ひねり過ぎてて一般うけしねえんじゃねえかとアンケートに書いている
こんな田舎町に作られたアトラクション。
省スペース、ローコストのエンタテインメント。
携帯で調べてみたら、都会にオープンしようとしてるものらしい。
これもまた、問題点洗い出しのためのプレオープンというわけだ。
「つまり、お化け屋敷なのか?」
「いいえ、リアルテラーです、はい! 大好評です、はい!」
「ごめええ。むりいい」
これは驚いた。
朱里ちゃん、生まれたての小鹿が両手で俺にしがみついてる時みたくなってるよ?
「せっかく並んだんだし、入ってみねえ?」
「やだよおお」
「後ろがつっかえてるし。目、閉じてりゃいいから。……これ、エレベーターであがるの?」
「八階まで行ってください!」
「そこにスタートがあるのか」
「いいえ、そこがゴールなんですよ、はい!」
なんのこっちゃ。
「やだよおお。こわいよおお」
「平気だって」
せっかく長い事並んだわけだし。
あと、
学校の連中をもっと笑わせるために見ておきたい。
「さあ、エレベーターが到着いたしました、はい! 他では味わうことのできない恐怖体験! ゆっくりとご堪能下さい! はい!」
「おお。そしてそれ以上に、女子から腕を組まれるという希少体験をゆっくり堪能して来る!」
俺の宣言に苦笑いを浮かべたお姉さんが、エレベーターへ手をかざす。
まさかこんなところで男らしさアピールできるとは思わなかった。
一気に朱里ちゃんとの距離を詰めてやるぜ!
おばけ屋敷系に全く抵抗のない俺が、朱里ちゃんを引きずりながらエレベーターへ収まると、大きなシールが目に入った。
デフォルメされたサキュバスが「8」のボタンを指差しているシール。
吹き出しには「ここを押してね♡」の文字。
セクシーサキュバス自身を押してみたい衝動に駆られつつも素直に従うと、閉まっていく扉の向こうから順番待ちのお客さんたちによる歓声が響いた。
「何? 今の声? やだよお! ねえ、雫流、いなくならないでね?」
「驚いた。そこまで怖いのかよ」
「うん……。つるぱげの雫流ほどじゃないけど……」
「じゃあ、ゴール地点で目を開けた時に一番の叫び声を上げることになるんだね」
大丈夫? 怖かったよう、ぎゅー、ではなく。
大丈夫? 今が一番怖いよう、ぎゃー、なわけだ。
へこむわあ。
でも、いまさら引き返すこともできねえし。
俺としては、既になんも面白くない時間となった。
せめて腕に感じる朱里ちゃんの柔らかさだけでも堪能しているとしよう。
チーン!
「あれ?」
押してあるボタンは八階だけ。
なのに二階で停止。ドアが開く。
ははあ、なるほど。この演出は面白い。
きっと各階、扉の向こうにお化けがいるんだな。
でも、なにが出てきても怖くなんかねえだろ。
そう思っていた俺の目に映ったのは、薄暗い廊下。
何もない。誰もいない。
……そしてそのまま扉が閉じる。
「こええええええええっ!」
「え? え? なに、雫流! いやあ!」
今のなにっ!?
誰がボタン押したのっ!?
軽くパニックになる俺の耳に、またもや聞こえたエレベーターの停止音。
チーン!
三階。
明るい廊下に、ブルゾン姿のおじさんがいた。
ほっと安心した俺の目に、拳銃が突き付けられる。
「ぎゃーーーーーーーーーー!」
「いやあああ! なに? 八階に着いたの!? かえろうよおお!」
すまん、朱里ちゃん。
これ、叫ばずにはいられねえ。
怖えっての!
しかもエレベーターに入って来たし!
撃たないよね?
演出なのかリアルなのか本気でわからん!
銃を突き付けられたまま、さらにエレベーターは上がる。
そして減速。
この停止音も怖えよ。
ボリューム、やたら大きいし。
チーン!
四階。
扉が開くと、制服を着たお巡りさんがエレベーターに乗り込んできた。
……これはなんだ? 妙な緊張感はあるけど、怖くないぞ?
