三匹の羊が、一匹の狼に率いられている


 『恐怖! 巨大リボルバー、六月の花嫁を破壊』

 『歪んだ現代社会のペット事情・鞭で引きずられる謎の生物とは』

 『話題のアトラクション、風営法に抵触? 絶叫と共に現れた下着男』


「こわかったよう」

「俺は今が一番怖い」


 携帯の検索サイト。

 今話題のホットニュース。

 そこに上がってるすべての事件に心当たりがある。


 特に、最後のが酷い。

 肉体的な死から免れたと思ってほっとした直後、社会的に殺された。

 頭を庇うのに必死で、ズボンが脱げた事に気付かないなんて。


 アトラクションの待ち行列。

 そこに突如現れた、大声で歌う少女とパンツ男。

 恐怖体験を楽しみに行列している皆さんへの、一足早いサプライズ。


「たった五分前のことが、もう記事になってる」

「どうして階段でズボンなんか脱いだの? ばか! エッチ! びっくりしたわよ!」

「そう言う割には落ち着いてたじゃねえか。一階に着いて最初の台詞、「白かあ」って。センス良すぎるからな?」

「四階までズボン取りに行ったの、大変だったし恥ずかしかったんだから!」

「脱がせた実行犯が何を言う。なんだってそう自分がやったことをすぐ忘れるんだ? よし、今日こそ朱里ちゃん用のホワイトボードを買うぞ」


 自分の発言と行動、全部書かせてやる。

 そうすればこの大自然バカもちょっとはマシになるはずだ。


 アトラクションを後にして、口喧嘩のようないつものやり取りを楽しみながら中央広場を通り抜ける。


 展示物を泣く泣く補修してる大人たちがいるけど、無視無視。

 文句ならハトか神に言ってくれ。


「じゃあ雑貨屋さん行こ! 可愛いお店があるの!」

「ホワイトボード買うなら百均で良くねえか?」

「それがね、お弁当箱無くしちゃったから新しいの買わないとなの。百円ショップだと可愛いの無いから」

「……弁当箱ならそこにあるけど」


 ハトに荒らされたまんまの弁当箱。

 そもそも、これを回収するために広場を通ってるんだけど。


「ああ、そっか! 置きっぱなしにしてたんだ!」

「ほんとなんでも忘れちゃうんだな」

「よいしょっと。はい! 回収完了! じゃあ、雑貨屋さんにレッツゴー!」

「ほんとすぐ買おう。今すぐホワイトボード買おう」


 こいつ、雑貨屋に行く目的が無くなったことに気付いてねえ。

 このままじゃ、二つの弁当箱を手にして泣きそうになってる朱里ちゃんを見ることになる。


 勉強はできるのに、それに名探偵なのに。

 普段はどうしてこうぼけーっとしてるんだろ。


 ……まあ、こうして楽しそうに俺の右を左をぴょこぴょこ歩く朱里ちゃんを見てるだけで、そんなのどうでもいいかって気持ちになるけどね。


「えへへ! それより雫流はどうしてホワイトボードなんか欲しいの?」

「もう少しまともに朱里ちゃんと会話したいから」

「なにそれ?」

「ホワイトボード様なら俺の願いを叶えてくれると思うんだ」

「じゃあ、上手くいくかどうか、あたしが占ってあげよう!」

「上手くいくかどうかは、占うまでもなく朱里ちゃん次第なんだけどね」


 俺のため息を無視して差し出してきた携帯画面。

 そこには、『一文字占い』というタイトル。


 おお、アプリか。

 いちもんじさん、有名な占い師なのかな?


「これね、百発百中なんだよ! タップして、出てきた文字があたしの運勢!」

「ああ、ひともじ占いってことか。急に信憑性が無くなった。……って、朱里ちゃんの運勢見てどうすんだよ! 俺のじゃねえの!?」

「きょ、お、の、う、ん、せ、い、は~♪」

「聞いてねえし」

「じゃん! 『風』と出ました!」


 …………今日、無風よ?

 だから空のお弁当箱もベンチの上から逃げ出さずにいてくれたわけじゃない。


「なので、吹けよ! 風っ!」

「無茶言いなさんぶわっ!?」


 朱里ちゃんの後ろを、大きなトラックが猛スピードで通過。


「吹いた!」

「どや顔するんじゃね……えええええっ!?」


 突風をはらんだロングスカートがバフンとめくれ上がると、そこには水色のビーズみたいなキラキラがたくさん付いた三角形。


「やっぱ白かあ!」


🐦がんっ!


