ヒメコイじゅんている ~続々・毎朝五分の暗号解読/おやすみ前にラブコメディー~

如月 仁成

ツワ子木六メ|日日|ノ米田 ~漢字パズル そして悔しがって下さい~

俺は英雄として敬われている


 大気を切り裂く疾風はやての音が、高速に振るわれた革の鞭へと追いすがる。

 演舞のような動きから、残像を生むほどの突きが繰り出される。


 舞い踊る紅の鞭。

 それを的確にはじく黒い拳。


 息つく間もない攻防を織りなすルージュノワール

 そんな二人の周りには数多あまたの者が地に伏していた。


 彼らを倒したのはこの二人。

 誰しもそう思うことだろう。


 だがそうではない。

 彼らをほふったのは英雄たるこの俺、七色そらはし雫流しずるだ。


 賢明な者は既に勾玉を諦め、距離を置いて固唾かたずを飲み、愚かなる者は俺の手にかかり、地を舐める。

 そんな戦場——国立多羅たら高校の正門前で無事な者は既に三人を残すのみとなっていた。


 一人は、勇者。

 セーラー服のカラーに映える真っ赤なポニーテールをなびかせて鞭を振るう者。

 その名は、紅威くれない朱里あかりちゃん。

 どどーん!


 一人は、王子。

 長い紫がかった黒髪を、スカーフもせずに羽織ったセーラー服へ這わせてこぶしを握る者。

 その名は、紫丞しじょう沙那しゃな

 どどーん!


 そして最後の一人はもちろん、二人の間で頭をかばってうずくまる、守衛のおじいさん。

 その名は、知らん。

 どどーん!


 ……え? 俺?

 なに言ってるんだ、常識的に考えてくれ。

 鞭で縛られたまま振り回されて、これだけの人数にヘッドバットかましたんだ。

 無事なわけねーだろ。


 いつものように鞭ですまきにされて、口から泡を吹いて転がってるのがこの俺だ。

 でもこれだけのダメージでも気を失ってないとか、ほんと俺、かっこいい。

 どどーん!


