第11話「法律は助けてくれなくとも」

 人を殺すような目でにらみつけて来たにもかかわらず、ショウは浪をセレイナが捕らえられている場所へ案内してくれた。

 深夜なので本来ならば面会は許されないのだが、今回は特別な計らいで、二人は会うことができた。己の職務を果たすことと、人を気遣うことをうまく両立している人物なのだろう。また、それは法律の範囲内でできる、ショウの法律への反逆だったのかもしれなかった。


 牢の前まで案内してくれれば、脱獄の下見ができると思ったのだが、ある建物の一室で待たされることになった。管理を徹底しているのだろう。ここがどこなのかもいまいち分からず、この建物にセレイナが閉じ込められているのかも分からない。

 しばらくすると、鉄格子の向かい側の部屋にセレイナが連れてこられる。

手には縄が巻かれている。うつむいて暗い顔をしていたが、浪の姿を確認するとすぐに明るさを取り戻す。


「ローさん……会いに来てくれたんですね!」

「セレイナ! 大丈夫だったか?」

「はい、なんとか!」


 今は明るい顔をしているが、顔には涙のあとが残っていた。つらい思いをしていたのは間違いない。


「ごめんな、すぐに来られなくて……。こんな夜更けに迷惑だよな」

「いえ! そんなことないです。こうして来てくれたこと、私とっても嬉しいです」

「そうか、よかった……。いや、よくないよな……。セレイナ、すまない。俺のせいでこんなことになってしまって……」

「いえ、そんな……ローさんは……」

「俺が全部悪いんだよ。俺なんかが急に現れたから、君が逮捕されて、それで…………。言い訳もできないよ……」

「あのそんな……私は…………いいですから……」


 こうなった原因に触れられると、なんと答えていいか分からず、口を濁してしまう。「浪のせいではない」と言ってやりたいが、誰が見ても浪が原因である。人を責めたくないと思う一方で、心の中はどうしてこんな目に遭うのかと不満が沸いてきてしまうのだった。

 急に結婚することになったと思えば、次は逮捕されて死刑にならなければいけない。どんな仁者であろうと、この展開に理解を示せるはずがない。


 セレイナは言葉をうまく紡げないことに「すみません」と謝るが、浪もまた返す言葉が見つからない。こういうときはいっそ、罵ってくれたほうが気持ちがはっきりとしていいのだが。


「あの、お父さんは……?」


 こういうとき、まず一番に面会に来るのは父親のはずである。しかし、レナルドはまだ来ていなかった。


「ああ……。ちょっとケンカしちゃって怒らしちまった。だからたぶん来ない。ごめんな、俺のせいだ……」


(謝ることしかしてないな、俺……)


 目の前に自分のせいで不幸になった人がいるのに、何もできない自分が不甲斐なくて、恥ずかしい。


「またケガが増えてますね?」

「あ、ああ」

「どうせお父さんが一方的にやったんでしょ? それなら、今頃酒場で飲んだくれてるはず。ローさんのせいじゃないです」


(さすが親子……分かっちまうんだな)


「……絶対助けてやるから待っててくれ」

「はい、待ってます……。私にはローさんしか頼れる人がいませんから」


 そういってセレイナはてへっと笑う。

 その言葉だけは心から出た素直な気持ちなんだと思い、浪は嬉しくなる。決意は固まった。これ以上、悩むことも考える必要もないと思った。


「必ず助ける! 時間はかかるかもしれない。でも、俺を信じて待ってくれ」

「もちろんです。最後の最後までローさんを信じて待ってます。……これでも一応、あなたの妻ですから」




 面会が終わり、セレイナはどこかに連れていかれた。しかし、帰るときの顔は来たときと違い、希望に満ち毅然としていた。


「なあ、裁判はいつ行われるんだ? 死刑になるまでどのぐらい時間がある?」


 セレイナの去った面会室で浪はショウに訪ねる。


「裁判は明日に行われるのが決まった」

「明日!? 早すぎるだろ!?」

「今回は罪状が明かであるため、すぐに行うそうだ。裁判の結果もすでに決まっていることだろう」

「明日にも死刑ということかよ……」


 確固たる証拠があるから議論せずともよいということだった。結果が決まっているならば裁判なんてやる必要はないはずだが、一応開催するのは法律的な手続きの問題である。


「いや、死刑の執行はすぐにとはいかない」

「どういうことだ?」

「死刑執行の日時は、市民に対して告知が出ることになっている。おそらく一週間後だろう」

「告知? なんで死刑になる日をみんなに教える必要があるんだ?」


 死刑と言えば、どこか専用の施設でひっそりと行われるイメージだ。係官がボタンを押すと床が落ちたり、薬物を注射したりする。どうしてその日時を市民全体に教えなければいけないのか、浪には分からなかった。


「死刑は公開処刑と決まっているからだ。多くの人が集まる広場で行われる」

「はあっ!? 公開処刑だと!? みんなの前で殺されるのかよ!?」

「ああ、そうだ。大昔から行われている風習で、法律も認めている」

「なに言ってんだ? 法律が認めてる? そんなヤバイことをか?」

「ああ」

「おかしいだろ! 人が死ぬ様子をみんなで見てるってのかよ! なんでそれが法律で認められてるんだ!?」


 浪の頭には、教科書で見た、マリー・アントワネットがギロチンの前に引き出される姿が思い浮かぶ。後ろ手に縛られた無抵抗な女性、歓喜する民衆。

 法律は正義でないのか?

