第15話「巨人、だが――RECORD」

 果てなく続くかに思える砂漠を、ザジはゆっくりと進む。

 ハナヤと一緒にオルトリンデに乗っているので、実質的には体力の消耗はない。水と食料は、サイバーダインの彼が積んでくれたので恐らく大丈夫だろう。オルトリンデも不思議な力で空気のまくを作り、周囲の砂嵐から二人を守ってくれていた。

 だが、エネルギーの供給限界を示す境界線で別れた彼の顔が……忘れられない。

 自然とハナヤも口数が少なく、奇妙な沈黙が旅の道連れとなった。

 ようやくんだ風の中、二度目の夕暮れにザジが異変を見つけるまでは。


「……おい、あれ。あそこに人がいる」

「え? ザジ、どこ?」


 はるか遠く、風に吹かれるままに天気は穏やかだった。

 そして、沈む太陽が地平線を染める中……人影が見えた。

 まだ、ハナヤには見えないかもしれない。

 だが、狩人ハンターとして鍛え上げられたザジの目にははっきりと見えた。

 遠く向こうに、うずくまるように膝を突いた人間の姿が。


「待ってください、ザジ。あれは――」


 オルトリンデがなにかを言いかけた。

 だが、ハナヤがサイドカーの上から身を乗り出す。


「オルたん、ダッシュ! 全力ダッシュだよっ! ザジが見えるって言うなら、いるんだよ! 急いで!」

「しかしマスター」

「ひょっとしたら、まだ助かるかもしれない。ボク達が助けられるかもしれないんだよ!」


 ザジは驚いた。

 こんなにも強くはっきりと、ハナヤがザジの言葉を肯定したことは初めてだ。同じ年頃の少年少女、なにかと言葉と言葉とはちがったり、時にぶつかったり。そんな瞬間も少しは楽しいが、いつもハナヤとは口論が絶えなかった。

 そんな中で、ザジも最近はハナヤの話を聞くようにしていたのだ。

 だからだろうか? この緊急時にハナヤは、ザジの言葉をすぐ行動に直結させた。

 言葉を飲み込むオルトリンデは、少しだけ速度を上げる。

 エアバリアを弱めたのか、風を感じてザジは前だけを見据みすえた。


「結構遠いな……いや、待てよ? おかしいぜ、こりゃ」

「なに? どうしたの? ……あ、ボクにも見えた! 人が」

「違う……ありゃ人じゃねえぞ。人よりずっと……な、なんだありゃ!」


 その頃にはもう、ハナヤにもはっきりとわかったらしい。

 両手を口に当て、ハナヤは黙ってしまった。

 そして、二人を乗せたオルトリンデが減速して停止する。その前には、砂にうもれかけた巨大な鉄の巨人がたたずんでいた。

 もう、何年この場所に放置されているのだろう?

 それは、確かに人の姿をしているが、生命も心もない屑鉄ジャンクだ。

 直立すれば全高は30mくらいだろうか。

 ザジもハナヤも言葉を失っていると、オルトリンデが溜息ためいきまじえるような声音で語り出す。彼女の言う言葉は難しい単語が多くて、ザジにはさっぱりだった。


「これは、……太古の神話にうたわれし、軍神オーディンに選ばれた英霊の名を冠する殺戮兵器さつりくへいきです」

「エイン、ヘリアル……? こいつは、兵器……つまり、武器なのか?」

「そうです。かつて人類は、星の海の最果さいはてまでを征服し、ありとあらゆる文明を滅ぼしてきました。略奪と搾取さくしゅ、そして破壊と蹂躙じゅうりん……そのために生まれた究極の兵器、それがエインヘリアル」


 オルトリンデを降りたザジは、間近へ近寄って見上げる。

 それは、まるで鎧を着た巨人だ。

 すでち、ながき風化の時にさらされたのだろう。それでも、砂のヴェールをまといながらも各所に輝きは失われていない。不思議な外殻は、金属や木材の質感は全く見られなかった。

 物言わぬ古き鉄巨人は、沈黙で全てを雄弁に語った。

 人類の栄華と衰退を。

 そして、オルトリンデは言葉を続ける。


「全宇宙で数多あまたの星々をいて砕き、無数の生命をほふった究極の芸術的兵器……時には時間と空間をもゆがませ、次元の彼方へと敵を葬り去ったといいます」

「……言ってる意味がよくわかんねぇ、けど……俺にはわかる」

「ザジ、なにがですか?」

「こいつが、すげえ強いなにかで……そのむくろだってのがな」

「骸……そうかもしれませんね。私が建造された時代よりさらに昔、今は失われた歴史の産物ですから」


 気付けば隣にハナヤが立っていた。

 彼女もザジと一緒に、エインヘリアルを見上げている。

 ザジも無言で長いこと見詰め、気付けば自然とつぶやきがれていた。

 自分で喋ったことに後から気付くほど、なにげなく言葉がこぼれたのだ。


「……なんで、人の形をしてんだろうな」

「え? ザジ、今なんて」

「いや、要するにこれってブッ壊したりブッ殺したりする、ええと、機械? じゃんかよ」

「う、うん。えっと……」


 機械というのは、大昔の人が作った奇妙な道具の総称だ。

 作ることも直すこともできないが、動くものは珍重されたし便利な装置も多い。ザジも買い出しに行くハコブネの街で、珍しい機械を沢山見た。

 それらは皆、奇妙な共通点があった。

 機能として洗練された中にも、不可思議な感覚が混在しているのだ。

 大自然のネイチャードには、そうした感情を抱くことはない。

 ネイチャードは全て、食物連鎖の中で生き残るべく進化し、己の生物としての機能を高めた末に今の形と大きさになった。昔は小型だったとハナヤが言うが、今の大自然は獰猛どうもうな野生で人間など歯牙しがにもかけない。

