第12話「邂逅、そして――RETAKE」

 砂の海に浮かぶは、鉄の城。

 巨大な月が真っ赤に照らす中、ザジとハナヤは城門の前に立つ。

 ザジは勿論もちろんのこと、ハナヤすら気付かないだろう。

 この異様な建造物がかつて、星の海に浮かぶ人工の都市スペースコロニーだったことを。今はただ、大地に沈んで全ての機能を沈黙させている。見渡す限りの荒涼こうりょうたる砂漠は、この宇宙都市が質量兵器として落とされた時にできたものだ。


「クソでけぇ門だな……こりゃ全部、鉄か? すげえなおい」


 重々しい扉を前に、ザジは軽くこぶしで叩いて見る。

 金属であることは確かだが、鉄の肌触りではない。コーン、と遠くに響くような音色で、不思議な素材は硬い感触を返してくる。

 以前立ち寄った、ハコブネの街とはまるで違った。

 かたむいた巨大な遺跡が、あの街では徐々に削られ人をうるおしている。

 だが、屈強な狩人のザジだからわかる……この城は、人の気配が全くない。門の向こうに、生命の息吹も鼓動も拾うことができないのだ。

 いぶかしげに見上げていると、不意に轟音が響く。

 大地を揺るがすような振動と共に、誰もいないのに門が開かれた。

 そして、驚きにザジは自然と背にハナヤをかばう。


「人がっ!? いや、気配はなかったはず……下がってろ、ハナヤ!」

「あ、待ってよザジ。これって多分、大丈夫だよ? って言っても、ザジにはわからないか」


 現れたのは、やけに白い顔をした青年だ。

 人に見える。

 黒いローブで全身を覆い、妙な光沢の銀髪ぎんぱつで付けた長身だ。

 だが、全く人の気配が感じられない。

 警戒心を解かぬザジに代わって、二人を乗せるオルトリンデが門番へと語り掛けた。


「見たところ、第五世代型のサイバーダインとお見受けした。こちらは連血れんけつ巫女みこ、マスターのハナヤ様。そして、案内人のザジ。行幸ぎょうこうの旅の途中ゆえ、一晩の宿を求めたい」

「さ、さいばーだいん? なんだそりゃ」

「もー、ザジ? 少し静かにしてて。えっとね、確かサイバーダインってのは――」


 オルトリンデを見ても、門番の男は全く動じなかった。

 喋る不思議な乗り物に対しては、ザジもそうだが大半の人間が驚くはずなのに。それなのに、門番は眉一つ動かさない。

 そもそも、端正な顔立ちには全く表情がなかった。

 そして、人とは思えぬ不気味な冷淡さが声となって伝わる。


「……まだ、人間たちはそのシステムを運営しているのか。そちらは……ふむ、対戦車モービルだな。比較的新しいタイプだが、こちらのデータベースに該当する車両がない」

「私はマスターの護衛であり移動手段として新造され、現在の人格をインストールされました。故に、旧人類同盟じんるいどうめいでの運用や生産体制に関しては認知しかねます」

「了解した。では、君たち三人を保護しよう。十分な休息と補給を保証する」


 ザジはひたすらに驚いて、目を白黒させるしかできない。

 ハナヤですら、半分くらいしか認識できていないようだ。

 不思議な門番とオルトリンデだけが、まるで同族、同胞のように言葉を交わす。

 門番は冷たく「ついてくるがいい」とだけ言って、城の中へと歩き出した。薄暗い中へとザジが警戒心を研ぎ澄ませば、オルトリンデがライトで照らしてくれる。光の中で門番は、一度だけ振り返ってザジたちを促した。

 真っ暗な中、オルトリンデから降りたザジとハナヤは歩いて進む。

 墓所ぼしょのように静まり返った城の闇は、どこまでも奥へ奥へと続く。

 歩きながらザジは、身を寄せて囁くハナヤの言葉に耳を傾ける。


「んとね、ザジ。サイバーダインっていうのは確か、大昔に作られた機械なの」

「機械だあ? それってつまり、オルトリンデと同じってことかよ」

「そう。オルたんは、なんだっけ? その、ナントカモービルに入ってるAIだけど。サイバーダインはあらかじめ、人の姿をした機械にAIを搭載してるの」

「いやいや、待て待て。ハナヤ、俺らだって機械ってのは知ってるんだぜ? 時々掘り出されるし、動くものだってたまに。でも、あいつは……そりゃ、確かに生き物の臭いがしねえけどよ」


