第8話「交錯、さりとて――REACT」
この星に生きる人類の朝は、早い。
巨大な
クスク村でも、総出でまずは草刈りをする。
村のあちこちで
ザジのいたアスモ村もそうだった。
それが終わると、ようやく個々に任された仕事が始まる。
そんな中、ザジは朝からライラに付き合わされていた。
村の広場で今、二人は木を削った刃のないナイフを向け合う。
「いいね、ザジ! 手加減はなしだよっ」
「わーってる! けど、なあ……」
「やっぱ嫌かい? アタシが女だから」
「そうだ。俺ぁ、女に手荒な
「そういう素直で正直なとこ、好きだ、よっ!」
地を蹴るライラが目の前へと飛んでくる。まるで瞬間移動のような、点から点への突出。並外れた瞬発力に驚きつつ、ザジは落ち着いてライラの突きをいなす。
繰り出される鋭い
フェントを混ぜつつ、ザジも手を出しナイフを振るう。
だが、どうしても普段のような気迫が
「ほらほら、ザジッ! 本気を出さないと……
「あっ、あいつは、ハナヤは関係ねぇだ、ろっ!」
「おっと、火がついたねザジッ! いい男だよ、アンタ!」
ザジとてアスモ村で
だからこそ、
鍛え抜かれた感覚が告げてくる……ライラの腕が確かなことを。
同時に、豊かな胸の膨らみやくびれた腰が、どうしても闘争心を
人は生まれを選べないというから、それはしかたがない。だが、子を産み育てて村中の仕事をするのが、ザジが知る限りの女たちの生き方だ。まるで真逆なライラが、狩人として十全な能力を持っていることに戸惑う。
そんなザジの背中に声援が飛んだ。
「ザジー、やっつけちゃえー! 攻めて攻めて、ガンガン押してーっ!」
「マスター、そのような発言は巫女の品格を疑われます。おやめください。
「オルたんもほら、応援してっ!」
「
オルトリンデの上で、ハナヤが気炎をあげる。
不思議とザジは、彼女に無様はみせられないと気負う。どういう訳か、彼女の前で負ける自分を想像したら、無性に腹が立った。
それは血中の酸素を爆発させる。
ザジはライラの薙ぎ払いに刀身を立てて、衝撃の音をカツン! と響かせた。
次の瞬間には、細い手首を握るや円の動きに引き込む。
周囲の空気が渦巻き、背負って投げたライラが宙を舞った。
「俺の勝ちだな、ライラ! ったく、なんて女だよ」
「イチチ……やられたあ。ハハッ、ザジは強いな!」
「ったりめーだ、誰に言ってんだ誰に。おら、立てっか?」
身を起こすライラへと、ザジは手を伸べた。
なんだか背中で感じるハナヤの視線が痛い。負けるなと言ったから勝ったのに、どうして彼女は頬を膨らませながらむくれているのだろう? 理不尽さにザジは眉をひそめる。
ザジの手を握ったライラは、そのまま見上げながら笑った。
「なあザジ、アンタさ……ここでアタシと結婚しないか?」
「はぁ? お前、なに言ってんだよ。お前の相手は」
「指輪なら、突っ返してやった。アタシに
ライラの瞳には、危うい輝きが見て取れた。
だが、その気持ちがザジにはわかる。
模擬戦とはいえ、刃を交えて
ライラは声をひそめて、ザジに静かに
「連血の巫女なんてさ、あのヘンテコな乗り物で送り出しちゃえばいいだろ?」
「それはできねえ! あいつはリリの、妹の恩人だ。そして、あいつの
「じゃあ、どうして巫女様は真っ直ぐ
確かにザジも見た。
ハナヤは流れ星に乗ってやってきたのだ。
多くの村で言い伝えになっている、幸せの流れ星。それを追いかけ一番乗りした者だけが、大いなる宝を手に入れられるのだ。ザジが肌身離さず背負うピッケル、父の形見がそうだ。父も流れ星を追って、不思議な金属のピッケルを手に入れたのだ。
それは全て、
そして今回は、連血の巫女としてハナヤが降りてきたのだ。
「おかしかないかい、ザジ。巫女様はわざわざ危険な旅をする必要があるのか?」
「それは……その、なんだ」
「ふふ、スキありっ!」
「お? おっ、おわあ!」
不意にライラは、握ったザジの手を
同時に、脚を払ってその場でザジをひっくり返す。大地につんのめったザジは、すぐに立ち上がったライラに腕を
