第21話「静かな決戦前夜」

 結局、カリンはセレイナ救出に協力してくれることになった。

 本当は話したいことを話すだけ話して断るつもりだったようだが、起きてきたノエミがガムを差し出すと、手のひらを返すように、協力を申し出てきた。

 ガムは以前に浪が捨てるように言ったものだったが、まだ隠し持っていたのである。見つかれば捕まって死刑になるのだから、本来怒るべきことだが、カリンが異世界のガムを入手できてご満悦だったので、何も言えなくなってしまった。

 カリンはさっそく魔法道具の製作に取りかかると言い、いきなり床につけられた戸を開ける。中には地下に続く階段があり、奥には隠し研究室があるようだった。絶対誰も入るなと告げると、カリンは一人研究室に入っていってしまった。


「ガムがそんなに貴重なのか……?」


 浪にしては子供でも買える安物だ。魔法道具は魔法使いの骨を使って作る貴重品だというのに、そんなガムと引き替えでよいのだろうかと思う。


(もしかすると、異世界のものだから興味あるのか? この神社も、あの巫女の服もそういうことだよな)


 結局聞き出すことはできなかったが、カリンは何かしら浪の世界のことを知っているようだった。過去に異世界の住人と会ったことがあり、異世界のものを集めているのかもしれない。


「そういや……骨、どうするんだ……?」


 魔法道具を作るのには魔法使いの骨が必要だったことを思い出す。カリンはどうやって魔法道具を作るのだろうか。まさか自分の骨を削るのだろうかと思い、浪は不安になる。


「それなら、クリスタルを使うんじゃないかなー? さっきゴーレムから取り出したの壊してなかったし」

「あそっか、あれも骨からできてるんだったか。でも、勝手に持ち出していいのか? 違法なんだろ?」

「どーなんだろ? でもまあ、見つからなきゃ大丈夫だよ!」


 所持するだけで違法のガムを捨てずに持ち歩いていたノエミは無邪気に笑う。


「もしかしてさ、法律ですぐクリスタルを破壊しろって決まってるって、魔法道具を作られないようにか?」

「あっ、そうかも! あれを悪用されたら大変だもんね」


 それをまさに悪用しているのがカリンかと浪は思う。しかし、それが自分のための魔法だから、とがめる気はまったくなかった。

 法律の趣旨は、魔法使いの活動を抑制するためだろう。魔法道具の原料はモンスターを倒せればいくらでも手に入る。それが魔法使いの手に渡れば、大量の魔法道具を作られ、反乱の機会を与えてしまうかもしれない。だから、すぐに破壊することを義務づけているのだ。


「魔法使いもいろいろ大変だよな……。ノエミはカリンが戦争の生き残りだって知ってたか?」

「え、知らない! それほんとなの?」

「なんだ知らないのか。じゃあ、ノエミは戦争のあとに生まれたのか?」

「うん、そだよー。3年ぐらい前になるかな、あの地下でカリンと出会って、この体にしてもらったんだー」

「へえ。なんでまた、獣人になろうと思ったんだ?」

「んー、なろうと思ったというか、なるしかなかった、みたいな? そのときは普通の猫だったから、獣人とか知らなかったしね」

「あ、そっか」


 猫は魔法や獣人のことを理解できない。それに、「獣人になりたいですか?」と聞かれ、「なりたいです」と答えるわけがなかった。


「あたしは街をうろちょろ渡り歩いていた野良猫でね、あの地下水路で死にかけてたのをカリンに救ってもらったんだ。たぶんもう死ぬしかなかったんだと思う。そこでカリンは、あたしにクリスタルを埋め込んで、この体にすることで助けてくれたんだ。あたしにとって、魔法使いのカリンは命の恩人だよ。そうそう、マルギットも一緒だったんだよー。野良猫、野良犬仲間で、あの頃は食べ物を求めて、町中を命がけで冒険していたなあ!」

「そういうことだったのか」


 獣人は戦争のために生み出された兵器である。カリンがその目的のためにノエミたちを作ったとは思えなかったのだ。変人でシニカルなところはあるが、本当は優しい人間なのだろう。


「ついに明日だね」

「あ、ああ」


 セレイナが捕まり、ノエミとマルギットとともに地下水路の冒険を始めてから、明日で一週間になる。おそらく裁判は滞りなく進んでおり、セレイナが処刑されるのはついに明日であったのだ。


「いろいろあったけど、なんとかなりそうだね。帰りは魔法で一瞬でしょ」

「そうだな。ノエミの言う通りだったよ」

「ね。魔法ってすごいでしょ。魔法で生まれたあたしが言うんだから、間違いなんてなかったんだよー!」

「はは、そうだな」


 魔法なんて本当にあるのかと、一時は疑っていたが、魔法の力でここまで到達したのは事実だった。ノエミとマルギットという人間を超越した力を持つ獣人の力を借り、そして今は魔法使いのカリンに魔法道具を作ってもらっている。


