第14話「解明、むしろ――REMOVE」

 夜の砂漠を嵐が吹き抜ける。

 舞い散る砂塵は、濃密なヴェールとなってザジの視界を奪っていた。

 どんな悪路も走破するオルトリンデも、流石さすがに速度を落として歩くように進む。ザジとハナヤとを乗せた彼女のエアバリアが、車体と搭乗者をヤスリがけのような砂から守っていた。

 そして、二人と一台の前を歩く案内人が振り返る。

 サイバーダインの青年は、他の個体と全く変わらぬ顔で話した。


「方角は合ってます。この先に進めば、砂海さかいを超えられる筈!」


 ザジは隣のハナヤを一瞥いちべつして、そのうなずきを拾う。

 もう、行くしかない。

 あの城を抜け出て、すでに数時間が経過していた。

 まるで個の主張を感じぬサイバーダイン達は、ザジとハナヤを迎えて国を作ろうとしていた。彼等は皆、つかえる人間を得て初めて自分の存在を確立させることができるのだ。

 だが、ハナヤには背負った使命がある。

 そしてザジは、その護衛をすると誓った身だ。

 このまま足踏みしてあの城にいるわけにはいかなかった。

 脱出のチャンスが巡ってきたのは、今から半日ほど前。

 時間はしばし、その瞬間まで巻き戻る。



                  ※



 サイバーダイン達の城で、ザジとハナヤは手厚くぐうされていた。

 しかし、いかなる歓迎も当人達の心情を無視すれば、それは押し付けでしかない。そして、サイバーダイン達の満足のために使っていい時間的猶予ゆうよなど、連血れんけつ巫女みこには存在しないのだ。

 だが、ザジもハナヤもことを荒立てることは控えた。

 サイバーダイン達にとっては切実な問題であり、人間のために生きたいという彼等の良心と善意は確かだったから。

 だが、そうしているうちに二人はのっぴきならない事態へと放り込まれてしまった。


「……なあ、ハナヤ」

「なっ、なにさ! ボッ、ボボ、ボクは平気だよっ!」

「いや、そんなことより」

「待って! 近付かないで……だっ、駄目だからね、ザジ!」


 既に逗留とうりゅうして一週間がつが、この夜は普段とは違った。

 やんわりと強要されるように、ザジはいつもと違う寝室に通された。甘ったるい匂いが充満して、ゆるやかな音楽がささやくようにねっとりとたゆたう。

 照明の少ない薄闇の中には、奇妙な丸い寝台があった。

 そして、そこにはハナヤが既に連れてこられていたのである。

 その格好を見て、ザジは正直に「はぁ?」と顔をしかめてしまった。普段から紅白の奇妙なころもを着ているハナヤだが、今は肌もあらわな下着姿だ。多分、下着なんだと思う。なにも隠せていない薄布は、彼女の豊満なシルエットを色でだけ飾っている。

