第14話「モンスターの法」

「人間に生み出されたってどういうことだ?」

「そのままだよ、あたしたちは人間に作られたんだー」


(作られた? なんだそりゃ……?)


 ノエミはあっさり言ってのけるが、作られたと言われてもピンと来ない。浪の頭には、試験管で作られた人間が思い浮かぶ。遺伝子をいじって、人間と動物を混ぜたのが獣人なのだろうかと。


「人間は弱い存在だろ? 動きも遅いし、力も弱い。だから、モンスターと戦うために、うちら獣人がいるんだよ」

「モンスターと戦う? ……それは仕事なのか?」


 ノエミとマルギットは浪の問いに首をかしげる。

 どうやら的外れな質問をしてしまったようである。


「まあ、そうだな。うちも警備隊に入ってるし、昔はみんなモンスターを狩るために軍隊にいたらしいけど、今はノエミみたいに普通に町で働いている奴もいる」

「基本的に運動神経いいし、モンスター倒すのは得意なんだけど、やっぱりそういうのが嫌な獣人もいるんだよー。あたしもそんなに強いほうじゃないしー」

「そういうものなのか」


(モンスター退治を押しつけられているんじゃ。人間も嫌いになるよな)


 おそらく獣人は兵器として生み出されたのだろう。モンスターというのは人間では手に負えないくらい凶悪な存在で、それに対抗するため人間は、動物を人の形をさせ、武器を持たせることで強力な兵士にした。動物の身体能力に、人間の技術が加われば、まさに鬼に金棒なのだ。


「舟を下りろ」

「へ?」

「モンスターだ! すぐに下りろっ!」


 マルギットは叫ぶと当時に舟を飛び降り、ノエミもそれに続く。

 川の水深は低く、腰より少し下ぐらいなので、舟から下りても溺れることはない。浪は濡れることに躊躇するが、そんな甘えが許されるときでもないし、戦い慣れしているマルギットに合わせるべきだと判断し、川に飛び降りた。


「どこだ、モンスターって」

「正面、水から来る」


 マルギットがそう言うや否や、槍を向ける方向に大きな水しぶきが上がる。

 浪はとっさに舟を漕ぐのに使っていた長い木の棒を突き出して身構える。

 舞い上げられた白いしぶきが落ち、そこから姿を現したのは、人の形をした何かであった。頭があり手足がある。だがその体は明らかに石で出来ていた。


「なんだこいつっ!?」

「石型だ! お前は下がってろっ!」


 マルギットが石型と呼んだ人型モンスターは体長150センチくらい。文字通り、体が石で作られたモンスターである。ごつごつした岩の肌を持ち、見るからに頑強そうである。

 だが、一つの石を削って形作られた石像のようでいて、手足は関節があるみたいにしなやかに稼働している。頭はいびつなデコボコがあるだけで、どこが目で口なのか判別できない。もしかすると、そうした器官を持たないのかもしれない。


(これがモンスター……?)


 浪は初めて見るモンスターの姿に足がすくんでしまう。

 ゾンビのような血みどろなモンスター、うにょうにょと触手の生えた気色悪いモンスターなど、浪があらかじめ想像していたものよりはインパクトはなかったが、いるはずのない存在がそこいて、動くはずのないものが動いているという事実に、体が自然と恐怖を感じていたのだ。


(動けよ、俺の足……!)


 石のモンスターが前進し、距離を詰めてくる。

 敵を前にしているのだから、足を前に踏み出し、戦わなくてはならない。兵士のように勇ましく剣を振るわなくとも、臨戦態勢を取らなくては敵にやれてしまう。だが、浪の意志は体に伝わることなく、足は前へも後ろへも動くことはなかった。