「心配?」

「ん、まあな。魔法ならなんとかしてくれるんだろうけど……なんか想像できない」


 浪の脳裏に、夢での出来事が再生される。

 処刑が行われる前にたどり着くことができたとしても、兵士に囲まれたセレイナを助けることはできない。また、目の前で失ってしまうのではないかと不安になる。


「大丈夫! きっとうまくいくよー! これまでだって、乗り切って来たんだから!」


 浪はノエミに手を強く握られ、気恥ずかしく顔を赤くするが、その温かさに安心感と心強さも感じた。


「ああ、そうだな」


 浪はノエミの手を握り返す。

 方法もわからなければ、うまくいく保証なんて全くない。それでもきっとうまくいく、そんな気がした。


「おい、貴様!」


 突然響き渡るマルギットの勇ましい怒気に、浪はノエミの手を放してしまう。


「今何をしていた! ノエミから離れろ!」

「な、何もしてないって!?」


 両手を挙げて無実であることを示そうとするが、どしどし足音を立ててやってきたマルギットに突き飛ばされてしまう。


「ノエミ、無事でよかった」

「マ、マルちゃんも……よかったね……?」


 いきなりマルギットに力一杯抱きしめられ、ノエミも戸惑っているようだった。

 見せつけるかのように、マルギットはしばらくそうしていた。




「セレイナがどこに捕らわれているかは分からないし、それを探している時間もない。それに、当日は警備が特に厳しいはずだから、死刑執行直前の隙をついて、セレイナを奪還するしかない」

「だけどよ、マルギット……」

「無茶は承知の上だ。できるだけサポートはする。あとは魔法を信じるしかない」


 カリンが地下の研究所に籠もって三時間が経過していた。その間に浪とノエミとマルギットは作戦会議を行っていた。


「奪還するって実際どうすればいいんだ?」

「兵士を倒してセレイナを奪い取って逃げる」

「それだけ……?」

「ああ、簡単だろ」


 簡単と言われてもなあと、浪は頭を抱え込んでしまう。当然ながら、理屈は簡単でも、実際にやり遂げるのは非常に難しい。


「でもほんと、嫌な法律だよね。こんなことで死刑なんてありえないよー。法律で決まってるからって、律儀に守らなくていいのにー」

「だよな。こんなんじゃ、みんな死刑になっちまうだろ」


 ノエミの嘆きもよく分かる。誰かが望んだことでこの法律が生まれたのだろうけど、それを実現することで誰が幸せになるのだろうか。望んだ人は本当に幸せなのだろうか。この世界に来てから、法律がいったい何のために存在するのか、浪は分からなくなっていた。


「どうしてこの世に法律ができたか知っているか?」

「いや?」

「この世界には、支配する者と支配される者がいる。なぜいるかは分からん。だが確実にそう分かれているんだ、王と市民に。法律は、その王の権限を押さえるために生まれたんだよ」


 マルギットは神妙な顔で話し始める。


「今の法律ができるまでは、王様自身がルールであり法律だった。人や財産はすべて王のもので、王が欲しがれば市民はそれを差し出すしかなかった。安全とか幸せなんて、市民にはなかったんだよ。だからそれを望む市民は、王を押さえるために法律を作った。いや、結果的には互いに縛りあったのかもしれない」

「なんだそれ?」

「王は自らの権限を制限する代わりに、市民に対して法を執行する。市民は王の存在を認める代わりに、法を守り、税を払うことにしたんだ。つまり法律というのは、王と市民の契約ってわけだ」

「だから、法律は市民も王様も守ってるんだー!」

「そういうこと。互いに交換条件を出したから守らなければならないわけだな。しかし、誰もが法律を遵守するわけじゃない。そこで、強制的にも法律に従わせる者が必要になってくる。それが法律の番人である司法騎士団だ。奴らは王にも属さず、市民にも属さず中立にある」


(あいつ、そういう仕事だったんだな)


