第13話「歓迎、もしくは――REMAKE」

 砂漠のド真ん中に位置する、しろ

 名も無き人形達の楽園ユートピアは、そのまま城と呼ばれていた。

 その内部はまだ、落下時に崩壊を免れた居住区が広がっている。この城がかつて、宇宙の星海うみに浮かぶ島だったことを知る者はいない。

 ザジとハナヤは、二人に分不相応な衣食住でもてなされていた。今もザジは、尻の落ち着かぬ奇妙な椅子に座らされている。やけに柔らかくて、身体がそのまま沈んでしまいそうだ。隣にはハナヤが、居心地悪そうに同じ椅子へ腰掛けていた。


「……なあ、ハナヤ」

「うん……わかってる」

「だよなあ」

「そうだよ」


 機械じかけの人形達は、サイバーダインと呼ばれていた。

 どこをどう見ても人間だが、ザジの嗅覚が感じるにおいが全くない。人間には誰しも、固有の臭いがあるものだ。汗もかけば排泄もするし、それを気にして香りを身にまとう者もいる。

 だが、サイバーダイン達は無臭、全く人間らしい臭いが感じられなかった。

 原理や仕組みはわからないが、ザジは連中が人間ではないことは理解した。

 わからないのは、サイバーダイン達の目的……何故、手厚い歓待かんたいで迎えてくれるのか。


「ちょっとおかしいぜ、ハナヤ。もうここに閉じ込められて三日だ。連中、なにが楽しくて俺等をこんなに歓迎してくれんだ?」

「ボク、急いでるんだけどな……この砂漠を渡れば星都せいとチェインズまですぐなのに」

「シッ、ハナヤ。また連中が来たぜ。とりあえず、俺が探ってみる」

「ちょっとぉ、ザジ……大丈夫? 乱暴は駄目だよ?」

「わーってらあ。平和に、友好的にってやつでいくぜ」


 暑くも寒くもない部屋からは、サイバーダイン達の街が見える。城の内部で外界から隔絶された、見るも寒々しい静かな街だ。勿論もちろん、人の気配はない。そして、ザジ達のいるだだっ広い部屋へと、数人のサイバーダインが現れた。

 彼等は皆、同じ顔をしている。

 そして、決まってうやうやしくザジ達をもてなしてくれるのだ。


「ザジ様、ハナヤ様。お茶をお持ちしました」

「果物もございます」

御賞味ごしょうみください」


 手にした銀色のぼんには、色とりどりの果物が並んでいる。どれもザジには初めて見るものだ。

 ザジの暮らしていた集落は、比較的温暖な地域にある。果実というのは、大自然のそこかしこに生える植物性のネイチャードから採れるものだ。大きな収穫である反面、手にするためには危険がともなう。自分で移動できないというだけで、草花や樹木のネイチャードも危険な存在だから。

 ザジは話を切り出すためにも、目の前に並べられた果実を手に取る。


「なあ、ええと……おい、お前。名前は」

「我々には個体名は存在しません。型式番号とシリアルナンバーでよければ」

「……まあいい、わかんねえし。これはなんだ? この果物は」


 ザジの手に今、握り拳くらいの大きさの果実がある。

 真っ赤にれて、とても甘そうな匂いを振り撒いていた。

 ザジが初めて見る果物だ。

 ハナヤの視線を感じつつ答を待っていると、サイバーダインの一人が喋り出す。


「こちらは林檎りんごになります」

「これが林檎だって? 林檎って、この小さいのがか?」

「人類が文明を得て発展を始めた時代、遥か一万年周期もの過去から存在する林檎です。勿論、城の外の林檎と異なることは承知しておりますが、摂取には問題ないはずです。むしろ、我々の徹底した管理栽培により高い栄養価と糖度を自負しておりますが」

「……林檎、か。これが、林檎」


 ザジの知っている林檎は、両手で抱えきれないくらい巨大な果実だ。見れば、手の中の果実は形がザジの知るものに似ている。しかし、現実の世界で林檎といえば、命がけでネイチャードからもぎ取らねばならぬ危険なものである。林檎の樹は常に、熟れた果実で獲物を誘い、群がってきた全てを飲み込み栄養にしてしまう。

 食人植物しょくじんしょくぶつなど、ネイチャードの中では珍しいものではない。

 勿論、植物は人間に限らずあらゆる動物を食べたし、食べられることも常だ。

 だが、そんな現在の自然の摂理せつりをサイバーダイン達は否定している。


「この城では、失われた旧世紀の自然が残っているのです」

「これが自然だって?」

「そうです。現在の外界でいびつに進化した、突然変異の生態系ではありません。かつて人類が万物の霊長と言われていた時代の、美しく豊かな自然です。我々はそうした自然を完全に保全し、厳しく管理した上で保存しているのです」

「なんのためにだ? ……それは自然っていうのかよ」


 ザジがいぶかしげに首を傾げると、サイバーダイン達は互いに顔を見合わせる。目配せし合う瞳がチカチカと光っていて、まるで声無き言葉でささやきあっているようだ。

 ややあって、中央のサイバーダインが一歩踏み出て話し出す。


「全ては、我々のためです。我々はサイバーダイン、造られた存在……その製造目的はそのまま存在理由となります。我々は、人間につかえて奉仕ほうしするために造られました。そして、

