最終話「真紅、これにて――Re:」
故郷のアスモ村に戻ってからも、ザジは
あれ以来、父の形見のピッケルが光の剣になることはない。
別れ際に教えてもらったが、それは本来オルトリンデ達のような
だが、ザジにはそれで十分だ。
野生のネイチャードと戦うために、光の剣は
「あっ、お兄ちゃんだ! みんなーっ! お兄ちゃんがお肉を持って帰ってきたよー!」
巨大な
もっと大きな獲物が欲しかったが、今日は不思議とネイチャード達の気配がおとなしい。こういう日は、深追いして
早めに狩りを切り上げ、集まり出した村人達の前で立ち止まる。
大人より二回りほど大きな鼠を、ドスン! と地面に下ろした。
「すげえ……ははっ、見て見て! こいつ、前歯が凄い!」
「これはまた、立派な鼠だ。前歯は少しの加工で刃物が作るれるのう」
「
ザジは今日も、自分の務めを果たした。
そのことが今は、以前よりずっと誇らしい。
長い旅の中で、一人では困難な障害が無数に立ちはだかった。そんな時、
友だと思わなければいけない。
「ん、どしたの? お兄ちゃん。何か、遠くを見てたよ? 今、なんか」
「ん? ああ、何でもねぇよ。さ! 切り分けんぞ! 病人や怪我人にはデカく切ってやらないとな。まあ、ざっくばらんに切るから、みんなで分け合ってくれ」
まだ、その身体は
ザクザクと皮を
狩人として、そのことに感謝を忘れたことはない。
以前よりずっと、ネイチャードへの敬意を感じるザジだった。
「ねえねえ、ザジにーちゃん! また、旅の話をしてくれよ!」
「そうそう! この間は、銃ってのの話だったけど、怖かった。もっと楽しい話がいいなー!」
「……それと、ザジにーちゃん。俺に
ふと振り返ると、小柄な少年がじっと見詰めていた。
彼の手には、以前造ってやったナイフが握られている。
「おう、やってみるか? 初めてだよな」
「誰だって、最初は初めてだよ」
「違いねぇ、やってみな」
二、三の注意点だけを手短に伝えて、場所を代わる。
ザジがやれば
仲間がいつもいてくれた
だから、ザジは以前よりずっと用心深く、時には大胆に、そして繊細な狩りをするようになった。それは、周囲の大人が見て驚く程だというが、あまり実感はない。
「じゃあ、今日は何を話したもんかな。ええと」
集まり始めた子供達の前で、妹のリリが出してくれた水で手を洗う。
そういえば最近、皆に旅のことを聞かせてやるのが日課になっていた。中には、遠くハコブネの街や、その向こうから話を聞きに来る物好きな大人もいる。
そして、誰もがザジの語る旅に笑顔になるのだ。
そう、ハナヤは
旅する中で多くの人に触れ、無数の試練を乗り越えた。
そうすることで、この星の病魔に触れ、それを乗り越える力を自分の血に
そう、これから百年ずっと、ハナヤはこの星を見守り
「よし、じゃあ……砂漠の話をすっか!」
「砂漠? 砂漠って!? え、何!?」
「ばかだなー、しらないのかよ! さばくってな、ずーっとすななんだよ!」
「何それ! 砂ばっかりだったらでも、毎朝の草刈りもないのかな!」
無邪気な子供達の声が押し寄せてくる。
その中心で全てを見渡していると、ふと向こうに村長が現れた。
皆と一緒に、ザジは頭を下げて挨拶をする。
鼠の解体に夢中になってた子も、気付くやピンと背筋を伸ばして立ち上がった。
「ああ、そのまま、そのまま。おや、キリク。もう解体の仕事をザジに習ってるのかね? ふむ、鼠……大きないい鼠だ。大丈夫、落ち着いてゆっくりやりなさい」
「は、はいっ!」
「で、ザジや。いいかね?」
子供達は話が聞けなくなると、ブーブー言いながらザジにまとわりついてくる。
やれやれと村長は、その場で要件を話し始めた。
「ザジ、お前さんが巫女様の
「ああ。大したもんだよ、キリクは。ナイフを造ってやった甲斐があった」
ザジは、一生懸命に鼠と格闘する少年に目を細める。
名は、キリク。
「干し肉や流れの狩人から肉を買って、お前さんがいない間も村はなんとかやってこれた。それに、これからはキリクにも狩りに出てもらおうかと思うんじゃ」
「そりゃいい、俺も楽になるしな。っし、明日から仕込んでやっか!」
「それはならん。ザジ、お前さんにはやらねばならぬことがある。もう、その時が来たのじゃ」
長老の言葉に、自然とザジは
周囲からも「わあ!」と声があがる。
女達は少し残念そうに肩を
「ザジが
「この村に、花嫁様を連れてくるんだ!」
「素敵……わたしにもいつか、ザジみたいな人が迎えに来てくれればいいのに」
「早く指輪を! ねえねえ、花嫁様の名を教えておくれよ!」
せがまれるまま、ザジは左手をじっと見詰める。
薬指に、真っ赤な石で造った指輪がはまっている。その内側には、これからザジが結婚して家庭を築く相手、将来を約束された少女の名前が
その指輪を外して名前を確認し、その少女を探す旅に出る。
また、旅が始まるのだ。
そして、それはザジが一人前の大人として認められた証拠だった。
「さあ、ザジ。指輪を外しなさい。お前の名を
「……わかった、村長」
ふと、一抹の
自分でも、
だが、妙な
赤い髪をした、肌の白い女の子だ。
健康的で肉付きがよく、生意気で気分屋で、とても意志の強い娘。
「どうした? ザジ」
「ああ。悪ぃ……へへ、らしくねえよな。そうだよな? ハナヤ」
小さく
その内側にある名前を読み上げると、歓声があがった。
祝いの声に包まれる中で、ふとザジは呼ばれた気がして左手を見下ろす。
そこには……今まで指輪がはまっていた
日に焼けたザジの肌に刻まれた、それは連血のブラッドリング。
指輪の痕は徐々に薄れて、最後には消えてしまった。
何故か不思議と、遠く離れた場所からの祝福を感じた。
「っし! じゃあ、行くか!」
「待て待て、ザジ! これ、待つのじゃ。
「善は急げだぜ、村長! みんなも! ちょっと行ってくる。なに、すぐ戻ってくるさ。嫁を迎えたら、みんなを招いて馬鹿騒ぎだ! キリク、肉を沢山
それだけ言って、再び赤い指輪を指につける。
不思議ともう、ハナヤの笑顔は遠ざかってゆく。それを感じても、黙って笑顔で見送れる気がした。巫女として旅を共にした少女は、ザジの中で思い出になっていった。
それがわかったら、不思議と身体が軽い。
着の身着のまま、ザジはピッケルを背負って走り出す。
「ほいじゃま、出発すんぜ! あばよ、みんな! すぐ戻っからよ!」
半分
既に空には、
血のように真っ赤な中を、ザジは走った。
己の燃える血潮が、全身の筋肉を
生命の色に包まれて、ザジは再び人生という名の旅へ出発したのだった。
最果てのブラッドリング ながやん @nagamono
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