第22話「強攻、ちなみに―― RESURRECTION」

 ザジは今、星都せいとチェインズの地下を走る。

 どれだけ地の底へともぐっただろう?

 未だ激震に揺れる中で、耳障みみざわりな金切り声が近付いてくる。まるで、ネイチャードが断末魔を叫ぶ悲鳴のような音だ。

 やはり、サクヤの手によって破滅が近付いている。

 それを教えてくれたのは、ハナヤだ。


『ザジ、お願い! 地下にあるこの街の動力炉が暴走を始めたんだ……だから』


 言われてることの一割も理解できなかった。

 だが、ハナヤが嘘をついていないことはわかった。

 ハナヤが皆を守ろうとしてることだけは、はっきり感じた。

 長らく旅をしてきた仲である。もう、彼女の表情から胸中を察することができるし、それが容易よういな人種だと知っている。ハナヤはすぐ顔に出る……すぐ笑い、すぐ泣いて、コロコロと変わる表情は季節の花にも似て多彩だ。


『最下層にある動力炉の制御システム、その中枢を破壊して。手段は問わない……一目見ればわかると思う。この星都チェインズの心臓部を止めてっ!』


 転がるようにして、階段を猛ダッシュでザジが駆ける。

 下へ、下へ、さらなる下へ。

 ガムシャラに走るザジが、広いフロアに出た。

 ここから下へと降りる階段が見当たらない。周囲には訳の分からぬ機械がうなっているし、動力炉とかいうものの悲鳴は今も下から聴こえている。だが、真っ暗な穴に突き出た崖以外に、周囲になにもないのだ。


「クソッ! どこから降りればいい? ……あのがけか、その下の穴か!」


 それはまるで、奈落アビス深淵しんえん

 下は何も見えず、ただただ耳に痛い金属音だけがただよってくる。底の見えない暗黒のほらは、熱気をはらんだ風でザジの汗を冷やしていった。

 手詰てづまりになったと思った時、背後で突然声が響く。


「ザジ、乗ってください! 今、エレベーターのロックを解除します!」


 振り向いた時にはもう、身を翻していた。

 その場に滑り込んできたのは、オルトリンデである。その座席にまたがり、ザジはハンドルを握る。馴染なじみのない機械のかたまり、未知のテクノロジーが知らぬ間に恋しかった。

 いつもの微動と心地よいモーター音で、オルトリンデはザジを乗せて止まる。

 彼女が何かしたのか、ガクン! と崖が鋼鉄の床から切り離された。

 そして、ゆっくりと穴の底へ向けて下がり始めたのだ。


「おい、オルトリンデ! これは」

「これが動力部への直通エレベーターです。どうやらサクヤがロックしたようですが、今の私はアクセス権限が大幅に解放されました。それに従い、開示かいじできる情報も増えたことをお伝えしておきます」

「訳がわかんねえよ、けど……よく無事だったな、オルトリンデ。ハナヤには会ったか?」

「ええ、無事を確認しました。マスターの要請でこれより、私はザジの命令を第一に行動します」


 オルトリンデの声は、いつもの抑揚よくようがない無機質なものだ。

 だが、今のザジには何よりも心強い。

 そして、それが無感情だとは思えないえにしを感じていた。


「命令? 馬鹿いうなよ、オルトリンデ。二人でやんぞ、ハナヤと街を助けんだよ!」

「二人、とは?」

「俺とお前だ! 頼むぜ、……俺は命令される人間なんか知らねえよ。俺等はこの星で、命令されたりしたりは知らずに生きてきた。支え合わないと生きてこれなかったからよ」


 どんどん闇の中へとエレベーターは降りてゆく。

 その駆動音を聴きながら、オルトリンデは黙っていた。

 ザジはゆっくり、自分でも噛みしめるように言葉を選ぶ。


「命令はごめんだ、けど……色々たよる、たのむけど、いいか?」

勿論もちろんです、ザジ。私は人間に奉仕ほうしして支え、そう……となりに並んで共に歩む者」


 悪くない。

 正直、ザジはうれしかった。

 ハナヤの願いをかなえる、この街を救う……そのためにベストを尽くす覚悟はある。ここまできたら一蓮托生いちれんたくしょう、毒を喰らわば皿までだ。だが、具体的にはベストの尽くし方がわからない。

 でも、オルトリンデが一緒なら別だ。

 そう思っていると、彼女は静かに語り出す。


「ザジ、聞いてください……ハナヤを通じてしゅが異常を察知したため、プロテクトが緊急解除されました。私の話を、信じてくれますか」

「どうやって疑うんだよ、相棒の話を」

「……ありがとう、ザジ。ありがとう、相棒」


 オルトリンデは真実を、

 ハナヤやオルトリンデが主と語る存在、それは巨大な永続性を持つシステムだ。かつて宇宙の隅々までを荒らし終えた人類は、母なる地球すら滅ぼすまでに暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くした。そして、手遅れになって気付いたのだ。自分達が種として行き詰まり、袋小路ふくろこうじおちいっていると。


「人類は地球再生としゅの存続を望み、システムを構築しました。それが……主。主が種のために稼働していたのです」

「なんでえ、自分のケツを吹けねえからって、ケツを吹く道具を作ったって話か?」

「そういう解釈で間違っていません。そして、かつて月だったこの星をテラフォーミングし、六分の一しかなかった重力をかさ増ししました。その全ては、我々が今目指している地下の動力部、およびその制御ブロックが維持しています」


 旧人類は考えた。

 万物の霊長れいちょうであったがゆえに、宇宙を荒らして人類は自分の首を締めた。獰猛どうもうな肉食獣として、あらゆる動物を食べ過ぎたのだ。えさがなくなり同族同士で喰い合い、最後の一匹になって気付いたという訳だ。