そんなことを考えていた俺の足元に、何か重たい音が聞こえた。
三階で乗って来たおじさんが、拳銃を俺の足元に落としたようだ。
それを拾ったお巡りさんが、じろじろと舐めまわすように俺をにらみだす。
そっちの怖さか今度は!
「俺のじゃねえから! 見てただろあんただって!」
バカじゃねえの!? 漏らしそうなほど怖え!
チーン!
ああもう! この停止音、やだ!
五階。
今度は、少し開いた扉に強引に手をかけて、それをこじ開けるようにエレベーターへ駈け込んで来た男が「閉まる」ボタンを激しく連打。
そんな彼が被っているフルフェイスのガスマスク。
「うぉお! これも怖ええええ! 息、し辛いわ! そして先客二人もしれっとマスクかぶんな!」
チーン!
「だからチーンじゃねえ! 怖えんだよ!」
固唾を飲んで見守る先には、予想外にも華やかな景色が広がっていた。
一階で出会ったスタッフさんの制服が列を作ってお出迎え。
途中で乗り込んできた皆さんもエレベーターから下りて、そんな列に加わる。
そして一人の女性がにこやかに一歩前に出た。
「おめでとうございます! 見事ゴールインです! リアルテラー、ご堪能いただけましたでしょうか! さあ、こちらへどうぞ!」
サキュバスシールが指し示すのは「8」のボタン。
エレベーターの上に表示された数字は、「6」。
「こえええええええっ! これ、だんとつ怖え!」
「こちらで降りていただかないと、一階に戻ってしまうので恥ずかしい思いをなさいますよ? さあ、こちらへどうぞ!」
涙が出るほど怖え!
これ、どっちが正解!?
降りるの? 降りちゃダメなの!?
足がすくんで動けないままでいる俺の視界が、閉まる扉で狭まっていく。
慌ててエレベーターへ駆け寄るお姉さんの手も間に合わなかったのか、扉は閉じて重たく揺れると、上の階を目指して動き始めた。
「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいっ!」
「やだよお! もう帰ろうよ雫流ー!」
停止したら逆に安心なんだけどと、ほんのり期待していた七階はスルー。
この演出も半端ない。
まだ着かないのっ!?
八階に着くまで、数秒しかかからないはずの時間が長く長く引き伸ばされる。
俺の選択、正解なのか、不正解なのか。
侮ってた! これ、すげえエンタテインメント!
こんなの……、ドキドキするっ!
🐦がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん
「いたたたたたたっ! なんだこれ? ちっちゃ! 風呂桶?」
小さな風呂桶が雪崩のように落ちて来る!
ハト、エレベータの上にある緊急脱出口こじ開けやがったのか!
「頭いいなお前ら。タライが通らないからね。っていくつ落とす気だバカ野郎!」
埋まるわ!
チーン!
「だからチーンじゃねえ! ドキドキするだろが痛い痛い痛い痛い!」
開く扉、鳴り響くファンファーレ。
そしてどこかに階段があるのだろう、出迎えてくれるのは、さっき六階に並んでいた皆さん。
ブルゾンもお巡りさんもガスマスクもいる。
素晴らしい。
これは俺史上最高のエンタテインメントだった。
だからこそ思う。台無しにしてごめん。
……開いたエレベーターの扉から溢れ出す大量の風呂桶。
こんなイリュージョン見せられたら、そりゃスタッフ一同悲鳴上げるわ。
「いやあ! なによ今の悲鳴! もうやだああ!」
「違う違う。朱里ちゃん、もうゴールだよ」
そうだ、安心させてあげなきゃ。
俺が朱里ちゃんの両肩を優しく叩いてあげると、彼女はうっすらと目をあけて、
「きゃーーーーーー!」
「俺の顔、そんなにか!? そんなになのか! ようし分かった! 俺は明日からこのビルの七階に出現してはふーん♡♡♡♡」
いや、このアトラクションが一番の恐怖なんてとんでもない。
今が最もスリリング。
一瞬でも気を抜いたら首の骨をやっちまう。
一階までの階段を、きらきら星を大きな涙声で歌いながら駆け下りる朱里ちゃん。
すげえ気持ち分かるけど、そこまで怖い?
でもさ、君の、俺に対する扱いな。
落ち着いて考えたら、これが一番怖え。
それに比べたら、都会のエンタメなんか可愛いもんごふっ。
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