第21話「決意、および――REVENGE」

 とらわれたザジを待っていたのは、チェインズの中央へと突き立つ尖塔せんとうだった。

 すでに日は落ち、赤い巨大な月が空に浮かんでいる。

 その穴だらけの姿に届きそうな、塔の最上階。そこへとザジは、拘束こうそくされたまま連れてこられた。

 そして、待ち受けていたのは……先程の大星皇だいせいおうサクヤだった。


「ふむ、貴様がハナヤの守り人、案内人か」


 荘厳そうごん玉座ぎょくざに座り、しどけなく肘掛ひじかけにもたれかかりながら話すサクヤ。

 その姿は、容姿こそハナヤと同じだがまるで別人である。

 ザジの第一印象は、不遜ふそん。そして、無機質。このチェインズの人間は皆、無味無臭むみむしゅうで真っ白に汚れている。清潔を極めた無菌状態で、潔癖を保っているのだ。

 けだるげにザジを見詰めるサクヤが、再び口を開く。


「……くさい」


 わずかに顔をゆがめて、サクヤは周囲の男達を見回した。

 ここにいる者達もやはり、同じ髪型に白い服だ。その表情は皆、緊張で凍りついている。そして、その理由がすぐに知れた。


「この者、殺菌消毒が済んでおらぬようだが……誰の責任労働せきにんろうどうか」


 男達の中に、一斉に視線を浴びる者がいた。

 全員が注目する先へと、サクヤもすがめるような眼差まなざしを突き立てる。


「貴様か、17号」

「もっ、もも、申し訳ありません! すぐにでも大星皇様のお裁きの元、病原菌媒体びょうげんきんばいたいを処理することが先決かと思い――」

「質問に答えよ、17号。これを未消毒のまま持ち込んだのは、貴様か?」

「……は、はい」

「そうか、貴様の責任労働は不適当であった。早急に職務の引き継ぎを行い、それが済み次第、自浄死じじょうしせよ。よいな?」

「……はい」


 男は連れて行かれた。

 ザジには、何が何だかさっぱりである。

 だが、無性に腹が立ったのも事実だ。

 ザジをまるでバイキン扱いであると同時に、その扱いを誤った者に対して何も感じていない。失敗に対して、一切の寛容かんようを持たないかのようだ。何より不気味なのは、そんなサクヤに誰も逆らおうとしないことだ。

 だが、言葉にできぬ迫力に気圧され、ザジは身を硬くする。

 サクヤの冷たい目が、じっとザジを見下ろしていた。


「さて……あまり病原菌媒体と同じ空気に触れては体に障る。簡潔に答えよ……何をしに我が都チェインズに踏み入った」

「決まってらあ! ハナヤを取り戻すだめだ!」

「取り戻す? 貴様のものではあるまい。あれはわれのものだ」

「……ハナヤはものじゃねえ!」


 思わず背のピッケルに手が伸びた。

 だが、すぐに周囲の男達が銃を向けてくる。

 この街ではどうやら、銃は一般的な武器のようだ。その威力はザジも身に染みている。

 殺気立つ周囲に溜息ためいきこぼして、サクヤは話を続けた。


「面白い、貴様はハナヤがものではないとのたまうか」

「当たり前だっ! 人間をものあつかいしてっから、こんな気味悪いとこでも平気でいられんだよ。胸糞悪いぜ!」

「同感だ、粗暴で下品極まりない貴様には、我も不愉快」

「お互い様だってんのか? けどなあ、手前ぇと違ってハナヤはちゃんとした普通の女の子なんだよ。みんなのために、病気をなくすためにここまで旅してきたんだ!」


 ふむ、とサクヤはうなった。

 そして、凍てつくひとみが愉快そうに歪められる。


「おお、そうであったな……外では連血れんけつ巫女みこなどという伝承を生んでいるのであった。そう、確かに百年に一度、あらゆる病魔を払う抗体がこの星に振りまかれる。そう、が運んできた絶対血清マイティブラッドと共にな」


 ――スペアボディ?

 ザジは意味がわからない。

 サクヤの使った単語の意味はわかる。つまり、予備の身体ということだ。だが、それとハナヤのことと何が関係あるのだろうか。

 いや、薄々気付いている。

 そのことを否定したいだけだ。

 サクヤとハナヤ、完璧に同じ背格好、顔立ち……その意味するところは一つ。


「ま、まさか……」

「そう、我ははるか太古の昔よりこの星を任されておる。いつか訪れる、地球再生の時まで……人類という種を保ち、それを内包する最適な大自然を調律するのが我の仕事だ」


 衝撃に思わずザジはよろける。


「じゃあ、やっぱり!」

「そうだ。百年ごとに我は肉体を乗り換えるのだ。その時、たまたま人格と記憶を移植する装置の副作用で、この星中に抗体が振りまかれる。お前達汚染体おせんたいがありがたがっている連血の巫女の奇跡は、言ってみれば我が生まれ直した、そのついでということだ」


