お前らの関係が、一週間ほど前に戻っている


 梅雨の晴れ間と言えば。


 主婦には待望のシチュエーション。

 でも、俺たちにはうっとうしいだけ。


 暑いし。

 湿気が凄いし。

 汗がべたついて気持ち悪いし。


「うええ、ハンカチじゃなくてタオル持ってくりゃ良かった」

「文句言わないの。せっかくのごはんが美味しくなくなるでしょ」


 ここは北東の庭園。

 芝生が青々と茂った憩いの庭。


 ちょっと寝たら意外とすっきりするもんだ。

 俺たちは昼前に目を覚ますと、弁当を抱えて学校に戻って来た。


「さあ、しっかり食べてね! 気合いを入れて作りました!」


 スカートを翻してくるりと回った朱里ちゃんが突き出すでかい弁当包み。

 一足早く起きて四人分のお弁当を作ってくれるとか、なんて友達想い。


 そして数日前に「もうお弁当は作ってあげない」宣言をされた身としては大興奮。

 思わず朱里ちゃんに駆け寄った。


「朱里ちゃんの手作り弁当リターンズ! すげえ! めちゃめちゃ嬉しいっ!」


🐦ドスン!


「てめえ、姫! 興奮するのも大概にしろ! ウチにぶつかりそうになった!」

「……おお。俺のピュアハートがまことに遺憾」


 今の今まで俺がいた芝生の上に、なにやら銀ピカのかたまりが落ちてきた。

 でも、沙那にぶつかりそうとかそういうんじゃなくてさ。


 朱里ちゃんに駆け寄らなかったら死んでたよね、俺。


「……俺の罰、レベルアップしてる気がするんだけど……」

「タライよか高級そうだし、いいんじゃね? 今のニアミスの罰に、この銀ピカの石はウチが貰っといてやるぜ」


 ああ、くれてやるよ。

 でも、石に座り込んだ沙那に、いぶかしげな目を向ける金パツインテ。

 この石になにか問題でも?


「…………その銀色、セリウム? まあ、削らなければ平気か」

「ウチの石になんかあるのか? これ、ヤバいヤツ?」

「べつに、優雅にしてれば何にも問題ないわ。暴れちゃだめよ?」


 なんのこっちゃ。

 まあ、メシ食うだけだから暴れることなんかねえだろ。


 それよりも、だ。


「てめえは楽そうだけど、俺たちはどこに座ればいいんだよ。芝生も乾いてねえし」

「雫流がシート出してくれるよね?」


 うそでしょ朱里ちゃん。

 なんでそこまで当然のようにめちゃくちゃ言い出すの?


「ズボンとシャツしか持ってねえよ。しかもそれをお前らにあげたら、俺の敷物はパンツだ。丸出しになるだろ」

「服なんかいらないわよ。前はハトさんに布団持ってきてもらったじゃない」


 ああ、そうだったな。

 でも今日はあれじゃ暑かろう。

 レジャーシートが欲しいとこだけど。


 前は掛け布団な気持ちでほっこりドキドキしたから落としてきたんだよな。

 よし、それなら今度は…………。


 今度は?


 レジャーシートな気持ちって、なんだろう。


「変態。出せないなら取ってきなさいよ」

「……ワンチャンくれ」


 どんなだ? レジャーシート気分って。

 目を閉じて。

 考えろ、俺。


 久しぶりの、四人での食事。

 朱里ちゃんの手作り弁当を囲んで談笑。

 ぽかぽかで幸せなお昼。

 ああ、なんてふんわりほっこりとしたドキドキ感。


 でも、よく見てくれ!

 俺たちの四隅に置かれた石な!

 これ重要!


「どうだ!」


🐦🐦🐦🐦ごんっ! ごんっ! ごんっ! ごんっ!


「そっちかぁぁぁぁぁぁっ!!!! 頭われるわっ!」


🐦ぼふっ


「もがっ! …………そして結局掛け布団な」


 これが俺の限界だ、文句は認めん。

 ほれ、座れ。


 俺が芝生の上に布団を敷くと、朱里ちゃんは嬉々として、花蓮は不満顔で上がり込んだ。


「あたし、紫丞さんのそば! あーんってするんだ!」

「……おお、紅威。もう、その変なのいらねえよ」

「変なのってなによ!」


 むくれる朱里ちゃんに、沙那は少し優しい笑みを向ける。


「だから、てめぇが無理やりウチを好きって言わなくてもいいって話だ。……ぐだぐだ悩むのやめたから」


 なんの話だろ。

 朱里ちゃんには分かる話なのかな。

 そう思って表情を窺ったら、怪訝な顔してるし。


 これ、沙那の話が分かりにくいの?

 それともまた朱里ちゃんがやらかしてるの?

 どっち?


「あのスカした野郎に負ける訳にゃいかねえんだ。頑張るから、応援だけしててくれ。で、すげぇ迷惑だから二度とまとわりつくな」

「いやよ!」

「はあ!? もうそんなことしねえでも今まで通りやっていけるって言ってるんだ! なんで嫌なんだよ! てめえが変なこと言い出した理由忘れたのか!?」

「覚えてないわよ! なんでよ!」


 ……沙那よ。

 開いた口の塞ぎ方、忘れた?