「紫丞さん! なんで雫流にいじわるするの? 可愛そうに、目えまわしちゃってるじゃない!」

「そりゃてめぇのせいだろうが、この天然バカ! あと、雫流はウチのだ! とっとと返せ!」

「いい加減にしろ! お前らがケンカするたび、悲しい思いをする俺の身にもなってくれ!」


 そう、お前らがケンカすると、俺はいつだって泣きそうになるんだ。

 痛くて。


「もう体が限界だから! なんかヤバい汗が! 手足も痺れてきた!」

「もうちょっとだから頑張って。ここが踏ん張りどころよ、応援してる!」

「うおぉぉおい! 応援されてもな!? もう振り回すんじゃねえ!」

「そうだ勘弁してやれ。次にそいつが飛んで来たら、さすがに頭を割っちまう」

「てめえもガチで迎え撃つんじゃねえ! 二人してバカなの!?」


 鞭の射程外。俺達を見守る皆さんから飛んでくる声も何かがおかしい。

 その三分の一は朱里ちゃんへの応援で、三分の一は沙那への黄色い歓声。

 残る三分の一が、俺を指差して笑ってる。


 くそう、それが英雄に対する態度か貴様ら。


 俺の血で、俺の血を洗う。

 そんな惨劇は、ほんのちょっと前に発表されたアエスティマティオが原因だ。


 今回の暗号は、どうやら簡単なものだったらしい。

 発表と同時にかなりの人数が校門前に集まったんだが、ご覧の通り、やたら迷惑な同士討ちのせいで何人もの犠牲者を出した。

 もちろん犠牲者には、俺も含まれる。


 さすがにみんなは勾玉を諦めて現場から逃げ出したんだけど、遠巻きに陣取って、英雄たちのハイレベルな戦いに見入っているようだ。

 もちろん英雄たちに、俺は含まれない。


「お前ら、どうしてそう仲が悪いんだよ。どっちが手に入れたって結果一緒じゃん」

「そうはいかねぇ。天然バカに負けられっかよ!」

「あたしだって負けないわよ! もし負けたら、今夜雫流を好きに使っていいわ!」

「じゃあウチが負けたら、次の日曜、こいつを奴隷にしていいぜ!」

「ルーレットテーブルにはちゃんとチップを置け。俺を乗っけたら、他の人が賭けたチップがぐちゃぐちゃになっちまうだろ」


 客席から沸き上がる笑いと拍手。

 そんなに俺の不幸が面白いのかちきしょう。


 そして穏やかな空気が、緊張感のある歓声へと塗り替わった。

 つまり、俺の処刑タイムが再び始まったわけだ。


「隙あり! 勾玉はウチのもんだ!」

「そうはさせないわよ! 雫流あたーっく!」

「ぐひんっ!」


 白くて細い朱里ちゃんの腕。

 それが俺を楽々と宙に飛ばすパワーで鞭を振るう。


 弾丸のごとく高速回転しながら鞭から射出された俺は沙那へと襲い掛かり、


「なんの! かかと落としブロック!」

「ごほっ!」


 これまた圧倒的なパワーで地面に叩き落とされた。


「やるじゃねえか、今のはヤバかったぜ……」

「さらに鞭で波状攻撃!」

「鉄壁の雫流カーテン!」

「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ!」


 鞭が縦横無尽にその身を暴れさせる中、必死の思いでからくも脱出。

 そんな俺の前に立ちはだかった白い影。

 ちょっとぶかぶか目の理科系白衣に身を包んだ、呆れ顔の金髪ツインテール。

 漂うフローラルな香りと灰色の瞳。

 このちっこい女の子の名は、鼓歌音こがね花蓮かれん

 どどーん!


「なんでこんなおかしな事になってるのよ」

「俺が鞭と拳からめちゃくちゃ殴られてた理由?」

「それは気にしてないわ。でも、あんまり外でやらないで。そうじゃなくて、なんで同士討ち始めちゃってるの?」

「そんなの知らねえよ、犬と猿に聞いてくれ。あと、俺が痛い思いをしてよろこんでるとお前が思ってる件について、とことんまで話し合わないか?」


 おじいさんを挟んでじりじりと間合いを詰め始めた赤と黒。

 それを見ながら金パツインテが、かわいらしいくて甲高い声で怒鳴りつけた。


「ちょっと、仲間割れしてないで早く守衛さんから勾玉回収しなさいよ!」

「無理だろ、聞きゃしねえよ。それより今まで何やってたのさ」


 こいつ、朝から授業にも出てなかった。


沙甜さてんに頼まれて屋敷の研究室にいたの。瞬間接着剤を水みたいにサラサラにする実験してたのよ。どうしてもまだ粘性が残っちゃうのよね」

「そうか、それで白衣なんだな。で、その手に持ってる三角フラスコは何?」

「消毒液よ。どうせ怪我だらけになってる変態が一人いるだろうと思ってね」

「おお、さすが常識人。ツッコミ担当」

「誰がツッコミ担当よ!」


 可愛らしい声で怒鳴りながらふくれっ面になった花蓮が、両手を腰に当てて俺の顔を覗き込む。

 その手に持ったフラスコの中身から鳴った音が、随分と重い。

 たっぷぅんって。


「それ絶対接着剤の方だよな! お前までボケたら仕事が増えるんだよ!」


 俺も基本はボケなんだぞ!?

 でもお前らといるとツッコミが忙しくてボケてる余裕ねえんだよ!

 たまには俺にもボケさせろ!


