十三、十三、零、 ~数字で書いて、くっ付ける~
急に探偵ドラマとか、無理に決まっている
罪を犯した者は、必ず証拠を残す。
昨晩から降り続ける、この鬱陶しい雨。
それがいかに激しく足跡を洗い流したとしても、靴の方に痕跡が残るものだ。
さらに、犯罪者が感じた後ろめたい思い。
ほつれてしまった心の糸。
これを引きずった軌跡を辿れば、罪は必ず白日の下にさらされる。
――日曜日、7:48A.M.。
白亜の洋館に悲鳴がこだました。
窓の無い浴室。
そこに繋がる脱衣所。
初夏という季節を感じさせないほど冷え切った床。
血にまみれて倒れる俺。
出入り口が一つしかないこの部屋で発生した密室トリック。
被害者が発した、絹を裂くような声に三人の探偵が導かれた。
……だが、この三人はすぐに知ることになる。
自分たちは探偵でありながら、同時に容疑者であることを!
金髪ツインテに灰色の瞳。
今日もクールな天才美少女。
その名は、ちびっこ探偵、
「だれがちびっこよ!」
腰下までなびく紫がかった黒髪。
今日もグラマーなモデル体型美女。
その名は、喧嘩屋探偵、
「証拠なんていらねえ。吐いてもらおうか?」
そして、可愛く揺れる赤髪ポニテ。
今日も凛々しいスレンダー美人。
その名は、天然マイペース探偵、あ
「見て! ダイイングメッセージがある! 初めて見たよ! ……むむ。これはどういう意味なのかしら」
……その名は、話の腰をばっきばきにしてしま
「字、へたぴい。雫流の『ふ』の字、変じゃない?」
もう紹介してやんない。
「文字どころか、全部が変よ」
「おお、ガイシャらしいバカなメッセージだな」
三人が見つめる先に書かれたもの。
板張りの床に刻まれる、俺が最後の力を振り絞って書いた血文字。
『ふわ~ぉ』
眉根を寄せた探偵トリオ。
だが、この中に犯人がいる!
「えっと、更衣室にもお風呂にも窓は無いよね?」
「そうね。完全な密室だわ」
「ふっふっふ。じゃあ、犯人は一人しかいないわ!」
赤の名探偵、
そして、俺を殺した犯人をびしっと指差した!
「自殺!」
「ふざけんな! お前ら三人が犯人だ!」
朦朧とする頭をもたげながら、片手で脱衣所に干してある下着を指さし、逆の手で軽く三十は超える数の金ダライを指さした。
「公共の場になんてもの公開してんだよ! おかげで見ろ! このタライの数!」
「凄いね、新記録じゃない?」
「頭が九個ぐらいに割れるかと思った! ひゅどらっちまうだろうが!」
「いつもいつも、なんで変態は下着くらいで……、まあ、詳しくは言わないでおいてあげるけど」
「……恩に着る」
「なんの。武士は
俺の罰の発動条件に、ほぼほぼ気付いているであろう金パツインテ。
その件について触れないでくれることには感謝だ。
でも、それとこれとは話が別。
お前らは高校生男子の純朴さを分かってねえ!
シュシュを見て、パンツと勘違いするほど俺たちはピュアなんだぞ?
「俺も使う場所に下着なんか干すんじゃねえよ。そこんとこは理解しろ」
「あんたの方が理解なさい、梅雨時だってことを。ここ、良く乾くのよ」
金パツインテが強引に話を終わらせようと、俺の右肩をポンとたたく。
「除湿器。高校生女子には夢の発明品だよな。でも、俺は納得してねえぞ」
「そう言うんじゃねえ。ウチの下着はいくらでも盗んでいいからよ。なんなら、具も一緒にどうだ?」
バカ王子が左肩をポンとたたく。
「女子付き。高校生男子には夢の発明品だよな。誰がうまいこと言ばばばば」
そして最後に、赤髪ポニテがびしっと俺を指差して話を締めた。
「自殺!」
「まだやってたの!? 全然はずれ! 犯人はお前らの三色下着! 凶器はハト! あと、生きとるわ!」
「じゃあ、この血は? タライで頭から出血してると思ったから……」
「下着で鼻から出血したんだ」
こらお前ら。
俺は真面目にお前らの罪について追及してるんだ。
なんだ、その変態を見るような目は。
「やれやれね。……脱衣所で発生した、部屋干し殺人事件。それは誰もが幸せになろうとして、誰もが不幸になった事件だった……」
「ん~、ん~んん~ん~」
「花蓮! 朱里ちゃん! ハミングしながら出て行こうとしてるけど誤魔化されねえからな!? 下着どうにかしろよ! これ、俺にとっては致死性の猛毒!」
タライが落ちると分かっているのについ目で追ってしまう、恐怖の罠だ。
「ほんとうるさいわね変態は。通報しないであげるから、せめて薄目で見なさい」
「一瞬で被害者から加害者にされた。驚異のインターセプト率誇るよね、お前」
「ちょっと雫流! あたしのは薄目でも見ちゃダメだからね!」
「お前まで攻めに転じるな! それに見るなと言っても無理! 男の自動追尾機能舐めんな!」
大声をあげてにらんできた朱里ちゃんに、俺も負けじと応戦。
朝っぱらから騒々しい我が家だが、ご近所さんというものが存在しないのでクレームが来ることは滅多にない。
そんな賑やかな屋敷に、さらなる騒音が響いた。
ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽ
「うおぉ、うるせえ! 約束の時刻より二時間も早えのに誰が来たか分かる!」
ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽ
「インターホン壊れるっての! ちょ……、出迎えて来る!」
「じゃあ、あたしも!」
ぴんぽぴんぽぴん……………………
「……ボタン潜っちまったじゃねえか!」
ああもう、こないだバネ替えたばっかりなのに!