 やっぱ朱里ちゃんがやらかしてたのね。

 でも、朱里ちゃん初段の俺に言わせりゃ、この程度じゃまだまださ。


「バカだなてめえは。朱里ちゃんが自分の言ったこと覚えてるわけねえだろ」

「その通りよ! あたしは、瞬間瞬間を生きてるの!」

「かっこよく綺麗に言ったって騙されねえぞ! バカってことじゃねえか!」

「バカとは何よ! 紫丞さんの方が成績悪いじゃない!」

「んだとこの赤毛猿! やるか!?」

「妙なユリごっこが終わったら、またバトるのお前ら!? やめて! 絶対俺が被害に遭う!」


 がばっと立ち上がった二人が距離を取って対峙する。

 ああもう、とっとと逃げなきゃ。

 花蓮も離れてた方が……、おお。


 気付けば横にいたはずの花蓮は既に安全圏へ。

 つめてえなお前は。


 腹が立った。

 巻き込んでやる。


 でも、その志も道半ばで潰える。

 花蓮まであと三歩と迫った俺の体に、赤い何かが巻き付いた。


「はふーーーーん♡♡♡♡」

「くらえ! 雫流キャノン!」

「なんの! 剛腕カウンター!」

「ごひん!」


 いてええええええええ!

 だからいちいち俺を巻き込むなっての!


 沙那の足元に叩き落された俺は、ふらふらする足で立ち上がる。

 急いで逃げなきゃ。


 でも、ちょっとだけ遅かったようだ。

 攻撃の第二波が、意外な形で俺に不幸を運んで来た。


「次は、紅蓮の鞭!」

「負けるか! 銀ピカの岩ブロック!」


 沙那が、自分の座ってた岩で朱里ちゃんの鞭をブロック。

 鞭が岩肌を削ると、飛び散ったのはびっくりするほど大きな火花。


 しかもそのほとんどが、全弾俺に襲い掛かって来た。


「あーーーーーつあつあつあつあつあつっ!!!!」


 制服から出火っ!

 袖が燃えてる!


 慌てて駆け寄る朱里ちゃんと沙那による肩口への強打。

 炎を消そうとしてくれてるんだろけど、それにしたって。


「いたた! 痛いわボケ! もう消えてるってでででででのののののっ!」


 こんの電気ウナギ!

 てめえは触れるな!


 このまま二人の間にいたら命が削られる。

 慌てて逃げて、牙を剥き出しにしながら威嚇した。

 お前らの親切心、過激なんだよ!


「なんなのお前らは! 犬と猿がケンカすると、俺ばっか焦げる!」

「十二支の並びを見ればわかるわよ。あんたが間に挟まることになってるの」


 花蓮が戻って来るなり変な事を言い出した。

 十二支? 知ってるけど。


「午、未、猿、酉、戌……。さる、とり、いぬ。……猿と犬の間は、鳥?」


 首をあげると、見慣れた丸いシルエットがゆーらゆら。


「全部おまえのせいか!」


🐦がんっ!


「ぐおぁぁぁぁぁぁっ! 上向いてたから! 首がっ! 鼻がっ!」


 どっちも、出しちゃいけない音を出した。

 ぐきっとぶひっと。


「やいハト! 今の、罰と関係ねえだろうが!」

「ほら、騒いでないで座りなさい。早く食べないとアエスティマティオが始まっちゃうわよ」


 まあ、花蓮の言う通りだな。

 空を浮かぶハトに恨みがましい目を向けながら、朱里ちゃんのお弁当の前に胡坐をかくと、隣に沙那が腰かけた。


「あっちー。ドタバタ暴れさせやがって」

「今度は負けないからね! 覚悟しててよね!」

「……お前、ツンかデレかしかねぇの? 極端なんだよ」


 まったくだな。

 デレ期が終わったら、ツンに戻っちまった。


「さあ、ご飯ご飯! はい、みんな一つずつ取ってね!」

「なにこれ。一人、パン一斤? ……上に刺してある爪楊枝はなに?」

「それとタッパーを一つずつどうぞ!」

「中身は……、バター? いや、固形チーズ?」


 三人そろって首をひねる。

 これは超難問。


 するとシェフが、楽しそうな笑顔で料理名を教えてくれた。


「今日は、チーズフォンデュにしてみました!」

「固形っ!」


 これは『冷める前まではチーズフォンデュだったもの』だ。


 しかもパンな。

 爪楊枝じゃ、ちょっとこれをくるくるすんの無理。


「……シェフ。これはちょっと食べにくいです」

「あ、そっか! 肝心なの忘れてた!」


 そう言って手渡されたのは、にっくきパンダ。


 俺はムキになって、食パンをばらばらにくりぬいた。


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 結局、パンにチーズを乗っけて食う昼飯はなかなかのものだった。

 腹も一杯。

 栄養バランスとか気になるけど文句は言うまい。


 朱里ちゃんがお弁当の包みを再び縛ってご馳走さまでしたと両手を合わせる。

 よし、準備も万端だ。


「もうすぐ発表だな。時間ピッタリ」

「ほんと!? 携帯携帯……!」

「大丈夫よ、朱里。ゆっくり構えて。きっと超難問だから」


 花蓮の言葉に全員が身構える。

 そして奏でられる四つの着信音。


 ……俺たちは、しっかり身構えていたはずだ。

 だが、当の花蓮すら発表された課題を見て切れ長の目を見開いた。




  本日の進級試験 超上級課題・六月


 SSランク:る


 個人競技。情報交換不可。妨害可。鎌の使用を許可する。最初に勾玉を手にした者に授与。




「SSランクだと!? いや、それよりも、読めるかこんなの!!!」


 る?