油断が招いたことだが、決着の後であることはライラが承知している。
それでも彼女は、ザジの肘を逆関節に
「アンタの子なら産んでもいいってんだ。なあ、ザジ! 巫女様の
「ぐっ、お前……イテテ。で、でもよ……しきたりはしきたりなりに、守ってんだよ」
「なにを!」
「女と、子供とだ。村と、暮らしと……俺にそれ以上わかっかよ!」
「なら、それに倍するものをアタシが得てくれば? 認めるのか、ザジ!」
「男には子供は産めねえ。男と女は、どっちが欠けても駄目だろ。なら、互いにハマる場所にハマって、あとは互いのために働けばいいじゃねえか」
ライラはつまらなそうに鼻を鳴らして、ザジを解放した。
だが、その背後で……ザジが手放した木のナイフを拾う気配。
振り向けばそこには、真剣な顔をしたハナヤが立っていた。その手に、いかにも不慣れな様子でナイフを握っている。
ライラが笑いを浮かべると、彼女はへっぺり腰で切っ先を突き出した。
「次、ボクッ! ザジ、見てて……
「やめなよ、巫女様。アタシだって、アンタが星都に行ってくれりゃありがたいさ。御神体の力でも病気は治せない。それがわからないから、村長もみんなも御神体に祈る」
「祈りの気持ちを馬鹿にしないで!」
「馬鹿になんか……してる、かな。祈り願っても、御神体は応えてはくれない。あれは武器だから。武器は敵を倒してこそ、
「ボクたちが、連血の巫女が旅する理由を教えてあげる。それは、祈りが見えないから……
震えながらも叫ぶハナヤが、ザジには
怯える気持ちを隠さない彼女は、それでもライラと戦う気だ。その
ライラが背負うライラの世界。
そして、ハナヤが抱えるハナヤの世界。
二つの価値観は、ぶつかり合う視線の中で弾けて火花を散らす。
だが、その時だった。
「ライラッ! ライラは……ああ、いてくれたか! 助けてくれ、奴が……キリンヤガが出たっ! この村に向かってた
緊迫感を叫ぶ男の声で、ライラはすぐに鋭く表情を
その時にはもう、へなへなとハナヤはその場に崩れ落ちていた。
「頼む、ライラ! ハコブネの街からの商隊だ。村でも買い付けるものが沢山ある!」
「チィ、あの
ライラは村の奥、
ザジは立ち上がると、ハナヤへと手を伸べる。彼女は震えながらも、ザジを見上げて無理に笑ってくれた。そして、意外なことを言い出す。
「ザジ、お願い……ライラさんを助けてあげて」
「ああ? 俺がか? お前も見たろ、あの御神体っての。すげえよ、あんな飛び道具があるんじゃそうそうヘマは踏まねえ。ライラ自身も立派な狩人だしな」
「それでも! ……嫌な予感がするの。祈りも信じず、願いは
「……わっかんねえなあ、でも……あのでけぇ狐には借りがある。うし! ちょっと村で待ってろ。ライラの前に俺が狩ってやるよ。俺だって、あの御神体に負けてらんねえしさ」
ザジは身につけた防具をチェックして、ピッケルを改めて背負い直す。
おずおずと立ち上がったハナヤは、心なしか顔色が悪かった。彼女は唇を噛みながら、震える声を絞り出す。
「ボク、もっとライラさんと話さなきゃ……伝えたいのは信仰じゃないんだ。ただ……信仰を信じなくても、信仰心を持つ人を信じて欲しいの。上手く言えないけど」
ザジの村には御神体などはないが、村人は誰もがなにかを信じていた。
それはこの星を埋め尽くすネイチャードであり、同じ生命への敬意かもしれない。祈る対象は時に川のせせらぎであり、吹き渡る季節風であり、ザジが狩ってきた獲物の時もある。恵みへの感謝を忘れぬことで、謙虚に生きる姿がそこにはあった。
そして、それがなにかしらの利を生み出しているかはわからない。
しかし、その想いを共有することで、ザジの村は平和な営みを続けてきた。
ザジはハナヤを安心させるように頷くと、戻ってきたライラのあとを追う。
ライラの手には、御神体がチカチカと不気味な赤い光を明滅させていた。
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