第19話「だからこそ魔法」
魔法というものは非常に便利なものであった。
魔法使いと名乗ったカリンは、黒い帽子に巫女衣装という不思議な格好で、魔法を行使して見せた。鳥居に触れて、何かつぶやくと、鳥居が不思議な光を放ち始める。
「よし、と。この先に二人はいるはずじゃ」
「なんだこれ、ワープみたいなものか……?」
「うむ、その通りじゃ。奴らのいる場所に近いところへ道をつなげた。おそらくモンスターどもがいるだろうから気をつけてな」
非現実的というのか、超科学的というのか。鳥居をくぐったら地下水路に繋がっています、とさらっと言われてもなかなか信じることはできないものだ。
「まあ、驚くのも無理はない。騙されたと思ってついてくるがいいさ」
そう言うとカリンは鳥居へと足を踏み出す。鳥居を垂直な面として、向こう側に移ったカリンの姿は前から消えていき、ついには見えなくなってしまった。
「マジかよ……」
信じられる現象ではないが、目の前で消えてみせたのだから信じるしかない。魔法は本当に不可能を可能にしてみせる代物だったということだ。
入っても大丈夫なのかと不安はあるが、誰もいない神社に留まっていても仕方ないので、思い切って浪は鳥居に飛び込んだ。
くぐった瞬間には地下水路に出ていた。一番に感じたのは水の感覚。せっかく服が乾いたのに、腰の近くまでずぶずぶと濡れてしまう。
「どれ、すごいじゃろ?」
驚く浪の顔を見て、カリンはにやにやと笑っている。
背が高く裾の短い袴を着ている彼女は、服を濡らすことなく、川に立っていた。
「あ、ああ……。それでノエミたちは?」
「奥のようじゃ」
遠くから、石と金属がぶつかるような音が響いてくる。暗くて見えないが、おそらくノエミたちが石型ゴーレムと戦っているのだろう。
カリンは指に複数つけている指輪の一つにキスをする。すると、指輪の中心に灯りがともる。
「さて、助けにいくとしよう。……って、引っ張るな! 痛い痛いっ!」
早くノエミたちを助けなければと、浪はカリンの腕を強引に引っ張り走り始めていた。
「待て、服が濡れる! ああ、もう!」
川を通っているのだから濡れるのは仕方ないことである。ここに来てしまった以上は我慢してもらうしかない。浪はカリンの小言を無視して、全速力で走り続ける。
「マルギット!!」
始めに見えたのはマルギットの姿だった。剣を構え、5、6体のゴーレムたちと戦っていた。
「ロー! それにカリン……!?」
「やあ、久しぶりじゃな。元気そう……ではない、な」
マルギットは傷だらけで、革でできた鎧も破損していた。そして、マルギットの背中には、気を失ったノエミがいるのを確認できた。
「ちっ……貴様には言いたいことが山ほどあるが……話はあとだ。手伝え!」
マルギットはノエミのことを言っているに違いなかった。ローはマルギットと、ノエミを必ず守ると約束したはずだった。だがローはいつの間にかノエミとはぐれ、一人で脱出したのだ。
マルギットの台詞は浪の心をえぐるが、恥を忍んでこうして戻ってきたのだから、二人を必ず助けてやると誓うのだった。
「カリン、魔法でやってつけてくれ」
無力な人間である自分ではゴーレムを倒せない。だが魔法使いならば倒せるはずである。人任せというのは情けなくはあるが、それが自分のできる最大効果をもたらす行動なのだ。
「は?」
しかし、カリンは浪の言っていることが本当に分からないようで怪訝な表情をする。
「は、じゃねえよ。魔法使いなんだろ! 魔法で、あのゴーレムをさっさと倒してくれ!」
「そんな魔法ないし」
「はああああっ!? なんでだよ、魔法使いなんだから、火を出したり、爆発させたりしてみせろよ!」
「むむ、そうは言っても期待を裏切って申し訳ないが、ないものはないのだから仕方あるまい。まあ、私が怒られることでも、謝ることでもないと思うんじゃが」
期待外れもいいところである。自分は何のために魔法使いを呼んできたのか。切羽詰まった状況なのに、役に立たない魔法使いに対してイライラしてくる。
「じゃあ、その剣でゴーレムを倒してくれよ!」
「むう? か弱い女の子にあのようなモンスターと戦えと?」
