648、48730、81482、5! ~当て字ですね~

デートの朝は、ハトで満ちている


 こんな田舎町でも、駅前はそれなりに栄えている。


 駅ビル、いくつかのファッションビル、アーケード商店街。

 オフィスエリア、飲食エリア、娯楽エリア。

 そしてロータリーの中央には広場があり、季節ごとにちょっとしたデコレーションが施され、催し物が行われるのだ。


 この六月、梅雨の時期に合わせて展示されていたのは『ジューンブライド』という名が付けられた大きな楽器だった。

 透明なケースの中に二十個ほどのベルが収まるこの楽器、雨が上のといに一定量たまると、ベルによる演奏が始まる仕組みになっている。


 ケースの上に付けられたノズルから次々と噴き出す水流。

 それが揺らしたベルが紡ぎ出す、名曲の数々。

 水と音、二つの糸で紡がれる虹のマリアヴェール。まさに六月の花嫁。


 ……でもさ、誰も気付かなかったのかなあ。


 これ、雨の日には雨音のせいでまるで音楽が聞こえないし。

 晴れた日には、ああしておじさんがバケツで水を入れてるし。


「このダメ企画に賛成した奴を上に乗せておけばいいんだ。涙と冷や汗で、すぐに樋が一杯になる」


 俺のツッコミを無視するかのように始まるドドソソララソ。

 だからさ、雨が降ったらお空の星もキラキラ光らねえだろが。

 選曲まで考え無しかい。


 ……こういったことが、俺の町ではよく発生する。

 イベント用の展示やアトラクションを、都会にお披露目する前、問題点を洗い出すためにプレ展示するわけだ。


 これくらい田舎だと、失敗してもそんなに大きく拡散しないし。

 そのくせ駅前には行列が生まれる程、人も集まる。

 まさにうってつけ。


 今も通りを挟んだあたりに行列ができてるけど、何かイベントあったっけ?

 地元ニュースに情報載ってるかな。

 そう思いながら携帯を取出すと、ちょうどメッセージが一行届いた。



<着いたけど、見つからないから奇声をあげて?



「そんな発見の仕方あるか!? むきーーー!」

「あ、いたいた! おーい!」

「ふざけんな! お前は何様のつも……、り……」


 文句が、開きっぱなしの口の中で行き場を失った。


 淡い黄緑のブラウス、真っ白なスカート、真っ白なショート丈のカーディガン。

 普段は付けないブレスレットにカラフルなビーズ。

 腰まで伸びた真っ赤なポニテを結わえるリボンも、いつもと違って長いレース。


 この、超絶可愛いというカテゴリーからさらに進化してしまった女の子の名前は、紅威くれない朱里あかりちゃん。

 俺が恋い焦がれる赤髪の女の子が、手を振って駆けて来る。


 何様のつもり、なんて愚問だった。

 彼女は地上に舞い降りた女神様。いや、悪魔様。


 でも俺は、そんな美人さんを不機嫌な顔で迎えることになった。


「お待たせ! ごめんね遅くなっちゃった。……うわあ、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃん」

「遅く来たことについてはまったく怒ってない。周りの連中が朱里ちゃんをにやけた顔で見た後、俺を見て「はあ!?」って声に出してることについて激怒してるだけ」


 悪かったね、こんなかわいい子の相手が想像の斜め下を行くほどのブサイクで。

 月とすっぽん、太陽とクサガメ。

 お前らの気持ちがよく分かるってことも腹が立つ。


 それにしたって今日の朱里ちゃん、いつもより断然可愛くて。

 頭がぽーっとしてるから、ちゃんと会話できる自信がない。


「きっと寝不足だから怒りっぽくなってるんだよ。なんでダイニングで寝てたの?」

「そう、それな。初めて知った。人間って、敷布団無くても案外平気」

「しかもタライに埋まってたし」

「男子高校生がいる家じゃ普通だって。俺たちが見る夢、そんなのばっかりなんだからさ」

「黄金のピラミッドがガラガラ崩れて、中から雫流が出て来た時には驚いたわよ」

「あの掛け布団、一つも崩れてなくて見事だろ? ハトのバランス感覚はんぱねえ」


 おお、思ったより断然かみ合うじゃん、会話。

 ……かみ合ってるよな?


