第18話「廃棄、そのうえ――REUSE」

 灰色の道が、どこまでも真っ直ぐ伸びていた。

 一人になってしまったザジは、ハナヤが連れ去られた北へとひた走る。

 最果さいはての地にあるという楽園、星都せいとチェインズを目指して。

 旅の道連れは、以前よりよく喋るようになった対戦車モービルのオルトリンデだ。

 すでに丸一日、不眠不休で走りっぱなしだ。走りながら食事を取りつつも、ザジはハンドルを離さない。オルトリンデのオート運転も断り、自分の両手両足で車輪に進む意思を伝える。


「ザジ、私も今になって妙だと気付きました。どうしてこんな簡単なことを失念していたのでしょう」


 オルトリンデの機械的な声が、今は驚く程に感情豊かに聴こえる。

 初めて合った時は、妙に抑揚よくように欠く冷たい声だった。

 だが、その声音や声質が変わらないとしたら、変わったのはザジだ。オルトリンデはいつも、一緒にハナヤを守ってくれる仲間で、そして今は相棒だ。そう思ったら、彼女の中に心や魂を感じることができたのだ。

 彼女と形容することさえ、今は違和感を全く感じない。


「……気付いたか、オルトリンデ。妙だろ? ここいらずっとこうだ。おかしいぜ」

「今、名前で呼びましたね。ザジ、私は機械のオル公ではないのですか?」

「俺には機械ってもの自体がわかんねんだよ。人間と全く同じ姿の、機械の連中が住んでる城があったろ? ハコブネのでけぇ塔に、ライラの銃っての……全部、機械らしいがよ」

「そういった意味では、人間もネイチャードも有機体で構成された生命という種の機械と言えます。遺伝子を設計図とし、そのノウハウを再生産で受け継いでゆく」

「だから、俺ぁ考えた。オルトリンデ、お前は機械じゃねえんだよ。俺だってそうじゃねえから、同じ理屈だと思ったんだ」


 ひたすらにハナヤを追って走る中で、ザジは考えた。

 全く代わり映えしない風景を吹く風にさらされながら。

 オルトリンデの言う通り、人間もネイチャードも肉と骨、血と皮でできている。それは、金属や化合物の集合体である機械とは、構成物質が違うだけだ。

 だからこそ、機械と生命の根本的な差をなんとなくわかったのだ。


「お前には俺と一緒にハナヤを助けたいっていう、ガッツがある! 根性があって、熱い魂みてえなもんがあるんだよ。ネイチャードだって、群と縄張りを守り、親は子を育てる。生命ってなあ、機械と違って心があんだよ。……どうだ?」

「……驚きました、ザジ。体調の不良を心配します。熱でもあるのでは」

「ははっ、よせよせ! 大したことじゃねえよ、俺だってちったあ考えんだ」

「かつての人類は、機械にさえ魂や心が宿せると信じていました。その偉業を達成せんとする過程で、逆に人間から魂や心が失われていったのです。皮肉なことに、人間が機械に魂や心を持たせたかったのは、全て人間だけの都合だったのですから」


 静かで安定した駆動音だけを響かせ、オルトリンデは黙った。

 ザジにはやはり、彼女には魂も心も、意思さえもある気がした。

 こうして黙ってしまったオルトリンデが、どこか寂しさやむなしさみたいなものを伝えてくるからだ。だから、それ以上はこの話題を続けたくなくなった。

 ザジにとっては今のオルトリンデは相棒、それでいい。

 それだけでお互いに十分だと信じられた。

 そして、話題は最初の一言へと戻る。


「で、オルトリンデ。ここはおかしいぜ。さっきから、

「私も奇異に感じています。見てください、ザジ……この道の両側を」


 今、遮蔽物しゃへいぶつのない中で太陽の日差しは弱い。

 薄曇うすぐもりの中、遠く雲の上でぼんやりと輝いている。

 そして……道を挟む大地は、見渡す限りに草原が広がっていた。時折樹木が立っていて、ちょっとした林になっているところもある。

 全て、ネイチャードの力が感じられない。

 ザジの知る植物は、毎朝村で新芽を摘み取らねばならぬほど危険なネイチャードだ。朝の草刈りを怠れば、あっという間に人間の集落は植物に飲み込まれる。この世界では農業という概念はないのだ。果実や草花は、以前に手に入らない。

 たくましくも凶暴な大自然……ネイチャード。

 それがこの土地では、まるで静かにザジを見送ってくれる。


「ザジ、落ち着いて聞いてください」

「ん? なんだよ」

「この周囲に広がる、これこそが本来の大自然……かつて地球を豊かにいろどり、一度は人間が滅ぼしかけてしまった生態系なのです」

「……悪ぃ、言ってる意味がわからねえ。けど、お前らがネイチャードに驚いてたから、うすうす……ハナヤのいた場所にはネイチャードがいねえんだとは思ってた」

「私にも理解不能です。何故なぜなら……この光景は、私やハナヤがいた場所でも失われて久しいのですから」


 かつて、人間が生まれて死ぬ星を地球と呼んだ。

 そこでは大自然が緻密ちみつな生態系をし、摂理に従い調和の取れたいとなみを続けていたのだ。その中で唯一、自我エゴと知性を持った人間だけが爆発的な進化を遂げたのである。

 自我は心や感情を生み出し、慈しみや情愛、そして欲と憎しみをも生んだ。

 知性は文化と文明を発展させ、やがて科学という禁断の果実をかじることになる。

 道具を作り、使いこなし、集団で意思の統一の元に行動する。そうして言葉と文字とを生み出し、大自然の中では弱者だったゆえに、社会というシステムを打ち立て人間は進化を繰り返してきた。