「くそっ! じゃあ、それ貸してくれよ! 俺がやる!」
「これはダメじゃ。私にしか扱えん代物でな」
「なんだよ、それ……」
イライラを通り越してあきれてくる。今ここで仲間を助けたいのに、魔法使いは何も手を貸してくれず、自分自身も何もできることがない。これでは逃げ出す前と何も変わらないではないか。それならはじめから、三人で戦って果てればよかったのだ。魔法使いなんて要らなかった。
「まあまあ、そう怒るな。これを貸してやろう」
カリンは鞄から短剣を取り出して、浪に渡す。
極端に小さい剣で、刀身が親指ほどしかない。オモチャのようにしか見えないため、浪は露骨に不快感を示す。
魔法使いの武器なんだから、そこはすごいアイテムを出すところだろう。とことん役に立たない魔法使いだ。
だが何もないよりかはマシだと、浪は短すぎる鞘を抜き、ゴーレムに向かって突っ込む。
ゴーレムと対峙して苦い経験もたくさんあったが、マルギットを、ノエミを助けたいという思いが恐怖を押さえ込んでくれる。
(クリスタルさえ壊せばゴーレムと止められる。こんな剣でも、ピンポイントで岩を砕けば……!)
近くのゴーレムの頭部に向けて、短剣を突き立てる。
すると軽快な音がして、ゴーレムの頭に穴が空く。浪の攻撃がゴーレムの岩の体を貫通したのである。
「なんだ、これ……」
浪は目の前で起きた、感触以上の効果に戸惑いを覚える。
短剣の刀身は短く、とうてい貫通できるものではなかったのだ。それなのに頭部は貫通していて、向こう側が見えている。
頭に穴を開けられたゴーレムが反撃をしかけてくる。ゴーレムはクリスタルを取り出さなければ活動を停止しない。つまり、クリスタルは頭部になかったのだ。
油断をしていた浪はかわすことができず、ゴーレムの振り回した腕に対して、とっさに短剣で受けてしまう。
(これじゃダメだ……!?」
こんなちゃちな武器で耐えきれるはずがない。武器もろとも自分の体も粉砕されてしまうだろう。
そう思ったが、刀身の刺さったゴーレムの腕のほうがが砕け散る。
「はっ……。なんだよ、この剣……」
目の前で起きたことに戸惑いつつも、浪の表情は喜びに変わる。
物理的にとうていありえることではなかった。しかしそれは、この剣が浪の魔法使いに期待した、魔法の剣そのものである証明に違いなかった。
「ロー、しっかり狙え! 胸だ!」
「分かってるって!」
ゴーレムの急所は分かっている。頭でなければ胸だ。何度もノエミとマルギットの戦いを見てきてから、胸のどの位置にクリスタルが埋め込まれているかも、把握できている。
(やれる……)
腕をなくしてよろめくゴーレムに一気に接近する。そして、体当たりを食らわせる気持ちで、その胸に短い剣を突き入れる。
胸部の石が砕け、細い穴ができる。今回も貫通していた。
ゴーレムはそのまま背面に倒れ込み、活動を停止する。クリスタルごと打ち砕いていたのであった。
「やるな、ロー! でかしたぞ!」
マルギットが褒めてくれる。これまで足を引っ張るばかりだったので、歴戦の勇士であるマルギットの言葉は素直に嬉しかった。
「ほれ、次が来てるぞ」
カリンの言う通り、石型ゴーレムがゆっくり浪に近づいてきている。マルギットも何体か倒しているのだが数が減ってないところを見ると、増援が次々に送り込まれているようだった。
(魔法の剣、ありがとよ)
魔法の武器は自分をヒーローにしてくれる。さっきまでは役立たず呼ばわりをしていたが、心の中で魔法使いに感謝する。
石の腕をかわし、その腕に剣を突き刺す。腕がくずれ、バランスを失ったゴーレムがよろめく。そのすきを突いて、ゴーレムの頭部を破壊。狙いが少しずれクリスタルを一緒に破壊することはできなかったが、クリスタルが露出させることができた。短剣を左手に持ち替え、右上を穴に突っ込み、ゴーレムの頭部からクリスタルをもぎ取った。
初めての戦利品に気持ちが高揚する。クリスタルをひょいと宙に投げ、短剣を突き立てて粉々に破壊した。マルギットのマネをしてみたかったのである。
「よし!」
(いける! この剣があれば俺でもゴーレムを倒せるんだ!)
