*8* 散りゆく此花
茜に焼き付いた校舎裏に、影法師がひとつ、ふたつ。
どれほどの間対峙していたか。それは、双方にとって
「これはこれは。名高き
「付喪神……ね」
小首をかしげた姿は、会釈をしているようにも取れる。
まことしやかな挨拶は、
「思ってもないことを口にするのはよせ」
「これは失敬。礼儀を重んじよと、父に申しつけられておりますゆえ。お久しゅうございます――オモイカネ殿?」
紺青の袖を当ててくすくすと紅が笑えば、さやさやとそよぐ薄桃の桜。
「――懲りずに我らの邪魔を。
上機嫌な草笛の声色は豹変。奈落の底より容赦なく言霊の矢が打ち放たれる。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
いまにも
お返しとばかりに細められた鼈甲の瞳は、たしかな切れ味を宿して紅を捉える。
「
「……父には関係のないこと」
「あるだろ。自信を持って婿に出した息子が袖にされた挙げ句、血迷って呪術に手を出してちゃあ……同情するぜ、ほんと」
「おのれ愚弄する気か!」
「事実だ。少しは落ち着けよ。クールじゃない」
煌々と燃えたぎる嫉妬の炎を目前に、冷めた鼈甲は微動だにしない。
淡々と、しかし饒舌に煽る男の、なんと恨めしいことか。
「……小賢しいやつめ」
「我儘アマテラスの相手してるとな、要らん知恵ばかりつくんだよ」
事もなげにのたまう真意はなんとするか。
神々の住まう天界、
つまり天津神たちの頭脳とも言える神の心中を暴くことは、深海の奥底から一粒の真珠を探し出すようなものだ。ひとたび見誤れば、呑まれる。
深い呼吸で、体内にこもる熱を大気へと逃がす。
「……先ほど、愚弟と言を交わしまして」
くすぶる声音をひそめた紅に、真知は腕を組み、「へぇ」と興味深げに片眉を持ち上げた。
「で、景気よく恒例の火だるま祭り?」
「まさか。れっきとした真剣勝負――今宵、
「対価は」
「己が命」
「褒美は」
「無論、
「ふ……愚問だな」
起伏に乏しい頬の筋肉を
「もう二度と、あいつは散らさせない」
凛然たる宣言の余韻に、対峙する二柱。
その間を春の夕風が肩身を狭そうにして吹き抜け、宵の向こうへ消えてしまった。
「かしこまりまして。では――……」
優雅な所作で辞儀をするものと思われた一瞬のうちに、鈍い輝きが鼈甲をよぎる。
「愉しみに、しておりますね……?」
穂花の後を継いだ右手は、竹箒を握っていたはずと記憶していたが。
押し当てられた硬質なそれは、研ぎ澄まされた冷たさで頸動脈をしかと捉えていた。
――白銀の片手剣。構えの風格から、にわか仕込みでないことは容易に見て取れよう。
「宜しく」
微塵も動じぬ単調な返答に、花の笑みがひとつ、ほころぶ。
茜に散らされ、舞い狂う薄桃の……
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