 …………なんだそりゃ!?


 呆然。

 推理とか、そういう次元じゃない。

 意味分からん。


「これ、何から手を付ければ?」

「うん。こういう場合はね、文字の……」

「ストップ! 情報交換禁止!」


 俺と朱里ちゃん、同時に口を手で押さえる。

 そしてゆっくり視線を合わせて、同時にゆっくり頷いた。


「ウチにもこんなの分かんねえぜ。姫もまるっきりだろ?」

「おお。個人競技って時点でお手上げだ」


 携帯をポケットに突っ込んじまった沙那が、布団に寝ころんで大あくび。


「てめえも最初っから諦めか」

「うんにゃ? ウチは諦めるのやめたからな。こう見えて、ガチで挑む気満々だぜ。…………それを教えてくれたバカ野郎は諦めてるみてぇだけど」


 俺を見る沙那の瞳に宿る思わせぶりな輝き。

 そんなこと言って煽られても、手も足も出ねえよ。


 ……いや?


「言ってやがれ。俺にはアレがある。まずはとっかかりを……」

「待ちなさいよ」


 いつもの観察を使おうと思ったら、花蓮が口を挟んできた。


「変態は、アレを使わなかったらその程度の男なのね」

「ひでえ言い方だな。でも、確かに俺はこれに頼らなきゃただのバカだ」

「前々から思ってたんだけど。……あんた、それに頼るからいつまでたっても駄目男なままなんじゃない?」

「は?」

「いい機会よ。…………雫流。あんた、その力を捨てなさい」



 …………なに言ってんだ、こいつ。



 俺は、ぼっちで過ごさなきゃいけない苦痛を、この力でなんとか乗り越えることができたんだ。

 反射観察スチールリフレクスは、俺の人生そのもの。


 それを捨てろなんて……。



 湿った空気がまとわりついて、呼吸が重くなる。

 ごくりと飲み込んだつばが痛みを走らせながら喉を滑り落ちる。


 花蓮の言葉、花蓮の厳しい視線。

 思わず助けを求めて朱里ちゃんと沙那にも目を向けたけど、二人も同じ色の瞳で俺の事を見つめていた。


 

 まるで自分自身を否定されたような気分。

 今まで必死に生きてきたのに、それを認めてくれないなんて。


 気付けば、俺はみんなに背を向けて駆け出していた。



 ……その時、突風が吹いた。

 体にまとわりついた重苦しい湿気を全て払いのける、一陣の風。


 背後から襲ってきたその風が、俺を軽々と追い抜く。

 そして力いっぱいの拳が腹を殴りつけてきた。


「ぐほっ!? いてえな! なにすんだよ朱里ちゃん!」

「雫流! 誰かを好きになることから逃げちゃだめ! 悪魔の力に頼っちゃだめ! ……昨日、白銀さんに言ってたのは誰?」

「確かにそう言ったけどさ。これ、誰かを好きになったわけじゃねえし、観察は悪魔の力じゃねえだろ」

「ううん? おんなじことだと思うけど?」


 そう言ってにっこり微笑む俺の勇者様。

 アーモンド形のぱっちりとした瞳を見ていたら、一気に肩の力が抜けちまった。


 いつものバカが発動したのか?

 俺が全力を出すとしたら君のため。

 君の願いを叶えるためだけだっての。


 ……そんな朱里ちゃんの願いは、姉ちゃんの罰を解除したいってこと。

 罰を解除するには勾玉を手に入れなくちゃいけなくて。

 そのためには、アエスティマティオに挑むしかない。



 おお、マジか。

 確かにこの逃げは、朱里ちゃんを好きになることから逃げてるのと一緒だ。



 そして俺の力。

 確かにあれは、悪魔の力なのかもしれん。


「ほんとだ。おんなじことなんだな。……さっすが俺の勇者様」

「その称号、まだ続いてたの?」


 沙那と花蓮も駆け寄って来た。

 悪かったな、心配かけて。

 だからそんな顔すんじゃねえ。


「花蓮、ありがとな。あれを使わずに頑張ってみるよ」


 お前の言う通り、これが自立への一歩なのかもしれねえ。


「沙那、ありがとな。俺も、諦めることはやめた」


 拳と拳をゴンとぶつけると、いつものビリビリが体を熱くさせた。



 ……よし。

 バカの本気を、見せてやるぜ!



 俺は生まれて初めて、誰もいない荒野へ自分の力だけで踏み出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る