第20話「魔法の秘密」

 ノエミとマルギットを和室で休ませると、カリンは浪に茶を入れてくれる。そこはカリンの私室らしいが、畳に低い机、床の間に掛け軸という、旅館の一室のような質素で落ち着いた部屋であった。

 魔法使いと言えば、巨大な釜が置かれ、正体を知りたくないような怪しい材料が所狭しと並んでいる部屋を想像していたので、浪は少しがっかりする。

 おかしな点と言えば、部屋の隅には大きな本棚が置かれ、本や書類がぎっしり詰めこまれているところである。そういうところは一応、魔法使いらしく研究者であるようだった。

 浪とカリンは机をはさんで向かい合って座布団に座る。カリンは長い足を器用に折りたたんでいる。


「さて落ち着いたところで、君の目的を聞かせてもらおうか。獣人二人を連れてここまでやってきたのだから、あっと驚くような目的があるじゃろう?」

「実は……」

「いや、待て! 予想してみるから先に言うでないよ。うーんと……」


 そう言うとカリンは頭を回して考え始める。


(分かっていたけど、こいつ変な奴だ……)


 魔法の恩恵をすでに受けているので、相手が尊敬すべきすごい人物だということは分かる。偉人や天才というのはおそらく、普通の人には理解できない変わったところがあるのだろうと、浪は思うことにする。


「分かった! かっこよくなりたい、という醜い願望じゃろう!」

「ちげー! 醜いってなんだ!」

「むう。状況から察するにそれが一番可能性が高いと思ったんじゃが……」


(どういう状況だよ……)


「となると、おおかた、借金に困ってるから金が欲しい、または帳消しにする方法が知りたい、というところか?」

「全然違うから、全然」

「むむ。ではなんじゃ? 言ってみよ。くだらない用じゃったら、私は怒るぞ?」


(何言ってんだこいつ……。こっちは話そうとしてたのに止めておいて……)


 浪はいらだつ気持ちを抑えて、セレイナを助けるのが目的であると話した。自分のせいで死刑になってしまうこと。すぐにその死刑が執行されてしまうこと。


「なるほど、そういう事情か。魔法の噂を聞きつけた奴が私欲のために魔法を使おうとやってくるばかりじゃったので、君も当然そうに違いないと思い込んでいたよ。人のために魔法を使いたいとは見上げたものじゃ」

「じゃあ助けてくれるのか?」

「むう、どうしようかね」

「…………。そこをなんとか……頼む……」


 浪は座布団から下り、カリンに向かって土下座をする。

 ここまで来て断られてはすべてが無駄になってしまう。プライドを捨てるまでに時間はかからなかった。


「そんなことされてもねぇ。ここにやってきた人間に魔法を使ってあげたことは、一度もないんじゃ。私はわざわざ人を避けてここに住んでるんじゃからね。その事情は君も知っているじゃろう?」

「いや……?」

「ああ、君は異世界から来たんじゃったか。ならば無理もない」


(異世界……。やはりこの人は事情を知っているんだな。この神社も日本のものだし、何か関係があるようだ)


「私は法律によってここに住んでいるんじゃよ」

「法律? なんだそりゃ? なんでそんなことになるんだ?」

「大昔に魔法使いと人間の戦争があってね、魔法使いはそれに負けてしまったんじゃ。それで、魔法使いは人間の町に住んではならない、って法律ができたってわけ。あ、戦争については知ってるのかい?」

「ノエミたちにちょっと聞いたけど……よく分からない。どうして戦争は起きたんだ? 魔法使いだって人間だろ? 殺し合うこともないし、それで住むところを分ける必要もないじゃないか?」

「ふふ、それがあるんだよ、人間には」


 カリンは浪のほうを指さし、次は自分自身をさした。


「体験したから分かっていると思うが、魔法は便利じゃろ? 魔法というものができたおかげで、人類の文化や技術はとても発展したんじゃ。食糧不足に悩むこともないし、過酷な肉体労働をしなくてもよくなった。それで、いろんなものを生み出せる魔法使いが世界を動かすにようなっていくんじゃが、魔法を使えない者にとってみれば、特別な力を持っている魔法使いが許せないわけじゃ。どうにか魔法使いを制御できないかと思い、魔法使いの地位を下げるための法律を作った。魔法使いは公職についてはならない、国家の許可なく魔法を使ってはならない、とかね」

「どうしてそうなんだ? 魔法使いは国に貢献してるんだから、少しは偉ぶってもいいんじゃないか?」

「魔法使いは少数じゃからね。圧倒的多数の人間が魔法使い排除を望んだから、法律は議会で普通に通ってしまっただけのこと」


(人の望みが法律になるんだったか……)


「そんな感じで、どんどん魔法使いに不利な法律ができていくわけ。魔法使いは魔法使い以外と結婚してはならない、魔法使いが外出する場合は役人に許可を求めること、魔法使いが無礼を働いた場合は斬っても構わないとか」

「横暴な……。魔法使いだって人間だろ、そんなのが許されるわけがない!」

「そう。そんなわけで、魔法使いは人間に対して戦争を起こすわけじゃな。でも、魔法使いのが少ないから、まともに戦って勝てるわけがない。そこで、ゴーレムを生み出し兵士とすることで、人間との数的不利を埋めていってのさ」