 浪がそうしているうちにも、マルギットは行動を始めていた。持っていた槍でモンスターを軽く突く。

 これは牽制であった。モンスターは後ろに下がり、槍をかわすが、舟から距離が離れる。

 ノエミは短剣を抜き放ち、逆手に構えて、敵の様子を見ているようだった。


 モンスターは特に考える気配もなく、マルギットに標的を定め、猛然と走り出していた。その脚力はたいしたもので、腰までかかる水を造作もなくかき分け突撃してくる。


 その勢いで水面が波立ち、舟が大きく揺れる。

 浪は波で立っていられず、情けないことに川底に尻餅をついてしまう。ズボンはもちろん、上半身までずぶ濡れになった。水分を含んだ髪が垂れ下がり、視界の一部を遮る。

 浪の脳裏に大雨の神社での記憶がよみがえる。

 単なる冗談で友達においていかれ、大雨に降られてしまう要領の悪さ……。池に落ちてその場に座り込み、自分を笑うしかない無様な姿……。


「くそっ!」


 浪は我に返り、水を吸って重くなった服に足を取られながらも、体をなんとか起こし、両手で舟を押さえ込む。

 舟がひっくり返っては食料がダメになってしまう。モンスターと戦うことはできなくても、舟くらいは守ってみせるつもりだった。


 マルギットは慌てる様子もなく、モンスターの突撃を槍でいなし、左の壁に激突させる。

 その衝撃で大波が起こり、マルギットは姿勢を崩してしまうが、すぐに槍を構え直し、モンスターの顔面に向かって突きを入れる。

 小気味よい音とともに、大きなハンマーを振り下ろさなければヒビも入りそうにない頑強な石が砕け散り、モンスターの顔面に穴が開く。

 モンスターがよろめき水中に倒れ込むと、大きな水しぶきが上がった。


「ノエミ、頭じゃない、胸だ!」

「りょーかい!」


 そう言うとこれまで、モンスターとの間合いを守っていたノエミは大きく跳躍する。そして壁を三角飛びして、モンスターとの距離を一気に詰め、そのまま勢いを利用して、モンスターの背に短剣を突き立てた。

 ノエミの短剣はカツンと石を穿ち、モンスターの背から胸を貫いていた。


 浪は鮮やかな二人の連携に感嘆をもらす。

 ノエミは水面から体を起こし、「ふう」と水に濡れた前髪をかき上げる。


「ノエミ、やったのか?」

「もっちろん~。ほら、これ」


 そう言うとノエミはマルギットに何かを放り投げた。


「おい、そいつは倒したのか……?」


 浪は舟の影からおそるおそる、モンスターが沈んでいる場所をのぞき込む。石の体に空いた小さな穴から気泡が吹き出し、ぽこぽこと水面があぶく立っている。


「ああ、こいつはもう動かない。安心していいぞ」

「それは? その赤い奴」

「これか?」


 マルギットは手を開き、ノエミから渡されたものを浪に見せてくれる。

それは直径5センチくらいのいびつな形をした赤い玉であった。


「クリスタルだ」

「クリスタル? 何だそれ?」

「んー、なんて言うのかな。モンスターの大事な部分? これを抜き取るとモンスターは動かなくなるんだ」


 浪はもっと近くで見せてもらおうとマルギットの側によろうとしたが、マルギットはクリスタルを宙に放り出した。

 そして、槍を突き出し、天井と挟み込むことでクリスタルをこなごなに粉砕してしまった。


「おい、何すんだよ。見せてくれたっていいだろ」

「あん? こんなもの見てどうすんだよ」

「見たことないからだろ!」

「そう怒るな。こんなの、あとでいくらでも出てくるから、そんときゆっくり見ろ」


 浪と言い争う気のないマルギットは小舟の縁を掴むと、ひょいと飛び乗る。着地姿勢がいいのか、不思議と舟は揺れなかった。

 邪険に扱われて浪は不機嫌だったが、こんなところで雰囲気を乱しても仕方ないと大人しく舟に戻る。だが、マルギットのように綺麗に飛び乗ることができない。服が水浸しで重く、丘に上がった魚のように無様に舟上に倒れ込んでしまった。


