第12話「法律もあって魔法もあれば」
「期待しないで一応聞くけど、お前、魔法使えるのか……?」
暗闇の中、明るい無邪気な顔で胸を張るノエミに対して、浪は怪訝な表情をしている。
「全っ然っ! 魔法なんて使えるわけないじゃん!」
「だよなあ……そんなおいしい話あるわけないし……」
「でもね! あたしは使えないけど、使える人知ってるよ!」
「へー」
魔法の存在など、にわかには信じられない。そんなものあれば、町の人々は皆普段から使っているはずではないか。
「あー、信用してないなー」
「そういうわけじゃないが、魔法って何ができるんだ? 空飛べたり、透明になったりとかできれば、セレイナを助けられそうだが」
「ちっちっち」
セレイナは得意げに指を振って、浪の発言を否定する。
「スケール小さいなあ。浪の発想力はそんなもんなの? 魔法だよ、魔法? あのすっごくて何でもできちゃう魔法なんだよ?」
(なんだこいつ……)
自信満々に距離を詰めて迫ってくるノエミに、浪は不快感を隠しきれない。
「魔法の力があれば、セレイナちゃん救出なんて、ちょちょいのちょいで、ぱぱのぱーって、ズババンっドドンってー、解決しちゃうんだからー!」
ノエミは指をおおげさにぐるぐる回して、魔法のすごさを表現しようとするが、何がどのようにすごいのか、全く伝わってこない。
「へー……」
発想力はおいといて、ノエミは表現力に欠けているのではなかと浪は思う。そして、説得力も不足しているのだから、魔法への期待度をかなり下げざるを得ない。
「え、もしかして理解してない? どうして、分っかんないかなー」
ノエミはあくまでも自分が正しいことを譲らない気である。
(分かんねーよ)
「特別に分かりやすく説明してあげるから、ちゃんと聞いてね! あたしの知ってる魔法使いは、めっちゃくちゃすっごい人なんだよー! だーかーら、絶体絶命のセレイナちゃんも魔法で助けてくれるってこと!」
「……へー、それはすごいなー」
浪は棒読みで答える。
ノエミの言っていることは単純なので言葉として意味は分かるが、手段と効果が語られないため、相変わらず信じるには至らない。
「もうっ! 分からず屋っ! ほんとなんだってば! 魔法使いにすごいの! できないことはないの! きっとローの助けになるんだもん! わかる!?」
向きになりすぎてノエミは涙目になりかけている。
そんなにむげに扱った気はないが、少し悪い気がしてくる。話は全部本当のことで、ただ説明するのが苦手な人なのかもしれない。
「あー、分かったよ。魔法はすごいんだろ。その魔法使いとやらを頼ればいんだろ? 他にやれることもないから、それに付き合ってやるよ」
「うんうん、そうそう! さっすがロー! 物分かりいい!」
(調子のいいこって……)
浪は肩をすくめてみせる。
マイペースなノエミにあきれてしまうが、悪い子ではないので浪には責める気にはなれなかった。
「それで……その魔法使い、ほんとに頼ってもいいのか……?」
「大丈夫、大丈夫! 全く問題なし! もう何百年も生きている魔女だから、何でも知ってるし、力もあるし、誰よりも信用できるよ!」
「何百年もねえ……」
何百年も生きているという魔女と聞いて、鼻のとがった偏屈な婆さんが思い浮かぶ。小うるさいことを言われ、何だかんだで断られたあげく、変な頼み事をされてしまうのが定番なのではないだろうか。
「まあ、会うだけ会ってみるか」
「うんうん、それがいいよ!」
「で、どこにいるんだ、その魔女ってのは?」
「町を出てー、城門くぐってー、ずうっーっと遠くの遠く!」
ノエミは腕を大きく広げて、遠さのスケールを表現しようとする。
「ずうっと? それってノエミの家より遠いのか?」
「うん、相当遠いよ」
「うーん……大変そうだな。歩いてどのくらいだ? 三時間くらいか?」
