見果てぬ荒野に一人。でも、仲間も戦っていると知っている。だから、俺も一歩を踏み出している
ここは正門から道を挟んだ所に建つ、ログハウス風喫茶店、シャマイン。
俺たちは北東の庭園で一時間くらい首をひねっていたんだが、金髪のちっこいおこちゃまがトイレに行きたいとか言い出したので揃って移動してきた。
協力無しだから説明はされていないけど、一緒に行動した方がいいことくらい分かる。
いつも真っ先に暗号が解けた俺たちに群がる有象無象。
でも、それは妨害扱いになるだけで協力扱いにはならない。
それを逆手に取るわけだ。
一人が暗号を解けたら他の連中も付いて行けばいい。
そうすれば、勾玉を手に入れるまで盾になるくらいのことはできる。
もっとも、いつもと違って競合相手が現れるとは思えねえけど。
こんな超難問、同時に解読できて現場で鉢合わせ、なんてことにはならないだろ。
――俺達が戻ると、偶然シャマインにいた姉ちゃんが客を追い出してくれた。
貸し切りになった店内には、三木おばちゃんと姉ちゃん、後は、俺の仲間たちが思い思いの姿勢で暗号に挑んでいる。
カウンターに置いた紅茶を香りだけ楽しみつつ、凛々しく仁王立ち。
金糸を指に絡めながらうつむき加減に携帯をじっと見つめる才女。
俺に厳しい司令官。鼓歌音花蓮。
白い毛布をわざわざ持ってきて、そこに褐色の肌が寝転ぶ。
紫がかった黒髪が美しいモデル系美女。
俺の迷惑千万幼馴染。紫丞沙那。
テーブル席に座り、俺から取り上げたルーズリーフに熱心に書き込み続ける。
赤いポニテを右へ左へ揺らす元気印。
俺の勇者様にして片思い相手。紅威朱里。
……思えば、不思議な光景だ。
俺の世界には姉ちゃんと、そこの迷惑女、あとは治人しかいないと思っていた。
ほんの一か月ほど前には、こんな優秀なメンバーと同じチームで戦うことになるなんて想像すらしていなかった。
まあ、学園の英雄になってちやほやされようとは目論んでいたけどさ。
そんな予定はちょっと狂ったけど。
迷惑な事ばっか持って来るお騒がせトリオだけど。
それでも、数々の戦いを一緒に戦ってきた、頼れる仲間たち。
こいつらと出会って、俺は少し変われた気がする。
自分を騙し続けてきたカラ元気が、本当の元気になった気がする。
『仲間』ってすげえ。
人は、自分ひとりの力じゃなんにもできないから仲間と共に力を合わせて大きなことを成し遂げるって教わって来たけど、それは間違いなんじゃないかな。
仲間ってやつは、人が大人になるために必要な物なんだ。
自分ひとりの力で大きなことを成し遂げるほどの人間になるために必要な物なんだよ。
……そんなことばっか、さっきから頭をよぎるのは。
何のことはない。
こんな暗号、俺にゃさっぱり読めやしねえからだ。
「だーーーーーーーっ!!! さっぱり分からんから余計な事ばっか頭をよぎる! ……お前ら、何時間もよく飽きねえな。尊敬」
もう、外は真っ暗。
さっき飯食ったのが八時ごろだから、もう十時近いんじゃないか?
なんて思いながら時計を見たら、二つの針が真上に向いていた。
「うそん。どんだけ集中してんだよ俺たち」
「経緯なんてどうでもいいの。早く解読して勾玉取ってきなさいな」
暢気に昔のアルバムを眺めながら紅茶をすすっていた姉ちゃんがはっぱをかけると、三人娘は生真面目に頷いて再び暗号と向き合った。
「ほら、しー君も頑張るって決めたんでしょ?」
「とは言ってもね……。なあ、姉ちゃんは読めたの?」
「それを言うのもヒントになるからね。ノーコメント」
「つめてえな。……ん? 姉ちゃん、若い!」
「あらありがとう」
にこにこし始めた妙齢さんをスルー。
俺の目は、アルバムに釘付けだ。
西洋風の衣装に身を包んだ面々を中心に、見慣れない制服の皆さんが並ぶ。
クラスの集合写真かな?