 そして当然のように落ちて来るタラ……、あれ? 落ちて来ねえ?


「いだぐない!」

「とへっ♡」

「おお、そっちに落ちたのか」


 振り向けばチームロワイヤルの四人が勢ぞろいだ。


「なにすんだ、学園のタライ男えいゆう!」

「悪かった。だがしかし、英雄って言葉に変なニュアンスを感じた件の罰ゲームを執行する。朱里ちゃん、GO!」

「きゃーーーー! 綴夢ティムちゃん!」

「うにゃーーー! 頭を撫でるな紅威朱里!」


 この、ちっこくて尊大な子は橙乃木とうのぎ綴夢ティムちゃん。

 オレンジ色の髪の両側に三つずつ揺れる小さな三つ編みがトレードマーク。


 両隣にいるのは、蒼ヶ峰そうがみね絵梨えりさんと黄ノ藤きのふじキース。

 そして彼らを割るように近付いてくるのが、


「よう、治人はるひと。買い物?」

「やあ雫流、ご覧の通りさ。美優様が、お昼にバーベキューをやりたくなったそうだから。見てくれよこの肉の量。僕は野菜しか食べないっていうのに」


 両手に下げたショッピングバッグを軽く持ち上げる仕草が爽やかなこいつの名は、白銀しろがね治人はるひと


 美優ちゃん直属の大精霊。

 沙那と同じで、俺が罰を発症してからも仲良くしてくれた親友だ。


「美優ちゃんとこにもバーベキュー場あるんだ」

「あ……、それはね……」

「なんだよ、そのひきつった顔」


 色素の抜けた白い髪から覗く線の細い顔がこわばってる。

 ……まさか。


「こっそり俺んち使う気か!?」

「はっきりとは聞いてないけど、多羅たら高校の正門前に集合って言われてるから」

「いや、使うのはいいけど火事とか起こすなよ? 特に、アレが心配だ」

「大丈夫。美優様のことは僕がしっかり見てるさ」


 俺の家から裏の崖を下った河原にバーベキュー場がある。


 美優ちゃんなら何度も使ったことがあるだろうから知ってて当然なんだけど、絶対姉ちゃんに許可取ってないだろうな。


 でもまあ、こいつに任しときゃ安心か。


「多分帰りは三時ぐらいだ。それまでに撤収しとけ」

「OK、恩に着るよ。それより、紅威くれないさんに挨拶してもいいかな」

「そういや初めて会うんだったな。もちろん」


 薄めたバニラのような優しい香りを残して治人が離れると、今度はキースが獣じみた勢いで迫って来た。


「おいそらはし! ちょっと、こっち来いてめえ!」

「んな!? 怖えんだよ肩組むんじゃねえ! 少しは見た目を自覚しろ!」


 金髪が真っ赤な目にかかる、鋭い犬歯が輝くオラオラ系。

 乱暴な言葉使いは沙那のせいで慣れてるけど、やっぱ怖え。


「これだったのか? てめえが気に入ってるって言ってたちょいSのメスは!」

「……そう」


 なんだろう、こいつには素直に話せちまう。

 同性として信頼できる何かがあるんだよな。


「かーっ! そうか! オレ様も気に入ってたんだけど、そういうことなら譲ってやるぜ! でもよ、デートとかしてるんじゃ、お前らもう……」


 その時、ひそひそ声で話す俺たちの耳に治人の声がタイミングよく届いた。


「じゃあ、紅威さんは雫流とデート中なのかい?」

「はい!」


🐦がんっ


「いだくない!」


 やめれ、そういうネタ。

 綴夢ちゃんが不憫。


「そうだったんだ。いつから付き合ってるの?」

「え? 付き合ってませんよ~!」


🐦がんっ


「いだくない!」

「……え? どういうことかな?」

「雫流は、大切なお友達です!」


🐦がんっ


「いだくない!」

「こらハト! ここ最近、タライのタイミングおかしいからな!?」


 ドキドキしてねえのに落とすんじゃねえ。

 上空を旋回する白い機影に文句を付けた後、肩を組んだままのキースを見ると、珍しく眉尻を下げた顔が待っていた。