町の中心地からノエミの家まで一時間程度。人間が歩ける距離と言えば、三時間ぐらいだろうと浪は判断したのだ。
「ローの足だと、一週間くらいかなー」
「遠っ! そんな距離、歩けるかよっ! って、それに全然間に合ってねえじゃねえか!」
タイムリミットは一週間しかない。片道一週間ではどう頑張っても、セレイナの処刑まで間に合わない。
「それなら大丈夫だよ。間に合う、間に合う!」
「何を根拠に言うんだよ。……もしや、魔法を使えばオーケーだとか、言うんじゃねえよな?」
魔法使いの魔法を頼みにしているのに、魔法で魔法使いに会いに行くとは自家撞着もいいところである。
「そんなこと言わないよ!」
「ほんとかぁ?」
ノエミが自信を持って言うときほど怪しい、と浪は勘ぐっていた。わざとなのか天然なのか、こういうときは決まって、外したことを言ってくる。
「魔法使いには会ったことあるんだよな?」
「うん、もちろん!」
「何回?」
「一回!」
(うわ、ビミョー……)
一回会っただけでは知り合いとは言いがたい。それに、それが昔のことであれば、今も同じ場所に住んでいるとは限らないではないか。
浪は魔法使いに会えるのか、すでに不安になってきた。
「で、どうやって行くんだ……?」
「あたしの足なら三日もあれば着くと思うんだけど、ローは無理だよね」
「まあ、たぶんな」
獣人の運動能力は人間より上である。走る速度や身軽さは全然違うし、おそらく体力もけっこうあるのだろう。
「だから、歩いては行かないよー」
「はあ、それで?」
「地下から行こうかなって思ってるー」
「地下ぁ? 穴掘って行くとか?」
「ふっふーん、ローはやっぱ想像力足りないなあ~」
どや顔で鼻を鳴らすノエミ。
(こいついちいちムカツクな……)
浪はノエミの整った綺麗な顔にパイでも投げつけてやりたい気分だった。
「舟を使うんだよ! 舟!」
「舟ぇ? 地下でかぁ? 馬鹿言うなよ」
「まあ、普通はそう思うよね。でも、地下にはね、川が流れてるんだ。そこを舟を漕いで進んでいけば、歩くよりずっと早く着くんだよー」
「へえ、川かあ」
地下に川が流れていると言われも、いまいちピンと来ない。地下水が溜まって、川のように流れているのだろうか。
「その川を通れば魔法使いのいるところに着くんだな?」
「うんうん」
「道は当然分かるんだよな? あ、まっすぐなのか?」
「そうだよ。川と言っても、人間が作ったっぽいところだから、そんなに複雑なところじゃないんだ」
「人間が使ったっぽい? 下水道みたいなものか?」
「うん、そんなものだね。けっこう汚い水、流れてる」
「うげ、やだな……」
想像力がないと言われる浪にも、下水の臭いは容易に想像がつく。
しかし、この際、ワガママは言ってられないと浪は思う。
「慣れるから大丈夫。あたしもはじめは死ぬほどきつかったけど、今はなんとか我慢できるようになったよ」
「慣れるって、地下にそんなに行くことあるのか?」
「うん、時々ね。ほら、あたし郵便屋さんやってるでしょ? 川は町のいろんなところに繋がっていて、時間がやばいときは地下を通って近道してるんだー」
「ああ……地下だけに近道ってことか……」
「え? なに?」
ノエミはきょとんした顔をする。
「あ、いや、なんでもない……」
ノエミがギャグのつもりで言ったのだと思ったら、そうではなかったらしい。ギャグであることも気づいてもらえず、浪はただ恥ずかしい思いをする。
「ああっ、地下の道だね! ほんと、近道だ! ロー、あったまいー!」
「うるせえ、よくねえよ! つまんないギャグで悪かったな」
「ああ、そうじゃなくて、地下に流れてる川は、ほんと道みたいになってるんだよ。町のあちこちから地下に下りられるんだけど、よく考えてみればあれは道かも。たぶん昔の人が、移動するために道を作ったんだね。今は水いっぱいで川になっちゃってるから、誰も使わないけど」
