みんなは、どこに向かっている?
大好きな女子からもらったお弁当。
それを喜ばない男子なんて、どこにいる。
料理に触れる度に熱を持った唇が、未だに熱い。
顔もぽーっと熱くなって、さっきからめまいが止まらない。
「変態。どうしたのよ、ぼーっとして」
「三倍に薄めて使う麺つゆをそのまんま飲んだから、唇がヒリヒリする。あと塩分の摂り過ぎで熱っぽい。頭くらくら」
「なんでそんなことになってるのよ」
「こいつのせいだ」
俺がアゴをしゃくる先。
すぐ横に突っ立っているのは、親友に何かを耳打ちする赤髪ポニテ。
でも、いつも元気いっぱいの朱里ちゃんがひそひそ話とかできるわけねえ。
「
……今、教室の外を通りかかった奴が振り向いてたんだけど。耳打ちの意味な。
可愛そうに、
「うるさい! 耳に口を寄せる意味無いじゃない!」
「そんなこと言わずに助けてよ! 教えて欲しいことがあるの!」
「……まさか、こいつの話? あんたの英雄がクラス中から嫌われてることについてだったら、手の施しようがないから諦めなさい」
ええい、指を差すんじゃねえ。
「それは雫流の髪からカイコが出てきたせいだから気にしてないわよ。あたしだって気持ち悪いからあっちに行ってて欲しいくらい」
そして二本目の指な。
泣いていいか?
「雫流の話なんかどうでもよくて、相談したいのは、雫流のことなんだけど」
「昔っから変わらないわね。朱里は自分のしゃべった言葉をメモしながら話しなさいよ。で? あなたの英雄のことだっけ? 彼なら、さっき死んだわ」
ええい、二人して俺を指差すんじゃねえようっとうしい。
どんだけ体をよじっても追尾して来る人差し指に恐怖すら感じるっての。
「死んでねえよ。酷いぜ柴咲さん」
「うるさいわよ、紡績工場。これだけ嫌われても生きていけるなんて凄いわね。ゾンビ並みの生命力」
「ゾンビの生命力ってなんだよ。哲学? しかし、社会的に死亡してもゾンビになるのか。そりゃあ寂しくて仲間を増やしたくなるわな」
噛みついて仲間を増やす行為は、友達がいなかった彼らにとっての反撃の
可愛そうに。俺が彼らに会ったら、まずはハグから始めよう。
……ちょっと気の強いお姉さんタイプの柴咲さん。
彼女も、俺のタライを気にせず近付いてくるいいやつだ。
だからこそ、離れてて欲しい。
そう考えた俺の願いを、勇者様が叶えてくれた。
「ちょっと雫流! 女子のトークに聞き耳立てるなんてどういうつもりよ!」
「節分の境内でさ、マメだの餅だのまくじゃねえか。あれが勝手にパーカーのフードに入っただけなのに窃盗罪で捕まった心境だ」
女子は嫌いな奴を犯罪者にする名人だよね。
朱里ちゃんは俺ににらみを利かせたあと、柴咲さんの手を引いて二つ後ろの席へずかずかと歩いていく。
でも、でかい。
声でかいっての。
聞き耳なんか立ててないのに、『鯉の相談』という単語が聞こえてきた。
そうか、なるほど。
鈍い俺にだってそれくらいは分かる。
朱里ちゃん、次は鯉の煮つけにチャレンジする気なんだ。
だから柴咲さんに、どうやったらパンダで骨を断ち切ることが出来るか相談してるわけだ。
案の定、柴咲さんが「あたしには無理よ」と大きな声で否定してる。
しかし、弁当箱に煮つけか。
また、煮汁がたっぷりなんだろうな。
……昼休みが終わるころ、教室に戻った俺が頭からカイコの幼虫を飛び出させていたせいで、一気にみんなが離れて行った。
どえらい嫌われ方だけど、まあ、丁度いい。
最近、気軽に近寄る奴が多すぎる。
定期的に、こうして嫌われとかねえとな。
五時間目は始まってるけど、もうすぐアエスティマティオだからほとんどの奴が席から離れてパートナーと打ち合わせ中だ。
さっきのトレイルは参加する前から諦めざるを得なかったからな。
みんな、やる気満々。
「……ライバル多いな。大丈夫か、花蓮」
「私の心配? そんなことより自分の心配なさいな。朱里、走れないんだから」
「おお。俺も熱っぽいし、今回はほどほどで行こう。でさ、クーラー持ってねえ? 頭を冷ましたい」
