第22話「法を犯す覚悟」

「ちょっと寄るところあるから、あとで合流する」


 浪はそう言って、ノエミとマルギットと別れた。

 もとの街に戻ったらすぐにやらないといけないことが浪にはあったのだ。魔法の素を何かに埋め込んで魔法道具を作ることである。

 カリンに魔法道具の作り方を聞いたときには、何を魔法道具すべきか思いつかなかったが、街に戻ってきてすぐにふさわしいものを思い出した。


「思い入れの強いものがいいって言ってたよな」


 浪は鍛冶屋を訪ねていた。浪自身も忘れていたが、この世界のお金の代わりに、日本の硬貨をレアな金属として支払い、一週間前に指輪の製作を依頼していたのであった。

 指輪は完成していた。対になっている二つの指輪。浪はその一つに指をはめてみると、採寸していたこともあってぴったりであった。

もう一つはもちろんセレイナのために作ったものだ。おおよそのサイズで作ってあり、あとで細かい調整をすることになっている。

 鍛冶屋の店主はにやりと笑い、サービスだといってケースも用意してくれた。何のための指輪かはバレていたようである。

浪は心から礼を言い、店を出て路地裏に入った。


「クリスタルを指輪とくっつければいいんだよな。って、どうやるんだ……」


 袋から1センチほどの大きさのクリスタルを取り出し、指輪の上に載せてみるが、当然ながらくっつくわけがなかった。クリスタルが壊れやすいことは知っているので、無理に押しつけるわけにもいかず、浪は困ってしまう。


「鍛冶屋でやってもらえばよかったか? いや、魔法とか知らないよな」


 鍛冶屋ならば物理的にクリスタルをはめ込んでくれるかもしれない。でも、魔法道具はおそらくそういうものではないだろう。鍛冶屋に戻ろうか足を踏み出しては返したりと、浪はしばらく挙動不審な動きをしていた。

 路地にビラが捨てられているのに気づく。この街はよく清掃され綺麗に保たれているため、何かが落ちているのは珍しい。

 ビラを拾い上げてみると、文字と少女の絵が描かれていた。文字はこの世界の言語で書かれているため内容は分からなかったが、絵には見覚えがある気がした。写真ではなく、手書きの絵であるため100%とは言えないが、書かれた少女の顔はセレイナに似ている。


「処刑の告知か……?」


 もしかすると処刑の場所や日時が書かれているのかもしれない。

浪の心臓が大きく鼓動する。こんなところが時間をつぶしている場合ではない、今すぐにでも処刑が行われるかもしれないのだ。

 ビラを握りしめ走り始める。魔法道具については魔法に近い存在であるノエミたちに聞いたほうが早い。まずは彼女らと合流すべきだと判断したのだ。

 表通りは一方向に向かって人の波が移動していた。おそらく処刑場に向かっているのだろう。街の掲示板や、人々の足下には浪が見たものと同じビラがたくさんあり、浪の走る足を自然と速めた。




 合流場所であるノエミの家にたどり着くと、ノエミたちは黒服に身を包んでいた。体全身を包むように黒いローブを羽織っている。


「あれ、喪服を取りに帰ったんじゃないのー?」


 息を整えている浪が開口一番にノエミに言われたのはそれであった。


「喪服? なんでだよ?」

「なんかお祭り的な感じにはなっちゃってるけど、処刑は人が死ぬからね。そこはみんな黒い服を着て、人の死を悼むことになってるんだよ」

「ああ、そういうこと……」


 市民たちは人が処刑されるのを楽しみにして広場に集まるわけだが、さすがに人の死を大手を振って喜ぶわけにはいかないと、表向けには黒服を着て喪に服す気持ちを示すのだそうだ。思い返せば、処刑場へと向かう人々は楽しそうに談笑していたものの、暗めの服装をしていた気がする。

 皆が黒服を着ている場所に潜入するのだから、こちらも黒服を着ていたほうが都合がよい。


「仕方ない、上着を取ってくるか……」


 黒服にはいい思い出がない。この世界に来て早々、詰襟の制服を喪服だと間違われ、逮捕されてしまったのだ。


「ところで、これどうすればいいんだ?」


 クリスタルと指輪をノエミたちに見せる。


「お前、話を聞いてなかったのか……。魔法はその人の願いを叶えるものだ。だから特別な方法は必要としない。手に持って、自分が望むことを願えばいい。そうすれば、お前だけの魔法ができあがる」

「あ、そうか」


 魔法の内容は魔法使いが決めるものではなく、使う人によって決まる。だから、どのようなことを実現したいかを願うことで、魔法道具が完成するということなのだろう。


(セレイナを助けたい……。セレイナを助けたい、セレイナを助けたい、セレイナを助けたい……)