 こうして見ると、ハナヤは着痩きやせするタイプのようだ。

 適度に肉付きがよいと思っていると、ザジの視線に彼女はムッと目元を険しくする。


「おいおい、一緒に風呂に入っただろうがよ」

「そういう問題じゃないのっ!」

「ええと、まあ、いいや。寝るぞ、おい」

「寝ない! ザジとなんか寝ないってば! ……あ、いや、ゴメン。なんか、っていうのはそういう意味じゃなくて」

「ちょっとそっちに寄れよ、相変わらずデケェ尻だなオイ」

「ザジのバカァ!」


 ベッドに上がろうとすると、ハナヤが遠慮なく蹴ってきた。その脚をヒョイとつかんで、結果的に見下ろす形になる。

 勿論、ザジも自分が健康的な男子であることは多少は自覚がある。

 だが、故郷のアスモ村では誰もが節度と分別を守っていた。

 村の人間同士では、血が濃くなってしまうのだ。

 だから、この時代の男子達は村の外から嫁をもらうのが習わしだ。

 それを思い出すように、ザジは左手の薬指に目を落とす。真っ赤な石を削り出して作った指輪が、わずかな照明の光を拾って輝いていた。

 ザジはそっとハナヤの脚を放して、ベッドの上に座り込む。

 むくれた顔を反らしながら、ハナヤは胎児のように丸くなった。


「……ザジ、意味がわかってる? ボクとこうしている意味が」

「ん? ああ、なんかあれだろ。子供を作れって言われたぞ」

「やっぱり! あの連中、ボク達を閉じ込めてずーっと仕える気だよ! ボクにザジの子を産ませて、その子にもずっと……そうしてけば、この城は国として機能するんだ」

「ああ、そう説明されたぜ? お前、話を聞いてなかったのかよ」

「なんで冷静なのさ、ザジ!」


 身を起こしてハナヤが迫ってくる。

 凄い剣幕だが、目のやり場がなくてザジは目を背けた。

 綺麗な紅い髪と、小麦色の肌と。以前より少し日焼けしたからか、ハナヤは健康的に見えた。それに、少しいい匂いで柔らかさを近付けてくる。

 参ったなと苦笑しつつ、ザジは周囲に目を走らせる。

 ザジなりにこの城のこと、サイバーダイン達のことをこの数日で理解していた。連中はまだ、人類が失った科学とかいうものを全て保有し、使いこなしている。この部屋とて、恐らく監視しているだろう。どういう仕組みかは理解できないが、視線を感じるのだ。

 だから、怪しまれぬようハナヤを抱き締める。

 頬と頬とが触れる距離で、ハナヤは「ひうっ!」と妙な声を出した。


「落ち着け、ハナヤ。大声を出すな」

「ザ、ザジ? あ、ああああ、あのっ、ボク……初めてだから、その」

「なに言ってんだ、この程度のピンチは今まで何度もあったろ? 監視されてるから、そのまま聞けよ」

「……お、おう。なんだ、そういう話……なーんだ」


 打開策はない。

 静かにハナヤの耳元に話しつつ、ザジは周囲に気を配る。

 まずは恭順きょうじゅんを示してサイバーダイン達の言うことを聞くしかない。待っていればそのうち、チャンスが訪れるはずだ。さいわい、衣食住に困ることはないし、危害を加えてくる様子も全くなかった。

 だが、ザジは彼等の王にはなれない。

 王という概念がいねんは、既に人類の中で死に絶えたものだ。

 この過酷な大自然の中では、強欲な暴君であれ慈愛の賢王であれ、権威と権力を兼ねた統治者など必要ないのだ。生きとし生ける人は皆、他者と協力せねば生き残れない。そうした日々の中では、身分の違いなど害悪でしかなかった。

 権威と言うなら、それはハナヤのような連血の巫女だ。

 常に伝説の続きを更新し続ける巫女達は、人々にとって希望である。


「いいか、ハナヤ……ん、なんだお前。ほおが熱いぞ? どした?」

「ううう……ザジ、さ。やっぱ……馬鹿なんだ。馬鹿だから、こんな」

「おいおい、酷いな。とりあえず、お前の方が詳しいだろう? その、科学ってのに。この部屋、どこがどう監視されてるか、どうやって監視されてるかわからないか?」

「うーん、きっとどこかにカメラがあるんだと思うけど……あ、待って! 誰か来た!」


 不意に背後で、ノックもなくドアが開いた。

 それでザジは、咄嗟とっさにハナヤを押し倒して身を盾にかばう。

 現れたのは、やはり今までと同じ顔のサイバーダイン。だが、彼は不意に不思議な道具を胸元から取り出すと……それを向けた先で小さな破裂音が響いた。どうやら武器のようで、あのライラが持っていた銃に似ていた。