「国? ……おい、国ってなんだ」

NATIONネーション、国家のことです。そのためには、我々をしたがえるおうが必要なのです」

「でけえ村みたいなもんか? 俺ぁ村長にはなれねえよ。ハナヤだってそうだ。旅の途中だしな。お前ら、沢山いるんだから誰かを村長に選べばいいだろ」

「我々は人類への貢献を目的として製造されたサイバーダインです。故に、我々は皆が等しく仕える王を探しています。王を得た時、この城は再び国となるのです」


 訳がわからない。

 ようするに、自分達では責任者も指導者にもならないが、それを外部から得られれば喜んで働くということだろうか?

 だが、ザジにとって一番不可解で不気味なことは別にあった。

 そのことをそのまま彼は問い質す。


「それ以前によ、お前等……目的とか存在する理由? そういうのを決められてんのか?」

「はい」

「誰に?」

「人類にです」

「なんでだ? お前等は奴隷どれいなのか? 奴隷なんざ、何百年も前に俺等の世界じゃ滅びたぜ? どこの集落だって今時、奴隷なんて置いてねえ。だから、お前等も奴隷ならやめちまえよ」

「理解不能……我々は奴隷ではありません。人類同盟憲章じんるいどうめいけんしょうで権利の保証された存在です。しかし、それは全て人類への貢献と献身が大前提であり、その義務をこなすことで得られるからこそ権利なのです」

「……わっかんねえなあ、おいハナヤ! 俺、頭痛くなってきちまったよ」


 横を見れば、ハナヤはすでに果実を頬張っていた。モッシャモッシャと食べながら、ザジに見詰められて慌てて口元をぬぐう。意外に食い意地が張ってるところがあって、ハナヤは自分でもそれを恥ずかしく思っているようだ。

 彼女はあわてて見を正すと、自分でも視線を天井に向けて腕組み考え出す。


「んー、つまり……ザジにはちょっとわかんないと思うけど。サイバーダインっていうのは道具なの。そういう意味では奴隷に似てて、あらゆる労働力となる人型の道具、かな?」

「道具だって? こいつ等がか?」

「人類は大昔は、すっごく繁栄してたのね。宇宙の隅々にまで散らばって、今では考えられないような栄華を極めてたの。その時代は、人手が足りないから……機械で働くだけの人間を造った。それがサイバーダイン。ただ、ある程度の自我と人格を持つサイバーダインには、相応の権利が認められていた。あくまで人類に有益な道具であるという前提で」

「……奴隷となにが違うんだ。わざわざ奴隷になる人間を造ったってことか?」

「んー、奴隷っていうのは権利を奪われ労働を強要された人間だよね? サイバーダインは労働することが前提で、その前提を満たす限りは最低限の身分が保証されるって感じ」


 ハナヤもどうやら、自分でも完全にはわかっていないらしい。

 ザジには勿論、チンプンカンプンだ。

 要するに、サイバーダイン達は人間の姿をした機械、道具であり、自ら奴隷のように人間に尽くしたいと思っているのだ。逆らう意思もなく、その立場や環境を変えたいとも思わない。ただ、自らがいただあるじ……王を求める機械の奴隷、のようなものなのだ。

 ザジが納得いかない様子を見せると、抑揚よくように欠く機械音声は話を総括そうかつする。


「我々の要求はシンプルです。人間の王を得ることで、自分達の生まれた理由、なすべき使命を果たすことができます。我々は奴隷ではなく、人類の同胞……人類に奉仕することで幸福を共有する存在なのです。そして今、我々はこの数日で総意を一本化しました」


 ザッ! とサイバーダイン達は身を正すや、揃ってこうべれた。

 平伏するサイバーダイン達を前に、ザジもハナヤも言葉を失う。

 彼等は皆、個人という概念がないのだ。故に個性がなく、全てが一人に対して尽くし、一人は全てに対して尽くす。それは全て、人間へと尽くして仕えるための本能のようなものなのだ。


「我々は協議の結果、ザジ様とハナヤ様を我らが王、そして王妃おうひとして迎えたいと考えております。どうかこの城に留まり、千年ぶりに我等が国の復活を」


 ザジはハナヤと顔を見合わせ絶句した。

 即答で断れなかったのは、考えがあってのことではない。勿論、王と王妃などという言葉に魅力を感じたからでもなかった。

 王という概念は、ザジの中ではお伽噺とぎばなしの中にしかないものだ。この世界では人類は、共同体で協力しあわないと生きていけない。村長や酋長しゅうちょうといった者は存在するが、それはリーダーとしての決断や知識の継承、共同体の意見を吸い上げる一つのポジションに過ぎない。

 ザジもハナヤも断らなかった……断れない理由があった。

 サイバーダイン達は表情こそ変えないが、一種異様な気配を冷たくとがらせている。それはまるで凍れる鋭さで喉元に突きつけられた、殺気のような感覚だった。

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