 浪とやむを得ない状況から敵対しているが、司法騎士団のショウは法律を守る立場でありながら、人の感情を優先させて便宜を図ってくれていた。


 マルギットは本棚から本を取り出す。それは法律書のようであった。

 法律書とは王と市民の約束がまとめられたものである。それは、王と市民が望んだものであり、王と市民がそれぞれの発展のために実行すべきことでもある。


「法律さえあれば、人間はそれで幸せになれるはずだったんだ。だが、実際にやってみるとそういう訳でもない。ローはそれを言いたいんだろ?」

「あ、ああ……」

「うちら獣人も同じことをしでかした。存在を認めてもらう代わりに、自由を失ったんだ。法律のおかげで生きていられると思えば、法律も悪くないのかもしれないがな」


 マルギットは獣人への差別から人間を恨んでいる。一定の保護はあるが、その価値は人間と全く違い、物も同然であることに憤り感じているのだった。


「まあ、法律も使う者次第じゃよ」


 地下から声が聞こえてきた。そして、ぎしぎしと木の階段を踏む音。カリンが研究室からゆっくり上がってきたのだった。


「カリン! 魔法はできたのか?」

「ああ、無論じゃ」


 広げた手に宝石のように輝く小さな物体が置かれている。


「これが魔法道具なのか……?」

「いや、魔法道具の素じゃな」

「素?」

「これを何かに組み込むことによって、魔法道具となるんじゃ。杖とか剣とかな」

「ああ、あの剣はそうやって作ったのか。で、これは何に組み込めばいいんだ?」

「ふむ。なんでもいいが、強いてなら思い入れの強いものがオススメじゃね」

「思い入れの強いもの? あるかそんなもの……?」


 突如異世界に来てしまった浪には、ほとんど持ち物というものがない。あれこれ考えてみるが、魔法を使う道具としてふさわしいものが思いつかない。


「まあ、ゆっくり考えるといいさ」

「ああ、そうするよ。それで、これは何の魔法が使えるんだ?」

「知らん」

「はっ!? お前が作ったんだろ、何で分からないんだよ!」

「知らんもんは知らんし」


 カリンは手を外に開いたポーズで、とぼけてみせる。


「ああ……。そういうのいいから、頼むから説明してくれよ。なんか魔法には秘密とか、使い方あるんだろ……」


 浪はカリンがもったいぶって、わざと説明しないのを見抜いていた。この手の人間はわざと説明を省いて、人を驚かせたり、イライラさせたりするのが好きなのである。浪もだんだん分かってきていた。


「ふむふむ。なんか微妙な気はするが、聞かれては答えないわけにはいくまい。その通り、魔法にはめんどくさい秘密があるんじゃ。おそらく君は、火を出す魔法とか空飛ぶ魔法とか、系統だった魔法が整備されていると思っているんじゃろうが、実はそんなものないんじゃ。魔法というのは、これを作ろうと思って作ることはできず、作ってみないとその効果が分からんのじゃ」

「えええええ……。それ、大丈夫なのか……」

「むしろ、大丈夫なのが魔法であるぞ。その用途に合わせたものが発動するからな」

「ん? それ、超便利すぎなんじゃ?」

「むふふふ、勘違いしてるかもしれんのでもう一度言うが、魔法は魔法道具につき一つずつじゃ。状況によって魔法が変わったりはせんぞ」


 カリンにとっては、浪が勘違いするところまでお見通しでしゃべっているようだ。


「よく分からないんだが……」

「ふぅ、物分わかりの悪い奴め。仕方ない、私が馬鹿にでも分かる魔法講座を施して進ぜよう」


 言葉ではそう言っているが、実は説明したくて仕方ないのである。イラっとする気持ちを抑え、浪は下手に出て説明を依頼する。


「魔法というのは、人がああしたい、こうなりたいという希望を実現するために生まれた。そこには、まさに血を吐くような、骨を削るような思いをして作られた歴史があるわけじゃがそこは省略する。魔法は人の希望から生まれたものじゃから、必ず人の希望を叶えるものになっているんじゃ。逆に言うと、人の希望しないことは決して起きない。私が作ったこの魔法の素も、人の願いを叶える魔法になるはずで、その内容は君の願いによって変わっていくはずじゃ、最後まで付き合ってやりたいのは山々じゃが、魔法使いの仕事は人の希望を叶えるサポートまでなんじゃな」

「要するに……?」

「魔法を決めるのは私ではなく、使う人間。まあ、使ってみないとどんな魔法か分からないってことじゃね」

「そんな行き当たりばったりなのか……」


 どんな魔法か分かれば、どのタイミングどのように使うか考えられる。しかし、使ってみないと分からないとなれば、使いどころが非常に難しい。


「信じるしかないってことか……」

「そういうことじゃな。しかるべきときにその少女を助けたいと思えば、きっと魔法が助けてくれるはず。しかし、魔法は人の希望を叶えるものじゃから、助ける気持ちが弱ければたぶん助からない。魔法も使う人間次第ということじゃな」


(助けたい気持ちか……)


 助けたいに決まっている。だけど本当にうまくいくか不安なのだ。魔法が信じられないわけじゃない。自分という、能力のない普通の人間が成し遂げられる気がしないのだ。勇気が欲しい。自信が欲しい。


「この剣、借りてていいか?」


 浪はポケットに入れたままにしていた、魔法の短剣を出す。


「それか……。ふむ、持っていくといい」

「すまんな、助かる」

「カリン、いいのか? それは大切なものなんだろう?」


 浪にとっては余計なことを言ったのはマルギットであった。


「いいんじゃ。奴もそれを望むはず」

「奴……?」

「何でもない。それは君が好きに使え。私は別に困らない」。


 そう言うとカリンは席を立ち、再び地下の研究所に行こうとする。


「おい、待てよ。どういうことなんだ?」

「知らん」


 取り付く島もなかった。カリンは階段を下り、地下の暗闇に消えていく。


「マルギット、説明してくれよ。カリンは何怒ってるんだ?」

「あれはカリンがとても大切にしていた魔法道具なんだ。ちょっと聞いてだけだから詳しくは知らないけど、昔、誰かが使ってたものらしい」

「そうか」


 確証はないが、浪にはなんとなく分かっていた。この短剣はカリンにとって大切な人のもので、その人とはこの神社に関係している人のはず。


(俺と同じ、異世界から来た人間のものだ……)

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