(あんまいいところじゃなさそうだが、ノエミが詳しいみたいだから、なんとかなりそうだな)
「じゃあ、明日広場で集合ね」
「明日? 今から行かないのか?」
これには浪も驚いた。ノエミが処刑されるまで一週間しかないのだ。今は一日だって惜しい。
「すぐに行きたい気持ちは分かるけど、準備が必要だからね」
「ああ、歩いて一週間のところだっけか。食べ物がないとさすがに無理だな」
「そういうこと。長旅になるから、しっかり用意しないとね。食料はあたしがなんとか買っておくよー。舟はー、あたしがいつも使ってるのでいいかな。モンスターも出るから、武器は忘れないようにね。着替えは欲しいけど、かさばるからやめとくかなー。一週間くらい我慢できるよね?」
ノエミは軽く言ってのけたが、浪にはとても引っかかる単語が交じっていた。
「モンスター……?」
「うん。地下にはモンスターが出るから気をつけて。兵隊さんがやっつけてくれるといいんだけど、さすがに誰も来ない地下まではお掃除してくれないから」
(この世界にはモンスターがいるのか……? モンスターってあれだよな……ゴブリンとかオークとか、化けものっぽいやつ……)
浪はそこでようやく町の人が武器を携帯していた理由が分かった。
いつも武器を持っていないとモンスターに襲われたときに対処できないからだ。人間同士で争うためではなく、モンスターを倒すために剣や銃を持って歩いていたのである。
「そういうことか……」
「ローは旅人なんでしょ?」
「うん? まあ」
「じゃあ、モンスター退治は慣れてるよね?」
「あ、ああ、まあな……」
なんとなく流れで返事をしてしまったが、当然ながらモンスターを見たこともなければ倒したことない。
「やった! 期待させてもーらお!」
浪は「日本という聞いたこともない遠い町から来た」という設定になっているから、この町に来るまでモンスターを退治しながら、旅をしているのだと思われたようだ。
「あ、ああ……」
浪はあいまいな返事をしながら、本当のことを言ったほうが良いのではないかと考えていた。こことは違う異世界からやってきて、モンスターとは戦ったことがないこと、あまり頼られても何もできないこと。
だが、話すことがデメリットにはならないかと不安になる。他の世界から来たという荒唐無稽の話を信じてもらえたとしても、気味悪がられないだろうか。得体の知れない異物だと見捨てられないだろうか。もし、ここでノエミが自分を助けてくれなくなったら、どうやってセレイナを一人で救出すればよいのだろうか。
そして、セレイナにも嫌われるようなことがあれば、自分はどうして危険を冒してまで助けようとしているのか、どうしてこの世界に存在しているのかすら分からなくなってしまう。
「じゃあ、明日ね! あとはあたしが用意しとくから、浪はゆっくり休むといいよ。おやすみなさい!」
「えっ! ああ、頼む」
ノエミは疾走し、ものすごい速さで視界から消えていく。浪はついに言い出すことはできなかった。
人は得たいの知れないものを気味悪がるものである。おそらくモンスターも異形だから人間に恐れられているに違いない。そう考えると、なかなか自分の正体を明かしづらかった。
「……まあいいか。それより、モンスターか……。いったいどんな奴なんだよ……」
ノエミの口ぶりからすると、それなりに恐れるべき存在らしいことが分かる。浪は武術の心得のない普通の高校生である。分からないことを心配しすぎても仕方ないのだが、不安なものは不安である。
セレイナの家に剣や銃はなかったことはすでに確認済みしているけれど、何か武器になるものはないかと探すために、とりあえず家に戻ることにしたのだった。
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