「失礼ね。消毒液だって言ってるでしょ」

「ほんと? じゃあさっきから割れるように痛い頭に頼む。……おお、ひんやり気持ちいい。このねっとりした感じがとても消毒液とは思えないぜ」

「あ」

「たった一文字でボケに変身すんじゃねえよ! だから最初に言ったのに!」


 慌てて頭に触ろうとした手を寸前で急停止。

 危ねえ。もし髪を摘まんで持ち上げたまま接着剤が固まったらナポリタンになっちまう。


「大丈夫よ。だって、頭が割れちゃったんでしょ? くっつけてあげたの」

「ふざけんな。って、なんかこれいたたたたたた!」


 頭皮にまんべんなく行き渡った接着剤が固まりだして、髪の毛をプチプチむしり始めた。


「早く何とかしてくれ! 生え際が見る間に後退してく! それにこんな勢いで抜かれたらめちゃくちゃ痛はふーん♡♡♡」


 俺の口からセクシーな声が漏れたということは、また朱里ちゃんの鞭で巻かれたようだ。


「ちょっと! 今はそれどことじゃばきゅーん!」


 雫流アタック・セカンドブリッド。

 高速回転で射出された俺が、今度は沙那の拳で止められた。


 拳を支点に頭でぎゅるぎゅると回転したのち、地面へ落下。

 本当に割れたんじゃねえかと思う程の激痛が頭全体を襲う。


「ちょーいてえ! 頭、二つに割れるわ! けるべろるわ!」


 そんな俺が息も絶え絶えに上半身を起こすと、ギャラリーが爆発するかのように笑いで沸いた。


 なんだよ、そんなに楽しかったのか?

 そりゃあ回った甲斐もあるってもんだ。


 ……でも、なんだろう。

 みんな俺を見て涙を流しながら笑い転げてるけど、そこまで面白い?

 まさか今の攻撃で髪の毛がソフトクリームになってるとか?


 俺は髪の具合を確かめようと、おでこに当てた手を頭頂部に向かって滑らせる。

 だが、手が後頭部を越えて首までたどり着くまで、ずっとおでこのままだった。


「関ヶ原が消えた!?」


 両手でぺたぺた探ってみたけど、無いっ!

 どこにも分け目が無いっ!

 すべてがおでこ!


 慌てて目を走らせた地面に転がる毛の塊。

 ヘルメット状になったそれは、俺の乱切りぼさぼさヘアーが余すことなく再現されていた。


「接着剤で固めて回転させたからもげたの!? どーすんだよおい!」

「わりい。ウチのせいでとんでもねえことにぷふー」

「ごめんね雫流! あたしが投げ飛ばしたりしなかったらぷふー」

「怪我が無くてよかったわ。毛も無いけどぷふー」

「ほんとお前らのコンボ、いつも夢のような奇跡を起こしてふざけんな!」


 どーすんだよこれ?


 呆然とする俺の耳に届く、呼吸困難に陥るほど苦しそうな笑い声。

 そこに被せられるように、淡々とした校内放送が流れた。


『……告知。全学傾注。アエスティマティオ、ランクB。発見者一名確定。チームロワイヤル・白銀しろがね治人はるひと。以上』


「おお、治人だ! やっぱあいつすげえなあ!」


 さすが、我が親友。

 イケメン、天才、スポーツ万能。

 あいつにかかれば、勾玉なんてあっさりと、ん?


「ちょっとまて。……勾玉、守衛さんが持ってるんと違うんかい!!!」


 なんだよ、とんだ茶番だ!

 こんなひでえ目に遭ったのに!


 そしてお前ら。客席一同。

 勾玉が取れなかったってのにいつまで笑ってんだ。


 先週から感じてたんだけど、今、ちまたでは俺に恥をかかせる遊びが流行っているようだ。

 言いたいことは山ほどあるが、ひとまず面白い姿はもう見せてやらん。


 そう思いながら毛ルメットをすちゃっと装着したのに、さらに爆笑された。

 ちきしょう! そのままもだえ苦しめ!



 ――俺の名は、七色雫流。

 多羅高校の英雄とは俺のことだ。


 そして覚えておいて欲しい。

 英雄とは、みんなを笑顔にするのが仕事。


 だからこれも英雄としてうやまわれている証拠なんだ。


 ……証拠なんだ。


 くそう。

 英雄って、思ってたよりつれぇ。



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