最果てのブラッドリング
ながやん
第1話「出会い、或いは――RETRY」
太陽の光が遠くの
この星に、朝が来る。
少年は今、去りゆく夜を追いかけて走っていた。
名は、ザジ。
かつて
ザジは走る……遠き
今は見る影もない、科学の文明を忘れた肉体だけで、走る。
「流れ星! 俺は……俺は、見たっ! いつものより、ずっと、ぐっと、近かった!」
今、この星は
人間は遠い昔、大自然の摂理に屈したのだ。
今、この星を満たす主は……人間以外のあらゆる生命体。
暴力的なまでに生命力に溢れた大自然を、人はネイチャードと呼んで恐れた。
「この地面! ……近いぞ、この先に……あったぁ!」
腰まで
高熱で
まだ白煙を巻き上げている、それは夜に見た流れ星。
村から追いかけ二時間は走ったが、ようやく辿り着いた。
「へへ、一番乗りだ……つまり、二番手が来るまで、喰らい放題ってことだ!」
ザジが
背には大きなピッケルを
父はこれを、流れ星に最初に追いついて得たのだ。
「……しっかし、こりゃどこをどうすりゃいいんだ? ……開いてるあそこが入り口か? なんだよ、流れ星って中に入れるってのか?」
夜明けの光が強く、熱く燃え始めた。
そろそろネイチャードたちが本格的に目覚め始める。動植物の別なく、日の出てるうちに活動できるのは強い個体だけだ。弱い個体は夜行性となって、闇の中を影から影へと生きねばならない。そういう弱いネイチャードだけが、ザジたちのような狩人の獲物なのだ。
だが、流れ星は別だ。
そもそも、イキモノでもなければ岩や山でもないらしい。
それは、
注意深くザジが回り込もうとした、その時。
不意に悲鳴が響く。
女の、それも少女の声だ。
「今の声! 他にも、星を追いかけてた奴がいたのか!?」
俊敏さを爆発させた彼は、地を這う影のように
身を低くして、
すぐに視界が狭くなる中で、風景が背後へと飛び去る。
鋭敏な感覚は、獰猛な野生の敵意を拾っていた。
二度目の悲鳴の、その中心へと飛び込むザジ。
「下がってろ!
真っ白な肌、そして
目も覚めるように美しい裸体が、
どっちにしろ、正気の
明るくなったこの時間に、水辺に近づく……あまつさえ、水に入るなんて。
点在する森や茂みに隠れるように、小さな泉はあちこちにある。
その一つで少女が振り返る。
濡れた大きな瞳に、ピッケルを構える自分が映るのがザジには見えた。
「キミは!?」
「こっちだ、早く!」
瞬間、少女の背後で巨大な水柱が
響き渡る獣の
日の出と共に活発化した、この星の支配者……ネイチャードだ。それも、植物型ではなく動物型。どうみても肉食だ。
「チィ! おい、あんた! 早くこっちに来るんだ!」
「あ、脚が……」
「ちょいとヤバいぜ……
人の時代を終えて今、翠の星を支配するのは……大自然。かつて科学文明の消費社会で受けた仕打ちを、あらゆる大自然は忘れてはいなかった。再び摂理が支配する世界では、人間のヒエラルキーは限りなく低い。
だが、まだ火と道具があることで、辛うじて生き残っている。
そしてザジは、若くして村長に認められた狩人だった。
「っし、やるか!」
のろくさと水を
同時に、振り上げたピッケルが獲物へと吸い込まれた。
普段は、こんな危険な狩りはしない。
だが、熊というのは……まだザジは倒したこともない。
当然、食べたこともない。
それはザジにとって、とても大事なことだった。
振り下ろした一撃が、熊の
ピッケルを手放してしまったザジは、膝上まで水に浸かりながらも距離を取った。
「へへ、やるじゃねえか……お前が勝ったらそれをやる! 俺のオヤジの形見だぜ。俺が勝ったら……手前ぇを、カッ喰らうっ!」
両手を振り上げた熊が、鋭い爪を繰り出す。
大きく上体をスェーさせたザジの、たなびく長髪の先が細切れに舞う。だが、構わずザジは大きく身を揺すって狙いを散らしつつ、側面へと回り込んで水面を蹴る。
足場の悪い中でも、強靭な足腰で熊の背にとりついた。
もう一度ピッケルを手にして、それをより深く押し込めば、勝てる。
直感でしかない確信が、ザジに危険な高揚感を与えていた。
しかし、熊も流石は摂理の一角、ネイチャードの肉を喰らうネイチャードである。必死でザジを引き剥がそうと暴れた。