「ロー、大丈夫?」


 いつの間に舟に乗り込んでいたノエミが手を貸してくれる。


「ああ……」


 どうしてそんな簡単に飛び乗れるのかと、浪は獣人の身体能力をうらやましくなる。そして同時に、運動神経のない自分を恥ずかしく思っていた。


「どうだった?」

「うん?」

「モンスターと戦うのは初めてだったんだろ?」


 革靴を逆さにして入った水を流していると、マルギットが声を掛けてくる。

 浪は半ばふてくされて、思ったことをそのまま口にする。いまさら体裁にこだわっても仕方ない。自分は無様で何もできない人間なのだ。


「……ああ。怖かったよ、体が動かなかった」

「ん、そうか。じゃあ、それでいい」

「あん? どういうことだ、それ?」


 馬鹿にされるのかと思ったら、マルギットはさらっとしていて、そういう意味合いが含まれていない言葉を発したものだから、浪は面食らってしまう。


「モンスターはうすのろに見えて、けっこう力が強いからな。もろに食らうと骨がやられちまう」


 それはなんとなく浪にも分かっていた。石の塊のタックルを食らったら、どうなるかはあまり想像したくない。


「モンスターはな、人間の手に負えないからモンスターって言うんだ。だから、人間のお前は変に気張る必要はないんだよ。戦闘はうちら専門家に任せときゃいい」


 マルギットは浪を少しは気遣っているようだったが、必要以上にオブラートに包む気はないようで、今の浪には酷なことを言ってのける。


「そうだな……そうしとくよ」

「お、聞き分けいいじゃないか」

「足引っ張ることだけはしたくないからな……」


 人間と獣人がまったく違う存在だということは充分に分かった。対抗したって勝てるはずがない。それで自尊心が納得するわけがないが、認めざる得ない事実だった。


(どうしてそんな恵まれた体を持っているのに、人間を嫌うんだ……。俺が獣人なら、喜んでモンスターと戦うのに)


「偉いなー、ローは!」


 突然ノエミに抱きしめられる。胸と腕に頭を挟まれ、髪をわしゃわしゃとなでられる。


「おい、なんだよ!? やめろって……!」

「えー、いいじゃないー? 素直なローはあたし、好きだよ?」


 照れる浪を気遣うことなく、ノエミは浪を抱きかかえ続ける。

 不思議と安心感があり、初めての戦闘で高ぶった心が静まるようであった。

 無理に張り合う必要はないのかもしれない。戦闘は彼女らの分野のようだから、自分は別のところで頑張ればいい。浪はノエミに抱かれながらそう思った。


「そ、そういえば、一応聞いておきたいんだけど……」

「うん、なあに?」


 浪は忘れてはいけないことを急に思い出したのだ。ノエミは質問を聞くために拘束を緩めてくれる。


「モンスターを倒しちゃいけないって法律はないよな? あと舟で地下道を取っちゃいけないとか……」


 こんな非日常的なことが法律に引っかからないはずがない。これまで変な法律に煮え湯を飲まされ続けて来たのだ。事後とは言え、できる限り重罪となることからは避けて通りたい。


「くっ、ふははははは! 怖い思いをしたばかりなのに、そんな冗談言えるとはたいした肝だな! 気に入ったぞ」


 マルギットは大声で笑いながら、浪の頭をばんばんと叩く。


「痛っ、痛いって……!」

「法律かぁ。んー、そういうのは聞いたことないかな。むしろ、モンスターを倒すのは推奨されてるから」

「あー、そうなのか。人に危害を加える奴は退治しないとダメだからな」

「うんうん。あ、そういえば、さっきのクリスタル、あれはすぐに壊さないといけないことになってるんだよー」

「へー。壊さないとどうなるんだ? 罪は重いのか?」

「うん、間違いなく死刑だねっ!」


 ノエミは無邪気な顔で言ってのける。


(また死刑かよ……。これはどういう理由でそんなに重い罪になるんだ? 昔の人が壊したいと望んだから? クリスタル壊すのを望むってなんだ? 壊すのが大好きな人がいたのか……?)


 あれこれ考えてみるが、もっともらしい理屈は思い浮かばなかった。とりあえず、クリスタルをまじまじ眺めたり、持ち帰ろうとしたりしなくてよかったと思った。

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