 クリスタルと指輪を両手で包み、願いを心の中で何遍も唱える。

 浪は唱えているうちに、もっと具体的なことをお願いしなければ魔法が叶えてくれないのではないかと不安になってくる。だが何をどうすればよいのか思い浮かばない。すぐにその考えを捨て、同じ台詞を連呼する。余計なことを願ったほうが逆にダメで、思っていることをひたすら思えばいい気がしたのだ。


「セレイナを助けたいっ!!!」


 渾身の思いを込めた叫びとともに、クリスタルと指輪を包んでいた手を開く。

 するとクリスタルはなく、指輪だけが手のひらにあった。


「あれ……クリスタルは? ……うまくいったのか?」


 マルギットの顔を見るが、「さあ」という顔を返される。


「大丈夫大丈夫! ちゃんと成功してるよ! ダメでも、あたしたちがなんとかするし!」

「あ、ああ……そうだよな……」


(こんなところで取り返しのつかない失敗してないよな、俺……)


 不安になっていても仕方ない。指輪をどの指にはめようかと少し悩み、右手の薬指にはめる。




 一度セレイナの家に寄って上着を回収し、浪たちはついに広場にやってくる。

浪が持って帰ったビラはやはり処刑の日時が書かれていた。処刑が行われる時間にはまだ二時間以上あるが、多くの人々が酒を片手に広場に集まっていた。

 ノエミとマルギットは獣人だと分かると面倒なことになるので、フードで耳を隠し、服の中には剣を隠し持っていた。浪は魔法の短剣をズボンのポケットに入れている。


 兵士は至るところに配備されている。特に処刑台のある櫓の周りは兵士たちが取り囲み、民衆が近づけないようになっている。


「あそこだな」


 できるだけ近くに寄ろうとしたところで、突然大きなざわめきが起こった。


「おい、来たぞ!」

「早く始まろ! 待たせるな!」

「殺してしまえ!」


 歓喜と怒号が広場を一気に埋め尽くす。

浪のいる位置からは見えなかったが、兵士たちに連れられてセレイナが姿を現したようだ。


「セレイナっ!! くそっ、告知より早いじゃないか!」


 処刑される少女の姿を見ようと、観客たちが前へ前へと動き始める。浪たちは

身動きが取れず、流れに身を任せることしかできなくて、離ればなれになってしまった。

 おそらく思った以上に民衆が集まり過ぎて、大きな混乱を避けるために、開始時間を早めたのだろう。

 ノエミとマルギットの姿は見つけ出せなかった。それぞれ処刑台に向かっているはずから、最後には合流できると信じて、浪は人波をかき分けて前方に進んでいく。


 突然、これまでで一番大きな歓声が上がる。

 人々の視線の先を追うと、櫓の上に少女の姿が見える。白い服に身を包んだ少女。セレイナに違いなかった。

 あんな小さな体の少女がこれから首をつられて命を落とす。その背徳的な甘美さに酔い、観衆たちは地面を踏みならし、「殺せ、殺せ」とシュプレヒコールを始める。重く低い叫び声と地響きが広場を支配していく。


