第11話「探検、しかして――REVIVE」

 その森は、外の世界から隔絶された生態系だという。

 ネイチャードが隆盛りゅうせいを誇るこの星の大自然で、ことさら異形の進化を遂げた場所。その発端が、はるか太古の昔に人類が造り上げた生体兵器だと知る者は、もう少ない。

 ザジは今、薄暗い中をハナヤと共に走る。

 二人を乗せたオルトリンデは、静かに快速で森を進んだ。


「ねぇ、ザジ……この森、なんか変」

「あ? 今更なに言ってんだ、お前。そりゃ、ここが有名なあのだからな」


 天高くまで雑多な樹木が伸び、まるで空を奪い合うように枝葉えだはを伸ばしている。分厚い緑のヴェールで覆われ、太陽の光はそこかしこで小さく光の柱を屹立きつりつさせるだけだった。

 そして、恐ろしい程の静寂せいじゃく

 この森に入ってから、まだ一匹もネイチャードを見ていない。

 ここは、閉ざされ森……摂理がゆがんでねじれた旧世紀の残滓ざんしだ。

 サイドカーに座るハナヤは、周囲を見渡しながら小さく呟いた。


「……不思議。すっごい静か……生き物の気配が全然しないの。ねえ、ザジ!」

「だから、閉ざされ森って言ってんだろうが。そーゆー場所なんだよ」

「だ、だってさ……周りの木々もこれ、なんていうか……」

「おう! 外じゃ見ねえタイプだよな。初めて見る木ばっかだぜ。……いいか、木の実とか見つけても手を伸ばすんじゃねえぞ。まあ、お前じゃ何一つ取れないだろうけどな」

「なんでそんなに呑気のんきなこと言ってられるのぉ、バカァ!」


 ザジは少しは話しに聞いているので、表面上は動じない。

 だが、内心では緊張していた。

 ここは人知の及ばぬ異界、閉ざされ森……うねって曲がった道は、その向こう側へと蛇行だこうしながら続いている。周囲から圧してくる樹木は、まるで壁のように迫っていた。

 キョロキョロと落ち着かないハナヤ以上に、ザジはこの場の異常性に敏感だった。


「さっきの話、冗談じゃねえからな? ハナヤ」

「ん? なんだっけ」

「木の実とか、まあなんでもだ……なに一つ、取るなって言ってんだよ」

「どして?」

「閉ざされ森だからだ」

「説明になってなーい!」


 誰が呼んだか、この土地は長らく閉ざされ森と呼ばれている。

 外とは違って、ここだけはネイチャードがいないのだ。走れば半日で突っ切れるくらいの広さに、見たこともない植物が密生している。それは外のネイチャードとは違って、決して人間を攻撃してこない。それなのに、ネイチャードはこの森に脚を踏み入れない。

 そして……禁忌きんきを犯した人間もまた、この森からは帰れないのだ。

 閉ざされ森の唯一の法であり、絶対の不文律ふぶんりつ

 この場所では決してなにも取ってはいけない。


「ふーん、そなんだ……ねね、水も?」

「ああ。なに一つ取っちゃなんねえ」

「空気は?」

「……お前、緊張感ねえなあ。警戒してるこっちが馬鹿らしくなってくらあ」


 ザジは先程から、神経をとがらせていた。

 この閉ざされ森から帰ってきた者が、いない訳ではない。ただ、それはタブーを犯さず通過しただけに過ぎない。自分たちもそのようにすれば、無事に通り抜けられるだろう。

 だが、話に聞いた以上におかしな場所だ。

 そうこうしていると、突然ハナヤがベストのすそを引っ張ってくる。


「ん? どした、ハナヤ」

「あのぉ……ちょっと止めて欲しいんですけどぉ」

「なんでだよ、さっさと抜けるに限るだろう? ここは危険な閉ざされ森なんだよ」

「だから、その……ボク、えっと……その、お花をみに」

「なにも取るなつってんだろ、バカ」

「もぉ、バカはザジだよぉ! れちゃうってば!」

「なにが!」

「おしっこ!」


 オルトリンデがゆっくり止まった。耳まで真っ赤になったハナヤは、飛び降りるや転がるように木陰へ駆けてゆく。またがった車体から降りて、ザジも背のピッケルに手を伸べた。


「一人で大丈夫か、ハナヤ!」

「ぜぇーったい、来ないでよね! のぞいたらブッ殺す!」


 その場で足踏みしながら振り返って、ハナヤは赤い舌をベー! と出す。そうして、あっという間にその矮躯わいくは見えなくなった。

 やれやれとザジが溜息をこぼすと、静かだったオルトリンデが神妙な声を響かせた。


「ザジ、この場所は異常です」

「だから、さっきから言ってんだろ」

「まさか、数千年の時を経て再び目にすることになるとは……率直に言って、驚きを禁じえません」

「その口ぶり、全然驚いてねーっての」

「そうでしょうか? 驚愕きょうがくですよ、ザジ。わあ! びっくり! うそーん! くらいですね」

「……ほいで?」


 話が読めないが、ザジはオルトリンデに腰掛け話をうながす。

 しかし、彼女が喋る言葉の意味も、話してくれた内容もさっぱりわからない。


「はぁ? せーたいへーき? ? なんだそりゃ」

「もともとは人類の住めない惑星のテラフォーミング用に開発された、強力な生存本能を持った植物生態系です。どんな荒れた星にも根付き、大気や環境を調律する……人類が生み出した生物の中で、最も強靭な生物です」

