西風は山へ強く頂に騒ぐ虹の下 孤独にべん当蟹もちる嵐 長蛇の東京蝋燭も嵐の山に属し 虫は触る物濁し己掻消す蛇 ~己と、隣を……~
花蓮が、昨日より2kg増えている
話題にはなっていない。
学園ニュースへも上がっていない。
まあ、この地を管理する王による
なんたって、『魔眼』が現れたんだからな。
下手に知れ渡ると魔族ばかりか人間までパニックに陥る。
しかもそいつが
大事だ。
……でも、俺としては複雑。
もやもやしたまま夜を明かすことになった。
あいつは、俺の親友なんだ。
何とかしてやりたい。
でも、どうしたらいいのかなんてまるで分からない。
姉ちゃんと飛鳥さんが必死に探してるけど、未だに見つけることができない。
美優ちゃんの姿も見えないらしいし。
治人の身柄を隠しているのではないかと疑われてる。
……そんな波乱の中、なんつう平常運転なんだよ。
始業前、朝の教室はのんびり一辺倒。
朝、呑気に学校行ってる場合じゃねえだろと怒鳴ってみたら、逆に怒られた。
姉ちゃん曰く、とっとと勾玉を集めないと世界が崩壊するとのことなんだけど。
この話、いつもながらバカらしいにもほどがある。
父ちゃんとすぐに会いたいだけだろ。
そんないつも通りの教室には、昨日爆誕したバカップルがいない。
どうやら朱里ちゃんが沙那の事を追いかけまわしてるようだ。
まあ、二人の代わりに随分と面白い朝を提供してくれている奴が俺の隣にいるせいで心苦しい思いはしてねえんだけど。
……なんでずーっとスクワットなんてやってんだよ、花蓮。
「変態。死んでも勾玉手に入れるわよ」
「お前まで大げさな。世界、崩壊なんかしねえよ」
「沙甜は本気よ。……本気で、唐揚げしか作らないつもりよ」
「そっちか」
ペコペコになったお腹を押さえたまま、花蓮が床を軋ませる。
俺はこっそり三木おば……、お姉さまのエクレアで飢えを凌いだけどな。
「まさかと思いながら一口食べた。想像を絶する美食との出会いに胸が躍ったわ」
「そうだろ。あれ、この世の物とは思えねえだろ。まじうめえ」
「そしてもう一口。お通夜のような顔を浮かべて箸を付けないあんたと沙那をよそにさらに一口。夢のような時間だったわ」
「よく二つで我慢できたよな。あれ、一口でも食ったら箸が止まらねえんだ、俺も沙那も」
呑気な返事に、金パツインテがプチ爆発。
おいおい、机バーンじゃねえよ。
俺をにらんだって知らねえよ。
「物理的におかしいでしょ!? お風呂上りに気を失いかけたわよ! ちょっと大振りだけど箸でつまみ上げることのできる50グラムの唐揚げ二つが、どうして二キロなんて信じがたい質量に化けるの!?」
「説明した通りじゃねえか、怒るんじゃねえよ。あと、俺に物理とか無理だから。なんかおかしいのか?」
さらにバンバン。
お前、今、時の人な。
クラスの視線を独り占めだ。
「あんたの頭とあの唐揚げ、どっちもおかしい!」
「そんなちょっとで慌てんじゃねえよ。俺、十個食ったことあるんだぞ?」
「うそでしょ? 考えたくないけど、どうなったの?」
「ポップな軽自動車のTシャツ着て寝たのに、朝起きたらリムジンになってた」
そんなに怖えか?
自分の体を抱きしめて後ずさったりしてるけど、もうちっとガチで抱きしめねえと減らねえよ?
俺はあん時、沙那にタコ糸でふん縛られてアツアツの風呂で煮込んでもらってようやく元の体重に戻ったんだ。
「朱里、五つくらい食べてたわよね。夜も、朝も。……心配だわ」
「おお。でもあれだけめちゃめちゃ走ってたら十分カロリー消費できてるだろ。
沙那を探して山に登ってたらしいから」
「可哀そうに。朱里、声を嗄らして沙那のこと探してたってのに。あんたの部屋に隠れてたんでしょ?」
「沙那は涙を涸らしてたけどな。もう必死だったぜ」
夜のうちに二度、俺の部屋まで沙那を探しに来た朱里ちゃん。
真摯に訊ねる朱里ちゃんに対して、俺は正直に沙那はいないと返事した。
そう、正直に。
体に正直に。
好きな子にも平気でウソがつけるもんだ、首にチェーンソー押し当てられると。
「だから、変態も今日は本気出しなさいよ! 絶対に取り戻すの!」
「元の体重をか? 気にするなよ。それにあれだろ? 女子の体重なんてさ、健康診断時の追い風参考記録で言うんだから関係ねえだろ。なんでそんな無駄なことするんだよ」
「……変態。あんたの身長、171センチだったっけ?」
言葉なんかいらない。がっちり握手だ。
俺たちが生物の臆病さについて無言で語り合っていたら、やかましいのが三人、教室に入って来やがった。
「邪魔するぞ! えっと……、あ! いた! あ……、お前、名前なんだっけ?」
「失礼だな、三バカのリーダー」
「貴様こそ失礼な奴だな! この、紅威朱里の一番の友達!」
「…………
一番心を抉る呼び名だぜちきしょう。
どうせ俺は友達止まりですよ。
「ははっ! おいおい、覚えてやれよ。こいつにだって名前くらい多分あるんだ」
「こらキース。多分って言葉の異常性な。そんなことよりお前ら、大変だろう?」
学校に来てるってことすら驚きだ。
いつも通りに見えなくもないけど、よく見りゃ目元に疲れが見える。
特に絵梨さんなんて、可哀そうに、隈に加えて目の周りが赤くなっちまってる。
「まあ、そうね。大変と言えば大変だけど、これくらいのことで動揺していては六柱の直属など名乗れないわ」
「……そうだな。元気みたいで安心したよ」
なんて気丈な奴。
俺に置き換えてみりゃ、姉ちゃんが暴走しちまってどこかに身を潜めちまってるのと変わんねえわけだし。
なのに毅然としたこの態度。
たいした連中だ。
「あー、う~~~~~ん! やっぱ思い出せない! お前! 紅威朱里のオプションパーツ! 話がある!」
「心の中で褒めてた分を根こそぎ返せこの野郎」
「ははっ! 許してやってくれ。これでも精一杯、誠意をこめてんだ」
「なおのこと勘弁できねえだろ!」
泣いてないとほんと尊大だな、このチビ助!
