テレビデビューはイケている
六月の空は、水を付け過ぎた筆で画用紙に塗った黒い絵の具。
ふうと口で吹いて、まんべんなく水滴を広げた時と同じ風合いが視界を埋める。
目を差すような眩しい青空。
そんなものはどこにも浮かんでいない。
だって、真っ赤な太陽が地上に降りてきちゃってるからね。
空が暗くなるのは当然のことだ。
ここは国立
アエスティマティオと罰さえなければ平和で楽しい学校だ。
何につけてもやたらとでかいこの学校は、さっきまで大騒ぎしていた正門から校舎まで、幅広の通路が百メートル続く。
その昇降口からも、西、北、東に向かって校舎が百メートルずつ続いている。
上空からだと、白い十字がぽっかりと浮かび上がるように見えるのだ。
校舎も巨大だが、敷地も規格外に広大。
遥か北の方まで学校の敷地なんだが、ちょっとした登山が楽しめる山が二つある学校なんて他には無いだろう。
とは言え、主要な施設は校舎周りに集中している。
校舎と校門までの通路で四分割されたエリアはグラウンドやクラブハウス、学校農園なんかが並んでいるんだが、北東のエリアは庭園になっているのだ。
その、庭園にできた人だかり。
百人近くの視線が集まる中央では、夏の太陽のように眩しい光が舞い踊っていた。
真っ赤なお日様が、腰まで伸びたポニテをなびかせながらサイドテールの級友と抱き合う。
一斉に鳴り響く拍手で彩られた、感動的なエンディングだ。
「はい! 素晴らしいお芝居をありがとうございました! さて視聴者の皆様。ただ今の朗読劇、冒頭でもお伝えした通りフィクションではありません!」
赤髪ポニテのパフォーマンスに負けず劣らず。
身振り手振りも大げさに、垢抜けたスーツで身を包んだ地元ローカル局の名物お姉さんがマイクを手に力説する。
でも、ウソはいけない。
こんなのほとんどフィクションだっての。
尾ひれが巨大化しすぎて、元はイワシだった生き物が、今や立派な芭蕉扇。
「ここ多羅高校は、転生した魔族の皆さんを更生させる目的で作られた結界内に建てられておりまして、全生徒の五分の一が悪魔の方々なのです!」
そうな。付け加えるなら、先生方は全員天使だ。
俺たち悪魔の監視と教育の為に、この地に住まう、
「彼らには思春期に発症する三つの罰が課せられているのですが、それを解除するためには、今ご覧いただいたように暗号を解読して
いやいや。言葉、出まくってるし。
あとさ、ヒューマンドラマじゃねえだろこれ。
デモニックドラマだっての。
しょっちゅうテレビで見かける元気なお姉さんが、終わったばかりの芝居をまるでなぞるように解説していく。
台本もカンペも無しで大したもんだ。
お姉さんの小気味いい語りを耳に入れながら、俺はあの日の事を思い出していた。
ほんの十日くらい前、俺は一人の女の子を救ってあげた。
友達が出来なくなる罰。
彼女の友達を、ハトが攻撃してしまうというとんでもない罰。
それを勾玉で解除してあげたんだ。
あの時、俺の右手が触れた彼女の唇。
柔らかかったな。
そんなことを考えながら赤髪ポニテへ顔を向けたら目が合ってしまった。
照れくさそうに俯いた後、スカートを握りながら俺に向けてくる不器用な笑顔。
おいおい、やめろって。
危うくドキドキしそうになっちまったじゃねえか。
まさか電波に乗せてあんな超常現象見せる訳にゃいくまい。
でも、今日の俺は心の底から不機嫌なんだ。ドキドキなんかしないはず。
不機嫌な理由、その一。
つい一時間くらい前、信じ
不機嫌な理由、その二。
先週から、公衆の面前で俺に恥をかかせる遊びが流行り始めて、その最終発展形が現在執り行われているということ。
とうとうお茶の間にまで俺の恥を晒すことになるとはね。
ふざけんなよ、俺の人生。
「っというわけで、週刊多羅高通信、今日は先月生まれたばかりの伝説、メイ・テイルをご覧いただきました! それでは最後に、本日のヒロイン、
「いえ、その、ありがとうございますっ」
いつも元気な赤髪ポニテが、緊張に頬を染めながら言い淀む。
まあ、無理もないよね。生放送だし。
「大変な思いをされたことと思いますが、今のお気持ちはいかがでしょう!」
「その、
このセリフに、ギャラリーからの冷やかしが飛ぶ。
……そう、覚悟してたさ。
この流れに逆らえるはずなんか無い。
「おやおや? 真っ赤になっちゃって! もしかしてもしかすると、あの後、彼と特別な関係になっちゃったとか?」
「えと…………、う、うん……」
セーラーのスカートをくしゅっと握りながら俯く朱里ちゃんを見て、今度はテレビスタッフの皆さんから色めきだった歓声が上がった。
すると偉そうなサングラスの人が、スケッチブックを持ったお姉さんに何やら指示を出す。
走るマジック。そして俺に向かって突き付けられたカンペ。
彼女さんに寄り添って!