「あちゃあ……。まじかてめえ。あの女、ひでえこと言いやがる」

「心中察してくれるか。お前は敵だが、心の友だ」

「でもよう、デートしてくれるってこたぁ、脈はあるんじゃねぇか?」

「今日の俺、なんて名目で連れてこられたと思う?」

「……荷物持ちとか?」

「いや。奴隷」


 キース、爆笑。

 そしてわっはっはと、俺の肩をバンバン叩……こうとしてたんだよね。


「いだぐな! いだぐ! いだ! ふぇぇいだっ! うえっ、うぇっ」

「……あ」


 絵梨さんがつぶやいた直後、ようやく青く輝く綴夢ちゃん。


「間に合わなかったらいかんのと違うか?」

「間に合わないとか無いから。もともと忘れてるだけだから」

「忘れてたらもっといかんのと違うか?」


 さすが美優ちゃんの息がかかった連中だ。

 一緒にいるだけで頭が痛い。


「みなさんでお出かけなんて、仲良いんですね!」

「そうだね、仲は良いと思うよ? それより、紅威さんは敵にも優しく接してくれるんだね」

「それはそうですよ、アエスティマティオが無い時はみんな仲良くです! 戦いとなったら、容赦しませんけど!」


 ニッコリ笑顔で拳を握ると、治人どころか無表情な絵梨さんまで笑顔になった。


 朱里ちゃん、さすがの社交性。

 沙那や花蓮じゃ、こうはいかねえ。

 やっぱ癒されるなあ。


「いやはや、平和な方だね。雫流が好きなタイプの子じゃないか」

「ん? そうなんだけど……」


 治人が近付くと、後ろの様子がまるで見えなくなっちまった。


 でも、視界の端っこでとへとへしてる朱里ちゃんを見てれば状況が手に取るようにわかる。

 いい加減、叩くのやめてやれよ、キース。


「歯切れが悪いね? 紅威さん、君が一番に守ってあげたいって思うような子じゃないか」

「まあ……、良い奴がバカを見る世の中は確かに嫌いだけど」


 だから、必死に頑張ってあげたわけで。

 まさかそのせいで、恋人からお友達に格下げされることになるとは思わなかったけどね。


 とへっ♡


「僕も、君が年中そんなことを言うせいで感化されてしまったよ。……世の中には、不条理な事が沢山あるからね」


 とへっ♡


「いやいや、お前はそういう人を随分救ってると思うぜ? 感心する」

「本当か? 雫流にそう言ってもらえると嬉しいよ」


 とへっ♡


「それはそうと、紅威さんとデート中なんだろ? 僕ら、邪魔じゃないかな?」

「いや、それは無い。だって、お友達なわけだし」


 とへっ♡


「お友達。……本当かい?」

「…………おお」

「あははっ! その間はなんだい? ……雫流は、そうは思ってないみたいだね」

「ん……、まあ、そうなんだけど」

「そうか。だったら利用しようかな。仮に僕が……」


 とへっ♡ とへっ♡ とへっ♡ とへっ♡


「ちょっと待ってくれ。お前の後ろが超展開」


 三人組の姿はまるで見えないけど、大変な事が起きていることはよく分かる。

 ひとまずキースを止めよう。


 そう思って口を開いたその時、朱里ちゃんがいつものようにダッシュでどこかへ向かっていった。


 話の腰って訳じゃねえけど、すべてを灰塵かいじんすよね、お前。


「なんだ? また犬か?」


 彼女が向かった先は、横断歩道。

 そこには、かご一杯の野菜を背負ったおばあさんがいた。


「なるほど。素敵な女性だ」


 そうつぶやいた治人も、流れるような身のこなしで後を追う。


 ……ちょっと待て。今お前、なんつった?


 やめてくださいな。

 お前が本気出したら、朱里ちゃんがどっち選ぶかなんて明白だから。


 でも、その心配は無いか。

 お前が好きな女、あいつなんだろ?


