三角関係の答え。朱里ちゃんには……、なあ、ほんとにどう見えている?
夢をみているんだろうな。
こんな幻想的な景色、俺は見たことが無い。
そこは結界の外。
俺の知らない世界が目の前に広がっていた。
真っ白な鳩が羽ばたく空の下、姉ちゃんの名前が高らかに呼ばれる。
すると、いつものように凛とした表情の姉ちゃんが、ワインレッドで胸元がガパッと開いたドレスの裾を翻しながら前に進んで、トロフィーを受け取った。
暖かい歓声。
鳴りやまない拍手。
でもさ、いくら夢だからって、みんなバカじゃねえの?
ここ、東京スカイツリーの展望台。
……の、屋根の上だぜ?
地上が遥か下に霞んで見えるこの表彰式会場。
俺もなぜか参加してるんだけど、柱にぎゅっと掴まったままでしかいられない。
そんな俺を、姉ちゃんばかりか朱里ちゃんも沙那も花蓮も、指を差して笑ってる。
あのな、お前ら。
元大精霊とか、現職悪魔王とか、そんなオーダーメイドと一緒にすんな。
俺は既製品。
無印のタグを持つ、元最下層民なんだよ。
自慢じゃねえけど、今にも漏らしそうだっての。
あ、やばい。
これって夢だったよな。
だったら漏らすのはまずい。
絶対現実にもリンクする。
俺、世界地図なんて書き方分からねえぞ?
未だにアフリカと南アメリカの違いが分からねえし。
……それにしたって、姉ちゃんの表彰理由がすげえ。
なにがすげえって、垂れ幕に書いてある文章が難し過ぎてまるで読めない。
姉ちゃん、いろんな研究機関抱えてるからな。
天才だし行動力も凄い。
俺みたいなバカとは違うんだ。
だって、悪魔王だし。
……そして、そんな考え方をする俺をぶん殴ってやりたいと思う俺がここにいる。
身分の違い? 頭の出来の違い?
ふざけんな。
殻の中で暴れている俺。
こいつはいったい誰だろう。
せっかくこの世に生まれて来たんだ。
何かを残さずにどうするのか。
歴史に名を刻まずにどうするのか。
そういう俺が、俺の中にいたようだ。
思えば、姉ちゃんは既に名前を残しまくってるな。
もっとも、お茶とトマトについては改名を検討しているらしいけど。
クレームがかなり来るからな、一色じゃねえかって。
確かにややこしいけど、そこは許してくれよ。
姉ちゃんはその味を出すために、そりゃあもう頑張ったんだからさ。
……そうだった。
寝る間も惜しんで頑張ってたな。
そうやって名前が残るのか。
俺も、こだわりのある物だったらちょっと頑張れるかもしれない。
そうすれば、何かで名前を残せるのかな。
そう考えていたら、目線が前に、視野が少し広がった気がした。
うん、頑張ってみよう。
そのためにまず、目を開こうか。
俺は重い瞼を、根性で持ち上げた…………。
「ん? 目が覚めたみたいね。おはよ、しー君」
「…………姉ちゃん、表彰おめでとう。でも、トロフィーのヘッド、なんでブリーフだったの?」
「困ったわ。普段がバカだと、今のあんたが正常なのか異常なのか判断できない」
「正常だ。夢の中とは言え、あんなもん貰ってたら疑問に感じて当然だろう」
ここは、しょっちゅう御厄介になっている学校の保健室。
どうやら俺は、助かったらしい。
でも、体中がいてえ。
特に頭頂部とおでこがズキズキする。
それと同時にひんやりした感触がある。
おでこに当てられた何かを触ってみたら、冷却シートが張り付いていた。
なんとか体を起こしてベッドの縁に腰かける。
すると、コンビニ弁当を二つ膝に乗せてお箸を咥えた、セーラー服姿の姉ちゃんと目が合った。
「まいった。まだ夢なのか」
「夢じゃないわよ。現実だっての」
「お願いだから夢だと言ってくれ。実の姉が二十一にもなってセーラー服着るような変態だったなんて。それ脱ぐまで俺は寝てることにする」
「あんたの方が変態じゃない、姉ちゃんのストリップを見たいなんて。嬉しいけど」
「ちげえよ、そう言う意味じゃ……、って、スカーフを取るなこの変態!」
ああもう、頭がいてえってのに叫ばすな!