その時、聞きなれない爆音……そう、機械の金属音が鳴り響く。
「ハナヤ、怪我はありませんか? ……原生動物、危険度A++と認識……その背に、人間? 原住民と推測」
ザジの視界の隅に、不思議な物体が走っていた。
左右非対称、右側は前後に輪を回転させる
そして、ようやく岸にあがった少女は叫んだ。
「お願い、オルたん! 彼を助けてあげて!」
「マスター、私は第七世代型の自律戦闘用AI、オルトリンデ。そのような呼称ではありません。音声入力は正確に願います。それと……原住民への接触は可能な限り避けるべきかと」
「ボクのせいなんだ、水浴びなんか……その、青い水が透き通ってて。綺麗な自然の水、初めてで! だからつい、ボク! それで彼が」
「……まあ、どのみち案内役は必要でしょう。では――」
少女の声に答える、謎の物体。それは女の声で喋っているが、酷く冷たくて平坦だ。
必死でザジは熊の背を昇る。
どんな断崖も
全身の筋肉に
それでも、振り落とされぬように剛毛を
肉の壁は大きく暴れて転げながら、ザジを振り落とそうとしていた。
だが、異変が突然一人と一匹を襲った。
「少年、マスターに……
直後、苛烈な光が謎の物体から
まるで、稲妻だ。
閃光が熊を貫き、
あっという間に熊は、小さな悲鳴と共に動きを止めた。
そして、今まで以上に暴れ始める。
だが、僅か一瞬……一秒にも満たぬ硬直は、ザジには
「なにをやったか知らねえが、
あっという間にザジは、余力の全てで再びピッケルを握る。
そして、それをバネに宙へと舞うや……急降下で蹴り足をピッケルへと叩き込んだ。左右対称に伸びる鋭角の片方、その根本を蹴り込む。
鈍い感触と共に、
ピッケルを引っこ抜いたザジは、全身で呼吸を
気付けば目の前に、裸の少女……確か、ハナヤと呼ばれていた娘が立っていた。
「えっと、大丈夫? だよね? あーあ、水が血で
「当たり前だろ、馬鹿かあんたは」
「ま、あらゆる血は尊いから……って、また馬鹿っていった! さっきは馬鹿野郎って!」
「野郎は取り消す、立派なもんだしな……いい尻だ、頑丈なガキをバンバン産めそうだぜ。でも、馬鹿だけどな」
「また! ぐぬぬ……って、ぁ……あ、あわわ……ボク、裸だったーっ!」
慌ててハナヤは、ザジに水を浴びせて走り去る。先程、謎の光を放った物体に駆け寄り、その影に隠れた。
そして、ハナヤを
「少年、礼を言おう。マスターの救出に感謝を。私は対戦車モービルに搭載された第七世代型の自律戦闘用AI、オルトリンデだ」
「オルたんだよっ! そしてボクは、ハナヤ!」
「マスターの使命のために協力してもらえないだろうか。道案内を頼みたい」
だが、半ば無視するようにして。ザジは一息つくや仕事にかかる。
妙な少女と謎の物体のせいで、流れ星への一番乗りが無駄になりそうだ。話に聞いてた流れ星は、宝の山で、未知の神秘で、幸せの塊だったのに。頭の弱そうな、乳やら尻ばかりむちぷりとした少女と、喋る物体がいるだけだ。
だが、突然の遭遇とはいえ熊は
初めて肉食のネイチャードを倒した、これにはザジも興奮を隠せない。
「なあ、あんた! ええと」
「ハナヤだよ。ねね、キミは?」
「俺か? 俺はザジ、アスモ村の狩人ザジだ! で……その妙なの」
「ああ、オルたん?」
「熊を引き上げんの、手伝ってくれよ。それ、なんか知らないけど乗り物なんだろ?」
右側の二輪には
だが、女の声がするから、中には人間が入ってるかもしれない。
どっちにしろ、ザジの目的は一つだった。
「……ねね、ザジ。オルたんを使って……なにすんの? それ、やっつけたんでしょ?」
「ああ? やっぱ馬鹿だな、あんた。決まってるじゃねえか……カッ喰らうんだよ!」
これが、ザジとハナヤ、そしてオルトリンデとの出会いだった。
紅い巨月を見上げる星、翠に支配されたネイチャードの
流れ星という名の大気圏突入カプセルが運んできたのは、冒険。
だが、今のザジには初めての熊退治と、その肉の味で頭がいっぱいだった。
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