 やがてそれは星の海を隅々まで統べ、傲慢ごうまんさ故に地球を含む数々の生命を奪い去った。


「何故、ここに太古の昔の大自然が……おかしいです、ザジ。何故ならここは――」

「その話はあとだ、オルトリンデ。見ろ、あの山……光ってやがる」


 ようやく地平線の向こうに、小高い峰々が見えてきた

 標高はそれほどでもないが、見渡す限りに広がり連なっている。

 まるで岩盤のカーテンだ。

 加速すれば、徐々にザジは驚異的な視力で見ることになる。

 絶壁のようにそそり立つ山のふもとへと、道は吸い込まれている。

 そして、その先にはどうやら街らしい集落が見て取れた。


「オルトリンデ、人がいるようだぜ。少し話を聞いてみっか」

「それがいいでしょう」

「カネって奴はいるかな? 必要ならどこかで交換するネイチャード……肉や毛皮が必要だ」


 周囲を見渡せば、辺り一面の緑が風に揺れている。

 しかし、動物の気配は全く無い。

 木の実や花も、まるで無防備に揺れている。

 それはどこか、ザジには物悲しい風景に見えた。同時に、不思議な安堵感が郷愁きょうしゅうを連れてくる。自分の中の何かが、知ったこともない大昔の景色を覚えているような感覚だ。

 そして、ザジとオルトリンデは街の入口へと辿り着いた。

 防備もなにもない、どこか拍子抜けするほどに何もないゲートだった。

 そこにはとびらかんぬきもなく、左右に城壁もない。

 そのまま街に入ると、あっという間に周囲の人々がやってきた。

 皆、笑顔だ。


「やあ、ようこそ! 旅人さん。ついにゴールだね、本当におめでとう」

「よく来なすった、大変な旅だったろう? さあ、今日はいわいの祭だ!」

「旅人さんはね、半年ぶりにここへ辿り着いたんだ。つまり、半年ぶりの新しい仲間が生まれたってことなんだよ」


 何を言っているのか、ザジには正直わからない。

 それ以上に驚いたのは、オルトリンデを見ても誰も何も言わないのだ。警戒心もなく、機械に恐れも感動も見せない。まるで見慣れた物であるかのようだ。

 周囲の町並みは質素で、木と石との家々が並んでいる。

 そして、奇妙な土地が周囲に広がっていた。

 そこには、等間隔に様々な植物が並べられている。


「ああ、あれかい? はっはっは、畑を見るのは初めてだろう」

「畑? なんだそりゃ」

「旅人さん、ここにはね……毎朝の草刈りもないし、襲ってくるネイチャードもいない。それどころか、畑では毎年沢山の野菜や果物が採れるんだ」


 ザジはオルトリンデを降りて、手厚い歓迎を受ける。

 やはり、街の者達は誰もが穏やかな表情をしていた。もしや、この世の楽園という星都チェインズはこの場所なのか? そう思ったが、どうやら違うらしい。

 街を貫く長い長い道は、まだ続いていた。

 そして、真っ直ぐ例の小高い山へと吸い込まれている。

 よく目を凝らせば、重々しい扉を経て山の中へ続いていた。


「ザジ、警戒を。ここは妙です。そして、道はまだ続いている……あの丘の向こうへ」

「突っ切るか? オルトリンデ、お前のすげえピカピカであの門が破れねえかな」

「試してみる価値はあるでしょう。しかし問題は、そうして実力行使で進む先がどうなっているかです。情報収集は必要かもしれません」

「なるほど、違いねぇ……って、お、おい!」


 不意にザジは腕に抱き着かれた。

 布越しに豊かな胸の膨らみを押し付けてくるのは、同世代の女の子だ。

 ふと見れば、どこかハナヤに似ていた。

 一瞬、離れ離れになってしまった少女の面影が重なる。

 だが、よく見れば髪型も目鼻立ちも全然違う。ただ、温もりと柔らかさがザジに求めて探す者を見せたのだ。

 抱きついてきた少女は身を寄せ密着しながら、周囲を見渡し歓喜の声をあげる。


「みんなっ! 旅人さんをもてなそうよ! 新しい街の仲間をお祝いしなきゃ!」


 周囲から拍手がまばらにあがり、そしてそれはあっという間に大喝采だいかっさいになる。

 耳が痛くなる程の歓声の中で、ザジは驚く。

 そして、まるで街中が総出で来たような中で腕を引っ張られた。


「お、おいっ! なあ、離れろよ、ちょっと」

「シッ! 黙って。嘘でもいいから笑って」

「お、お前……」

「私はキラーラ。今は話を合わせて……協力して欲しいの。あんたさ、乗ってる機械を見ればわかる。普通の人じゃないって」

「機械自体は珍しくないんだろ?」

「そうよ。でも……あんたの奴はジャンクじゃない」


 キラーラと名乗った少女は、小声でささやきながらも周囲に笑顔を振りまいていた。

 そして、ほおにくちづけするふりをして言葉を吹き込んでくる。


「ここは、ジャンクシティ。

「……やっぱ、ここはチェインズじゃないって訳か」

「そう。ここまで来て入れないと知った人間が住む、いつわりの楽園」


 キラーラの言葉に嘘は感じなかった。

 そして、ザジは久々に思い出した。

 キラーラがぎらつかせる瞳の光に、野生にも似た牙と爪の輝きを。

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