緒に笑いながら料理を作っている姿を見て、浪はそんなこと思わせたくもないし、人を不幸にする存在にもさせたくないと思った。
「まあ、そうさせないようにしてくれると助かる」
浪は心の中を読まれたのかと思い、びっくりする。心配する目で見つめすぎたのだろう。
カリンにも生みの親としての自覚があり、娘には幸せになってもらいたいのかもしれない。
「ああ、自分にも責任があるからな」
そこの言葉には、自分がノエミに横切ることを許可したところから始まった、という意味もあったが、自分がこの世に現れ、ノエミと関わったのにも何か意味があるのだろうと、浪は考えていた。
「そういえば、私からも聞きたいことがあった。君は元の世界に帰りたいのかい?」
難しい質問をされたなと浪は思う。
「そうだな……。いつかは帰りたいと思うけど、今すぐでなくてもいい。この世界にはあいつらもいるし」
浪はセレイナやノエミたちを見る。
以前ならば帰りたいと即答できたはずだ。しかし今となっては、彼女らは浪にとってかけがえないのない大切な存在なのだ。
「それより、そもそも帰る方法はあるのか? 俺の他にも、この世界に来た奴がいるんだろう?」
「大昔にな。じゃが、そいつは元いた場所に戻ることはできんかった。いろいろ帰る方法を試してみたが、結局あの神社で眠ることになったよ」
「そうだったのか……」
カリンの近しい人に異世界からやってきた人物がいたのだ。その人がカリンに日本の文化を教えたのだろう。だが元の世界に帰ることは叶わず、寿命が尽きてしまったか、戦争や事故に巻き込まれて死んだのか……。
帰れないと言われるとさすがに不安になる。向こうの世界には家族も友達もいる。学校もあれば出席しないと卒業ができなくなる。そうなると、大学にもいけなくなり、就職の可能性が減って、将来どうやって生きていけばいいのか分からなくなってしまう。向こうの生活を簡単に手放すことなんてできない。
「まあ、落ち込むな。暇だし、帰れる方法を考えてやらんこともない」
「すまないな。こればかりはお前だけが頼りだ。期待させてもらうよ」
「ふふふ、頼まれてやろう。じゃが、この天才魔法使いを働かせるとなると、かーなーり高いぞ。そこんところ、分かってるんじゃろうな」
「ああ、なんとかするよ」
カリンは元の世界とをつなぐ唯一の接点である。カリンもその世界には興味があって、口で言う以上に協力的であり、長期的に戻る方法を探し出していくのがベストだと思えた。
「おい、ローにカリン。しゃべってないでお前らも手伝えよ」
野菜を刻んでいたマルギットが救援を要請する。助けてほしいというより、楽をしている者がいるのを許せないのだろう。
「え、私が手伝ってもいいのか?」
「あ、カリンはいいや、料理が爆発するし。ロー、お皿並べてー」
「了解」
浪はノエミに言われたように棚から皿を出してテーブルに並べる。
ボタンを多めにはずしたワイシャツから、ネックレスがこぼれ出る。セレイナからもらったネックレスで、母の形見だという。
(そういえば、母親がいないんだよな)
母を失ってもう長いこと、二人暮らしをしていると聞いた。しっかり者のセレイナ、酒好きでケンカっぱやいレナルド。二人がどのような暮らしをしているかは、この家や二人の様子を見ると分かる。
「俺が面倒見てやらないとな」
上から目線だなとは思ったが、レナルドが大けがでしばらく家に帰れないことを考えると、自分が父代わりを務めなければならないと感じたのだ。
「ローさん、何か言いました?」
「いや、何にも。セレイナ、次は何をすればいい?」
「そうですね。お風呂のお湯を沸かす準備をしてもらってもいいですか? ひさしぶりの我が家ですから、ゆっくりしたいですし」
「あいよ。ちゃっちゃと終わらせてくる」
風呂に入るには大量の水を汲んで、お湯を沸かし、風呂桶にためる必要がある。かなりの重労働であるため、この街の人は普段は濡らしたタオルで体をぬぐうぐらいで、あまり風呂に入らない。
浪が外に水を汲みに行こうとすると、ノエミとマルギットがくすくすと笑っている。
「何だよ……」
「ククク……。いや、おかしいだろ」
「アハハ、二人は夫婦みたいだなって。フフ……」
二人は耐えきれず、お腹を抱えて笑い出す。
「うるせー! 夫婦なんだよ!」
浪の一喝でその場は一瞬にして静まりかえる。
カッとして言ってしまったが、自分が何を発言したか叫んだあとで理解する。
セレイナはお風呂に入る前から、体を真っ赤にして、のぼせそうになっている。
「ふむ、仲良しでいいじゃないか。そのうち元の世界に戻りたくなくなるさ。いや、そうなってくれるとよいんじゃが……。戻る戻らないは人が決めるんじゃなくて、神様が許してくれるかどうかなんじゃけど」
浪は照れ隠しに怒ってノエミとマルギットを追いかけ回している。セレイナはディナー準備中の乱闘を止めなければと思うが、動揺がまだ収まっておらず動けずにいた。
「えーん、許してってばぁ~」
「許せるかー、このぉ!」
この追いかけっこは、鍋が床に転落し、セレイナの雷が落ちたところで終了した。
そして、ちょっぴり気まずいディナーを四人で夜遅くまで楽しんだという。
ノーロー!ノーライフ! 異世界にだって法律はあるし! とき @tokito
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