「それがあのモンスターなのか……」


 モンスターは人類の敵であり、人類が力を合わせて倒すべき存在のはずなのに、人類が人類を殺すために生み出したとは、笑えない話である。


「ところで、魔法ってなんだか知ってるかい?」

「いや? 魔法は魔法じゃないのか?」

「魔法は、魔法道具を使うことではじめて発現するんじゃ」


 カリンは立ち上がって床の間に飾られた西洋剣を取る。カリンがノエミたちを救出するために持ち出したものだ。


「これも魔法道具。魔法使いがあることをして、あらかじめ魔法の力を注ぎ込んでおくんじゃ。魔法には種類があって、道具に一つずつ封じ込めてある。一道具一魔法じゃな。じゃから、用意していない魔法はすぐに使えないというわけ」

「それであのとき、攻撃魔法はないって」

「そういうこと。これは私の特製じゃから、複数の魔法を仕込んであるけど、攻撃するたぐいのものは入れてない。期待に添えず、すまんかったな」

「いえ……」


 すごい魔法で窮地を救ってくれることを期待していたのは事実だが、魔法の剣を貸してくれたことで自分が活躍できたため、そのことに関してはむしろ感謝していた。


「魔法はなんでもできると思われがちじゃが、そうでないと分かったろう? それに、この魔法道具を作るのはとても骨が折れるんじゃ。これは何でできていると思う?」

「え……レアな金属とか?」

「んー、レアではないが、とても貴重なものじゃな」

「レアでないが貴重? なんだそれ……?」

「答えはすでに言ったようなものなんじゃが、文字通り、魔法道具を作るには骨を使うんじゃ」

「骨?」


 カリンの持つ剣は明らかに金属でできている。それが骨だと言われてもピンとこない。それに骨でできていると言われても、気味が悪い。渡された短剣も骨でできているのだろうかと思うとぞっとする。


「骨といってもそのまま使ってるわけじゃない。加工して、ある形にしてるんじゃ。それは君もすでに何度も目にしてるじゃろう」

「……まさかクリスタルか?」

「ご名答。魔法使いは自らの骨をクリスタルに変換して、魔法道具を生み出したり、ゴーレムを組み込んで操ったりしてるのさ。魔法は魔法使いの商売道具だけど、これが身を切る思いでやってるわけなんじゃなぁ」


 カリンは軽い感じで言ってみせるが、自分の骨を使って魔法を使うというのは、どのぐらい大変なことか浪には分からない。魔法という超科学的、超自然的なことをやるにはそれぐらいの対価が必要なのだろうか。


「よく理解できないんだが……骨を使ってしまっても大丈夫なのか? 生きるのに困らない……?」

「はは、ごもっともな質問じゃな。魔法を使うには、魔法使いの骨が必要。しかし、それは必ずしも自分自身の骨である必要はないんじゃ」

「へ?」

「実は、そのヒントは君がここに来るまでに通ってきた場所にある」

「地下水路がか?」

「水路になったのは、あとで地下水が溜まっただけのことで関係ない。問題はこの地下が何のために作られたか。実はな、この地下通路は昔、魔法使いが隠れ家だったんじゃ」

「隠れ家? それって戦争から逃げるために?」

「そう。人間たちに嫌われ、迫害された魔法使いは地下に逃げるしかなかった。そして見つかったときのために、避難通路を長く長く掘っていったんじゃ。しかし……それでも人間に殺された者が多くいて、その遺体はその場に放り捨てられた」

「おい、待てよ……。それ、もしかして……」

「魔法使いは自分自身の骨をわざわざ使う必要はなく、他の魔法使いの骨を使えばよいのじゃ。戦争中には、命を落とした同胞の骨で、魔法を使ったり、ゴーレムを無尽蔵に生み出していたりしてたんじゃ」

「まじか……」


 なんて気味の悪い話だろうか。戦争で人間同士が殺し合いをしているだけでも嫌な話なのに、仲間の敵を取るために、仲間の死体を使って魔法を使っていたとは、どこまでも救われない話だった。魔法に抱いていた期待や夢が一気に憎悪に変わる。


「無論、普段はそんなえげつないことはしてなかったさ。事故や寿命で亡くなった人のをお祓いして使わせてもらったり、自分の無くてもなんとかなる骨をけずったり」

「なくなってもいい骨なんかあるのか?」

「骨は体を支えるために絶対必要なものもあるが、体を守るために存在するのもある。多少は削ってもなんとかなるものなんじゃよ。まあ、研究しすぎて骨を使いすぎた人もいたらしいけど」

「うわ……」


 想像したくもない話である。しかし、魔法は自分や仲間を犠牲にしなければいけないほど貴重なものだということは分かる。


「今いるゴーレムは、その戦争のときに生み出されたものなのか?」

「いや、さすがに当時のは残っていないんじゃないかな。それに関しては私もよく分からんのじゃが、魔法使いの骨を素材として、ゴーレムが自然に生まれ続けているようじゃな」