「じゃあお腹がすいて怒りっぽくなってるのよ。ごはん持ってきたから、食べよ?」

「え? 朱里ちゃんが作ってくれた朝ごはん?」

「うん!」


🐦ガチャン


「……ねえ、雫流。なんか聞こえなかった?」

「さあ? それよりさ、なんでこんなにドキドキしたのに落ちて来ねえんだ?」

「空なんか見上げてどうしたの? あ! 槍でも降って来るってやつ? 失礼ね!」

「いやいやいや! そんなこと思ってない! 前にもお弁当作ってくれたし!」

「ほんと? じゃあ食べよっか! あたしもお腹ぺこぺこ!」


🐦ガチャン


 すぐ傍のベンチを指差す朱里ちゃん。

 俺はデニムのジャケットを脱いでベンチに敷いて、その隣に腰かけた。


「……えへへ。いいの?」

「立ったまんま食う気かよ」

「じゃあ失礼して……、えへへ。雫流は優しいね!」


🐦ガチャン


 俺のジャケットにぽふんと腰かけたニコニコ顔が、メッセンジャーバッグからピンクの包みを取り出して膝の上でほどき始める。

 百パー寄ってるよね、それ。


「それでは、どる、どる、どる、じゃん!」

「へったくそだなドラムロール。遅いし少ないし音も変だぞ、ドラムロール」

「オープン!」


 かぱっと綺麗な擬音と共に蓋が開いたお弁当箱。

 そこから、朝ごはんに相応しく、千切ったパンをまぶしたサラダが顔を出した。


「おお! おしゃれ!」


🐦ガチャン


「パンダのサンドイッチだよ! 沢山食べてね!」

「……おお。感心して損したよ。パンダの型抜きでとどめをさしたサンドイッチがバラバラになっとるだけかーい」


 そのあたり、過剰期待禁止なのな。

 君は今後ずっと型抜き禁止。


「フォークで食べるんだよ! はい、どうぞ!」

「は、恥ずかしっ! じゃ、適当に刺して……」

「どう?」

「むぐむぐ……。うん。食パンしか刺さらなかった場合はハズレなんだね」

「もう、具と一緒に食べなよ。ほら、あーん」


🐦ガチャン


 スニーカーを楽しそうにプラプラさせて、レタスとチーズが刺さったフォークを向けて来る朱里ちゃん。

 そうだな、まずは俺の話を聞いてくれ。


「凄く嬉しいんだけどちょっと待て。さっきから、気になることが二つあるんだ」

「なに?」

「一つはタライ。一つは通行人の舌打ち」

「なんでだろね? みんなが雫流のことを見る目が冷たいの。携帯見ながらいつまでもお店にたどり着けない伊能いのう忠敬ただたかだってここまで舌打ちされないよ?」

「忠敬、地図アプリの使い方が上手くて有名になったわけじゃねえだろ。そんな扱いしなさんな、どうして女子ってそうなの。機械に弱い男子への手厳しさな」


 いや、そっちの理由は分かるんだ。

 認めたくないけど。


 そうじゃなくて、タライが落ちてこない理由の方。

 これがさっぱり分からん。


 首を捻る俺を、フォークを咥えながらじっと見つめていた朱里ちゃん。

 彼女が突然、俺のおでこに手を伸ばしてきたから思わず身を固くした。


「うわっ!? なに?」

「雫流、ニキビ? おでこになにかできてるよ?」

「おお、メットの境目に出来てるやつな。チマメだ。かっこ悪いだろ?」

「隠しちゃえばいいじゃない。ほら!」


 そう言いながら、朱里ちゃんが毛ルメットを両手で持って前にずらす。

 いやいやいや! その姿勢、チューでもする気!?

 そしてお前らの舌打ちな! ほんとに視界内の全員がしてるとか驚くわ!


🐦ジャキーン!


「ん? 何の音? 朱里ちゃんにも聞こえたよね」

「きゃー! スモールミュンスターレンダー! 初めて見たー!」

「え、フェノールフタレインがそんなに珍しい? そんなの理科室にいくらでもある……はええなあ相変わらず」


 話の腰をばっきり折って、中央広場の端っこまで一瞬で駆けていく赤髪ポニテ。

 茶色い、たれ耳わんこに抱き着いてもふもふしてるけど、赤くなってないからその子は酸性だな。


 それより、後ろから聞こえた金属音が気になる。

 何かをセットアップ完了しました的な音。

 一体何が…………?


 ベンチに座ったまま振り向くと、巨大な銃口が俺に向けられていた。


「でけえリボルバーだな! なにそれ!?」


 俺の身長ほどもある巨大な銃をふわふわ持ち上げているのは、どう見てもハト。

 弾倉にギュッと詰まっているのも、ハト。


「これ、作ったの!? わざわざ!? こんな手の込んだもん作ってどうする気なんだよ! お前らが飛び出してくるわけじゃねえんだろ!?」


 そんな俺のツッコミが、まさかの爆音によって否定された。


🐦ズキューーーン! カーン!