 どうしてそんな残酷なことを認めるのだろうか。


「それは、聡い君ならば分かっているのではないか?」

「ちっ……。それを多くの人が望んでいる、ってことかよ……」


 ショウは曇った顔で静かにうなずいた。

 市民が公開処刑を望んでいるから、法律は公式にそれを認めている。それを残酷だと思う人はいるだろうが、昔から多数意見として望む声が存在しているから、法律はそれを許さざるを得ないのである。そこに正義という考えは介在しない。


「くそっ……なんて世界だよ……」


 自分の婚約者であり、まだ14才の少女が皆の前で処刑されるなんて、ぞっとしない。浪は心底この法律に対して、この世界に対して憎悪を抱いた。

 浪は知らなかったが、ギロチンが生まれたフランスで、ギロチンによる公開処刑が廃止されてから、まだ100年も経っていない。


「一週間だな? 処刑が行われるのは」

「ああ。公開処刑は久しぶりに行われるため、民衆の期待が集まるだろうから、司法局としても、あまり先延ばしにはできないはずだ」

「ちっ、ろくでもねえ……」


 人が処刑されるのを見たい市民がたくさんいるから、早くやってくれと圧力がかかる、というのだ。ショウの所属する司法局が「残酷だから」「日が悪いから」などと言い訳をしても、何も変えられない。


「私が言えることではないが……あの場には行かないほうがいい」

「はっ、お前の心配なんていらねえよ」


 身内が殺される現場なんて誰が好き好んで見るものか。




 ショウと別れ、施設を出ると、ノエミが入り口の前をうろちょろ歩き回っていた。どうやら浪を待っているようだった。


「どうした、ノエミ?」

「あ、ロー! どうだった? セレイナちゃんは?」

「ダメだ。助ける手立てが見つからねえ。それに、来週には処刑されちまうようなんだ」

「ええ、そんなあ……」

「悪いな、お前にも心配かけちまって」


 わざわざ様子を見に来てくれたことに感謝していた。公開処刑の件でイラだっていたので、ノエミと話せて少し心が落ち着くようだった。


「そんなことないよお。たぶん、あたしのせいだし……」

「お前のせい? まだそんなこと言ってるのかよ。黒猫が横切ったから、不幸なことが起きてるっていうのか?」

「うん、そうだよ。絶対そうだよ! だっておかしいじゃん! ローはつまんないことで逮捕されるし、セレイナちゃんは処刑になっちゃうし。こんな偶然あるわけない!」


 浪の価値観から言えば、とうていあり得ないことが起きているので、不幸の連続も何かの呪いなのではないかと考えることもできる。しかし、黒猫が横切ると不幸になるという、古びた伝説に効力があるとはやはり思えなかった。


「どうなんだろうな……」

「間違いないよ! だって、あたし正真正銘、黒猫だもん!」


(黒猫だもん、と言われてもな……。そういえば、こいつ何者なんだろうな。他にこういう奴見たことないけど)


 改めてノエミの姿を見渡すが、黒髪からぴょこんと飛び出た耳は確かに猫のものだけど、限りなく人間に近い。ノエミ自体は周りから珍しがられていなかったが、この世界ではこういう獣人が他にもいるのだろうか。


「何かできることがあれば、なんでも協力するよ! あたしの軽率な行動が招いたことだし!」


 呪いがまさかかかると思わなかった、だから治すのに協力するよ、ということなのだろうが、いまいち現実味が湧かない。

しかし、ノエミ自身は至極真面目に申し出をしているように見える。


「そうだな、お願いするよ。どっちにしろ、俺一人じゃどうにもならなそうだ」


 浪はノエミの援助を受け入れる。一連のことがノエミのせいだとは思わないが、協力を断るほどの余裕はなかったのだ。


(真偽はおいといて、自分のせいで誰かが不幸になるのはいい気しないよな……)


 自分もノエミも同じかもしれないと思ったのである。自分がセレイナを不幸にしてしまったことに責任を感じているように、ノエミもまたそれを気にしているのだ。


「それで、助ける方法は何かあるのか? 脱獄は無理っぽいんだが……」


 剣の柄に手を当てたショウの姿が思い出される。宣言した以上、本気で脱獄を阻止してくるだろう。あれを相手にして勝てる気はまったくしなかった。


「それなんだけどさ、昔から法律に対抗できるものは決まってるんだよ!」

「え、そんなものがあるのか?」


 法律によってセレイナを助ける手段がない以上、他の手を取るしかないので、浪はノエミの話に強い興味を抱く。


「うん、法律は絶対で逆らうことは本来できないんだけど、それを凌駕するすっごいものがあるんだー!」

「おお! なんなんだそれは!?」

「魔法だよ!」

「魔法……? 魔法って空飛んだり、火出したりするアレ?」

「うん、そのアレ……!」


 えっへんと胸を張るノエミに、浪はあきれ顔だった。

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