……ようし、グラサン。
俺に禁句を言いやがった恨み、十倍にして返してやろう。
不機嫌な半目のまま、横に二歩ほど移動。
カメラが俺と朱里ちゃんの間くらいを捉えると、少し下へ首を
朱里ちゃんが繋いできた手をアップで撮っているようだ。
「じゃあ、お姉さん聞いちゃうぞ? 紅威さんを救ってくれた英雄は、今はあなたのなんなのさ!」
マイクを突き付けられた朱里ちゃん、耳まで真っ赤になっちゃった。
そして、弾けるくらいの笑顔をカメラに向けると、
「し、雫流は!」
おおっ!
「今はあたしの!」
おおおおっ!
「大切なお友達ですっ!」
あちゃぁぁぁぁぁ!
……この件について、学校中で知らぬ者はない。
ギャラリーからは拍手喝采、大爆笑だ。
でも、きゃーとか叫んで口の中に♡マークが見えるこの変な女。
彼氏よりも友達の方が嬉しいとかのたまうこいつのことを理解できない大人の皆さんは、揃って顔を見合わせている。
「あ……、えっと、お姉さんが聞き間違えた? 彼はあなたのなんなのさ?」
「お友達です! きゃー恥ずかしい!」
「えっと……、か、彼氏君の方に聞こうかな? あなたは彼女のなんなのさ!」
ひきつった笑顔のお姉さん。
あんた個人に恨みがある訳じゃない。
でも、八つ当たりくらいさせろ。
「元カレです」
いいね。思ったより低い音が出た。
「えっ…………、と…………」
「元カレ。今はただの友達」
「そ、そう、なの?」
スタッフに横目で指示を仰ぐお姉さん。
無理でしょ。
スタッフの皆さん一同、なんかまずったとか言いながら大パニックだ。
恥をかかされた反撃、思い知ったか。
お茶の間もドン引きだろ。
恨みを込めた半目で正面をにらむ。
そんな俺は、カメラのフレームからあからさまに外された。
「そ、それではそろそろお時間です! 何かカメラに向かってメッセージを!」
大慌てでコーナーを締めようと、決まり文句を高らかにコールするお姉さん。
すごいなあ、尊敬するよ。これがプロか。
スタッフの皆さんも、お姉さんの機転に一瞬で落ち着きを取り戻した。
段取りをショートカットされた朱里ちゃんは、少しおろおろ。
でも、慌てながらも腰下げのメッセンジャーバッグから一枚のチラシをカメラに向けて突き出すあたり、こちらもプロだ。
そして一言ずつ可愛いポーズを決めながら、宣伝部長の責務を果たす。
「美味しい紅茶! 石窯焼きのパンの香り! お近くへお立ち寄りの際には是非こちらへ♡ ログハウス風喫茶店、シャマインへようこそ!」
ああもう、いちいちポーズが可愛いなあ!
ドキドキするじぇねえか!
🐦がんっ!
「あ」
……しまった、やっちまった。
再び訪れるパニックタイム。
カメラの一つが捉える物は、俺の頭を強打した後、足元でくわんくわんいいながら回っている
そしてもう一つのカメラは、上空を旋回する無数のハトへ向けられた。
何が起きたのか説明しろとばかりに大人がみんなして俺をにらんでるんだけど、そんなのこいつに聞いてくれ。
ご指名をいただいたとばかりに、俺の乱切りボサボサ髪の上に乗ったハト。
そのハトに向けられるマイク。
「あの、これは…………、なに?」
「くるっぽー」
そう、これは俺に課せられたばかばかしい罰。
ドキドキするたび、ハトから攻撃されるのだ。
そのメインウェポンは、金ダライ。
でも、そんなの言えるはずが無い。
罰について話したり聞いたりすると、効果が悪化することになるから。
よかったよ、こいつの口が堅くて。
さて、番組をめちゃくちゃにしちまった責任くらいとってやろう。
お茶の間を盛り上げればいいんだろ?
俺はムッとした表情のまま、向けられたカメラを見つめた。
「えっと、彼氏君に聞いてもいい? そのハト……、君の、なんなのさ?」
「今カノです」
会心のボケに合わせて、俺のヅラと共にずるっと落下するハト。
そんな秀逸なずっこけ芸を、カメラが追った。
そしていつものキメ台詞。
「くるっぽー」
ここでCM。はいおっけー。
すげえよ、完璧じゃないか。さすが相棒。
俺はハトに向けてサムアップした。
爆笑するギャラリー、そしてスタッフの皆さん。
おいおい、お前ら大切なことを忘れてるぞ?
仕方ない、代わりに俺が言ってやろう。
「はいカット。……そしてカット後の髪形がこちらになります」
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