「わくせい、ってのは……星? てらふぉーみんぐ……わからん!」

「簡単に言うと、引越し先を住みやすく改造する植物群なのです。そういう目的で生まれた、全く別物ですが」

「あー、ふむ! それならそうと言えよ、難しくて頭が痛くなんだろうがよ」


 テライロージョンは、その名の通り『侵食Erosionする地球環境』である。テラフォーミング用としては失敗作だったが、その強力な繁殖力から生体兵器として人類同盟に使われたという。この大宇宙の中には、人類同盟と徹底抗戦したため……テライロージョンを投下され、瞬く間に緑の中へ沈んで消えた文明が無数にある。

 この森が浄化し終えた世界は、テライロージョンが完全に支配する調和の世界。

 そこでは、水の一滴すら他の生態系が使うことを許されない。

 テライロージョンは、テライロージョンだけが住む場所を作るだけの兵器なのだ。星そのものを食い潰して君臨する、暴力的な人造の大自然である。

 そんな話をオルトリンデはしてくれたが、ザジには半分もわからない。

 だが、こざっぱりとした顔でハナヤが戻ってきた、その時……不意に森が鳴動を始める。


「な、なんだっ!? おいハナヤ! お前っ、なにした!」

「なにって……バ、バカッ! 言わせないでよ! ……その、用を足して……あっ!」

「……なにかしたな、お前」

「えと、いや……無意識の内に、その……そこいらの葉っぱで」

「乗れ! このバカタレがっ!」


 オルトリンデがホイルスピンの砂煙を歌わせる。

 あっという間にトップスピードに達した車体は、背後に強力な殺気を集めてしまう。まるで森全体が怒りに燃えるように、ザジたちを戦慄せんりつで包んできた。

 そして、鋭く光る鋭利な枝が伸びてくる。

 すかさずザジは背のピッケルを抜き放ち、背後から迫る刺突しとつを薙ぎ払った。

 だが、全力疾走するオルトリンデの危ういコーナーリングが、珍しく逼迫ひっぱくした声を走らせる。


「ザジ! マスターも! つかまって下さい……どうやら閉じ込める気のようです」


 危険なワインディングロードが、徐々に狭くなってゆく。

 閉ざされ森、その名の意味を初めてザジは理解した。

 タブーを犯した者は、誰も帰ってこないと言われている。何故なら、この場所からなにかを持ち出そうとした人間は、その先の道を閉ざされてしまうから。

 森全体が巨大な一つの生き物であるかのように、うごめき沸き立っていた。


「ザジィ! ごめーん! ボク、その……つい。丁度いい葉っぱがあったから」

「ションベンくれぇ、ブルブル振って水切りしとけばいいだろうが!」

「女の子はそういう風にできてないのっ! バカッ!」


 どんどん視界が闇に閉ざされてゆく。

 オルトリンデは高速走行時、よくわからない理屈でザジたち搭乗者を空気の膜で守ってくれる。だから息苦しさはないが、加速のGは普段より何倍も強い。

 サイドカーのハナヤは車体にしがみついていたし、ザジもハンドルが手放せない。

 疾走するオルトリンデは、まるで飛ぶようにせる。


「テライロージョンは一時期、人類同盟で珍重されていましたが……すぐにれて禁忌兵装きんきへいそうとして封印されました。惑星そのものを飲み込み支配してしまうその力、人造の自然は……人類をも拒む、人類以上の強さで君臨したからです」

「んなこたぁ、聞いてねえっ! やばいのか、オルトリンデ!」

「うわーん、オルたぁん! 死ぬ、死んじゃうよぉーっ!」


 頭上からは無数の木の実が降ってくる。どれも鋭い針が無数に光るからに包まれていた。直撃すればあっという間に、質量で肉をえぐられてしまうだろう。

 ピッケルを振り回して、ザジは直撃弾からハナヤを守ってやる。

 身をかすめて背後へ飛び去る刃の果実は、ザジに二度三度と流血を強いた。

 必死の逃走の中、狭く細くなってゆく道の先が光り出す。


「おっしゃ、出口だ! カッ飛ばせ、オルトリンデ!」


 徐々に小さくなってゆく光の中へと、オルトリンデがフル加速でジャンプする。

 飛び出た先では、夕日が真っ赤に燃えていた。

 一度だけ背後を振り返ると、閉ざされ森は全体が戦慄わななくように揺れている。まるで沸騰した湯のようににらいで、凶暴な敵意を発散している。目に優しい緑も、今はその色で全てを塗り潰す巨大な害意の塊に見えた。

 着地するオルトリンデがスピンして、その場で回転しながら動かなくなる。

 そこは、見渡す限りに平坦な砂の海だった。

 閉ざされ森の先を、ザジは知らない。

 砂漠が広がっているなんて、想像だにしなかったのだ。

 頭を低くしていたハナヤが、ようやく身を起こして「あっ!」と声をあげる。


「ザジ、見て! あそこ……街? かなあ。なんだろう。お城みたいだけど」


 ハナヤが指差す先、地平線を燃やす落日の光に照らされて……被造物特有の直線で構成された、物々しい巨大な構造物が突き立っている。それは周囲の砂漠以上に殺風景で、冷たい印象の鉄の城だ。

 未知の領域へと踏み出した旅路は、急激にザジの世界を広げていくのだった。

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