 そして、種の保存のために月にいびつな生態系が人工的に造られた。

 人類がつつましい存在でいられるよう、強き摂理せつりの代行者としてネイチャードが造られたのだ。人類はギリギリ生存可能な自然の中でなら、調和できると思ったのだろう。


「そのシステムを管理しているのが、主であり……新人類のDNAを百年に一度更新する、それが……連血れんけつ巫女みこ。サクヤが言うように、元から悪意ある管理体制ではなかったのです」

「なら、どうして」

「主は百年に一度、連血の巫女をつかわします。そして、地上のデータを集めて旅し、最後にこのチェインズで交代する。交代する際、絶対血清マイティブラッドがもたらす抗体の星への散布と同時に……古い巫女から新しい巫女へと、。そういうマシーンがあって、長きサイクルを維持してきました」

「……へっ、そうかよ。読めたぜ、馬鹿な俺でもわからあ」


 恐らく、サクヤは前任の古い巫女と交代した時に思った。

 記憶を引き継ぎ、自分が旅して集めたデータから産まれた、完全な絶対血清をばらまいたあとで思ったのだ。百年後、次の巫女が来た時……マシーンを少しいじれば、記憶を渡して消えるのではなく、人格ごと記憶を押し付け相手を塗り潰し、新しい巫女を乗っ取れると。


「主は残念ながら、その現実に気付けませんでした。何故なら……数万年もの時間の経過が、システムの物理的な維持を困難にしていたからです。既にもう、主は百年に一度の巫女の投下を、かろうじて遂行すいこうしているに過ぎません」

「なるほど、神様の方が先にへばっちまったのか」

「そして、イレギュラーな存在となったサクヤは、本来の連血の巫女の存在意義をゆがめ……むっ! 気をつけてください、ザジ!」


 エレベーターが止まって、最下層の冷たい空気がザジを包んだ。

 目を凝らせば、闇の向こうにぼんやりと光がひろがっている。

 あれが恐らく、動力部を制御する中枢システムだろうか。

 だが、ザジは急ハンドルでオルトリンデをスピン寸前の急旋回へと放り込む。同時に、今までいたエレベーターの床が抉れて破裂した。


「やべぇのがいるぜ、何だこりゃ!」

「ザジ、気をつけてください。数万年前の亡霊、

「ぱ、ぱんつ? もーたろう……何だって?」

「遙かなる太古の昔、人類が運用した人型機動兵器ひとがたきどうへいきです。オートのようですね……データ照合、これは61式【閃華せんか】です。単分子結晶たんぶんしけっしょう製の剣を装備しています。注意を!」

「どーやって気をつけろってんだ、クソッ……逃げて奥へっ!」


 フルスロットルを叩き込めば、尻を振りながらオルトリンデが走り出す。

 その背後を、鋼鉄の巨人が武器を振り回しながら追いかけてきた。

 人の気配は感じない。オルトリンデと同じか、それ以上に無機質な存在だ。それでいて、強烈な殺気がひしひしと伝わってくる。この場所を守る守護神ガーディアンという訳だ。

 かなうわけがないのに、ザジは背のピッケルを手にして身構えた。

 次々と襲う斬撃の衝撃で、真っ直ぐに走れない。

 だが、オルトリンデは自動操縦ではなく、ザジへとマニュアルのコントロールを託してくれる。信頼関係が互いを結ぶ限り、ザジはオルトリンデを我が身のごとく操れる気がした。


「オルトリンデ! お前、ちょっと行ってあのピカピカを壊してこい! 俺がこのデカブツを引きつける!」

「いけません、ザジ! もっと効率のいい……ベストな選択があります。主より全ての権限を解除された今、私は本来の機能の最大限をかして……ザジを守ります!」


 それは突然だった。

 ザジが跨る横で、突然サイドカーが分離した。いつもハナヤが座ってた席が、複雑に変形してゆく。同時に、ザジを包むようにオルトリンデ自体が姿を変えていた。あっという間に、ザジは立ち上がったオルトリンデに完全に密封されてしまった。

 サイドカーが再度合体した時……ザジを内包するオルトリンデは、人型になっていた。


「お、おいっ! オルトリンデ!」

「これが対戦車モービルたる、私の強攻形態きょうこうけいたいです……さあ、今こそ障害を排して、この星の未来を!」


 今、オルトリンデはザジを包む鎧となっていた。

 そして、二回りほど巨大になった手に、あのピッケルが握られている。ザジの身体では長柄ながえのツルハシだが、巨体になった今はまるでつかだけの剣だ。

 そして、今までとがやいばだった部分をつばとして……突然、光の刃が長く伸びる。揺れるまばゆい粒子は、熱線の刀身だ。

 ザジのピッケルは強攻形態のオルトリンデの手に接続され、本来の姿を取り戻していた。


「ザジ、時間がありません! 目の前のPMRパメラは無視して――」

「いやっ、こいつを黙らせないと危険だ! パメラだかパンモロだか知らねえがあ! 俺とオルトリンデを……ハナヤの願いを、邪魔っ、すんじゃ! ねええええええっ!」


 ごう! と音を立てて迸る光の剣を、ザジはそのまま鋼の守護神に叩き付ける。真っ二つに割れて崩れ落ちる敵を見もせず、彼は向かうべき動力炉の中枢システムへと駆けた。

 オルトリンデに包まれてるだけで、普段の何倍も身体が軽い。

 そのままザジは、手にする輝かしい刃を突き出し、明滅する不協和音ふきょうわおんの中心を破壊する。そのまま爆発の炎に放り込まれながらも、彼は不思議な達成感を感じていたのだった。

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