イライラしながら足を速めると、今度は扉に飾りとして取り付けてある、ドアノッカーがけたたましく鳴り響いた。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ
「インターホン壊れたからそっちで来たか。逆に急ぐ気失せた。……いや、待て。朱里ちゃん、今日の俺の運勢、占わせてくれねえか?」
「いいよ? ……んしょ」
このはしゃぎっぷり、実に怪しい。
ドアを開ける時、何に注意したらいいか事前に知っておきたい。
ここは、昨日の『風』も予言した朱里ちゃん占いに頼ってみよう。
トレードマークのメッセンジャーバッグから携帯を取り出して、操作し始める朱里ちゃん。
……まあ、出て来る文字は想像つくんだけどね。
どうせ、『美』か『優』って出るんだろ?
「きょ、お、の、う、ん、せ、い、は~♪」
「うおぉぉい! 俺が押さなきゃ意味ねぇだろが!」
いらんとこで天然発揮すんなよ。頭痛い。
「出ました! ……なにこれ。ろ?」
「ろってなんだ。ちょっと見せてみろ」
立ち止まった朱里ちゃんから携帯を取ると、そこには『口』と表示されていた。
なんのこっちゃ?
朱里ちゃんと顔を見合わせて、同時に首カクン。
「さっぱりわからん。……四角かな?」
「四角いものが貰えるってこと? うーん。そうじゃなければ……、クチ?」
「クチはねえだろ」
「ないよねえ」
答えも出ないまま、バッグに携帯をしまった赤髪ポニテが廊下を進む。
まあ、たかが携帯アプリの占いだ。
気にすることねえだろ。
そう思いながら朱里ちゃんを追いかけると、急にドアノッカーの音が止んだ。
…………やっぱ、なんか怪しいんだよね。
「……ドア、俺が開けるわ」
「お出迎えなら任せてよ!」
「いや、きっと美優ちゃんが……」
俺の制止も聞かずに、朱里ちゃんが大きな両開きの扉をバーンと開く。
そして、元気な声でご挨拶。
「ようこそ! いらっしゃいまふも……」
……………………えっと。
ちょっと急すぎて信じがたい。
でも俺の目には、雨に濡れた巨大な黒い猛獣が、朱里ちゃんを半分ちょい咥えこんでいるように見える。
占い、また当たったわ。
「うわああああっ! 朱里ちゃあああん!」
た、助けなきゃ!
でもこれ、いまさら間に合うの? どうなの!?
牙、刺さってるよね!?
無我夢中で猛獣の上あごと下あごに手足をかけて全身で広げると、
「あれっ?」
思ったより軽々と口が開いて、そのまま黒い首が離れて行った。
そして、手で触ってやっと気付く。
このでかい化け物、リアルに作られた木製の張りぼてだ。
朱里ちゃんにも怪我はないだろう。
……だがそれは、外傷は、という話だ。
ダメージというものは、なにも体だけに与えられるものでは無い。
「あ、朱里ちゃん? ……その、気を確かに」
そこに立っているのは、よだれのようなものを頭から大量に浴びて、べっとべとになった人形。
……そう、人形だ。
雨をもはじく粘液の中、一点を見つめた瞳に生気が無い。
無表情のまま立ち尽くす朱里ちゃんは、精神的に息の根を止められていた。
「にゃははは! これっ! 祥子の方じゃねえか? 山田に噛みつこうとしてたのに誤爆とか、美優、とんだ童貞っ! そっちに突っ込むんじゃねえっ! そこは鼻水出す方の穴だっての! うけるっ!」
「ふむ。驚くほど水が滴っているにも関わらず、ここまで醜い女は初めて見た」
真っ黒な毛並みも恐ろしい双頭の魔獣。
の、張りぼてにまたがる二人の悪魔王。
右頭に座ったピンクのナース服が
左頭に座った白髪をオールバックにしたインテリ眼鏡が
ざっくり言うと、雨ざらしのバカ二人だ。
それより朱里ちゃんが停止したままなんですけど。
べとべとが顔にかかってるし、これじゃ呼吸すらできないよね。
上半身裸になっちまうけどやむなし。
俺はTシャツを脱いで、朱里ちゃんの顔だけべとべとを拭う。
するとようやく、鼻からでかいちょうちんと共に太いため息をついてくれた。
「……なあ、美優ちゃん。まともに相手したくないんだけどさ、これ、何?」
「お? 聞くか? キク科はひまわりか? あれの種うめえんだこれっ! 白と黒の縦線がたまんねー! あれ、ひょっとしてピアノなんじゃね? 弾いちまうか! 足でな! ピアノふんじゃった♪ ピアノふんじゃった♪ ピアノ踏ん付けたーらーふた落ちた♪ ぎゃーーーー!」
「これはなんだと聞いているっ!」
「THATだっての!」
「それはあれだ! これはなに!」
「IT! THAT! THIS! WHAT!」
相変わらず、バカなのか天才なのか分からないほどのバカだ。
「ふむ、これのことか?」
「当てになんねーけど。一応聞こうか、飛鳥さん」
「これはケルベロスの等身大抱き枕カバーだ」
「ほらみろ後半がバカ丸出しなんだよ! こんなデカイもん置いたら俺はベッドの下に寝なきゃいかんだろうが!」
エロい本の隠し場所が無くなるわ!
