第6話「激突、然らば――REFRAIN」
ハコブネの街を出て、既に二時間。
そして、二人と一台はその途上で常に危険と隣り合わせの疾走を続けていた。
この星は既に、大自然が満ちた危険な野生の世界。日が昇り始めた午前中の移動は困難を極めた。今も、ザジとハナヤ、そしてオルトリンデは凶暴な爪と
その敵の名は、ネイチャード。
遥かな太古の昔、万物の霊長などと
「ちょっとおおおおおお! オルたん、もっと速く走ってよおおおおおおっ!」
「現在、ソニックシェルを前面に展開して時速120kmで走行中。現在の路面環境ではこれが精一杯です。あと、喋ると舌を噛みます」
驚くべきスピードで
かつて宇宙の果てまで広がった人類は、科学文明の発展と共に栄華を極めた。
そして、
そのことを既に、今の人類は覚えていない。
勿論、ザジにもあずかり知らぬことだった。
「黙ってな、ハナヤ! ……チィ、また厄介なのに追い回されてやがる!」
片手でハンドルを握りつつ、オルトリンデに
その頭上を、巨大な翼が通り過ぎた。
陽光がギラつく周囲に
そこを今、
だが、ザジは少しホッとしていた。
ハコブネの街を出てから、ハナヤがずっと
今みたいに元気に
「絶対これ、やばいよ! ボク、食べられちゃうんだあ! ザジィ~」
「情けねえ声出すなよ、馬鹿言ってっと俺が先に食っちまうぜ?」
「! ……そ、それは……ちょっと、考えておかないと」
「さて……どうしてやっかな。手も足も出ねぇぜ」
敵は太陽の中へと上昇して、また急降下攻撃を加えてくるつもりだ。
ザジたちを狙う今の敵は、最も厄介なネイチャードだと言われている。肉食で極めて好戦的、名だたる狩人の中でも勝てる者はほとんどいない。
勿論、ザジも狩ったことがない。
何故なら……翼を持つネイチャードは、大空の支配者であり、
「おい、オル公! お前っ、ビリビリとかピカピカであいつを落とせないのかよ!」
「やってやれないことはないですが、ザジ。基本的に陸戦兵器である私は、航空戦力との相性が悪いのです。マスターの安全を最優先してる今、選択できる攻撃オプションは存在しません」
「よくわかんねえよ、ハッキリ言えよ! わかりやすく!」
「ザジ風に言うなら、できっか馬鹿! です」
「なら早くそう言え!」
「デキッカバカ! デキッカバカ! デキッカバカ!」
「早口で言えって意味じゃねえよ! 馬鹿って言う奴が馬鹿なんだ、このポンコツ野郎っ!」
悪態を付きつつ、ザジは背後を見上げる。
翼を広げた隼は、ゆうに5~6mはある。
そして、その命を狩ることができれば、かなりの糧が得られる筈だ。ザジたち人間の中で鳥肉と言えば
だが、その肉は引き締まって
手の届かぬ天空の高みを舞う隼は、それ自体が豊かな富の固まりだった。
「あれ一匹なら倒しても、オル公で運べる。次の村で一晩厄介になるには、これ以上ねぇ
「どーでもいいからー、ザジィ! ちゃっちゃとやっつけちゃってよぉ」
頭を抱えて悲鳴をあげるハナヤを
狩人の本能が血潮を燃え滾らせる。
過去、近隣の村で隼のような飛ぶ鳥、猛禽を狩ったという話は少ない。だが、少ないながらも確実に存在する。主にスリングや弓を使った、遠距離武器での狩猟に限られるが。そして、ザジはその手の武器は苦手で、しかも持っていないときている。
今の彼が振るうのは、不思議な金属の
神を知らぬ少年が振り上げる、武器としてしか使われぬ
それは、反転して急降下してくる隼が一声鳴くのと同時。
「おっしゃあ、勝負っ! いただき、させやがれっ!」
両手でピッケルを握って、ザジがオルトリンデの上に身を起こす。彼は本来両手で握るハンドルの片方を、足で勢い良く蹴り飛ばした。
急ハンドルでスピン気味に獣道を外れたオルトリンデは、ガタゴトと揺れて草の中を突っ切る。たちまち
植物もまた、大自然の一部……ネイチャードだ。
水分と日光、そして土の
ザジが車体を乱して脱した街道で、砂煙が柱となって舞い上がった。
急降下しての一撃に失敗した隼の
「おっしゃ、もらったぜ! 空に逃げる隙なんざ与えねえ!」
「あわわ、デコボコ道! ボクのお尻が割れちゃうよぉ!? イタタ、痛いっ!」
「知るか、だーってろ! ケツが割れたら適当になんか挟んどけ!」
「酷いっ、ザジ最低! うわーん!」
いよいよ
隼はしきりに羽撃き風圧を叩きつけてきた。