浪がそうしてゴーレムを打ち破ったそばで、カリンもゴーレムと戦っていた。持っている剣は鞘から抜かず、攻撃の回避に専念している。
それを見た浪は助けに入り、カリンにつきまとうゴーレムをすぐに破壊してみせる。
「カリン、あとは俺に任せておけ」
「おっ、頼もしいね」
浪はカリンが苦戦しているように思って助けたのだが、カリンは苦戦などしていなかった。カリンの動きには、絶対に攻撃に当たるわけがないという華麗さ、余裕さがあった。理由は不明だが、剣を振るって敵を倒そうという意志がなかったようである。
「わあ、ローがゴーレム倒してるよー」
「ああ、すごいな。この短期間に奴も成長したようだ」
戦闘中に意識を取り戻したノエミは、浪の活躍を見て、マルギットの背中で微笑んでいた。マルギットも浪を見直したようである。
カリンが敵を引きつけている間に、浪とマルギットそれぞれゴーレムを倒すという構図ができあがる。あれだけ苦戦した水型ゴーレムも、魔法の短剣があればたいした驚異ではなかった。
数分戦い続けたところで、すべてのゴーレムは活動を停止して、追加のゴーレムは打ち止めになる。
「助かったよ、ロー。絶対助けに来てくれると思ってた……」
マルギットの背中でノエミは嬉しそうに笑う。身の端には涙が溜まっているようにも見える。
「ごめんな。置いていっちまって。あ、謝らないって約束したんだったか。……仲間なんだから……当然だろ」
浪は照れくさそうに鼻をこする。ノエミとマルギットの救出に自分も貢献できたことは自信につながり、自分自身でも嬉しい出来事だった。
「ふん、今回は許してやる。ちゃんと戻ってきたからな」
「ああ、ありがとな。お前がいなければどうなってたか分からなかった。こうやってみんな無事なのも、全部マルギットのおかげだよ」
「ふ、ふんっ! 獣人なのだから当然のことだ」
感謝されて恥ずかしいのか、マルギットは首をすばやく振ってそっぽを向いてしまう。
「へえ、こんなにも人間と獣人が仲良くやっているとはね。命をかけて助け合うなんてすごいじゃないか」
「カリン……」
カリンが話に割り込んでくると、マルギットは口をつぐんだ。
ノエミとマルギットを作ったのはカリンだと言っていたが、この三者はどのような関係なのだろうかと、浪は不安がる。親子のように仲が良いのか、それとも主従であまり近しい関係ではないのか。
「まあ話はあとじゃ。今は二人を休ませねばな。さすがのマルギットも限界のようじゃ」
「馬鹿を言うな。うちはまだまだいけるさ」
強がりを言うマルギットのすねをカリンは軽く蹴りつけた。
するとマルギットは急に力が抜けたように膝が折れ、屈み込んでしまう。
「うわっ!?」
背中にいるノエミはびっくりした声を上げる。マルギットはすぐに起き上がったが、今された行為以上にカリンを快く思っていないようで、ずっとにらんでいる。
ワープしてきた場所に戻り、カリンは再び魔法の力を使って、神社への道を開いた。こうして、浪、カリン、マルギットの三人は、六日をかけてようやく目的地である魔法使いの住処にたどり着くことができたのであった。
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