そんな綴夢ちゃんの後ろから、ため息交じりに絵梨さんが割って入る。
「……治人様への伝言を持って来た。面倒だけど。まあ、我々が先にお会い出来ればそれで済む話なんだけど」
「伝言? 誰から?」
「美優様から、治人様へ」
「おいおい、美優ちゃんに会ったのか? 姉ちゃん達でも見つけられねえのに」
「ははっ! 俺様もどうしたらいいか分からなくてよう、屋敷にこもってたんだ。そしたら美優様が駆け込んできて……」
キースが獣じみた表情を歪ませながら、豪快に笑いだす。
「ぎゃはははは! どうしたらいいか教えろって叫んで、泣きながら漏らしてた!」
「うおぉぉぉい! この期に及んでなんて役立たず! てか、窮地に陥ると相変わらず漏らすんだなあの人!」
基本無敵だからどうしたらいいか分からなくなるとパニック起こすんだよな。
とんだビールサーバーだ。
「そして私たちに学校へ行くよう下知された後、またすぐに出て行かれた」
「パンツ、しゃばしゃばにしたまんまで?」
「……その時に、伝言をお預かりした」
うーん、真面目な絵梨さんは惨劇を無かったことにしようとしてるけど。
まあいいか、合わせてやろう。
「で? あいつに会ったら何て言えばいいんだよ」
「……好きにやりな。だそうだ」
ため息が数人分。
一見いい加減だけど、美優ちゃんらしい。
なんだかんだ、さすがは王様だ。
大物だよ。
……しゃばしゃばだけど。
この伝言に、不安げな表情を見せた花蓮。
まあ、そうだよな。
治人、昨日不穏なこと言ってたし。
でも、あいつが俺たちの命を狙ってるなんてこときっとない。
もしそれが狙いなら、昨日、あの場で俺たちは息の根を止められてる。
きっと何か他に目的があるはずなんだ。
俺は金パツインテの頭に手を乗せて、安心しろよと目で伝えてやる。
すると、やっぱり目線で、あんたの事なんか心配してないわよと返事をされた。
「こら。どういう意味だよ」
「…………なるほど、やっとわかったわ。それで私たちに登校させるなんて。大した策士ね、沙甜は」
「どういう意味だよ?」
「変態はいいエサになるでしょうからね。私はそんなのに巻き込まれるの、ご免なんだけど」
ん? エサ?
何を言ってるのか問いただそうとしたその時、クラス中から携帯の着信音が鳴り響いた。
今日は早朝の事前発表が無かったからな。
きっと放課後あたりに開催される低ランクのアエスティマティオが知らされるパターンだろう。
クラスの皆も、このパターンには慣れている。
誰もがのんびりと携帯を操作して……、そして全員が浮足立つことになった。
本日の進級試験
Aランク:西風は山へ強く頂に騒ぐ虹の下 孤独にべん当蟹もちる嵐 長蛇の東京蝋燭も嵐の山に属し ~虫は触る物濁し己掻消す蛇~
ここに、勾玉がある。二人一組で解読する事。最も早く発見できた者に授与。ペア以外の者と協力した場合失格とする。妨害自由。鎌の使用自由。
「まじか! いきなり暗号が発表されてる!」
「……ということは、あんたのお父様も協力したってことね。必死じゃない」
「え?」
確かに、アエスティマティオを考えてるのは父ちゃんだけど。
「どういうこと?」
「いいから。エサはエサらしく堂々としてなさい。ああ、それと。昨日みたいなことになるといけないから、例の力は使わないで」
「もう何が何やら。……まあ、司令官の言うことには従うけどさ」
「…………あなた達はどうする?」
花蓮が三人組に涼しげな目を向けると、絵梨さんが一歩踏み出してきた。
「あなたの独り言で、大体の事情は察したわ。……協力しましょう。何をすればいいのか言いなさい。面倒だけど」
「私たちを邪魔する連中が大勢押し掛けて来る。それを排除して欲しい」
「…………その上で、こっそりあなた達だけを勾玉のある場所へ逃がさなきゃいけないのね」
「あら、さすがね。他の連中がいたら、捕り物に差し障るからね」
「…………面倒ね」
言葉とは裏腹に、水色の髪を掻き上げた手が花蓮に突き出される。
それを力強く握り返した金パツインテ。
仇敵どうしが手を結んだ瞬間。
エサ扱いされている俺には、何が起こっているのかまるで分からなかった。
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