 超高速で射出されたハトが額に当たってメットを弾き飛ばす。

 そして背後の楽器に突き刺さり、『ド』のベルを鳴らした。


「ごはっ! ………………生きてるのが不思議っ! ガチじゃねえか!」


 額に感じる熱い血は、チマメが潰れたのか、それともクチバシでえぐられたのか。

 どっちにしたって、あんなのまともに食らったら頭からベルの音どころか葬送行進曲が流れ出す!


🐦ジャ……ッキン!


「撃鉄起こすな! ちょっ……、逃げ……」


🐦バンッ! カーン! 『ド』

🐦バンッ! カーン! 『ソ』

🐦バンッ! カーン! 『ソ』

🐦バンッ! カーン! 『ラ』

🐦バンッ! カーン! 『ラ』


 …………。


「弾切れかよっ! もう一個、『ソ』、鳴らせよ! むず痒いわ!」


 二発目以降、全弾避けることが出来たの奇跡だよ。

 ベルを覆ってる透明なプラスチックに突き刺さったハトを見ているうちに、今さら冷や汗が流れてきた。


 ほんと怖え。でも、ちょっと不憫で可愛い。

 他のハトが寄ってたかって抜こうとしてるのも涙を誘う。


「ああもう、手ぇ貸してやるからちょっとどいてろ。うわ、がっちりはまってんな! ほれ、もっと両手をぎゅーっとしろよ。オーブンで丸焼きにされる時の気持ちになって……、そうそう。よいしょ!」


 なんとか六発の弾丸を全部抜いてやると、並んでお辞儀のように首をかくかく。

 よせよ。礼には及ばねえ。


 しまいにゃ、毛ルメットをずるずる引きずって持ってくるし。

 まあ、感謝の気持ちなんだろうな。

 だからほこりまみれになってることについて文句は言うまい。


 そんな衝撃映像を真っ青な顔で見ていたギャラリーを掻き分け、朱里ちゃんが帰って来た。

 彼女は楽しそうに、ハトたちに明るい笑顔で話しかける。


「おはよ、ハトさん! 今日も雫流と遊んでたの?」

「あれが遊んでたように見えたの? うそでしょ?」


 信じられん。君が危険を感じるハードル、棒高跳びの世界記録超えてるよ?


「見てなかったよ。何かあったの? ハトが豆鉄砲食らったような顔してるけど?」

「マメにハト鉄砲食らってたんだよ! って、思い出したら痛くなってきた」


 朱里ちゃんがウェットティッシュを出すと、それを一枚ずつ取り出したハトがおでこの血を寄ってたかって拭いてくれた。


 さっきまで俺をガチでろうとしてたくせに。

 そもそもこの流血だってお前らのせいだろうが。


 でも、もう血は止まってたみたい。これくらいなら放っておいても平気だろ。

 俺、なんでか怪我の治りが早いからね。


 ……だからいらねえって。

 ばんそうこう張ろうとするな、ハト。


「いやあん! 雫流、ハトさんマークのばんそうこ、似合う!」

「似合うの? 見えねえけど。朱里ちゃんが楽しいなら張っておくか」


 毛ルメット被ったら半分隠れるけどな。

 ヅラバレするわ。


 それにつけても、ハトが親切で気持ち悪い。

 何か、俺たちの目をこっちに釘付けにしとく理由でもあるのか?


「って、コラー! 弁当食ってんじゃねえ!」

「あはははは! 雫流、凄いよ! 完食!」


 朱里ちゃんのサンドイッチに群がっていたハトが、我先にと逃げて行く。

 ちきしょう! 俺の為に作ってくれたお弁当を!


「許すまじ、ハト! 待て、逃げんな! あと巨大拳銃も置いてくんじゃねえ!」


 ああもう! めちゃくちゃじゃねえか!


「雫流のハトさん、可愛いよね! 一羽くらい貸してよ。ペットにしたい!」

「……好きなだけ持って行ってくれ」

「ほんと? 約束だよ!」


 楽しそうにくるっと回りながら微笑む朱里ちゃん。

 心の底からそう思ってるようだけど……。


「逆に聞こう。本当だな? 今言ったこと、忘れるんじゃねえぞ?」

「あれ何? 行列できてる! 雫流、ハリー!」

「ぜってえもう忘れてるだろ! 頼むから何羽か引き取っはふーん♡♡♡♡」


 中央広場、騒然。

 ハトによる大惨事からの、超高速で性格イケメンを一ヶ引きずる美人さん。


 今頃は掲示板が大事になってるだろうけど、まあ、すぐ収まるだろ。


 だってここは田舎町。

 こんな話も、大して拡散しないですぐに収束しちまうんだ。


 ……って、さっきから言ってるだろ?

 だから頼む。携帯向けないでください。


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