中心に立つのは、今より遙かに険のある黒髪のクールビューティー。
そんな姉ちゃんの両脇には、いつもの四人組がかしずいていた。
「これ、昔の多羅高の制服よ」
「へえ……。ロミオとジュリエット? なんかジュリエットの城がぼろアパートっぽく見えるけど」
「笑いながら作業したことによって生まれたアイデアよ。面白いでしょ?」
「うん、センスいい。コメディーなんだ」
「……懐かしい。みんなで真夜中まで準備して、教室で寝て。そしてこの日初めて、七色から暗号の楽しさを教わったのよ」
姉ちゃんが、柔らかい表情で写真の縁を指でなぞる。
そこには右半分しか写っていないうえに目をつぶった、うだつの上がらなそうな男がいた。
「……なんだっけ、前に言ってたやつ。つきとすっぽんだったっけ?」
「使える時、八本。変える時は、木とす」
そう、文字を他の物に置き換える。
暗号の基礎だとか言って何度もこの話を聞かされたな。
そして、決まってその後ノロケが始まるんだ。
……置き換えか。
役に立たないかな?
いや。
そもそも一文字しかない「る」を、どう変えろと言うのか。
やれやれ、やっぱり俺には読めそうにねえな。
眠気覚ましに姉ちゃんが飲みかけの紅茶を貰おうと手を伸ばす。
そんな俺に向かって、携帯がぱしゃりと音を立てた。
姉ちゃんはそのまま三人娘の姿もカメラに収めて、最後に楽しそうに微笑む。
「この姿も、思い出になるわね」
「そんなにいいものかね、思い出なんて。俺、昔の事なーんも覚えてねえけど不便にも感じねえぞ?」
そうつぶやいたら、噛みつきそうな顔でにらみつけてきたのは沙那だ。
なに怒ってんだよお前。
「ふふっ。あんたたち、いい感じに元通りになったのね。しーちゃんはすっきりした顔してるけど……、ほんとあんた、どうする気なのよ?」
「なにが」
姉ちゃんは返事もせずに、ただ肩をすくめてアルバムに向き直る。
なんの話やら分からないけど、これだけは分かる。
さっきの写真、印刷してアルバムに挟む気だろう。
アルバムの中の俺、か。
子供のころから、どれだけ成長したんだろう。
何が変わったんだろう。
でも、この三人と出会って、俺は変化を強要されるようになった。
負けるなとこいつらに言った以上、負けるわけにいかなくなった。
諦めるなとこいつらに言った以上、諦めることができなくなった。
できることだけ、ヒントを見つけることだけしたら、あとは他人に任せきり。
自力で暗号に挑むような真似はせず、ぬるま湯でのんびり。
そんな、今までの俺ではいられなくなった。
……いや。
この三人って言い方は間違ってるかもしれない。
俺を導いてくれたのは、いつも朱里ちゃんだった。
「……ふう。疲れた。初心に戻ってシンプルに考えますかね~」
腕をぐるぐると回した朱里ちゃんが声を発すると、皆も何となく息をつく。
朱里ちゃん、暗号解読は得意なはずだよな。
それがこんなにてこずって。
充血した目を指先でぐりぐりさせて。
凝り固まった首と肩を回して。
自分のためじゃなく、姉ちゃんの為に、あんなに必死になって。
……まったく。
お前を見てたら泣き言なんか言えなくなるっての。
ちきしょう、俺も頑張りゃいいんだろ!
朱里ちゃんの元に近付いてルーズリーフを一枚破いて。
『る』の字を書こうと思ったら、二色ボールペンを取り上げられた。
「最高潮だったやる気が急速落下だよ。ガリレオが言いましたとさ。やべ! 皆さん逃げてーーー!」
「間違えて落としたんじゃないわよ。あとこれ、あたしのなのに文句言わないで」
「俺のだバカ野郎」
「ぐだぐだとうるさいわね……、ほら」
朱里ちゃん。
二色ボールペンをばらして赤い芯だけ抜いて渡してくれたけど。
書けるかボケ。
ムキになって、ふにふにと曲がる赤ペンで子供の落書きのように同じところを何度もなぞって『る』の字にトライ。
どうにも、この最後のくるっとしたとこが難しい……?
……あれ?
ここ、『の』の字…………?
じゃねえや。
反対向きか。
さっき思い出話とかしてたから思い出しちまったのかな。
朱里ちゃんの罰を解除してあげた日、『の』の字が勾玉の位置だったんだよな。
でも、『>』とか余計なもんもついてるし。
関係ないか?