「そんなことあるのか?」

「んー、なんとも言えん。確証はないが、誰かがクリスタルを生成して土や水に埋め込んでいる気がしなくもない」

「何のために? 犯人はやっぱ魔法使いなのか? とすると、人間に復讐するためか……」

「分からんよ。現場を見たわけじゃないし、ただの推測に過ぎない」

「そっか……」


 気にはなるけど、カリンほどの人が分からないのであれば確かめる方法はなかった。それが分かれば、マルギットたちがモンスターを倒す危険な仕事も減るのだろうと浪は思った。


「まあ、君も思った通り、そんなやり方で人間を殺す魔法を使い続けるのはよくないって人も現れたわけさ。人間側について、モンスターを倒せる強力な兵器を作り出したんじゃ」

「獣人か」

「その通り。動物にクリスタルを埋め込んで、動物の特徴と魔法の力を合わせた傑作を作り上げた。それがどんだけ強いかはノエミたちを見れば分かったと思う」


 浪はうなずく。人間では石でできたゴーレムの体を簡単には壊せないが、彼女たちは一撃で倒すこともできるのだ。


「そこで気づくと思うが、モンスターを生み出すのも、獣人を生み出すのも、やってることは同じなのさ。目には目を、骨には骨を、毒をもっと毒を制す。それで、戦況は逆転して、押されていた人間が勝つわけじゃ。しかし、今度は戦争のために生み出された獣人が用済みとなり、居場所がなくなってしまう悲劇が待ってるんじゃな。いやはや魔法使いのやることもまた業が深いね」

「あっ……」


 マルギットが人間を憎んでいたこと思い出す。獣人は人間より地位が低く、肉体労働を強いられ、町外れに住まされていた。


「それは獣人が人間より優れているからなのか……?」

「うむ? 獣人が嫌われている理由? そうじゃな。人間が魔法使いに劣等感を抱いて排除したくなったのと同じで、獣人がでかい顔してるのが気にくわないのさ。それに動物じゃしね、人間様より優れてるのは許せなくて、なんとか従えておきたくなるんじゃな」

「そうか……」

「でも、人間も少しは頭がよくなったようで、獣人にまで反乱起こされたらたまらないから、法律で一定の地位は認めてるんじゃ」

「どういうことだ?」

「仕事を与えて、最低限の生活ができるようにして保護してるんじゃ。獣人を殺すのは禁止されてるし、破った人間はちゃんと罰せられる。つまり、文句言わずに働けば生かしておいてやろうってことじゃね。体力あるからいい労働力になるし」

「身勝手だな……」


 カリンの話を聞いていると、人間のエゴが至るところで不幸を生み出していて、ろくでもない生き物だと思えてくる。気にくわなければ殺し、都合よく従っていれば生かすなんて、何様のつもりなんだろうか。


「でも、魔法使いよりマシじゃよ。私らなんて町に住まわせてもらえないんじゃから。数百年、外界に置かれたせいで、魔法使いの存在は忘れ去られてしまうし、今の人は魔法なんておとぎ話じゃと思ってるんじゃないか?」


 カリンは口をとがらせ、ぶーぶー言っている。


「魔法使いは他にもいるのか? 戦後、どこかで生き延びて」

「たぶんね。でも、かなり長いこと会ってないし、皆どこで生きてるのやら。まあ、しぶとい奴ばかりじゃから生きてるんじゃないかな」


 そこで浪はある疑問を思い出す。それは前からおかしいと思っていたのだが、後回しにしていたことだった。


「ところで前から聞きたかったんだが……。どうしてそんな見た目なんだ?」

「見た目? これは巫女の衣装で……」

「そうじゃなくて……。どうして年取ってないんだ? 何百年も生きてるんだろ? なら、もっとお婆ちゃんだったりするんじゃ? そもそも、カリンは戦争の生き残りなのか……?」


 数百年生きていると聞いていたが、普通の人間ではあり得ないことだ。魔法で何かやっているのだとは思うが、相手が若いのか年寄りか確認しておくのは、非常に重要なことである。どのように接していいのか、そしてその美貌に期待を持っていいのか……。


「むう、女性に歳のことを聞くのは失礼じゃと思うが……。まあ、異世界の者と思って許そう。君の言う通り、私は戦争の生き残りで、魔法でこうして若い姿を保っている」

「不老不死みたいな魔法か?」


 そんな魔法があるならば、誰だってかけてもらいたがるだろう。


「ちょっと違うな。私ら魔法使いは、法律で子供を作ることを禁じられたんじゃ。数が増えては、人間の脅威になるからな。でもそれでは、その代で魔法使いは絶滅してしまう。さすがにそんな法律ないわーって思って、私らは体の時間を止める魔法をかけ、当時の姿のまま生きながらえる道を選んだってわけ。アンダースタン?」。


 なんと過酷な世界なのだろう。人は人を殺してしまうし、人の生き方も変えてしまう。人が望んでやってことなのだろうが、なぜそれがまかり通るのか。法律になってしまえばなんでも許されてしまうのか。

浪はこの数時間でショックを受けすぎて、それ以上のことを考えられなくなってしまった。

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