そもそも分解したって部屋に入りきらねえ!
「ところがどっこいしょ! ほんとなんだこれ! ほれ、御開帳オープン開けゴマセサミ~!」
バカな掛け声とともに美優ちゃんがケルベロスの頭を叩くと、張りぼての下あごがカコンと開いて、
『げえ』
汚い音を発しながら、朱里ちゃんに向けて、よだれでドロドロになった抱き枕の中綿が吐き出された。
「ぼふっ!?」
「うおぉぉい! なにさらすんじゃ! 朱里ちゃああああん!」
「…………ふぇぇぇぇ」
泣き出しちゃったじゃねえか! ああもう、可哀そ過ぎる!
「……遅いから心配になって来てみたら、何よこれ」
「おお、花蓮。見ての通り、古都の妖魔ぬるぺたありんす三世。爆誕だ」
「ふぇぇぇぇ。花蓮ちゃあああああん」
「うわ、そのまま屋敷に入るのやめてよ、ぺたんす。ちょっと沙那! なんとかなさいな!」
「ん……、ああ。風呂にでも行けばいいだろ」
花蓮が振り向く先から聞こえる、抑揚のない、熱のこもっていない返事。
……そう。実はさっきから気になってた。
沙那の奴、花蓮や俺とは普通に接してるくせに、朱里ちゃんからはずっと目を逸らしてる。
会話すらしてない。
さすがに今のはあからさまだったようだ。
目を合わせてもくれない沙那を見つめて寂しそうに足を止めたぺたんすは、少しだけ考えるそぶりを見せた後、重たげに口を開いた。
「……
「ウチにはねえ」
「だめ! ちょっとこっちに来て!」
朱里ちゃんの想い。信念。
有無を言わせぬ語気に呑まれた沙那は身じろぎ一つすることが出来ない。
そんな彼女の腕を掴もうと伸ばした朱里ちゃんの白い手から、ねちょおと粘液が糸を引いて床に落ちた。
「うわああああ! 近寄るんじゃねえ!」
「酷い! なんでそんなこと言うの? ねえ、待ってよ紫丞さん!」
慌てて逃げ出す沙那だったが、相手が悪い。
朱里ちゃんの俊足。
これをもってすれば、あっという間に、
つるん。ごんっ。
「ふぇぇぇぇ」
……あっという間に、粘液で滑って床にごちん。
さらにスカートが捲れて、シロップ漬けのピンクの桃が俺に晒された。
🐦だぱー
ああ、いつぞやと同じパターン。
頭からかけられたシロップから漂う、甘いフルーツの香り。
「あんたまで妖魔化してどうすんのよ、変態」
「うええ、また桃缶か。ほんとハトの準備の良さには脱帽するよ」
そう言いながら髪の毛を脱帽すると、無防備になった頭に抗議するかのように空き缶が押し付けられた。
「いてててて、ぐりぐり押し付けんな! 丸く跡が付くだろが! 何が気に入らないんだよっ!」
慌ててハトから取り上げた凶器に書かれた文字。
みかん。
「桃缶と間違えたからって、そこまでむきになることねぇだろ!? めちゃめちゃいてえ。これ、絶対頭のてっぺんに丸印が残ってる」
しかし朱里ちゃん、沙那になんの話をするつもりなんだろう。
必死に立ち上がって、滑りながら歩く三代目。
その後姿を見守りながら、ヒリヒリする頭頂部をさすっていたら、昨日の事を思い出した。
朱里ちゃん、
……俺も手伝うとは言ったけど、今のところできることはなにも無い。
ひとまず早く着き過ぎた客のことは花蓮に任せて、シャワーでも浴びてこよう。
俺は、元祖ぺたんすとしての威厳と共に、安定した一歩を踏み出した瞬間にぬるべちゃゴチン。
華麗に鼻から床へダイブ。
超いてえ。
「ふぇぇぇぇ」
「やれやれ……、ホース持ってこなきゃね。このぬるぬると変態、まとめて掃除しとかないと」
そう言いながら、花蓮は屋敷の奥へと消えて行く。
……かくして、俺たち種族のトップスリー。そのうち二人が、玄関の外でずぶ濡れのまま放置され続けることとなった。
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