「バカね、そんなの持って歩いてたら熱くなって倒れるわよ」
「そしたらクーラーつければいいじゃん」
「凄い発想ね。熱をエネルギーにしてるせいで、頭の回転上がってる?」
「え? 熱って、燃料になるの?」
「熱量って言葉がどこから生まれたと思ってるのよ。頭、回転しすぎてネジが全部とれちゃった?」
熱が、燃料になる。
ということは……。
「なあ、花蓮。俺、やばいことに気付いた。世界を取れるかもしれん」
「地球儀なら自分で買いなさいよ。で? 何に気付いたのよ」
「部屋の温度を燃料にして、クーラー動かせばいいんじゃね?」
……なんだよ花蓮、珍しい顔だな。
鼻から上が俺を褒めたそうに見つめてるのに、下がバカにしてる。
ブサイクなまま停止しちまった花蓮の後ろから、満面で俺をバカにした沙那が近付いてきた。
「姫は相変わらず、バカなほど天才だな」
「おいてめえ。今の、バカって意味か? 天才って意味か? 俺、バカだから分かんねえよ」
「褒めてんだって。にしてもよぅ、なんだっててめえがこんなに嫌われてんだよ」
沙那が花蓮の肩に手を回してもたれかかりながら見渡すと、クラスの至る所から苦笑いが返ってくる。
嫌われ者を庇う人気者。
それやられると、結構傷つくんだぜ?
「そりゃ、髪の毛からカイコが出て来たら誰だって気持ち悪いって」
「納得いかねえ」
そんなこと言いながらふてくされてる沙那を見ていたら、昨日の河原での事を思い出した。
俺、よく正座の姿勢のままうまいこと流れたな。
……じゃなくて。
昨日から、いや、その前から。
こいつの様子がどうもおかしい。
そりゃ、いままで何度も、こいつに庇われるシチュエーションはあったさ。
でも、ここんとこずっとじゃねえか。
俺は、こいつの真意に興味が湧いた。
花蓮の肩に回した手。
親指で他の指を押さえて関節を鳴らす。
逆の手。スカートの裾を気にしたり。
落ち着きの無さ。代替行動。
なにか、やりたいのにできない事の存在。
あるいは不安。
俺を見る瞳。いや、違う。
泳いで、俺を見ていない。
やましさ。隠し事。照れくささ。
…………解答。
無理して何かを隠してるみたい。
……いまさら何を遠慮してるんだ? こいつは。
「……そう言えば、残念だったな、トレイル」
「ん? おぉ、スカートで出ちまったからな。岩の山が登れなかったんだよ」
「岩山? ……前にトラックで運んでたあれ? 迂回すりゃいいじゃん」
「後で見てみるか? 全長二キロに及ぶ岩の防壁」
「バカだねえ」
「その上に五メーター間隔で並ぶ石像」
「バカだねえ。……ああそれ、Dランクのアエスティマティオか」
そんなとこに石像置いたんだ。
ちらっと見たけど、すっげえムカつく一メートルの人形。
白雪姫に出てくる小人を、わざわざムカつく表情にした感じの石像を指定の場所に並べるのがDランクのアエスティマティオだったんだ。
「でもよ、お前、いつもパンツ見られるくらいじゃ動じねえだろが」
「そうだな、てめえが後ろにぴったりくっついてたら見られる心配もなかったな」
「俺が見放題だがな」
「見てえのか? ほれ」
よさんか。
てめえの紫パンツじゃ俺はドキドキしねえ。
そもそも、そう特訓したのはてめえじゃねえか。
「……なんでタライ落とさねえんだよ」
「落ちねえよ。あたりめえだろ」
「こらハト! なんでタライ落とさねぇんだよ!」
「ハトに絡むんじゃねえ。あと、俺のペンケースをタライに投げつけるんじゃねえ」
🐦こーつこつこつこつ!
「いてっ! てめえ、ハトっ! 許さねえぞコラ!」
「なんで昔っからハトとケンカできるんだよお前。尊敬できるほどのバカだな」
「おいてめえ。今のバカって意味か? 尊敬できるって意味か?」
「ご想像にお任せするよ、バカ」
「なんだとコラ!」
授業中だってのにめちゃくちゃだ。
「ちょっとやめなさいよ沙那。体力減らさないで」
ハトとガチバトルを繰り広げる沙那を横目に見ながら、花蓮が飛び散った文房具を拾い集めてくれた。
なんだかんだ優しいんだよな。
ドジっ子さえなければ、こいつは本気で信頼でき
「へっくち」
㊎がすっ!
「手の甲---っ! ボールペンにゃおーーーん!」
「ああ、ごめん。でもあんたは体力減っても関係ないからそうしてのたうち回ってていいから」
「いいからじゃねえだろ! ちょっと褒めてやったらあだで返しやがって!」
「褒められた覚えなんかないわよ。それより、そろそろ始まるんじゃない?」
ちっきしょう。
とうとうドジによる俺への攻撃を当然のものとし始めやがった。
でも、司令塔には逆らえねえ。
俺は血が滲んだ手の甲をひとなめして手をポケットに突っ込むと、まさにその時バイブレーション。
教室中で、一斉に着信メロディーが鳴り響く。
Bランクのアエスティマティオ、開戦だ。
本日の進級試験
Bランク:5I-5A-IWABEEAWI-A2-I2。ここに、勾玉がある。ペアで参加の事。最も早く発見した者に授与。妨害不可。他チームとの協力不可。
暗号が発表されると同時に、喧騒がペンを走らせる音へと変わる。
ヒントと分かっていることを口にしたら他チームとの協力行為とみなされて失格になっちまうからな。みんな、口を開く時は慎重だ。
そして沙那と花蓮が真剣に携帯をにらみ始める。
でも、俺は今回一生懸命になれないんだよな。
朱里ちゃんの足の怪我。
無理させるわけにはいかない。
……そう言えば、いつもは飛んでくる朱里ちゃんが未だに声をかけてこない。
振り向くと、赤いポニテが席を立ったままこっちに近寄るのを躊躇していた。
そんな彼女の目線は、花蓮に暗号について何かささやく沙那へ向けられている。
昨日、やっぱりなにかあったのかな?
「変態。あんたは朱里と一緒に休んでなさい。これは私たちが手に入れるから」
「……ん? お、おお」
「なによその反応?」
「わりい、考え事してた。それより任せたぜ、俺にはこんなのさっぱり分かんねえし」
「そりゃ、バカには分からないでしょうよ」
「確かに、ちゃんと勉強しねえと。どこかで聞いた覚えあるんだけどさ、忘れちまったぜ。この最初に書いてある、シーサーってなんのことだっけ?」
俺は、情けない質問をした。
その自覚はある。
でもさ、クラス中のみんなよ。静まり返って俺を見るんじゃねえ。
悪かったな、バカで。
……みんなの視線が俺に突き刺さる。
そんな中、視線以外の物を俺に突き刺した花蓮が叫び声を上げた。
「この、おバカーーーっ!!!」
『天才だ!!!』
「え? え? どっち? 俺、バカだから分かんねえよ。あと花蓮、携帯の端っこでこめかみをぐりぐりするんじゃねえ。それは電波が弱い時、しかも自分のこめかみでやるやつ……」
俺の抗議はそこで止まる。
なぜなら、クラス中のみんながイナゴの群れのように、我先にと廊下に飛び出して行くから。
何事? これ。
「すげえ! 七色、ひょっとして天才?」
「一瞬で読み解くなんて! さあ急ぐわよ!」
俺に対する、天才との評価。
でも、皆さんそろって不正解。
花蓮が最初に叫んだやつが正解です。
だって、この大パニックがなんで起きてるか分かってないの、たぶん世界で俺一人だよ?
どうしたらいいか分からずに心底困っていたら、沙那が机越しに抱き着いてきた。
「いだだだだだ! 何がどうなっでででででっ!」
「やるじゃねえか、ウチの姫! てめえら見たか! これが姫の実力だ! ざまあみやがれ! ああおもしれーーーーっ!」
いてえし、うるっせえ!
しかも叫んだって無駄だよ!
もう誰もいねえっての!
「私達も行くわよ! でも、朱里は絶対に走っちゃダメ! これは命令!」
「う、うん……」
ドタバタと嬉しそうに駆け出す沙那が、俺の腕を引く。いや、体ごと引っ張る。
感電したままじゃ走れるわけねえからな。
……そんな俺たちの姿を見る朱里ちゃんの目が、なぜか悲しそう。
まあ、走るな、なんて言われたら悲しくなるのも当然だよな。
俺たちは、空っぽになった教室から飛び出した。
……未だに何が起こったのか分からないけど。
そう、分らないことだらけ。
シーサーって何だっけ。
なんでみんなは飛び出して行ったの?
……あとさ、沙那よ。
なんでお前は、そんなにご機嫌なんだ?
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