 サクヤの言葉にザジは立ち尽くす。

 連血の巫女は星都せいとチェインズまで、行幸の旅をする。そうして様々な人々と触れ合いながら、時に絶対血清で病人を助け、時に多くの知恵や物語を残してゆく。

 そして、その旅が終わると……この星の病に対する耐性を皆が得られるのだ。

 だが、それは大いなる計画の副産物でしかなかった。

 この星の管理者を自称する、サクヤの肉体を取り替えた時に起こる現象だったのだ。


しゅは我に仰った……地球再生までシステムを維持せよと。見よ、汚染体……我らが母星、地球を。みにくけてただれた死の星を!」


 ゆっくり立ち上がったサクヤが、頭上を指差す。

 ガラス張りの天井いっぱいに、赤い月が映っていた。

 


「あれが、地球。遥か昔、人類が生まれた母星。そして、人類は己のエゴと欲こそが本質と知り、あまねく宇宙の全てを蹂躙じゅうりんした。その力は、地球さえも死滅させてしまったのだ」

「そっ、そんなことは聞いてねぇ!」

「理解が及ばぬか? 汚染体の少年よ。遥かな未来、蘇った地球へ帰還するのは……我と選ばれし清潔なる種よ。貴様等は汚れておる……闘争心という名のけがれた欲望にな」


 サクヤの言葉が淡々と語られる中、必死でザジは否定した。

 だが、ザジには難しいことがわからない。与えられた情報を処理して飲み込むことが無理なら、それを嘘と否定することも困難なのだ。

 そして、さらなる真実が明かされる。


「貴様等がネイチャードと呼ぶ、本来とは異なる自然の生物達……あれこそ、真に正しく調律された姿。かつての人類は、万物の霊長であり過ぎた。自分より優れた自然の摂理せつりを作り、その中で清潔に、穏やかに暮せばよいのだ。だが、汚染体……貴様等は持って生まれた闘争本能で戦おうとする。それは野蛮やばんけがらわしい行いだ」


 だが、その時……突然、サクヤの言葉が遮られた。

 そして、振り返ったザジは目を見開く。


「それは違うっ! ザジ、そいつの言葉に耳を貸しちゃ駄目っ! ……自然を調律? ザジ達が汚染体? 全てを管理して、思う通りの結果だけしか欲しくない……そんなの、理想でもなんでもない! ただの子供の我侭わがままだよ!」


 そこには、ハナヤの姿があった。

 そして、その背後から白い服の男達が駆け寄ってくる。皆、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「たっ、たた、大変です! 大星皇様っ!」

「外の汚染体が、汚染体のむれが! チェインズに押し寄せてきます!」

「妙な老婆ろうばを先頭に、無数の汚染体が……我々を助けてください! 汚染されてしまいます!」


 ザジがいるこの場からでも、外の絶叫が聴こえてくる。

 それは、チェインズに来てから誰にも感じなかった生命力に満ち溢れていた。歌うような叫びと共に、ザジの知っている人間達が……ザジと同じ人間達が近付いてくる。

 サクヤは驚きのあまり、玉座に力なく沈んだ。


何故なぜ、外の汚染体が……警備はどうなっている! いや、それより脱出を……ならん! 我の肉体をもう、入れ替えねばならんのだ。そのための装置は持ち出せぬ」


 狼狽うろたえるサクヤに、先程のような冷たい威厳はなかった。

 そして、気付けばザジの隣にハナヤが立っていた。

 ようやく気付いたが、彼女は裸だ。

 そして、体中に走り書きのような文字が浮いている。彼女は何も言わず、安心させるように一度だけザジにうなずいた。

 だから、ザジもハヤナを勇気付けるように手を握る。


「サクヤ、ボクはキミのスペアボティとして主がつかわしたかもしれない。主は、未来のためによかれと思ってサクヤを生かしているのかもしれない」

「そ、そうだ……主は我に希望をたくしておるのだ。その我が」

「でも、覚えておいて! 人間は、自然は……生命いのちは! 誰かの思惑で動く未来なんていらない! ボクは見てきた……旅で全部、見て聞いて、触れてきた!」


 ハナヤが手を握り返してくれる。

 熱い体温が伝搬でんぱんしてきて、ザジは今までの震えが消えてゆくのを感じた。


「生命は皆、その日、その時、その瞬間を生きてる! 何千年後とか、何万年後とかは、その時に何かが全部選ぶんだ。その時が幸福であるように、今の幸福を続けることをみんな頑張ってる。ネイチャードだって、人間だって、それは同じ!」

「馬鹿な……それでは、美しい地球の自然が……人類の繁栄が、蘇らない。


 ザジはようやく、言葉を発することができた。

 ハナヤの言葉が生む共感と、外からの声が彼を強く押し出す。


「お前の負けだ、サクヤ。来るかどうか知らねえ未来ばっか見てるから、今この瞬間を生きてる人が大事にできねえんだ。それは、今を生きてないのと一緒だ」

「くっ、汚染体が……フッ、フハハハ! これは滑稽こっけいだ! そうか……主が仕組んだ一万年もの大計たいけいが、このようなことで」


 不意にサクヤは、玉座の肘掛けに並ぶ光へ指を走らせた。

 ピピピと小さな音が響いて……突然、周囲に不気味な赤い照明が明滅する。


「汚染体にこのチェインズは、我の玉座は渡さん! それを望むようなら、そんな人類などいらぬのだ! ……消え去れ、雑種共!」


 不気味な鳴動めいどうと共に、チェインズの街全体が揺れ始めた。

 それは、終わりの始まりを告げる天使のラッパのごとく、徐々に轟音を高めていった。

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