これは、左の方が大きいという記号。
音楽の時は、上の方が大きい音という記号。
これが無ければ勾玉なのに。
……考えて考えて。
多分、人生で一番頭を使って。
紅茶を一口飲んで、さらに考えて……、うん。美味い。
相変わらずシャマインの紅茶は美味いな。
ほんのり甘くて、イチゴのような香りが…………?
イチゴの香り?
集中して、穴が開きそうなほどにらみつけていたルーズリーフから視線をカップに移すと、その縁についたピンク色に気付いた。
…………これは。
「……ん? ちょっと雫流! それ、あたしの紅茶!」
「うおおおおおマジごめんっ! 無意識の内に、まさかのドキドキ間接ちゅー!」
すかさず頭部をガード!
が、いつもの奴が来ない。
……あれ? ドキドキしてるのに。
おーい、俺、ドキドキしてますよー。
お留守ですかー。
びくびくと見上げた頭上から、糸がたらりと垂れ下がる。
「………………………………引けと?」
🐦くるっぽー
ハトの声はすれども、いくら探しても真上には天井の絵しか見えない。
「見えてるから。縁がぺろんって剥がれてますから」
よく書いたね、それ。感心するわ。
タラリと垂れた糸の先、タライに繋がってるんだよね。
タライ……。
イト、タラリ。
暗号ばっか考えてたから変なこと思いついちまったよ。
「『イトタラリ』から『タライ』を抜いたら、『トリ』が出てくるってか!」
もう、どうあったって罰は執行されるんだ。
だったら自ら首を刎ねてくれるわ!
思い切って紐を引いたら、ひらひらとはがれた絵の先には予想に反してくす玉がぶら下がっていた。
それがパカンと開くと、『正解!』と書かれた垂れ幕がひらりとたなびく。
舞い落ちる紙吹雪。
そして流れるファンファーレ。
「すげえ! 俺、お前らの作った暗号を解読したんだ! じゃあタライも無し?」
歓喜と共に叫ぶと、ブザーと共に不正解の垂れ幕が下がって、
🐦がんっ!
後頭部を金ぴかの鈍器が強打した。
「くちばしでくわえただけでその破壊力……っ! 首のスナップ、半端ねえな!」
おおいてえ。
あれ? 手に持ってた紙がねえ。
子供が無理くり書いたような『る』の字。
べつにもう一枚書けばいいんだけど……、お? あった。
床に落ちてる。
でも、その上に紙吹雪が落ちて。
「…………『の』?」
裏返った紙が半分隠されて、『の』の字だけがそこに見えた。
ぐりぐり書いたから裏まで透けちまったんだな。
まあ、この床下に勾玉があるはずも無し。
左が大きいって記号を抜いたら『の』になるってだけ……。
「…………『く』?」
「さっきからなに言ってんのよ雫流。頭打っておかしくなっちゃった?」
「待ちなさい朱里! ……変態。推理するなら慎重にね」
「推理なんかしてるわけじゃねえけど、分かった。黙る」
前にもあったな、答えを言っちまってたこと。
今回は失格になっちまう。慎重に。
……でも、ほんとに推理でも何でもねえんだけど。
紙が裏返ったから、『>』が『く』になっただけ。
『る』って、ひっくり返して『く』を抜いたら、『の』になるのか。
我ながら小学生みてえなこと言ってるな。
でも、難しい解読法とか全然分からねえし。
俺にはこんな考え方が向いてるかも。
…………『く』を、一個抜いたら『の』がある。
一つ、『く』を抜いたら勾玉がある。
………………
…………
……
一字、『く』?
「あ。……………………あああぁぁぁぁぁあああっ!!!」
イチジクを抜くと、勾玉!?
朝のあそこかっ!!!
「よ……。おれ、よめ……」
「黙りなさい!」
花蓮が怒り顔で叫ぶ。
そして慌てて口を押える俺に溜息をつきながら、優しい笑顔で拍手をくれた。
沙那もなんだか見たことねえ程顔を赤くして、足をばたつかせて喜んでる。
俺……、やったんだ。
俺! SSランクの暗号解いたよ!!!
拳を音が鳴るくらい握りしめて胸の前に握る。
そんな俺の肩を、優しく叩く白い指。
振り向けば、朱里ちゃんのアーモンド形の瞳がすぐそばでキラキラと輝いて。
こんな可愛い子が、俺の事を称えてくれて。
あまりの嬉しさに、俺はタライを落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます