第16話「虚像、転じて――RERIC」

 永遠に続くかに思われた砂漠は、突然途切れた。

 入った時がそうであったように、出る時も唐突に。

 かつて巨大な宇宙コロニーが落とされ、その残骸がサイバーダイン達の城となったように……この砂漠もまた、その時に周囲が蒸発してできたものだ。

 ザジとハナヤは今、目の前に現れた道に絶句した。

 見たこともない土は硬く灰色で、誰にも聞いたことがない肌触りである。

 そう、道……ザジ達が向かう先へと、真っ直ぐ道が伸びていた。


「なあ、ハナヤ。これは」

「うん、ザジ……この道って、もしかして」


 道はどこまでも真っ直ぐ続いている。

 そして、すぐ近くには人だかりがあった。

 砂漠が途切れると同時に、二人は人の生きる世界へと生還したのだ。

 思わずザジは、オルトリンデにまたがったまま手を拳で叩く。ハナヤも興奮した様子で、サイドカーから飛び上がるなり抱き付いてきた。

 驚きつつもザジは、落ちないように抱き留めて気付く。

 ハナヤの柔らかさと温かさが、今は酷く落ち着かない。


「やった! やったよ、ザジッ! 砂漠を超えたんだね、ボク達!」

「お、おう……ちょ、ちょっと離れろよ、なあハナヤ――」

「よかったあ、このまま星都せいとチェインズまでまっしぐらだよ!」


 二人を乗せたオルトリンデは、静かに路面を走り出す。

 それは、やはりザジには奇妙な道に見えた。

 全く生命の気配が感じられない。

 普段通る街道ならば、そこかしこに生命いのち息吹いぶきを感じることができた。草花と言えどもネイチャード、小さくても放置すればあっという間に道を飲み込む。整地なんてされていないから石ころだらけの場所もあるし、水はけが悪いとこなど雨季は沼である。

 しかし、この道はなんだ?

 灰色の平面が全てを塗り固めて北へと伸びているのだ。

 やがて、前方の人混みがこちらを振り向く。


「お、おいっ、離れろハナヤ! ひ、人が見てる!」

「もぉ、ザジってば照れてるー! ふふっ、でもそれってボクを……あ、えと、ん」

「な、なんだよ」

「……人に、見られてるんだよね、うん。ごめん」


 不意にハナヤは、表情を変えたかと思うと黙ってサイドカーに戻った。耳まで赤くなっているが、うつむき黙ってしまう。

 妙なことだといぶかしげに思っていると、向こうの人々が声をかけてきた。

 三十人くらい、老若男女を問わぬ人達が笑顔で出迎えてくれる。


「よお、お若いの! ようやく辿たどり着いたな、ハッハッハ!」

「私達もついさっき来たところよ。こっちのお婆さんが、一番。もう一週間も前からここで待ってるんですって」

「何年も旅してきたからねえ……一週間なんてな、まばたきする間にも満たないよぉ」

「さ、疲れたろう? しけたもんだが茶も食い物もある。こっちに来なよ!」


 皆、旅人だった。

 大小様々な荷物があって、荷車も何台か見られる。

 ここには、星都チェインズを目指す多くの人達が集まっているのだ。その誰もが、旅の終わりが近いと見てか笑顔である。

 進められるままにザジは、ハナヤと一緒にオルトリンデを降りた。

 すぐにハナヤは周囲に溶け込み、振り返ってザジを呼ぶ。

 悪い予感がして、ザジは駆け寄るなりハナヤに耳打ちをこぼした。


「正体、黙っとけよ。また面倒なことになるとヤベェからよ」

「う、うん……そうだよね。ボクが連血れんけつ巫女みこだってこと、黙ってた方がいいよね」

「悪い連中には見えねえけど、一応な」


 一同は歓迎で迎えてくれた。

 聞けば、全員それぞれ全く別の地域からチェインズを目指したという。この星のてっぺんとも言われる場所、北の最果さいはて……その果ての果てにある都を、人々は星都とうたった。

 そこは、地上の楽園。

 えもやまいもない、豊かで平和な街だ。

 百年に一度とも言われる、連血の巫女を迎える聖地。巫女が持つ絶対血清マイティブラッドの力は、星都を通じて世界に振りまかれて、星に満ちる。絶えることなき営みとして、確かにこの星に生きる全ての民に根付いた伝承だ。

 だからだろうか? 皆一様に表情は明るく、希望に満ちている。


「そうかい、ハナヤちゃんはザジ君と一緒に旅を……不思議な乗り物だね? いい機械を掘り当てたものだ」

「私、五年も旅をしてきたの。あなたはまだ指輪をしてるのね、ザジ。私は……名前も見ないで捨てちゃったわ。これからのことは全部、チェインズに行ってから決めるの」

「さあ、熱いお茶をお飲み。ここはね、迎えがくる場所になっているんだ。あれをご覧」


 一人の老人が指をさす。

 その先に、奇妙な物体があった。

 人の身長より少し高くて、文字が書いた板が貼り付けてある。しかし、随分と古くて読むことは不可能だ。汚れてかすんだその文字もそうだが、酷く昔のもののようだ。


「あの看板が目印さ。迎えが来る」

「迎え? ……ボク、そんな話は聞いてない。ねえ、ザジ! これって」


 ハナヤが不安げにザジを振り返った。

 その時、誰かが空を見上げて叫ぶ。


「見ろっ! 迎えだ! チェインズからの迎えが来たぞ!」


 天をあおいだザジも見た。

 もう、ザジにははっきりとわかる。

 あれは……機械だ。はるか太古の昔、人類が作った道具だ。轟音を響かせ、青い炎を吹き出す巨大な箱が降りてくる。鳥のように翼が生えているし、火を噴く四つの足は太くて真っ直ぐだ。

 ネイチャードとは全く違う。

 無駄のないデザインは一緒だが、独特な美的感覚が介在かいざいして作られた姿だ。

 ネイチャードは、大自然は美的感覚という概念がいねんすらないから、その差は顕著けんちょだ。この星の強者として生きる生命は皆、生き残るための進化をて今の姿がある。それは、結果的に美しいだけで、その美をまとう誰もが己の美しさなど気にもしていない。

 そう思うと、やはり機械は違った。

 着地した機械の乗り物は、脇腹が開いて階段が現れた。

 そして、中から人が出てくる。


「静かに! 旅人達よ、静まれ。ふむ……」


 出てきた男も、ザジにとっては衝撃的だった。

 まず、。汗や肌の臭い、生きている人間の臭いがしないのだ。そして、真っ白な服で全身をおおい、顔以外に露出はない。そして、その顔も透明ななにかの奥にしまわれている。時々ハコブネの街で装飾品として出回る、硝子ガラスでできた仮面のようだ。

 男は、不思議な光を放つ道具を一同へと向ける。

 彼は背後に振り返って、乗り物の中へと叫んだ。


「班長! 今回も収穫はなしです! 命令通り帰投しま――あ、待ってください」

「どうした、487号!」

「反応が一つ……あ、これは!」


 突然、男は階段を降りてきた。

 どよめく周囲を無視して、視線を巡らせる。

 そして、ハナヤを見て表情を明るくした。


「ああ、そこの君! あ、いや……貴女様はもしや、連血の巫女様では?」

「え、あ、はい……あの」

「おお、やはり! ささ、お乗り下さい。星都チェインズよりお迎えにあがりました」

「えと、他の人達は……あと、ザジやオルたんは」

汚染度おせんどが規定値以上の者はチェインズには入れません。聖地は常に清浄でなければ……これは大星皇猊下だいせいおうげいかの定めた法なのです」


 不安そうにハナヤはザジを振り返った。

 その時にはもう、ザジは飛び出していた。


「おうこら、ハナヤを放せっ! なに言ってっかわかんねえけどな、お前っ! そういう目で、この人達を、俺達を、見るんじゃ、ねえっ!」


 ザジがつかみかかってハナヤから男を引き剥がそうとした、その時。

 突然、全身に強い痛みがしびれて走った。

 なにか攻撃をされたとわかったのは、男の手が武器らしきものを握っていたから。それは確か、銃と呼ばれるものだ。以前ライラが使っていたものより小さい。

 ハナヤの悲鳴が響いた。


「ザジッ! やめて、ザジに乱暴しないで!」

「ご安心を、スタンショックです。常人ならば身動きは――と、れ、ない……筈だ! なのに! お、お前はっ!?」


 ザジは歯を食いしばって立ち上がる。

 全身が重くて言うことを聞かない。それでも、背のピッケルを構えてザジは叫ぶ。

 なにかがおかしい、そして全てがおかしかった。

 ハナヤの意思とは無関係に、連中は連血の巫女を連れ去ろうとしている。

 その肉体に流れる絶対血清だけが目的……そう感じられる。


「ハナヤを、放せ……なあ、おいっ! お前に言ってんだよ、っ、はぁ……放せっ!」

「こ、こいつ……これだから外界の蛮族ばんぞくはっ! 汚らわしい!」

「なに言ってんだ、この野郎……そういうお前はなんだ! なんの臭いもしねえ癖に」

「当たり前だっ! 我々選ばれた人間は、完全に殺菌消毒された清らかな世界に生きているんだ! 汚染民おせんみんがそれを――」


 男は再び銃をザジに向けた。

 その手の輝きは、先程にも増して暴力的だ。

 殺気を感じたが、ザジは身動きができない。

 身体が思うように動かないのに、前にだけは進んでしまう。うようにして己の身体を引きずり、ハナヤを返せと声を張り上げる。

 その時、助けが入った。


「警告、今すぐマスターを放しなさい。対人ブラスターは勿論もちろん、フォトンカノンの発射用意も当方にはある。その程度の輸送機ならば、ものの五分で撃墜、爆散できるが?」


 オルトリンデがこちらへと向きを変えて走ってくる。

 慌てた男はハナヤの細い腰を抱えると、その輸送機とかいう乗り物の中へ逃げてしまった。同時に、腹に響く轟音とともに輸送機が浮かび上がる。

 オルトリンデはマスターたるハナヤの安全を優先したのか、なにもしなかった。

 あっけにとられる人々が、飛び去る輸送機を追いかけ始める。


「話が違う、楽園じゃないのか! 誰もが夢見る地だと……夢見る誰もが迎えられる地だと!」

「待て、待ってくれ! 金ならあるんだ、アチコチの街の紙幣や硬貨じゃない、インゴットだ! 金塊だよ! なあ、待ってくれ! あっ」

「行かないでくれっ、俺だけでも! 俺だけでも乗せてくれ……チェインズに連れて行ってくれっ!」


 ザジはその場に崩れ落ちたまま、小さくなって消える輸送機を見送った。

 人々の絶叫となげき、悲観と絶望に包まれながら……ザジの意識は遠のき闇に落ちていった。

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