 かつては人類が万物の霊長だったなど、ザジには全く信じられなかった。

 ネイチャードは皆、必要とされた中で長い時を経て機能に姿を重ねてきた。

 だから、ネイチャードには畏怖いふ畏敬いけいの念と共に、美への感動すら感じることがある。

 だが、機械は違った。


「機械ってよ、もっとこぉ……なんつーか、不自然な綺麗さじゃねえか?」

「デザインのことを言ってる? ザジ」

「わかんねーけど、無駄な形が多い」

「ふふ、そういうのって多分……うん、きっとある。それは人が作ったものだから。そういう物を作るようになった時にはもう、人は自然じゃなかったのかもね」

「で、このエインヘリアルとかってのを見ろ! なんで人の形なんだよ」


 ハナヤは少し考える素振りをして視線をそららす。

 だが、背後でオルトリンデが静かに語り出した。


「諸説ありますが、まず……。エインヘリアルはいわば、登場者の肉体が拡張された姿と言ってもいいでしょう」

「乗る? こいつにか!? さっきの城の、えーと……さいだーばいん? と違うのか!?」

「サイバーダインです、ザジ。彼等と違って、人間が乗って操るのです。つまり、この兵器の脳であり心というものは、乗った人間ということになります。人間が手足を動かすのに特別な訓練や思考、操作を必要としないように、エインヘリアルも自由自在に搭乗者が操ります」

「……まじかよ。こんなんあったら狩りが楽過ぎるだろう!」

「エインヘリアルもその搭乗者も、狩りなどしません。一方的に壊し、殺します」


 再びザジは巨体を見上げて、うーんとうなってしまう。

 正直、さっぱり実感がない。

 唯一感じるのは、強者が持つ特有の覇気や迫力、そうしたものの残滓ざんしが感じられることだ。屈強なネイチャードは骨になっても、ザジが見れば一種の敬意すら感じる。そうした感覚に近い。

 ハナヤが口を開いたのは、そんな時だった。


「多分、神が人を作ったように、人も人らしきものを作って神になりたかったのかなあ」

「……神? 神ってなんだ?」

「あー、うん。えっと……この世界を作った人。一応、ボクをつかわしたしゅも神様ってことになってる。けど多分、あれは」

「ははーん、あれだな? よくあるまじないだの御神体ごしんたいだのの、その、あれだ、あれは、あれだろう! ほら、ライラのいた村なんかでもよ」

「……まあ、ちょっと面倒だからそれでいいや」


 祈りや願いの概念くらいは、ザジも知っている。

 降る星の数を数えて願い、ベストを尽くした後はだれでも祈る。そして、祈りをささげる対称を持つ村だって少なくはない。それが神と言われれば、そういうものなのだろうか。

 だが、そうしたものが世界を作り、人間を作るというのがピンとこなかった。

 ただ、ハナヤが時々口にする『主』というのがそうなのかもしれない。

 そいつはハナヤを作り、オルトリンデを作り、ザジ達の暮らす世界に救いとして遣わした。それは一定周期で訪れる連血れんけつ巫女みことして、世のやまい調伏ちょうぶくするために旅をするのだ。


「……さて、行くか? 正直アワ食っちまったけど、人じゃねえ。ただの機械だ」

「それも壊れた機械、だね」

「おう! ……ちなみに、これはもう動いたりしねえよな? おっかねえ機械なんだろ?」


 ザジが再び跨ったオルトリンデが、ハナヤの搭乗を待ってから応える。


「エインヘリアルの動力源がなんであったか、既に記録にありません。こうして原型を留めた個体があることすら、私達にはわからなかったのですから。再起動する確率は、計算上――」

「ああ、いい! いいんだ! こういう機械はもう、俺等の世界にはいらねえと思ったからよ。動くとわかったら、絶対誰かが自分のものにしようとする。でも、壊れたままならそれでいいんだ」


 ザジがポンと叩くと、オルトリンデは「そうですか」とそっけなく返して走り出す。

 ゆっくりと走る車上から振り返れば、エインヘリアルの残骸はすぐに小さくなって、やがて見えなくなった。

 ここは砂の海、ネイチャードさえ立ち入らぬ灼熱の大砂漠だ。

 不毛の土地と化して誰もが足を踏み入れぬ先で、勇者の魂は眠る。

 ザジは、自分の中で少し想像してみた。

 大地を揺るがし疾駆しっくする、鋼の英雄……エインヘリアルの勇姿を。

 それが未来永劫みらいえいごう、永遠に失われたことに少しほっとする。

 やがて風は吹くままに砂漠の地形を変え、あの巨体も埋もれてしまうかもしれない。

 それがいいんだと思えて、少しザジは不思議だった。

 そんな時、思い出したように隣のハナヤが見上げてくる。


「ザジはさ、あれ欲しい? エインヘリアルみたいな、つよーい力。ほら、狩りが楽だとか言ってたから」

「ああ? いらねーよ、んなもん。俺は腕っ節とこいつがあれば十分だ!」


 背のピッケルを掴みつつ、ザジが笑う。

 その笑顔に、やっぱりハナヤはなにも言い返してこなかった。自信家とか生意気とか、そういう普段のやりとりは過去になっている。

 旅の終わりが近づく今、少しだけ二人の距離感は変化を見せていたのだった。

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