俺はズキズキ痛む頭に鞭うって姉ちゃんの手を止めると、その膝の上に乗ったコンビニ弁当を見て腹を鳴らした。
「お腹空いてんの? お餅じゃ足りなかった?」
「食えなかったんだよ。それに、あれは餅じゃねえ。砂糖だ」
眉根を寄せた姉ちゃんの膝に乗った弁当。
さっきまで歴史に名前を残す、なんてことを考えてたけど、こいつらにも名前ってもんがあるのが普通だ。
弁当容器の中で、メインを張る一品の名を冠するはずなんだ。
焼き肉弁当、シューマイ弁当、唐揚げ弁当。
でも、そんな弁当たちが姉ちゃんに蓋を開けられると、三秒で名前が無くなる。
箸を咥えて俺を見つめるその膝の上。
二つ重ねた弁当のうち、蓋が開いてる上の容器。
他の惣菜はすべて手付かずなのに、一番大きな枠にはケチャップの痕跡しかない。
こういうところで器に差が出るのかも。
俺はもったいなくて主役を最後に食うからな。
「…………半分くれ」
俺の懇願に、姉ちゃんは箸を咥えたまま頷く。
そして俺にケチャップ弁当を渡して、その下のハンバーグ弁当の蓋を開いた。
「どうしたの? 食べないの?」
たったの二口で無くなるハンバーグを見た俺は、自分の名前をこの世のどこにも残せないという事実を今思い知った。
「器の差!」
「なに騒いでるのよ。容器は一緒よ、おんなじ弁当なんだから」
そうね。
今やどっちもケチャップ弁当になったね。
両手から伝わる器のあったかさが、まるで俺を慰めてくれているよう。
でも、どうせ俺は最下層民。
レンジご飯に冷凍コロッケがお似合いなんだ。
「きっと俺は、この世に名前なんか残せないんだろね」
「そんなこと無いんじゃない? 二人の美女を助けたんだし。少なくともあの二人にとっては生涯忘れられない名前になったわよ」
「おお、そうだ! あいつらは無事か?」
俺の叫びに、姉ちゃんは笑顔で応える。
そしてタイミングよく扉が開いて、赤髪ポニテがひょこっと顔を覗かせた。
「沙甜さん、どう? …………あ! 雫流が目を覚ましてる! よかったーーー!」
「どわ! ちょ、朱里ちゃん!? 嬉しいけど抱き着かれたりしたら!」
🐦がんっ!
「ぐおおおおおっ!!! 今度は永遠に目を閉じることになるわ! 離れろ!」
割れそうに痛む頭にタライはいかん。
平常心平常心。
朱里ちゃんの後からは花蓮も駈け込んで来て、さらにその後から沙那も続く。
そんな沙那は、目の周りを真っ赤にしていた。
……泣かせちまったか?
ごめんな、心配かけて。
次はもっとスマートに助けてやるから。
俺の肩に置こうとした手を泳がせて、結局諦める沙那。
なんだよ、らしくないぜ。
今更、気ぃつかうんじゃねえ。
「やだ、しー君ハーレムの開幕? ほら、花蓮。遠慮しないで抱き着きなさいな」
「冗談じゃないわ。……でも、今日の所は素直に褒めてあげる」
「しーちゃんも! 抱き着いていいのよ?」
「いや、弱ってるだろうからな。ウチが抱き着くと、痛い思いさせちまうし」
ほんとどうしたよ。
いつもなら豪快に笑いながら抱き着いてくるだろうが。
……それとも、あれか?
ほんとはさっきみたいに気絶しちまうほど痛いとか?
いや、それはねえよな。
今までも平気で触って来てたし。
じゃあ、なんで俺は平気なんだ?
悩んだまま返事もしないでいた俺の目を見ようともせず、沙那は寂しそうに背中を向けて保健室から出て行こうとした。
……その時。
今の今までしがみついていた赤髪ポニテが俺を突き飛ばすと、肩を落とした黒髪の足が止まるほどの大声をあげた。
「紫丞さん! 待って!」
「へへっ。お似合いじゃねえか、おめえら。……前に雫流がてめえを助けた時にもかなり
え? 急に何の話だ?
