第21話「決意、および――REVENGE」
その穴だらけの姿に届きそうな、塔の最上階。そこへとザジは、
そして、待ち受けていたのは……先程の
「ふむ、貴様がハナヤの守り人、案内人か」
その姿は、容姿こそハナヤと同じだがまるで別人である。
ザジの第一印象は、
けだるげにザジを見詰めるサクヤが、再び口を開く。
「……
ここにいる者達もやはり、同じ髪型に白い服だ。その表情は皆、緊張で凍りついている。そして、その理由がすぐに知れた。
「この者、殺菌消毒が済んでおらぬようだが……誰の
男達の中に、一斉に視線を浴びる者がいた。
全員が注目する先へと、サクヤも
「貴様か、17号」
「もっ、もも、申し訳ありません! すぐにでも大星皇様のお裁きの元、
「質問に答えよ、17号。これを未消毒のまま持ち込んだのは、貴様か?」
「……は、はい」
「そうか、貴様の責任労働は不適当であった。早急に職務の引き継ぎを行い、それが済み次第、
「……はい」
男は連れて行かれた。
ザジには、何が何だかさっぱりである。
だが、無性に腹が立ったのも事実だ。
ザジをまるでバイキン扱いであると同時に、その扱いを誤った者に対して何も感じていない。失敗に対して、一切の
だが、言葉にできぬ迫力に気圧され、ザジは身を硬くする。
サクヤの冷たい目が、じっとザジを見下ろしていた。
「さて……あまり病原菌媒体と同じ空気に触れては体に障る。簡潔に答えよ……何をしに我が都チェインズに踏み入った」
「決まってらあ! ハナヤを取り戻すだめだ!」
「取り戻す? 貴様のものではあるまい。あれは
「……ハナヤはものじゃねえ!」
思わず背のピッケルに手が伸びた。
だが、すぐに周囲の男達が銃を向けてくる。
この街ではどうやら、銃は一般的な武器のようだ。その威力はザジも身に染みている。
殺気立つ周囲に
「面白い、貴様はハナヤがものではないとのたまうか」
「当たり前だっ! 人間をもの
「同感だ、粗暴で下品極まりない貴様には、我も不愉快」
「お互い様だってんのか? けどなあ、手前ぇと違ってハナヤはちゃんとした普通の女の子なんだよ。みんなのために、病気をなくすためにここまで旅してきたんだ!」
ふむ、とサクヤは
そして、凍てつく
「おお、そうであったな……外では
――スペアボディ?
ザジは意味がわからない。
サクヤの使った単語の意味はわかる。つまり、予備の身体ということだ。だが、それとハナヤのことと何が関係あるのだろうか。
いや、薄々気付いている。
そのことを否定したいだけだ。
サクヤとハナヤ、完璧に同じ背格好、顔立ち……その意味するところは一つ。
「ま、まさか……」
「そう、我は
衝撃に思わずザジはよろける。
「じゃあ、やっぱり!」
「そうだ。百年ごとに我は肉体を乗り換えるのだ。その時、たまたま人格と記憶を移植する装置の副作用で、この星中に抗体が振りまかれる。お前達
サクヤの言葉にザジは立ち尽くす。
連血の巫女は
そして、その旅が終わると……この星の病に対する耐性を皆が得られるのだ。
だが、それは大いなる計画の副産物でしかなかった。
この星の管理者を自称する、サクヤの肉体を取り替えた時に起こる現象だったのだ。
「
ゆっくり立ち上がったサクヤが、頭上を指差す。
ガラス張りの天井いっぱいに、赤い月が映っていた。
それをサクヤは、地球と呼んだ。
「あれが、地球。遥か昔、人類が生まれた母星。そして、人類は己のエゴと欲こそが本質と知り、あまねく宇宙の全てを
「そっ、そんなことは聞いてねぇ!」
「理解が及ばぬか? 汚染体の少年よ。遥かな未来、蘇った地球へ帰還するのは……我と選ばれし清潔なる種よ。貴様等は汚れておる……闘争心という名の
サクヤの言葉が淡々と語られる中、必死でザジは否定した。
だが、ザジには難しいことがわからない。与えられた情報を処理して飲み込むことが無理なら、それを嘘と否定することも困難なのだ。
そして、さらなる真実が明かされる。
「貴様等がネイチャードと呼ぶ、本来とは異なる自然の生物達……あれこそ、真に正しく調律された姿。かつての人類は、万物の霊長であり過ぎた。自分より優れた自然の
だが、その時……突然、サクヤの言葉が遮られた。
そして、振り返ったザジは目を見開く。
「それは違うっ! ザジ、そいつの言葉に耳を貸しちゃ駄目っ! ……自然を調律? ザジ達が汚染体? 全てを管理して、思う通りの結果だけしか欲しくない……そんなの、理想でもなんでもない! ただの子供の
そこには、ハナヤの姿があった。
そして、その背後から白い服の男達が駆け寄ってくる。皆、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「たっ、たた、大変です! 大星皇様っ!」
「外の汚染体が、汚染体の
「妙な
ザジがいるこの場からでも、外の絶叫が聴こえてくる。
それは、チェインズに来てから誰にも感じなかった生命力に満ち溢れていた。歌うような叫びと共に、ザジの知っている人間達が……ザジと同じ人間達が近付いてくる。
サクヤは驚きのあまり、玉座に力なく沈んだ。
「
そして、気付けばザジの隣にハナヤが立っていた。
ようやく気付いたが、彼女は裸だ。
そして、体中に走り書きのような文字が浮いている。彼女は何も言わず、安心させるように一度だけザジに
だから、ザジもハヤナを勇気付けるように手を握る。
「サクヤ、ボクはキミのスペアボティとして主が
「そ、そうだ……主は我に希望を
「でも、覚えておいて! 人間は、自然は……
ハナヤが手を握り返してくれる。
熱い体温が
「生命は皆、その日、その時、その瞬間を生きてる! 何千年後とか、何万年後とかは、その時に何かが全部選ぶんだ。その時が幸福であるように、今の幸福を続けることをみんな頑張ってる。ネイチャードだって、人間だって、それは同じ!」
「馬鹿な……それでは、美しい地球の自然が……人類の繁栄が、蘇らない。この月に仮初の楽園を開いた、種の保存を試みたい意味が」
ザジはようやく、言葉を発することができた。
ハナヤの言葉が生む共感と、外からの声が彼を強く押し出す。
「お前の負けだ、サクヤ。来るかどうか知らねえ未来ばっか見てるから、今この瞬間を生きてる人が大事にできねえんだ。それは、今を生きてないのと一緒だ」
「くっ、汚染体が……フッ、フハハハ! これは
不意にサクヤは、玉座の肘掛けに並ぶ光へ指を走らせた。
ピピピと小さな音が響いて……突然、周囲に不気味な赤い照明が明滅する。
「汚染体にこのチェインズは、我の玉座は渡さん! それを望むようなら、そんな人類などいらぬのだ! ……消え去れ、雑種共!」
不気味な
それは、終わりの始まりを告げる天使のラッパの
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