だが、ザジは真っ直ぐに飛び込んでゆく。
すぐに隼は低空へと浮かびながら、左右の
鋭い爪の光がザジと
ハコブネの街でハナヤに買ってもらった左手の
だが、狩りは意外な形での決着を迎えた。
再び街道へと戻ったザジは、見た。
もう一度接近して一撃をと思っていた瞬間だった。
「ッ! あれは!」
突然、気配を殺して
生い茂る草の中に見を伏せていた影が、強靭な四肢の瞬発力を爆発させた。
それをサジは、黙って見ているしかできなかった。
甲高い鳴き声で威嚇しつつ、空へ舞い戻るべく羽撃いていた隼は……突如として躍り出たネイチャードに襲われた。
食物連鎖のヒエラルキーは、この星では人類の知らぬ上下関係を持っている。
あっという間に大地に組み伏せられ、
それはザジには、圧倒的な強さと同時に美しさをも刻み込んでくる。
左側のサイドカーでうずくまっていたハナヤが、恐る恐る目を開いて呟いた。
「あ、あれ? ザジ? ……って、なにあれ! おっきーぃ! ちょ、ちょっと、あんなのこの星にいるの!? 聞いてないよボク、
「……なるほど、ここいらの
その真っ白な姿は、神々しい威厳に満ちていた。
そこには、体長10mほどの巨大な
ザジもまた、狐から目を逸らすことができない。
その距離、目算で30m程だろうか? あのクラスのネイチャードなら、一瞬で肉薄できる間合いだ。あの巨大な狐がその気なら、次の瞬間にはザジは絶命するのだ。
逆に、ザジは手にするピッケルで狐を殺すことができない。
相手は一撃必殺、だがザジは急所を狙って全力を振るうことを許されない。
緊張が凝縮される中で、ザジは本当の恐怖を体験した。
オルトリンデとハナヤだけが、無知故に平静を保っていられたようだ。
「ねえねえ、オルたん。なんかズババーン! ってやっつけられないの? あれ」
「先程のあの巨大ネイチャードの機動から算出した演算結果ですが、対物ブラスターの命中率は17%です。回避された場合、反撃で私はスクラップになるでしょう」
「そーなんだ……なんかでも、綺麗だね。とても、綺麗な生き物」
艶めく白い毛並みの狐は、不意にザジから目を
そして、既に絶命した隼を口に軽々と
それでザジも、脱力してオルトリンデの上に突っ伏した。
見逃されたのだ。
攻撃する価値がないと判断されたのである。
何故なら、ザジはあの狐にとって、敵ではない。
敵対して生死を競う価値がないのだ。
ザジ程度の大きさの肉を、あの狐は欲していない。
今、隼を仕留めたから十分なのだ。
飢えていない限り、ネイチャードは不必要な狩りはしない。
それは、村を
「ふぅ……見逃してくれるみてぇだぜ? 助かったあ」
「あっ、でも! ザジ、あのでっかいの、鳥を持ってっちゃう」
「おーおー、くれてやれ。ってか、ありゃ仕留めた狐のもんだ。俺が仕留めた獲物じゃねえしな。それに覚えとけよ、ハナヤ」
「ん? なに?」
「狩人は無用な狩りはしねえ、無益な
「えっと、つまり……採算に合わないってこと? そっか、オルたんでも運べそうもないしね。それに……勝てないしね!」
「ばっ、馬鹿野郎! やればわかんねえよ、勝負はやってみねえと。でもな、勝負するからには前提条件をクリアする必要がある。今の俺に、その準備はねえ」
狐はザジに背を向け、悠々と立ち去ろうとする。
結果的に救われた形だが、高いリスクの先に待つリターンすらも持ち去られてしまった。
だが、これこそが弱肉強食の大自然、衰退した人類が住むこの星の摂理なのだ。
そう思って狐を見送るザジの前で、突然異変が起こった。
走る、音。
絶叫にも似た不快な音だ。
まるで、光が響くような声。
そして、
警戒心も
「なんっ、なんだ!? 今の音、そして……ネイチャードが、自分の狩りの獲物を捨てた……!? おいおい、なにが起こったんだよ!」
「オルたん、今の銃声!」
「……クトヴァPK88F……マキシア・インダストリアル製のオプティカル
――銃声。
それは、ザジが初めて耳にする殺意の
そして、周囲を見渡し彼は絶句する。
槍のような不思議な金属の武器を持った、一人の狩人がこちらへやってくる。
さらなる驚愕にザジは目を見張った。
身長に匹敵する長大な武器を持った狩人は、女だった。
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