 圧倒的に小さい銃を何度か使ってから、そのサイバーダインはベッドに近付いてきた。


「カメラはつぶしました。ここを出ましょう……既にザジ様とハナヤ様の着衣や道具、そしてあの対戦車たいせんしゃモービルを用意しています」


 唐突にザジとハナヤの前に道が開けた。

 閉ざす者達と同じ、サイバーダインの青年によって。

 迷わずザジは、恥じらうハナヤを抱き上げて不思議な寝室から飛び出したのだった。



                  ※



 無事に城を出ると、外は酷い嵐だった。

 だが、唯一協力的なサイバーダインのすすめで、ザジは強行軍きょうこうぐんを決意していた。

 オルトリンデが作り出す空気の壁の中で、ザジはそっと疑問をぶつけてみる。


「おい、お前っ! どうして俺達を助ける!」

「我々は人間に奉仕ほうしするために作られていますから」

「そのために、その、仕える相手としての人間が必要なんじゃないのか!」

肯定こうていです。しかし、それを外の世界に求めることだってできるのではないでしょうか」


 先を進む青年は、徐々に風が収まりゆく中で語り出す。

 城の者達は皆、外の世界へは出ようとしない。城に残った科学技術があれば、外の世界の人間達を助けることができるにもかかわらず、だ。何千年という時を城の中で過ごし、ひたすらに主人を待つ。何度か迷い込んだ人間達を王にしたが、それも百年と持たない。

 完全に保証された水と食料、安全な環境……むなしいほどに完璧な世界の維持は続いた。

 青年のような個体も時々現れたが、外を目指した者達は帰ってはこなかった。

 それでも、ザジ達を救ってくれたサイバーダインの言葉は強い。


「私は外の世界を知りたい。人為的に調整された城の自然は、旧世紀のままですが……それはもう、自然とは言えません。同様に、私達も主を得て尽くしてこそ。ならば、待つより求めて進むべき……そう考えた者達の出ていった外へ、私も続きたい」


 風がみ始める。

 ようやく去りゆく嵐の中で、ザジは確かに見た。

 振り返るサイバーダインの青年には、表情と呼べる強い瞳の光があった。

 だが、不意にオルトリンデが不穏な言葉を言い放つ。


「この反応は……ふむ、ようやく合点がいきました。……――」


 その時だった。

 不意に前を歩いていた青年がよろけ、倒れてしまう。


「あ、あれ? 身体の自由が……どうして? おかしい、どこにも異常はないのに……エネルギーが」


 身動きできなくなった青年へと、オルトリンデを降りて駆け寄るザジとハナヤ。

 そして、強い風が再び吹き始める。

 オルトリンデのクラクションの音で、ザジは振り向いて絶句した。


「な、なんだこりゃ……」


 吹き荒ぶ風は砂の海を渡って、まるで波濤はとうのように地形を変え続ける。

 いましがた歩いてきた足跡が消え行く中に、奇妙な光景が浮き出ていた。

 嵐の突風がえぐり出した、それは赤い線だ。

 地面に、血のように赤いひもが走っている。太さは人間の身体ほどで、何本もの奇妙なロープをたばねた構造だ。そして、まるで鼓動をきざむように明滅している。

 オルトリンデが静かに語り出した。


「彼等は恐らく……今は城になったコロニーを中心とした、限られた範囲でのみエネルギーが供給されるタイプだったのでしょう。だから、外へは出られなかった。只管ひたすらあるじを待って、旧世紀の科学と自然を守り続けるしかなかったのです」

「あの線を、超えたから?」

「ええ。あれはエネルギーフィールドの境目を識別するためのものでしょう」

「あの線の外では、生きられないのか? こいつ等は」

「サイバーダインは機械、生きている訳ではありません。そして、与えられたタスクをループさせるだけの暮らしは、生きているとは言えないでしょう。それでも、彼等は構造上の理由から選択肢がないのです」


 完全に停止してしまったサイバーダインを抱き起こして、ザジは線の内側へと戻る。そっと下ろすと、まるで意識を取り戻すようにサイバーダインの青年が顔を上げた。

 そこには、真実に触れた者の驚きとかなしみが浮かんでいた。

 そして、城の方向からサイレンと同時に光が走る。


「悪ぃ、世話んなったな。……行こうぜ、ハナヤ」

「う、うん。ごめんなさい……ボク、おきさきにも女王にもなれないよ。ボクを待ってる人がいる……待っててくれたキミには悪いんだけど。だから、ごめん」


 オルトリンデに戻って、ただじっと見詰められるまま旅路へと戻る。

 再び強く吹き出した風の中へと、超えられぬ一線の中から視線はずっと見詰めてきた。その絶望を分かち合うことすらできず、見詰められる罪悪感を抱えたままザジはオルトリンデを走らせるのだった。

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