 ザジは改めて、オルトリンデがライトで照らす背中をまじまじと見た。

 信じれない。

 理解しがたい。

 機械というのは、大昔の人たちが作った道具のことだ。例えばそう、先日のライラが持っていた銃とかいうのも機械だろう。ただ、ハコブネの街を始めとする各地で出土するが、使うことも直すこともできない品が大半だ。

 そもそも、なにに使うかさえわからない物……それが機械である。

 だが、極稀に使用可能な物が発掘され、その存在自体が生活を一変させてしまうこともある。そうした場合の多くが、生活圏そのものに悲劇をもたらすという話もザジは聞いていた。

 長老たちが先代、その先代やさらに先代から受け継いできた伝承の存在も大きい。

 機械を用いた一大文明を築いていた太古の人々は、機械に頼り過ぎたゆえに滅んだと。


「そういや、ライラはあの銃ってのをここに持ち込むって言ったな。なんか、チカチカ光ったら力を込めなおさなきゃいけないって」

「でしょ? つまり、このお城は……まだ科学文明の技術が生きているのかも。ボクが生まれて育った場所よりも、もしかしたら」

「そういや、ハナヤ。お前……流れ星に乗ってきたけど」

「うん。……ボクの故郷も宇宙だよ。この星を見守る場所……この星を作り変えた人たちの末裔。ボクはそう言われて育った、と、思う」

「ウチュウ? なんだそら。それにしてもお前、曖昧あいまいだな」

「あんましね、連血の巫女になる前の記憶ってよく覚えてないんだ」


 長い長い回廊は続く。

 城自体も外から見て巨大だったが、ザジは直感と経験で察していた。

 少しずつ下へ、地の底へともぐっている。つまり、そびえる城自体の見えている部分は、ごく一部だ。闇の中でも、鍛え抜かれた距離感覚はザジに警戒を呼びかけてくる。

 しかし、そうしてザジが注意深く守っていることも知らずに、ハナヤは言葉を続けた。


しゅはボクに言ったんだ。この星の民を救うため、幾度いくども繰り返しつかわした存在……救世きゅうせい乙女おとめ。それが連血の巫女だって。だからボクは、星都せいとチェインズに向かわなきゃいけない」

「……それよぉ、俺も考えてたんだけどさ。その、主? ってのは馬鹿だな。流れ星に乗れるんなら、直接チェインズに落ちればよかったんだよ」

「ん、それも多分できるけど。そうしないってことは、ボクの旅になにか意味があるんだと思う。それに……ザジに会えただけでも、意義があったと思うな」

「なんだよ、気持ち悪ぃな」

「ふふ、それに……たとえ限られた血でも、ボクの絶対血清マイティブラッドで助かる生命いのちもあるし。そういうことを主は、ちゃんと考えてるんじゃないかなあ」


 だが、妙な予感がザジの胸中を過る。

 ハナヤが絶対の信頼を向ける、主なる存在……そのことがどうしても、ザジには不思議に思えるのだ。何故、こうも回りくどいことをしているのか。そもそも、古くより言い伝えられている、百年に一度の連血の巫女の降臨……それは単純に、ザジたちへ向けられた救済きゅうさいなのだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に門番の男が振り返った。

 彼の前には、再び巨大な門がある。

 そっと手をかざしながら、門番は抑揚に欠く声で話す。


「遠路はるばるご苦労だな。連血の巫女、そのシステムの存続に対して、我々はできる限りを約束しよう。……ここから先に人間が立ち入るのは、実に数千年ぶりだ」


 そして、門が開く。

 溢れ出した光の中へと、ザジとハナヤは手をかざして目を守った。

 そこには、外の夜を忘れる光景が広がっていたのだった。

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