沙那が消える?
呆然とする俺が見つめる黒髪の後姿。
そこに、朱里ちゃんが必死に声をかける。
「紫丞さんが諦めちゃダメ! それじゃダメなの!」
「朱里! ……この関係に答えなんかないわ。ちょうどいい機会かもしれない。みんなが幸せになる関係を求めるのは、もう諦めなさい」
花蓮も、この突然の告白について理解しているようだ。
事の成り行きを見守っていることしかできないのは、俺だけなのか?
そんなのは嫌だ。
俺だってみんなの仲間だ。
それに、沙那は俺の大切な幼馴染なんだ!
何ができる訳でもない。
でも、どうにかしたくて立ち上がると…………、
とんでもない光景を目の当たりにした。
「みんなが幸せになる方法、見つけたの! あたしに解けない謎なんか無い! 紫丞さん!」
夕日を浴びて、金糸と化した赤髪が翻る。
その光沢は光の尾を曳きながら、黒髪の背にすがった。
そして……。
「紫丞さん! あたしとお付き合いしてください!」
………………………………はぁぁぁぁぁ!!!????
「ふっ、ふざけんな! 殺すぞてめえ!」
「愛してる! 殺されても構わない!」
「え? なんだこれ??? ……え? えええええええっ!?」
ちょ……、これ! どうなってるんだ!?
「姉ちゃん! 笑い転げてないで教えて! なにこれ!?」
椅子ごと床に倒れて腹抱えながら笑ってる役立たずは返事も出来ないようだ。
これはもう当人に聞くしか!
「朱里ちゃん! それ、なに?」
「なにって、ご覧の通り!」
「分からないから聞いてるんだって!」
「愛の告白!」
「冗談じゃねえ! 離れろ、このバカ女!」
沙那がムキになって腰にしがみつく朱里ちゃんを剥がそうとしてるけど、そこは運動神経抜群の朱里ちゃん。
沙那の周りをぐるぐる回って、攻撃を避ける避ける。
「いつの間に、何があったんだ!? えっと、俺のことは?」
「ん? 雫流のこと? あたしを二度も助けてくれた、大切なお友達!」
「恋愛感情は?」
「普通!」
🐦がんっ!
「邪魔だハト! じゃ、沙那のことは?」
「結婚して!」
🐦がんっ!
「俺じゃねえだろがコラ!」
「ふざけんな! そんなにバカにして楽しいか!?」
「バカになんかしてない! 愛してるの!」
「あかりちゃ…………、あう…………」
もうなにを言えばいいのか分からなくなっちまった。
そんな、口ばっかりをパクパクさせていた俺の肩がポンと叩かれる。
ああ、花蓮か。
これ、なに?
俺が、気持ち悪いこと間違いなしのパクパク顔を向けても動じることなく、金パツインテは朱里ちゃんを見つめて冷静な顔で腕を組む。
「何て言うか…………、朱里らしい。確かに面白い答えだけど、将来どうするのよ」
「知らないよそんなの。ずっとこのまんまなんじゃないかな?」
「まあ、確かに三角関係として不公平が無い形にまとまってはいるけどね。みんながちょっと幸せで、だれもが不幸せで」
いやいや、待とうぜ?
俺が朱里ちゃんのこと好きで、朱里ちゃんが沙那のこと好きってことは。
「成り立ってねえだろ! 三角関係の底辺、俺じゃねえか!」
「……はあ。そういうことにしとこうかしらね、今は」
「今は? どゆこと?」
「てめぇ! 花蓮! 余計なこと言うな! って、紅威は離れろ! 暑っ苦しい!」
「大好き!」
この、俺だけ報われない状態はなんなのさ。
姉ちゃんは、いつまでも転がって笑ってるし。
花蓮もどこか楽しそうに笑い始めたし。
おい、沙那。同盟組もうぜ。
この、みょうちくりんな状況で憮然としてるの、きっと俺とお前だけ。
そう思いながら幼馴染の顔を見ていたら、こいつは急に笑い出した。
朱里ちゃんを引っぺがそうとしながら。
朱里ちゃんに罵声を浴びせながら。
……その笑い顔に、一滴の涙を零しながら。
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