 最近ちょっと様子のおかしい黒髪女を思い浮かべながら走った俺がようやく現場にたどり着いた時、既に出番は無くなっていた。


 野菜かごは治人が背負っていて、おばあさんの手を引いた朱里ちゃんが大きく手を上げながら横断歩道を渡り始めている。

 でも……。


「おい、朱里ちゃん。ちょっと間に合わなそう」


 歩行者用の信号、点滅し始めてるけど、まだ横断歩道は半分残ってる。

 困ったな。強引だけど、おばあさんをおんぶした方がいいかも。


 そう思った俺の耳に、治人の囁く声が届いた。


「…………キース」

「お任せを」


 とうとう自動車側の信号が青になって、容赦のないクラクションを鳴らし始めたトラックの前に、金髪の猛獣が無言のままで仁王立ち。


 うわ、すげえな。

 よくそんなことできるもんだ。


 トラックの窓から顔を出して罵声を浴びせる運転手さん。

 でも、キースは動じることなく、両手をポケットに突っこんだまま知らん顔。


「よく頑張った。もういいぞ」


 ようやく横断歩道を渡り切ったところで治人が声をかけると、キースは堂々と赤信号の横断歩道をこっちに向かってきた。


 だが……。


「キースっ! 避けろ!」


 あいつの態度によっぽど腹を立てたんだろう。

 トラックの運転手が車から降りて、キースの後ろから殴りかかろうとしてる。

 このままじゃ……。


「……絵梨」

かしこまりました」


 金髪の後頭部に拳が当たる直前、運転手さんは俺たちの方に向かって猛ダッシュ。

 そして、祝福ブレスによって守られた綴夢ちゃんの頭を殴りつけた。


「全然痛くない!」

「な、なんだ今のは!? お、オレは一体……」

「なにをなさったか、知りたいのですか? ……傷害でしょうね。さて、警察までご同行願いましょうか」


 涼やかな顔の中、まるで温度を持たないような灰色の瞳が加害者を貫く。

 すると青い顔になった運転手さんは、逃げるように車へ戻って行った。


「やれやれ。紅威さんのおかげでせっかく素敵な気分になれたというのに。水を差されることになったね」

「いやいや、おばあさんが無事に渡れたんだ、十分だろ。それにしてもお前らの連携すげえな! 綴夢ちゃん、痛く無かったか?」

「はっはっは! 平気だ、タライ男!」

「お前、泣きそうな顔してない時はほんと腹立つな」


 そう言いながらポンポン頭をなでてやると、ふんぞり返った鼻息で返事をされた。


 しかしこいつら、司令塔さえいれば本当にすごい。

 これからのアエスティマティオ、かなり心配になって来た。


「キースも凄かったな。毅然として」

「ああ? 何がだ? ……すげえのはてめえのツレだろうが」

「ほんとうだよ。紅威さん、素敵だね」


 こら治人。白い歯キランとかやめてくれ。

 朱里ちゃんが惚れちゃったらどうすんだよ。


 でもそこは、天然女王の朱里ちゃん。

 いつも俺が食らってる、華麗な返しと共にくるりと回り出す。


「え? ううん? みんな揃って素敵なんだよ! もちろんおばあちゃんも!」


 そして、おばあちゃんの顔を覗き込んで、ねーとかやってるし。

 あー、ほんと癒される。

 

 朱里ちゃんを見ていた治人も、溜息と共に苦笑い。

 そして俺に目線だけ投げながらつぶやいた。


「これは……、困ったな」

「何が?」

「いや、何でもないよ」


 意味深なのやめろ。気になるって。


「あ、そうだ! この後あたしたち、ちょっとおしゃれなお店に行くんですけど、皆さんもどうです?」

「おお。沙那たちとメシなんだ」

「沙那……、と?」

「たち、な」


 こいつ、あからさまだっての。


「一緒に行きませんか?」

「いや、美優様と食事なんだ。僕が席を外すわけにはいかない」

「うう、残念です……」


 しょぼくれた朱里ちゃん。

 そんな彼女に、治人は笑顔で声をかけた。


「明日、みんなで一緒に食事できるさ」

「ああ、そうでしたね! 楽しみにしてます! ようし、あたしも何か作る!」

「パンダはやめとけよ」

「パンダ? なんのことだい? パンダ料理?」

「はい! 期待してくださいね!」


 うん、分かる。

 滅多に見ないぜ、治人の困り顔。


 俺がパンダの説明をしようとした時、ポケットから待ち合わせ時刻を知らせるメロディーが鳴り出した。


「おっと、随分話し込んじまった。そろそろ時間だ」

「ほんとだ! 飛ばすよ!」

「ちょっと待て! そこまでしなくても十分間に合うはふーん♡♡♡♡」


 ……ああ、どんどん離れてく治人の顔。

 目が丸くなってる。

 明日会った時、どんな顔されるんだろ。


 あとな、その他三名。

 これ以上動画が流れたらさすがに大事になる。


 だから携帯向けないでください。



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