「ちくしょう! またダメなのか……!」


 夢で見た光景が再生される。処刑台になんとかたどり着くも、ちょっとの差で間に合わず、セレイナが台の上から消えていく。


 浪は人の背を押してでも前に進もうとするがびくともせず、人の固まりに押し返されてしまう。


「どいてくれ! 通してくれー!」


 浪は何度も何度も押しよけようとするが、声は民衆の「殺せ」コールにかき消され、体は押され殴られ踏みつぶされてしまう。


「捕まえろー!」

「奴を止めるんだー!」


 民衆のおぞましい声に交じって、兵士たちが別のことを叫んでいるのが聞こえた。 何が起きているのか確認しようとしたところに、頭上から兵士が降ってきた。

 当然人間は空から降ってくるものではないから、誰かが兵士を投げ飛ばしたのだった。


「マルギット!」


 民衆を押しとどめる柵と兵士たちの先に、マルギットの姿が見える。取り押さえようと飛びかかってくる兵士たちを殴ったり、投げ飛ばしたりと激しい応戦をしている。


「おっぱじめやがったな」


 マルギットはこのままでは間に合わないと思い、隠密を捨て実力行使に出た。そして人波を強引に越えて、ついに処刑台の側にたどり着いたのだ。

 乱入者と兵士たちの乱闘に巻き込まれまいと逃げ出す民衆が現れ、広場は大混乱に陥る。これを好機とみた浪は、多少無理にでも一気に前に進もうとする。

 そのとき頭上を人影が通過した。

 普通の人間は人の頭を飛び越せるほどの跳躍はできない。人影の正体はノエミであった。マルギットに加勢するため飛び出したのである。


「ノエミ!」

「あっ、ロー!」


 浪の頭上を飛び越したノエミは、浪に気づいて引き返してくる。


「じゃあ、一気に行くよ」


 そう言うとノエミは、突然浪を前に抱きかかえる。


「お、おい、ちょっと待て。何する気だ!」

「ジャンプする!」

「えっ!? うわああああー!」


 ノエミは浪の制止を聞かず、浪を抱えたまま大きく前方へと飛んだ。

 浪は女の子にお姫様だっこされる不思議な感覚と、自分の意志に反して空を飛ぶ恐怖を同時に体験する。


「遅いぞ、お前ら」

「ごめん、遅れちゃった」


 ノエミは人混みを一気に飛び越し、難なく着地する。マルギットとの合流に成功するが、そこは完全に敵地であり、あっという間に兵士たちに囲まれてしまった。

 ノエミとマルギットは服の中に隠し持っていた剣を抜く。


(そうか、人間と戦うんだよな……)


 ノエミとマルギットはためらいなく剣を抜き、人間と戦う覚悟を決めたが、浪はモンスターとの戦いとは異なる緊張感を感じていた。モンスターを倒しても罪悪感はないが、人間を傷つけるのには精神的に抵抗があり、やってしまったら重罪で逮捕されるのである。

 そして、知らず知らずのうちに、獣人であるノエミとマルギットを人間との戦いに巻き込んでしまったことを理解する。


「ロー、ノエミ、ここはうちがなんとかする。先に行け!」

「だがマルギット……」

「大丈夫だよ、ロー。マルちゃん強いから、ね」


 ノエミはマルギットに目で合図すると、マルギットは笑みで答えた。

ノエミのほうがマルギットを心配するのではないかと浪は思ったが、そうではなかった。ノエミはすでに覚悟を決めており、マルギットを信頼していたのだった。


「ああ、分かった。マルギット、ここは頼むぞ」

「任せときなって。お前はお姫様を助けてこい」


 あの窮地でさえマルギットは生き残ってみせた。ここはその頼もしさに乗っかるしかない。それよりも自分のことを心配したほうがいいと浪は思った。


 マルギットは雄叫びを上げながら、一団に向かって突撃を開始する。

 兵士たちはその勢いに気圧され、後ずさりをしながらも、剣をマルギットに向けて構える。マルギットは剣を振るって兵士らの剣を跳ね上げ、強烈な蹴りで追撃を入れる。密集していた一団は互いにぶつかり合って、鎧ががちゃがちゃと鳴しながらその重みで地面に崩れる。


「よし、今のうちに台の上に飛んじゃおう!」

「い、いけるのか?」

「もちろん! 戦うよりよっぽど自信あるよ!」

「分かった、その手でいこう」


 正攻法で櫓の階段を上がっていては、夢のように間に合わないかもしれない。ここはノエミの跳躍力に期待して、一気に台の上に上がってしまうのがよい。

 ノエミは先ほどの同じように浪を抱きかかえる。


「ちゃんと掴まっててよ」


 ノエミが跳躍する。しかし体が浮く感覚があったと思ったら、次の瞬間には地面に投げ出されていた。

 突然のことで何が起きたか分からない。近くにはノエミが前のめりに倒れている。

思い返せば喧噪の中で、ジャンプする直前かすかに銃声を聞いたような気がする。


「ノエミ、大丈夫か!?」


 浪は飛び起きてかけより、ノエミを抱き起こす。


「うっ……。たぶん、平気……だと思う」


 ノエミの顔は苦痛で歪み、手で押さえている右肩は血で染まっている。銃弾で右肩を打ち抜かれたようだった。


「だと思うってなんだよ! しっかりしろ」

「そうだね……。ちょっと肩が痛いだけだから、平気へーき」


 苦しさの中にも笑顔を作ってみせた。致命傷ではないことに浪は胸をなで下ろした。


「次はきっと本気で狙ってくるから……気をつけて」


 少し離れたところに銃を構えている一団を見つける。彼らがノエミを狙撃したに違いない。


「でも……人がいるところでは撃てないはずだから平気」


 他人を巻き込む場所に撃つはずはないから、人が密集しているところならば大丈夫なはずである。

 浪はここでようやく、人間同士の戦いによって、仲間や自分が殺されるかもしれないことを認識する。もしかすると、自分が人を殺すかもしれない。大事を起こす覚悟はしていたつもりだったが、足の震えが止まらなかった。


「大丈夫だよ、ロー。あたしがついてるから……。一緒にセレイナちゃんを助けよ」


 浪の不安を感じ取ったのか、ノエミは浪の手を握り微笑む。


「……すまない。覚悟を決めるよ。何があってもセレイナを助け出す」


 もう始めてしまったのだから、戻ることはできない。ここで降伏しても自分たちはいろんな罪で犯罪者として捕ってしまい、セレイナは予定通りここで処刑されてしまう。

 この戦いは、セレイナを救い出す以外で終えることはできないのだ。


「それまでは振り返らない」

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